小田嶋氏の過去を振り返る

小田嶋Alex太輔氏(以下、小田嶋):やっぱりSAMPOとかCynackの子たちなんか、特殊なのかもしれないですけど、他にもインターンだったりとか学生系のイベントだったりとかでいっぱい学生の若い子たち来てくれるんですよね、うちって。俺が彼らの歳の時、こんなに……。

河上純二氏(以下、河上):出た。

小田嶋:ひどかったなぁと思って。自分のことを思い出して。

河上:そうだね。ひどかったもんね。

小田嶋:ひどかったですからね、俺は。

河上:ちょっと過去戻ろうか。

小田嶋:いや、やばいです、やばいです(笑)。

(一同笑)

やばいやばいやばい。

河上:ちょっと一瞬戻ろうかね。オダジーが今ほらEDGEofだけど、いろいろ過去さ……学生時代からいく?

小田嶋:いやー、放送できないです(笑)。

及川真一朗氏(以下、及川):(笑)。

河上:そうそう。どっちかというと、いや、もうあれでしょ、ヒッピーとかでしょ?

小田嶋:いや、待って(笑)。

河上:なんて言ったら……どういう人だったの?

小田嶋:いや、もうダメな人ですね。

河上:ダメだね。

小田嶋:ダメな人です。廃人系。

及川:廃人(笑)。

小田嶋:廃人系ですね。

河上:出がね。

小田嶋:もうもうもう。本当にダメでしたね。

河上:そうだよね。俺も聞いてるんだけどさ。

磯村:ぜんぜんイメージ……。

河上:聞きたいよね。ちょっと言って。突っ込んでやって。

小田嶋:いや、だから、たぶん自主規制になる。ずっと「ピーーッ」が入る感じ。あんまり言えないですね。

及川:ぜんぜん音声が出てこない(笑)。

学生時代のゴリゴリのヒップホッパー

小田嶋:でも、あれですよ。そんな……僕、完全に東京生まれ東京育ちの人だったんですよ。中学生時代から、遊びは学校が終わったらセンター街へ遊びに行って。決して僕は不良ではなかったので。けんかとか絶対にしないし、なんかもう怖そうな人が来たら逃げるみたいな。「僕、勝てません」っていう。だから、もう世代的には、ゴリッゴリのヒップホッパー。

及川:ああ、そう。

小田嶋:両足入るぐらいに太い腰パン?

及川:ああ、なるほどね。確かにもうそういう時代ですもんね。

小田嶋:完全にお尻半分出てるみたいな。

及川:はいはいはい、腰パン。

小田嶋:そういう服、売ってましたからね。

磯村:へえ。

小田嶋:うん、そうそう。

河上:なんで、そんなさ。

及川:そうそうそう。

「新規事業のアイデアを考えてみろ」 18の時に父から言われた一言が転機に

河上:転機は何だったの?

小田嶋:いや、でも環境的に、僕すっごい両親に恵まれてるんですけど、うちのお父ちゃんがいろいろ、コンサルとしていろんな会社のブランディングとかをやっているような人だったんですよね。

及川:へえ。

河上:ちょっと言うとね、あんまり言うとあれだけど、ご迷惑かかったらあれだけど、とにかくあれなのよ。CIとかさ、コーポレートアイデンティティの大御所の人なのよ、お父さん。

及川:ああ、そうですかそうですか。

河上:これはもうどこまで話すか、ちょっとあれだからこれぐらいにしておくけど。とにかくね、社会的貢献度が高い人で、この人がまったく社会的貢献度を意識しないという。

小田嶋:そう。けっこうもう誰……絶対日本で知らない人いないぐらいのレベルの有名なブランドの開発とかをやってたりしたので、そういう環境ですごいラッキーなことに育っていって。今思うとよくできたなって思うんですけど……ガキですよね。18、19の。ガキに対して「この会社の新規事業のアイデアとか求められてるから考えてみろ」と。

河上:突然、おやじさんに?

小田嶋:そうそう。言ってもらえて。まだ学生ですよ、その時。20歳になったかないかぐらいの時に……もうポラロイドです。ポラロイドがそろそろ特許が切れると。特許に胡座かいてなんの新規開発もしないまま20年30年やってきた会社だから、特許切れた瞬間に死ぬっていうのはもう見えてて。

夏休みの宿題が事業アイデア出し?

だから、チェキとかが出て、あっという間に駆逐されたじゃないですか。その時に「どうにかしなきゃあかん」というので、うちのお父ちゃんのところに来てたらしくて。

インターネットがだんだん民衆に……たしか2000年代の本当頭の頃の時にそこらへんの話が来て、そのインターネットとか絡めて、「インスタントカメラでなにかおもしろいことできないか、アイデアを考えてみろ」っていう、すごい今思えばラッキーなお題をもらって、もう夏休み中に友達と一緒にチームを作って。

磯村:夏休みの宿題だ(笑)。

河上:それやってみたんだ?

小田嶋:やりましたやりました。

河上:へえ。

小田嶋:20個ぐらい提案をして。とか、そういうのの流れで何個かけっこう有名な会社の新しい事業アイデアを考えてみろと。

河上:なるほど。

小田嶋:というのを本当学生のときにやらせてもらえたんですよ。絶対これ楽しいなっていうのはもう思っていて、やっぱりそこは大きいと思います。影響は。

河上:なるほど。じゃあ本当だね。そこから来てるね。もう屁理屈バシバシ俺にぶつけてきたあの感性はね。

小田嶋:そうそう。

河上:(笑)。

中学時代に観た『ジュラシック・パーク』に衝撃

河上:そっか。じゃあ20歳ぐらいってことか。芽生えてきたの。それじゃあ。

小田嶋:僕は実は子どもの時は、映画のSFXの技師になりたかったんですよ。当時まだCGがなかった時代なので、例えば顔が溶けるシーンはアメを使ってどうとか。

河上:そうだね。

小田嶋:あと、町が爆発するところは、火って上に上がるじゃないですか。だから、模型を、こうじゃなくて、こうやっておいて、カメラを上から撮るんですね。ここで爆発させると、炎が街なかを……。

河上:わって駆け抜けてくる。

小田嶋:駆け抜けるような映像にできるよねっていうその。すごい物理も知らなきゃいけないし、ものすごいクリエイティブな仕事だなと思っていて、俺はもう大きくなったらこれやりたいと思ってたんですけど、僕が中学生、12、13歳ぐらいの時に『ジュラシック・パーク』が出たんですよ。

河上:出ましたね。

小田嶋:恐竜がCGでゴリッゴリ動いていて、終わったんですよ。僕、それを見た時に「あっ、なくなるな」と思って。「なんでもコンピュータで映像化できちゃうじゃん」と。「そしたらSFXでこうやってどうやって作ろうみたいなのはなくなるじゃん」と思って、もうそこからはあんまり「これやりたい!」みたいなのはとくになく。ただ、やっぱりアイデアを活かすだったりとかっていうのはずっとあったのと。

河上:なるほど。