陸上最速の動物 チーター

4歳児以上であれば誰でも、陸上最速の動物はチーターだと知っていますよね。すらりとして身の引き締まったこのネコ科動物は、0からスタートして時速72キロメートルまで、2.5秒で一気に加速できるのです。これは実に信じられないほどの速さで、ほとんどの自動車をも圧倒します。

ところで考えてみれば、より大きな動物の方が、陸上最速のタイトルを得るにふさわしいとは思いませんか。例えば、ティラノサウルス対チーターで競争をさせれば、チーターはティラノサウルスの後塵を拝するのではないでしょうか。チーターよりもティラノサウルスの方が、脚は長く、よりがっちりと筋肉がついています。ひょっとしたらチーターは競争に負けて、ゴールラインで貪り食われてしまうのではないでしょうか。

しかし悲しいことに、ティラノサウルスはあのちっちゃな前脚でピアノを弾けないのと同じくらい、スプリンターとしては無能なのです。これには、筋肉の機能が関係してきます。

骨格筋は筋繊維の束でできています。筋繊維は、遅筋繊維と速筋繊維という2種類に分かれます。遅筋繊維は瞬発力には劣りますが、持久力を要する身体運動に適しています。

速筋繊維は素早く収縮し、ジャンプしたりスプリントしたりといった瞬発力のある運動に向いています。

遅筋繊維は長時間の運動が得意であり、速筋繊維はすぐに疲弊し瞬時にたくさんのエネルギーを消費します。大型動物は筋肉量が多く、速筋繊維もたくさん持っているため、理論的には大型動物の方が小型動物よりも素早く動けそうなものですが、ここに落とし穴があります。大型動物の速筋繊維は、小型動物よりもすぐにエネルギー切れになりやすいのです。なぜなら、筋肉の質量が大きく体が重い大型動物は、加速に時間がかかるからです。大型動物は、本来のトップスピードに到達すること自体が不可能だと考える動物学者もいます。トップスピードに至るまでに、エネルギーを使い果たしてしまうからです。

さまざまな動物のトップスピードを予測する数理モデル

しかしスピードに関して言えば、王者は大型動物ではなく、さらには小型動物でもありません。中型の動物なのです。

事実、2017年にこの疑問に答えを求めた研究チームが、動物のトップスピードを予測する数理モデルを『Nature Ecology and Evolution』誌上で発表しました。このモデルでは動物のトップスピードを予測するにあたり、体の大きさのみを基準にしたところ、なんと陸上動物のみならず、鳥や昆虫、魚などに至るまで、トップスピードが正確に算出されたのです。さらに研究者たちは、この「トップスピードモデル」を改良し、動物の運動能力に上限がある理由を調べ、個々の種における上限も求めたのです。

つまりこの数理モデルは、ある種の動物がスピードを犠牲にして大きな体を得た理由や、その逆についても明らかにしてくれたのです。動物の体格とスピードの関係性は、およそ確定的なものであり、さらには実際に動いていることを決して見ることができない絶滅種についても推定が可能でした。例えばヴェロキラプトルは、ティラノサウルの2倍のスピードだったことが推定できたのです。

とはいえ現代の陸上走競技においては、ヒョウなどのスピードに劣る動物とほぼ同じ体格にも関わらず、絶対王者はチーターです。チーターが、スピードに劣るいとこたちに圧勝する原因となるのは、いくつかの身体的特徴です。例えばチーターの脊椎は長く、ヒョウなどの他のネコ科のそれよりもしなやかです。そのため、一歩の歩幅を大きく取ることが可能です。他にも、大地をがっちりと捉える肉球や、大きな心臓、肝臓、副腎、流線形のボディ、自在に曲がる腰部など「陸上最速の動物」というタイトルにふさわしい強みを持つ、身体的特徴を備えています。

つまり、チーターがティラノサウルスを圧倒することは必至です。しかし、これは覚えておいてあげた方がよいでしょう。ティラノサウルスを、チーターと一緒にファイティングリングに上げれば、ティラノサウルの圧勝は間違い無しです。かけっことピアノの演奏の勝負であれば、話は別ですが。