日本は美術品の“価値が見えない”国
国宝や重文さえも「国の資産」に含まれない事情

ダイアローグ「芸術資産の価値を高めるには?」

2018年11月30日、文化庁が主催するシンポジウム「芸術資産『評価』による次世代への継承—美術館に期待される役割」が開催されました。人口減少と超高齢化社会が進行する日本では、美術品などの芸術資産の活用と次世代への継承が極めて重要になってきています。そこで、文化・芸術資産の活用の重要性、価値評価を高めていくための方策、今後の美術館の在り方などを議論するシンポジウムが行われました。本パートでは、東大名誉教授の青柳氏と京大大学院准教授の柴山氏が、経済学の視点から見る美術品の価値や、美術市場の今後について対話しました。(撮影:古澤龍)

提供:文化庁

フロー型の経済からストック型の経済への転換期

柴山桂太氏(以下、柴山):柴山です。よろしくお願いします。私は、美術はまったくの専門外でありまして、いまご紹介があった経済学に属しているのですが、その経済学でも必ずしも主流ではないという人間であります。

では、どうしてここでお話しするかといいますと、これからの経済学、経済政策、あるいは経済思想といってもいいのですが、私が常々考えているそうした発想をここでお話しすることで、なにか美術の世界との接点が見えてくるのかなということで、しゃべらせてもらいます。

ものすごくわかりやすくいうと、いま、経済は大きな転換点にあるんだと思うんですね。それは20世紀型の経済から、21世紀型の経済といってもいい。

20世紀型の経済とはなにかというと、フローの世界です。例えばGDP(国内総生産)という概念がありますよね。これはいま、経済において最も重要なマクロ経済の統計ですけれども、典型的な20世紀の発想で作られています。ちょうど1929年、大恐慌の時期に失業者が増えた。どうやって失業者を減らそうか。どうやって国民所得を増やそうか。

フローというのは、売上や利益などの年々で移動するお金の動きを捉える概念のことです。あるいはマクロ経済でいうと、所得や雇用を上げていくことが経済学の目的、あるいは経済政策の目的でした。

けれども、だんだん成熟してきましたので、目先のお金の世界から、徐々に蓄積されてくる時代になった20世紀後半以降は、経済の中でフローではなくストックの重要性がだんだん上がってきているわけです。

ストックとはなにかというと、資産や資本、あるいはその反対側で負債というものがありますけれども、そういう年々で動いていくものではなく溜まっていくものです。それが実は大変な大きさになっている。このストックの価値を上げていくことが、おそらく次の時代の大きな考え方の軸になるのではないかと思うんです。

世界の美術市場の売上の話をすると、データが出ていました。たしか2016年頃で、世界の美術市場は日本円でだいたい7兆円の売上だという話ですよね。これは最近増えているようですけれども、フローで見るとものすごく小さいんですよね。

世界の美術市場は、日産自動車の年間売上よりも規模が小さい

柴山:例えば、いま話題になっている日産(自動車)がありますよね。日産の年間の売上は11兆円ですから、世界の美術市場は日産よりも低いんです。ものすごく少ないんですよね。世界全体のGDPは円ベースで見ると8,350兆円ぐらいですから、0.01パーセントもないんです。それは日本のアートフェアのデータで3,300億円。これも日本のGDPにすると、たぶん0.1パーセントもないんじゃないでしょうか。

そうすると、文化庁の予算が0.1パーセントだというのは当然です。産業の規模があまりにも小さいわけですから、それは予算もつかないですよね。政策では、例えば選挙民に(投票してもらうために)、どこに予算をつけるか。それは福祉や失業対策や雇用につくに決まっているわけです。

だけど、「フローで見れば小さい産業なんだけど、ストックで見ればどうなんだろう?」というのが私の問題意識です。つまり、日本には莫大なストックが存在するわけですよね。

ちなみにストックというのは普通、統計上は、日本の土地や工場設備、国有財産や森林資源などの自然が国富統計に入るのですが、なぜか日本のストック統計には文化財が入っていません。

日本は文化財をものすごく持っているじゃないですか。それこそ飛鳥の昔からお寺があって、関西はたくさん持っている。それがまったく資産評価されていない。もちろん資産評価できるかどうかという問題はありますけれども、たくさんの文化財が日本に存在します。あるいは、街や自然の景観だって、本来はストックなんですよね。

つまり、長い世代を引き継いで徐々に価値がつけられてきたというか、長い歴史を持つが故に、実は適正に評価されていないもの、もしくは我々のレーダースクリーンに入っていないんだけれども、価値のあるものが国中に山ほどあるわけですね。

ストックの価値を上げるという観点に立って見ると、美術館が持っているコレクションもそうですし、日本に存在するさまざまな現代アートの作品も、もちろん含まれると思いますが、こういうものの価値を上げていくことが、これからの発想には必要なのではないかと(思います)。

具体的にその価値をどう上げていくかは、これからの議論でいろいろとおうかがいしたいなと思います。いずれにしても、そうした発想に立たないと、目先のGDPを上げたり、あるいは失業者を減らすといっても、もういまのアベノミクスでのフローの統計は、みんないい(数字な)んですよね。なにも問題ないんです。けれども、それで本当に我々が豊かになっているかというと、どうも違う。

そういう発想から新しく日本の進むべき道を考えるとすると、ストック、とくに文化財や美術にもやっぱり注目する必要があるのかなというのが私の問題提起です。

日本の富は世界でも非常に珍しい構成になっている

青柳正規氏(以下、青柳):ありがとうございます。いま、柴山さんのお話を聞いていてすごく思い出したのは……2012年の「リオ+20」(リオデジャネイロで開催された「国連持続可能な開発会議」の通称)の時に、世界の富はどこにあるのか、どれぐらいあるのか(が話題に出たことです)。

やっぱり、いま、柴山さんがおっしゃったように、GDPはフローで、四半期ごとの会社の経常利益がいくらで、売上がいくらでということでしかないから、本当の富がわからない。だから、ちゃんと富を計量化して計算しようということで、ケンブリッジ大学の(パーサ・)ダスグプタという世界で最も尊敬されているといわれる経済学者をトップにして、2008年のデータで世界中の約20ヶ国の富を調べました。

そうすると、2008年のデータでは、もちろんアメリカがトップで110兆ドルぐらいです。そして、日本が56兆ドルぐらいです。ですから、だいたいアメリカの半分。そのあとに中国やドイツなどがずっと(続いて)くるんですけれども。

この測り方は、3つのキャピタルをもとにしています。1つはナチュラルキャピタル(自然資源)です。もう1つがソーシャルキャピタルで、インフラがどれぐらいあるのかということ。それから、3番目が人材。「人間がどれぐらい教育を受けていて、職業スキルがどれだけあるのか?」ということについて調べました。

そうすると、日本の場合は、56兆ドルの中で75パーセントぐらいが人材なんですね。もちろん自然資源はほとんどない。あと、インフラとしてのソーシャルキャピタルが20数パーセントあるという、世界でも非常に珍しい構成になっています。これを調べた時に、残念ながら、いまおっしゃった文化財が欠けているんですよね。だから、Cultural Resourcesを4つ目のキャピタルとして認めると、また違ってくるかもしれません。

それから、2008年のデータを1人当たりに直すと、日本は全体で56(兆ドル)だから半分ぐらいなのですが、人口は3分の1ぐらいですから、その統計では、世界で最も豊かな国になったんです。おそらく、それに文化財を入れると、もっと(豊かな国に)なっていると思います。

そういうことが行われるぐらい、やっぱりフローだけではなく、ストックに移ろうとしているといえるかと思います。そこでぜひお聞きしたいのは、ストックが付加価値をつけたり、あるいは正当に評価されるためには、どうすればいいんでしょうか?

ストック型の商品は、時間が経っても劣化せず価値が上がる

柴山:どうして経済学がフローばかり扱ってストックを扱わないかというと、ストックは計量が難しいんです。それこそ、消費や投資は年々の統計で取れますが、例えば資産の価値がいくらかというのは(計量することが)難しい。

唯一、ストックで統計が整備されているのは土地ですよね。その理由は、簡単にいうと、相続税などですね。まさに税当局がそれを正当に評価すべき理由がある場合(に測る努力をしているわけ)ですけれども、それ以外のものは非常に難しい。

先ほどのソーシャルキャピタルや文化財という話になると、それは難しいわけです。例えば、法隆寺にいくらの価値があるかなんて、簡単にいえないですよね。

だけど、考え方として……もちろん、いろいろなやり方はありますし、技術的にはいろいろな評価をしてもらってそれを客観化するといった方法もあると思うんですけれども、まずはその考え方が重要だという気がしています。

フローからストックへの転換についてですが、要するにフローの世界では、モノは消費されたら終わりなんです。生産して消費されて終わり。けれども、ストックの世界では、モノは単なる消費財ではなく財産です。

美術品は(ストックの)典型ですよね。美術品は、別に1円で消費されたらそれで使い尽くして終わりではないですよね。5年、10年、20年、30年と所有されて、そこに評価がついてくれば、その分価値が上がっていきます。

世の中にはいろいろな商品がありますけれども、普通は時間とともに劣化していくんです。ですが、時間が経過しても劣化しないものという特殊な商品があり、その典型が美術品ですよね。まぁ、ある種の美術品というべきですかね。

それこそ、30年ぐらい前に(旧・安田火災海上保険が1987年に購入した)ゴッホの「ひまわり」が約50億円で、高い買い物だといわれましたが、たぶん、いま売ったらもっと高いんじゃないですかね。明らかに正しい買い物だったんじゃないでしょうか。もちろん美術は美の世界ですから、簡単に金銭評価に馴染まない部分があるのは百も承知の上でいっているんですけれども。

いずれにしても、時間を通じて価値が上がってくるものだというのがストックの非常に重要なポイントなので、それはもちろん評価してもいいのですが、価値が上がっていくというところに注目したほうがいいのかなと。「どうやって上げるべきか?」ということを考えたほうがいいんじゃないかという気がしますね。

株よりもずっと儲かっていた、経済学者・ケインズの絵画投資

青柳:柴山さんがなにかで、ケインズがそれをすごくうまくやっていたと書いていらっしゃいましたが、少しご紹介いただけますか?

柴山:実はGDPという概念を作ったのは、20世紀最大というか、(これまでで)最も有名な経済学者のケインズという人なんですが、皮肉なことに、実はケインズ自身はストックの経済学を考えようとしていた部分があります。

普通、経済学の人たちは文化・芸術にあまり関心がない場合が多いのですが、珍しいことにケインズは、若いときにヴァージニア・ウルフやE・M・フォースターのような文学者、それからロジャー・フライというセザンヌの評価をした美術評論家などが知り合いにいました。それもあって、アートコレクターとしても有名で、とくにセザンヌの絵を買って大事に持っていたそうです。

しかも、ケインズは投資家でもあったので、アートは純粋に美的な価値を享受するだけじゃなく、どうも美術を資産運用の一環としても考えていたようなんですね。

最近研究が進んで、死ぬ間際に135点ほど(の美術作品を)持っていたらしいのですが、それがその後、どういう値段のつき方をしたのかを研究した人がいました。

ちなみに、ケインズはパトロンでもあって、若い芸術家を支援していたものですから、「じゃあ、お礼に絵を描きますよ」ということで、たくさんのアーティストが描いた肖像画が残っているんですね。それで、歴史上最も絵画のモデルになった経済学者といわれています。

それはともかく、ケインズの絵画投資は、実はすごく儲かったということが最近わかってきたんです。

すごく簡単にいうと、ケインズの投資は維持管理費を抜いているんですけれども、内部収益率、要するにもし同じような利子を持った金融商品を買うと何パーセントぐらいの利子がついたのかというと、10.9パーセントというとんでもない数字になっていました。これは株など(の収益率)がまだ5パーセントぐらいなので、株を買うよりも実は儲かっていた。

当然ながら、ケインズおよびケインズの友人たちの目利き能力が非常に高かった。とくにコレクションのうちの上位10点だけで、全体の90パーセントの収益を得ていたということですから、130点あるうちの10点ぐらいが、その後の爆発的な価値の増加を生んだそうです。

その10点がどんなものかというと、やっぱりセザンヌが大きいみたいなんですけどね。20世紀で大変(有名)な芸術家ですから、それはそうでしょう。

美術では後進国だったイギリスで目利きたちが生まれた背景

柴山:そういう意味でいうと、ケインズは芸術家に対する支援者としても重要です。のちに彼はイギリスの芸術を支援する団体の会長になって、アーティストの支援をしたり、奥さんがバレリーナだったこともあって、今のロイヤル・バレエの基礎を作り、資金を与えたり助言を行ったりしました。あるいは、Arts Councilの前身団体の会長も務めていた人物なんです。

ケインズ主義といわれますが、彼は国家が経済に対して一定の介入を行うのが正しいことだと考えていました。しかし、失業者を救済するという意味でのフローでの経済効果を狙った政策が重要だといっている一方で、「自分がもし国家に投資するとすれば、それは英国の主要都市を最高水準の芸術と文明の付属物で装飾することに着手する」といっています。

それぐらい、芸術のストックの価値を高めたりすることに、自分だったらお金を使うといっているんですよね。

実際には20世紀前半ですから、フローの部分でまだ足りない部分がたくさんあります。それで、ケインズの後者の部分である、芸術投資家としての面はだんだん忘れ去られてしまったのですが。

しかし、21世紀の今日においては、どうせ投資をするのであれば、もちろんインフラ投資は大事ですけれども、芸術に関わるようなストックの価値を上げる投資をする、あるいは、そういうふうに国家の介入を考えることも重要なんじゃないのかなと思います。

青柳:ありがとうございます。いまのお話を聞いていて……1つは、イギリスには、我々が大変称賛すべき、Connoisseurshipという目利きたちがいるんですね。

なぜそういう人たちがいるのかというと、ああいう島国では常に、少なくとも(ウィリアム・)ターナーが出てくるころまでは、美術では圧倒的に、大陸であるフランス・イタリアのほうが上だったわけです。もう追い越せ、追いつこうということで、Grand Tour(イギリスの良家の子弟がヨーロッパ大陸を巡る慣習)など、いろいろなことをやるんですけれども、なかなか(追いついて)いかない。

けれども、いいものは買って取り込むことができます。そのいいものは誰が判断するのかということで、Connoisseurという、社会階層というか、そうした職業の人たちが出てきたんですね。

日本でも室町の終わりから世阿弥などのいろいろな目利きがいたわけです。そういう人たちが「どういうものを買ったほうがいい」「これはやめたほうがいい」ということを、権力者や金持ちたちに助言している。そういうものがしっかりできていることで、イギリスは自分のところからいい美術品を生み出せない段階でも、外からいいものを集めることができました。

人々と美術品の距離感が変化した理由

青柳:そういう伝統の上に乗って、1764年ぐらいからBritish Museum(大英博物館)ができるわけですけれども、そのあとにいろいろな美術館ができました。そして、そこでしっかりと取捨選択されたものがあるからということで、一般のコレクターたちも、それに右へ倣えをしながら自分のプライベートコレクションを作っていくという、いい回転が生まれていったわけです。

フランスの場合は、最初はルーブル(美術館)のことを中央美術館と言いましたけれども、市民革命の時にそれが開放されました。そして、19世紀に入ってからは、expertという目利き専門家を国が認可していくような制度を作って、やっぱり評価機構にあたるものがしっかりとできてくるわけです。

それと同時に、19世紀頃からヨーロッパでは、とくにフランスを中心として、オークションというものが成立していました。そして、ご存じのとおり、サロンなどのいろいろな官製展覧会もあれば、プライベートなものもありました。そういうものの中で、美術が社会の中にしっかりと入り込んでいったということですね。

日本も江戸時代ぐらいまでは、そうしたものが一定数ありました。地方の素封家は、江戸で活躍した人たちを地方に呼びました。例えば、北斎も長野まで行って滞在し、いろいろな天井画などを描くわけです。それから、ちゃんとした家には絵を飾る場所がありました。

ところが明治以降、いろいろな文化的変化の中で、美術というものが一般家庭の中でしかるべき場所を失っていきました。とくに戦後はそれが大きくなってきたため、プライベートな空間からどんどん追い出されていくようになってしまった。その結果がいま、美術市場というものの小ささに一番反映されているんだと思います。

そういうことを歴史的にも考えれば、1つは、柴山さんがおっしゃったように、ストックという考え方をみんなが持つこと。それからもう一方では、それを社会的に定着させるために、鑑定・評価など、さまざまな社会との関わりをしっかりと持たせること。そういうところにポイントがあるんじゃないかと思うんですけど、そのあたりはどうでしょうか?

経済学の世界では、価値を決めるものは「労働量」と「希少性」

柴山:僕がいつも思うのは、美術品の価値とは何なのか、ということなんですよね。経済学の世界では、価値についての考え方というのは大きく2つあります。

あるものの価値は何で決まるのかというとき、19世紀の古典派経済学の人たちは「労働価値説」なので、そこに投じられた労働量の大きさがその価値を決めるんだ、という考え方ですよね。例えば、ある美術品の価値が大きいのは、たくさんの職人が膨大な労働時間を投入したからで、それが価値を決めるという考え方ですね。

そのあとの19世紀後半からの新古典派経済学では「価値は希少性で決まる」と。つまり、需要と供給に関して、すごく需要は多いのに供給が少なければ、値段が上がりますよね。美術品でいえば、みんながものすごく欲しがっているのにもかかわらず、作品数が少ないといったことがその価値を上げます。

どちらもそういう部分はあるんですけれども、ただ、なんだか「それだけじゃないよな」ということは、外部から見ていても感じるんですよね。

では何が価値を決めるのかというと、1つはいま、青柳さんがおっしゃったような評価といいますか……アート・ワールドの中で、ある種の趣味の基準があって、それがダイナミックに変化していくんでしょうけれども、例えば、ある時期まではこの作家はすごく評価が低かったけれど、何かのきっかけでそれがどんどん上がっていくとか。

そういうかたちで評価のシステムがある種の序列を作り、序列はどんどん移動するのですが、それが価値を決めていくことはあるのかなという気がします。しかも、それはアート・ワールドの仲間、ポリティックスというもので決まっている部分もあるのかと。

もしそこに何かが介入することで、不当に低く評価されているものを上げることができるのであれば、それは望ましいことかなと思うんです。

宗教が価値を失った一方で、作家が聖人化している

柴山:もう1つ、僕はあくまで門外漢なので、もし間違っていたら指摘していただきたいんですが、芸術の価値はなんだか宗教的なものの価値に近いなと、いつも思うんですよね。

セザンヌが偉大なのは、「セザンヌという偉大な作家が描いた絵だから偉大だ」というところがあります。逆にいうと、偉大な芸術家は徹底的に研究されるわけですよね。草稿から何からすべて調べられて。まさに、偉人というか聖人として扱われる。

近代とは、まさしく世俗化が進み、つまり伝統的な宗教が価値を失った社会ですけれども、一方でアートまたはアーティストがある種の聖人として(扱われています)。もちろん、逆にいうと、学者や文化人はそこに入ってしまうのかもしれないです。例えば、夏目漱石の草稿だって価値がありますよね。

そういう文化におけるフロントランナーとされている人物が、徐々に聖人化されていくというのかな。それによって、聖遺物の価値が猛烈に上がっていく。ウォルター・ベンヤミンという人が「礼拝的価値」といいましたけれども、つまり、何か神聖なものとして扱われることが、実は価値が上昇するプロセスなのかなという感じがあります。

なぜ起こるのかは、正直、よくわからないといいますか、我々がコントロールできるものではないというところがあって。でも、過去の偉大な作家で爆発的に価値が上がっている人は、逆をいえば、聖人になっている人たちですよね。これは非常におもしろい現象だなと思ったりします。

青柳:3年前ぐらいでしたか。東京国立近代美術館で、台湾のコレクターのヤゲオ(ヤゲオ・コーポレーションの創設者、CEOのピエール・チェン)という人が持っている現代美術の展覧会を開催した時に、学芸員の保坂(健二朗)さんが、「いま、この絵はいくらぐらいかかっている」と、初めて市場の値段を公表したんです。

彼が東近美(東京都近代美術館)で(展覧会を)開催した時に「実は、必ずしも美術品の市場における値段は、その美術品の価値を反映しているわけじゃない」といっていました。

市場の値段は、「手に入れやすい」、それから「一定量が流通している」という、いろいろな要素が入っているということです。だから、美術品の美術史的、あるいは芸術史上での価値とプライスは一致しているときもあるけれど、一致していないときもあるということを、おそらく日本の公的な美術館では初めて、実際に数値として表しました。

そういう意味では、ストックをどう評価するのかに関して、いろいろなところで徐々に注目度が集まっているのです。

美術市場の厚みが薄いせいで、現代作家の価値は乱高下している

青柳:例えば、インターネット上に「artnet Price」というページがあります。似たもの(サイト)はいろいろありますけれども、そこでは1980年ぐらいから「オークションで、どこで売られて、いくらになった」ということがだいたいわかります。また、サザビーズやクリスティーズもいろいろ出していますから、それらを照合させると、かなりリーズナブルな値段、少なくとも評価額を知ることはできます。売却額がいくらになるかはまた別ですけれども。

日本は、そうした美術などに関する公共性がないんですね。ですから、ちょっと人気が出てきて、うまくディーラーが扱って、うまく市場に一定数が出るようにすると、グーッと(値段が)上がってしまう。けれども、少し(時間が経過)するとまたガタッと下がる場合もあるので、市場の厚みや深みというか、ボリュームが小さすぎるんですね。ですから、いまの現代作家では乱高下する人もいます。

そういう意味では、柴山さんがおっしゃったように、評価ということが1つある。もちろん、アイコン的なものになってしまってとんでもない値段になる。例えばピカソは、自分が死ぬ時に何万点か(絵を)自分のところに持っていて、その評価額が7,300億円になっていましたよね。芸新(『芸術新潮』)に出ていましたけれども。

日本では、そういうことが起こりにくくなっている。だけど、それを少しでも近づけるようにしないと、(アートの)市場が大きくならないし、若者がどんどん入ってこないし、いい作家が出てこないという状態になるのではないかということです。

柴山:僕は、美術館や美術のさまざまな評価装置についてはまったく知識がないんですけれども、これから考えなきゃいけないと思っていることの1つに……。

いま、日本全体が改革の流れになっていますよね。この30年ぐらい、小泉政権あたりからはとくにすごくなりましたけれど、簡単にいえば、「公共施設も大学も税金を投入している以上は、目に見える成果を出せ」と。出せない場合は説明責任を要求されて、説明責任を果たせない場合には予算を削るぞと、外から圧力をかけて、公共機関に刷新を迫るような改革が進んでいますよね。

これから美術の世界でも、そういうことがあるんじゃないかという議論があるようです。もしかしたら、こうした市場評価が重要だという議論は、そういう(成果主義的な)改革を応援するものと受け取られてしまうかもしれない、と少し思ったので付け加えます。

学問や美術の価値は、ストックとして評価するべき

柴山:僕はそうではなくて、わかりやすくいうとコストベネフィットです。例えば「これだけ税金を入れているんだから、どのぐらいの便益があるかちゃんと見せなさい」という議論に対して、「それはフローでしょ?」と答えることが重要なんじゃないかと。短期的に「では、どんなベネフィットがあります」という議論だと負けるんですよね。

大阪の某市長が「文楽になんで500万円も投入しているんだ」「こんな価値があるのか?」といわれたときに、「いや、芸術のことをわかっていない」といっても通用しないし、「いや、600万円ぐらいの価値があります」といっても、それもちょっと違うと。

もちろん学問もそうですが、そもそも文化財は、その種のフロー評価には馴染まないといっておく必要があるのかなと(思います)。長い時間をかけて卵を産んでいくといいますか、価値を上げていくものなんだと。そうしてロジックをもって戦うことが必要なのかなということが1つあります。

それからもう1つ。いま、どうしてそういう改革が進んでいるかというと、日本の政府が財政難だからですよね。日本に1,000兆円を超える借金があり、自治体が財政難だからです。それに対して日本の税収は低すぎるし、これから大変なんじゃないかといわれています。

けれども、ストックという観点から見ると、負債もストックだけど、資産もストックなんですよね。日本の場合は、1970年以降、まともな国富調査は行われていないので、資産評価がかなり曖昧なんです。

ですので、僕は、平成から次に変わる(改元の)段階で国富調査をちゃんと行うべきだと(考えています)。それも、既存の土地やいわゆる自然財産……森林や地下資源だけではなくて、先ほどおっしゃっていたような広い意味でのキャピタルですよね。ソーシャルキャピタルも文化財も含めて。

もちろん評価するのは難しいんですけれども、こういうものも評価していかないと、統計の精度は上がっていきません。そういうかたちで資産をちゃんと評価すれば、「財政難というけれど、負債と資産を見たらそうでもないですよね」という議論もできるんじゃないかと。

今の政治の議論は全部、世知辛いというか、「予算を削れ」「とにかく目に見える成果を出せ」という話になっています。それに対して、「いや、そういう発想でいくとジリ貧ですよ」「ストックという視点に立てば、もっと別の政策の可能性や、別の社会のビジョンが見えてくるんじゃないですか?」といえたらいいなというのが、ここでの問題提起です。

さまざまな課題を抱える美術市場が前進するための契機

青柳:ありがとうございます。今日のこのシンポジウムは、発端は読売新聞がリーディング・ミュージアムに関してスッパ抜きのような記事を書いたところにあります。ところが、あれは大変誤解がありまして、実際にやろうとしても、とてもできるものではない。

また、「よく欧米では美術館が作品を買ったり売ったりしているじゃないか」といわれます。確かに美術館が売り出す場合もあるんですけど、実は、絶対にその美術館の名前を公表してはいけないことになっています。

売買条件の中に、「もし自分の美術館がそれを売ったことがバレてしまったら、売買契約は破棄される」という項目がだいたい入っています。ですから、日本でいわれるような、美術館の活性化のために美術館から出し入れすることは、事実上難しいんですね。

けれども、そうしたことが起こって、柴山さんがいってくださったようにストック経済を考えながら美術や文化財を考えるような、一歩前進する契機になるのではないか。そうしたことが、このシンポジウムの一番の中心です。これからまた、さらに深めていきたいと思います。

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