ヒト同士のゲノムの違いはわずか0.1パーセントにすぎない

高橋祥子氏(以下、高橋):「ゲノム」という言葉が出てきたのは、本当に最近のことなんですね。みなさんも「遺伝子」という言葉はもちろんご存知だと思うんですが、それと「ゲノム」との違いとか、ふだんあまり馴染みのない方も多いと思いますので、何をやっているかをお話する前に、ちょっと簡単に基礎知識をさらっておきたいと思います。

「ゲノム」というのは遺伝子の全体のことですね。ある生物を構成する全塩基配列の情報のことです。例えば、ヒトのゲノムはヒトゲノム、小麦のゲノムはコムギゲノムと言ったりします。ヒトの場合は、約30億の塩基対でできています。ヒトゲノムが完全に解読されたのが2003年です。

2003年というとたった15~16年前です。2003年は、ちょうど私が中学校を卒業して高校1年生になった年で、その4月にヒトゲノム解読が発表されたんです。私が通っていた高校の校舎の壁に「ヒトゲノム計画完了」というヒトゲノム計画を説明するポスターが貼ってあって、それに非常に感銘を受け、「世界ではこんな壮大なプロジェクトが走っているんだ!」と思って、とてもドキドキしたのを覚えています。

たった15年前ということは、それより前に教育を受けた方の教科書にはそもそも載ってないんですね。そもそもまだ解読されていないわけです。そうすると今の大人のほとんどは、今日いらっしゃっているみなさんのようにご自身で新たに学ぼうとしない限り、まったく馴染みのないものということなんです。当然と言えば当然なんですよね。

ちなみにヒトとチンパンジーのゲノムの違いは、わずか1パーセントくらいだと言われています。ヒト同士の違い、みなさん同士、私とみなさんの違いはだいたい全体の0.1パーセントくらいだと言われています。

なので99.9パーセントはみなさん同じものを持っていて、それは例えば「手が2本あります」とか、「指が5本あります」とか、「目が2つあります」とか、そういう体を作るゲノム情報というのは同じということです。

ただ、ゲノムを構成する塩基の1,000個に1個くらいは人によって違うものを持っていて、それがみなさんの個性を作っているんですね。例えば体格が違うとか、顔の形が違うとか、性格の違いとか、病気のなりやすさの違いも、この1,000個に1個の遺伝的な個性が関係しているということですね。

DNAは物質で、遺伝子は情報

ちなみにDNAというのは、この塩基、デオキシリボ核酸という「物質」の名前なんですね。「遺伝子」はこの物質がコードする「情報」のことを言います。「ゲノム」というのはその遺伝子の全体のことです。

DNAという言葉はみなさんもよくご存知かと思います。「DNA」と「遺伝子」ってわりと同じように使われていると思うんですが、「DNA」は物質で、「遺伝子」は情報ということになります。

ということでワードの違いがわかったと思いますが、ジーンクエストでは約1,000個に1個の個人によって違う塩基の場所を読み取って、この遺伝子のこの場所がこのタイプの人はこの疾患になりやすいとか、こういう体質だという情報を提供しているんですね。

基本的にインターネットがベースのサービスを提供しています。インターネットを使っていることがあとでポイントとなってきます。申し込んでいただくとキットが届いて、唾液を入れて返送していただくだけで、だいたい1ヶ月くらいでマイページ上で自分の遺伝子情報が確認できるというものですね。

何を提供しているかと言うと、体質に関する遺伝子情報です。例えばお酒に強いのかどうかというような体質ですね。あとは健康リスク。がんですとか、生活習慣病ですね。糖尿病、脳卒中、高血圧などのリスクに関する遺伝子情報を提供しています。

あとは祖先の解析。これは実はアメリカですごく人気です。やはり「人種のるつぼ」と言われるだけあって、自分の祖先が何人かを知りたい方がかなり多いんですね。ただ、日本ではあまり人種の多様性がないので、ここの需要はそこまではないです。

体質・健康リスク・祖先の全部で300項目以上の項目を提供しています。その中でも、やはり疾患の遺伝的なリスクを知りたいという方が多いです。自分の遺伝的なリスクの高い項目を一覧で見ることができます。

例えば2型糖尿病ですと、遺伝子の情報に加えて、その病気のリスクは何なのかとか、そもそもリスクが高い場合に予防のためにこういうことができますよ、という情報を提供しています。病気になってから治すのではなくて、病気になる前に予防のための行動を取っていただくというための情報提供ツールとなっています。

まさに私が父親の病院に見学に行って覚えた違和感を、病気になる前になんとかできないのかなということに取り組んでいるようなサービスですね。また、結果をお返しするために解析した遺伝子の場所ですとか、あとはその項目は遺伝要因がどれくらい高いのかとか、科学的な根拠ですね。そういう情報も、すべて透明性を担保して提供しています。

二日酔いやアルコール依存症のなりやすさも遺伝子で分かる

例えば、私は体質のことで言うと、実際にアルコール関連の遺伝的体質は本当に知ってよかったなと思います。みなさんは大人ですので、ご自身が飲めるかどうかはある程度わかっていらっしゃると思うのですが、私は強いのか弱いのか、よくわかりませんでした。その日の体調によって飲めるときは飲めるし、飲めないときは飲めないということで調べてみると、本当に強い人とまったく飲めない下戸の人の間のタイプだったんですね。

さらにアルコールを分解するときにはアセトアルデヒドという有害な物質が代謝中間体としてできるんですけど、それが体内に存在する時間が長いタイプだということがわかりました。アセトアルデヒドの分解が遅いタイプなので、すごく二日酔いになりやすいんですね。みんなも私と同じくらい二日酔いになっていると思っていたら、私が二日酔いになりやすいタイプだったということがわかったんです。

そういう二日酔いになりやすいタイプの人は、長時間アセトアルデヒドが体の中に存在するので、アルコールによる食道がんのリスクがものすごく高いんですね。そんなことも知らずにお酒を飲んでいました。自分の遺伝子も知らずにお酒を飲んでいたのかと思うと、すごく危なかったと思ったんですね。

この情報は、比較的若いうちに知ることができて、本当によかったなと思ったことです。お酒が強い方の中でも依存症になりやすいかどうかとか、弱い方の中でも悪酔いしやすいかどうかは、遺伝子を調べることによってある程度、体質がわかります。

遺伝要因の高い病気を日頃の行動で予防

あとは例えば、私は腎臓結石のリスクが非常に高いタイプで、実際に結石を発症したことがあります。結石を発症されたことがある方はわかると思うんですけど、すごく痛いですよね。

年配の方が発症するイメージがあったので、お医者さんに「私はなんで発症したんですかね?」と聞いたんですよ。「何がダメだったんですかね?」と聞くと、お医者さんは「そんなのわかりませんよ」と答えたんですね。

(会場笑)

「明確な原因がわかることなんて、ほとんどないんですよ」と言われたんです。そのあと自分でこのサービスで実際に遺伝子を調べてみると、腎臓結石のリスクが高いことがわかりました。しかも、結石は遺伝要因が比較的高いということが知られています。それで母親に聞いてみると、実は母親も若いときに発症していて、祖母も2回発症しているんですね。

私は完治したんですが、結石は完治した人も約50パーセントが再発するものなので、この結石のページに記載されている「予防のためにできること」を実践しています。水分量をちゃんと取ることもそうです。シュウ酸が原因なので、シュウ酸含有量が多いものは避けるようにしています。例えば、生のほうれん草などです。茹でたら大丈夫なんですけれどね。お茶も、緑茶よりほうじ茶や麦茶のほうがシュウ酸含量が少ないので、すべて切り替えました。そういう日々の行動変容をすることによって、予防につなげています。

遺伝子でどこまでわかるのか?

ときどき「遺伝子情報って変わるんですか?」と質問を受けるんですけれども、生殖細胞系の遺伝子情報は一生変わらないと言われていますね。例えば、がんを発症すると、そのがん細胞の部分だけは遺伝子が変わっているんですけど、次の子どもに伝わる、遺伝する生殖細胞系の遺伝子は、基本的に一生変わらないと言われています。

ただ配列自体は変化しなくても、配列に対する私たち人間の知識は日々増えています。ということで、1回解析していただくと「新しい項目がわかるようになりました」とか、「結果が更新されました」というアップデートも無償で提供しています。ですので、まだまだ研究途上のものもありますし、今後どんどん新しいことがわかっていくというような段階です。

今どういう方が受けてらっしゃるかと言うと、やはり病気のリスクが知りたいという方と、あとは新しい技術や課題解決に期待するところがある方です。この子は生活改善のきっかけですね。「健康診断をしてないので気になる」という声もありますが、実は(遺伝子検査は)健康診断とは違います。健康診断は、今の自分がどうかを知るものです。遺伝子検査は今どうなっているかを見るものではなくて、リスクがあるかどうかという話です。本当は両方を受けていただくのがいいですね。

あと「遺伝子でどこまでわかるんですか?」という話はよく聞かれますが、実は信頼性は「ものによります」ということですね。例えば先ほどのアルコールの体質と遺伝子の関係はヒトゲノムが解読されるずっと前から研究されてきていますので、誰が解釈してもほぼ同じような解釈結果になります。

ただ、最近研究され始めてきた、例えば遺伝子と性格の関係であったり、遺伝子と食品に対する反応であったりという領域についてはまだまだ研究例が少ないものも多くあります。疾患領域以外も含めてここ数年とか、最近に研究されてきたものは、まだまだ解釈の余地はあるというところはあります。

ですので、「ものによる」ということです。「アルコールの耐性」と「性格と遺伝子の関係」は同じ土壌で議論してはいけないということですね。「今、その項目がどれくらいの信頼性ですよ」ということも合わせて提供しています。

「技術的にできること」と「倫理的にできること」の違い

あとは、「遺伝子でどこまでわかるんですか?」という話に関連して、みんな「あなたは遺伝子的には、47歳のときに100パーセントがんになりますよ」という風に確定的に言ってほしい人が多いんですけど、そういうものではありません。どんな疾患や体質も、遺伝要因と環境要因が影響します。

遺伝要因がどの程度影響するかも、ものによって違うんですね。例えば家族性の乳がんですと、遺伝要因がほとんどです。なかなか環境で防ぐことができない。ただ、同じがんでも肺がんですと遺伝要因が約10パーセントくらいでして、あとは環境要因です。喫煙しているかどうかやストレスといった環境要因が大きいと言われています。

その中でも、遺伝子だけで100パーセント発症が決まってしまうような遺伝性の疾患というものがあるんですけれども、実はそれは個人向けの遺伝子解析サービスでは扱っていないんですね。これは「技術的にできること」と「倫理的にできること」が異なるということがあります。

遺伝子だけで100パーセント決まってしまうものは、その情報を提供することそのものが医療の診断行為になってしまうので、個人向けのサービスでは提供していません。あくまで環境要因も影響するからこそ、自分で予防の行動ができるものだけを扱っています。

あとは精神疾患も実は扱っていません。うつ病とか、双極性障害ですとか、統合失調症というものは扱っていません。これも倫理の問題になってくるのですが、「あなたはうつ病になりやすいですよ」と言われることによって、その結果次第で精神的な負担を受けて、うつ病になってしまうという可能性もあるということが懸念されています。

「技術的にできること」と「倫理的にできること」に違いがあることがすごく難しいところですね。とはいえ今後、遺伝子情報は技術的には個人が簡単に知ることができるようになるので、リスクを越えてどういうふうにメリットを取っていけるかが重要になると思います。