どのアイデンティティを表に出すかの基準は「イケてるかイケていないか」

若林恵氏(以下、若林):すごくたくさん貴重な話が出たところで(笑)。

陳暁夏代氏(以下、陳暁):そうなんですか(笑)。

TAITAN MAN氏(以下、TAITAN):貴重な話(笑)。その態度が馬鹿にしてます(笑)。貴重な話というものを……。

若林:な? そう言われるとちょっと微妙な気持ちがするよね。「TITAN MANさん、今日は本当に貴重な話をありがとう」(笑)。

(一同笑)

陳暁:具体的にどの部分が貴重だったかを……(笑)。

若林:そうそう。まあいいや。せっかくお二人がいるので質問を。 

陳暁:こういう話ができるのうれしいですよね。音楽じゃない、中国じゃない話をする場が欲しいので、うれしいですね。

若林:そうだよね。

TAITAN:若林さん、これマジで超楽しかったです。

若林:ありがとうございます(笑)。

陳暁:呼んでいただいて、ありがとうございます。

若林:いやいや、質問ね。はい、どうぞどうぞ。すぐ質問を言ってくださいね。

質問者1:はい。あ、えっと、いろんな……。

(会場笑)

あ、違う(笑)。貴重なお話をありがとうございました!

若林:だからいらんよって言ってんの(笑)。

(一同笑)

質問者1:いろんなタグ付けがあって、自分があると思うんです。さっきもブランディングとかを考えると、違うなと。いろんな側面の自分の中でよく喧嘩をするんです。その時、どれを勝たせるみたいなポリシーの持ち方は?

陳暁:『インサイドミー』じゃないですか(笑)。

質問者1:『インサイドミー』を、どういうポリシーでやられていますか?

若林:いい。おもしろい質問かも。

TAITAN:さっきどなたかのセッションにもありました。ラブリさんかな。「かっこいいか、かっこよくないか」みたいな表現をしていたと思うんです。わりとそこになるかなとは思いますね。「それ矢沢(永吉)的にありなんだっけ」みたいなやつ。

若林:あー、矢沢な。

TAITAN:「俺はいいけど矢沢はどうかな」の話にはちょっとつられるというか。本当に僕は、イケてるかイケてないかですよ。ごめんなさい。超曖昧です。すみませんでした。

若林:ありがとうございます。陳暁さんはどうですか。

陳暁:都度都度、どの目的を達成したいかで選んでますね。

若林:いいね。

陳暁:私、自分を売ってもいいんです(笑)。例えば、その仕事が欲しい時は、その人たちが見たい私になるんですよ。達成できたらそれは私に返ってくるメリットだから、もうそれでいいと思ってます。その先を見ているので、1回の葛藤の中での自分は大事じゃないと思ってる。自分の中の哲学とか、かっこよさはあった上でですよ。なので、ある程度自分を捨てた方が楽になる時もあると思います。

TAITAN:(質問者に)ちょっと具体性がないとあれですよね(笑)。

若林:どうですか。お答えとしては一応大丈夫?

質問者1:ありがとうございます。

普段と違う側面を見せることで“ラベルの拡張”を体現している

若林:はい、じゃあこっち。

質問者2:お2人とも、「ラベリングされる」とか「フィルタリングされる」みたいなことに違和感を覚えていると思うんです。例えば今回のトークショーの立て付けも、“アイデンティティを考える人”みたいなことで呼ばれていると……。

若林:あはは(笑)。“アイデンティティの専門家”という見え方だもんな。

質問者2:たぶん、我々はそういう体で見ています。

若林:そうだよね。

質問者2:そう見られることへの違和感はないのか。もしくはラベリングのレイヤーがあって、例えば上の話で考えてるから、なんとなく自分としても納得できるのか。

例えば「中国マーケター」みたいなことで簡単にまとめられるとあれだけど、「考え方」みたいなところでまとめられればそんなに拒否感はないのか。じゃあメディア側からしても、そういうジャンル分けみたいなことができるようになれば、それは一個答えになるのかな、みたいなところはどう思いますかね。

陳暁:じゃあ私からいくと、n1の拡張を体現しています。それに関しては、例えば今日の登壇とかは「中国マーケター」で私を知っている人からしたら、私がここの場に出ていることがもう拡張だと思っています。なので、こういう普段(出ない)稀な場というのは、なるべく受けるようにはしています。

なので、アイデンティティがテーマじゃなくても受けていたかもしれないです。あとは、いらっしゃる方のペルソナが毎回違えば違うほどいいと思ってます。

若林:どうですか?

出口の景色が変われば、入り口はどうでもいい

TAITAN:そうですね。僕は入り口はけっこうどうでもいいやと思っています。「アイデンティティ×ラッパーが出てくるらしいぞ」みたいな、みなさんが想像するような入り口はどうでもいいと思ってる。その中身というか出口の景色が、ちょっとでも違うものになっていればいいかなくらいの感じです。

若林:そうだよね。こういう企画・設計する側からすると、難しいとこなんだよね。

だから、それっぽくラッパーと中国マーケターが出てきて、「アイデンティティというテーマでやります」と言った時って、ある種の方向性が見えないとそれはそれでみなさんとしても乗ってきづらいじゃない。アイデンティティってテーマだけがあって、登壇者がわからなくて闇鍋状態だったら、俺的にはチケットも売れない。

質問者2:興味を持たせるためにラベリングするというのが、ぜんぜんあると思うんです。

若林:そうそうそう。

質問者2:。でもお二人はそういうことをわりと拒否していくスタイルというか。

若林:そうなの。だからそれは……。

陳暁:でも、知ってか知らずか、今日実は3人とこんなに話すのは初なんですよ。

若林:陳暁とは、今日初対面だしね。

陳暁:初めてお話ししました。

TAITAN:(陳暁と自分を指して)ここも初ですよね。

若林:ここも初だからね。

陳暁:はい。やっぱりどこかしら、自分の人生でそれを体現して意識を持って生きてるからこそ、1個上のレイヤーからアイデンティティを俯瞰してると私は思っています。私はこうだけど、別にみんなにそれは押し付けないし、そういう目線で今日も話したつもりなんです。なので、良いキャスティングだったんではなかったでしょうか。すみません(笑)。

社会に監視されているモルモットでいいと思っている

若林:良いキャスティングなんだよ(笑)。一応内緒で言っておくと、これって周りを説得するのが大変なんだよ。そこが、(腕を指しながら)俺とかのコレだから。

(会場笑)

陳暁:(TAITANに)出るの悩んだ?

若林:多少やり取りはあったんだよ。つまり……。

TAITAN:3人で出ていくというね。

若林:3人で出るかどうかという話があった。要するにグループ3人なので、僕らは3人で出てもらってもいいかなみたいなことは思ってたりした。そもそも、Dos Monosをみんなが知らないところで、「その中のさらにTITAN MANって誰やねん」みたいな感じになる。

TAITAN:本当に無名のやつが出てきたという問題を避けるために、若林さん及び運営の人はせめてDos Monos(がいいと)。

若林:……といった方がいいんじゃないかみたいなことをね。それはけっこう具体的な生々しいあれだけど、そういうことではなく、「なぜ3人でなきゃいけないか」という必然性を、俺が延々とメールで送んなきゃいけないみたいなことをやるわけですよね。

TAITAN:そうですね。

若林:そう、だからそこも、ある種のどういう取引関係にできるのかというところはけっこう重要じゃない? 僕らはやっぱり何かを提供してもらうので、その代わりに何かしらのメリットが提供されなければならない。一応企画側としては「Dos Monosは知られてないんだから、少しでも知られたいでしょ」みたいな話ではない。

こういう話がおもしろいので、要するに新しいサンプルとして出てほしいという話をしたんだと思うわけ。だから拡張ということなんです。だからそこでたぶん合意はできるという感じ。

陳暁:さっきの「僕は実験体」というのがすごいよかったんです。我々は端くれものの、モルモットということですよね。

TAITAN:マジ、モルモットですよ。社会に監視されてるモルモットでいいと思ってます。僕が食いっぱぐれるか、あるいはいい感じになるかというところを、「みなさんにもコンテンツとして楽しんでもらったらいいな」というくらい、自分のことを突き放して見ている部分もありますね。

創作物が持つアイデンティティの“全体像”は、見えないと思ったほうがいい

陳暁:(若林に向かって)質問メールを読み始めちゃって、大丈夫ですか?

若林:(スマホを操作しながら)いやいや、ちょっと待って、これどこの何が……ん?

TAITAN:いや若林さんが……。

若林:ちょっと待って。質問。(スマホで質問を読みながら)「創作にアイデンティティやオリジナリティは必要でしょうか? 世界観やキャラクターをオープンソース化することは間違いなのでしょうか」。

TAITAN:それ……僕?(笑)。

若林:わかんない。

TAITAN:アイデンティティとか、オリジナリティみたいな話?

若林:オリジナリティなあ。

TAITAN:オリジナリティ問題か。オリジナリティがないものを作っても別にいいけど、目的によると思いますね。すでに見たことのあるものは自分が作っていても楽しくないから、オリジナリティが欲しくなるし。「自分が作りたいから作っているだけで、オリジナリティが発生しない模造品でも僕はいいんです」と言うんだったら、それはそれでいいし。目的によるかなという気がします。なきゃないで、別にいいんじゃないですか。

若林:俺がふと思ったのは、例えばとある1曲があるとする。基本的にポピュラー音楽だと流通可能性の中で作られているので、流通しやすい側面において流通するじゃない。けれども、その曲の全体像というものは、実は誰も知らないという気もするわけ。それはもしかしたら作っている人すら知らない。

なので、そもそも“とある作品”とかそういう物というのは、ラベリングが可能な全体像があるとか……うまく言えないな。俺は、「全体像は見えている」という前提に立たない方がいいと思うんだよ。

つまり、新しい読み方とか新しい聴き方というものが開発されていく可能性は、やっぱり常にあるものだと思うのね。それって実は、作者から離れている問題だし、という。

音楽の父バッハも没後にその価値を再発見された

TAITAN:ちょっと話がずれるかもしれないんですけど。例えばヒップホップでよく使われるサンプリングという手法は、30年あるいは100年くらい前のクラシック音楽とかの一部分をピッと抜いてきて、そこにビート「タンツッタン」みたいなものを足すことで、新しい命が吹き込まれるみたいなことはけっこうよくある話。

でも、クラシックも無名のミュージシャンが作っていた時には、そんな未来がよもや訪れるなんてことは考えてなかった。そこも含めて“曲のポテンシャルだった”というか。その曲が出た時点では、その価値は絶対に規定できないものじゃないですか。

若林:そうそうそう。バッハという人は、同時代では全く無名だったわけ。無名というか、ぜんぜん人気作家じゃなかったわけだよ。それが没後200年して、200年じゃないか。それぐらい経った後に再発見されていくわけだよ。

だから、バッハが生きてた時に思われてたバッハの音楽の価値というのは、(手で表現しながら)たぶんこれぐらいのものだったのが、150年とか経って、少なくとも現在の位置からいくとすごくでかいものになっている。しかもそれで全部が発見され尽くしたのかというと、たぶんそうではないと。だからそういう意味で言うと、なんて言うのかな……。

TAITAN:あぁ、そういう話はいいっすね。

若林:いいっすか? 貴重な話だった?(笑)。

TAITAN:貴重です(笑)。会場のみなさんにも実りのある話だと思ってます。