「撤退基準大全~先進企業から学ぶ新規事業の撤退基準~」と題して開催された本イベント。株式会社unlock 代表取締役社長の津島越朗氏が、新規事業における撤退基準の必要性や多様なパターン、自社に最適な設定法を解説します。本記事では、会社の規模別「撤退基準」の設け方をお伝えします。
KPIの達成度で撤退基準を策定する企業も
津島越朗氏:冒頭で申し上げたように、今回のセミナーにあたって41社に撤退基準についてのアンケートに回答いただきました。あらためて、ご協力ありがとうございました。
そのうち「撤退基準、ありますよ」と回答があった6社の撤退基準を、社名を伏せてご紹介したいと思います。まず金融業界で、売上規模としては100億円から1,000億円の企業さま。撤退基準は、「売上や利益の目標達成状況」だそうです。「撤退基準は効果的だと思いますか?」ということに関しては、「あまり効果的ではない」とお考えだそうです。
なぜかというと、「撤退基準を設けても、当初想定していなかったことが要因となり、撤退とならず縮小に留まるから」というお話ですね。非常に共感される方も多いのではないでしょうか? 実際、アンケートでもこういったお話が非常に多かったです。
2番目は製造業で、1,000億円以上のお客さま。撤退基準は「3年赤字が続く」。非常にシンプルですよね。ですけども、撤退基準に関しては「あまり効果的ではない」とお感じだそうです。なぜかというと、結局のところやはり、ケースバイケースというジャッジになるそうですね。一方で「撤退基準は必要」とお考えだそうです。
同じ製造業で同じ規模のお客さま。こちらは「計画時に撤退基準を策定する」と。「どれくらいまでの期間KPIが未達だったら、もう撤退しようね」ということを事前に決めて走ると。これに関しては「ある程度効果的だ」と感じられているそうです。
やはり「計画時に何かしらの指標は必要なものの」、とはいえ難しいところで、「環境変化等により随時KPIは見直されるべきであるため」と感じられているので、このへんが撤退基準の非常に難しいところですよね。
ある程度効果的だが、ゴールが動きがち
続いて、他はすべて製造業の1,000億円以上の規模のお客さまです。「定量評価(予定のKPI未達)」ですね。「シナジー(効果)等」はおそらく定性評価だと思うんですけども、ご覧になっていると。(撤退基準は)「ある程度効果的」。「まだ開始して間もなく、四半期ごとにチェックしている段階」ということです。
別のお客さまは、「個々のテーマでそれぞれに設定する。事業化の経験がないため、まだ途中のフェーズでの撤退基準しかないが、技術面、市場面のそれぞれの観点でできるだけ定量的に設定している」と。非常に細かい設定をされているということですよね。
こちらも「ある程度効果的だ」とお感じだそうです。「効果はあるが、どうしても動くゴールになりがち」。(この表現は)非常に良いと言うと語弊があるんですけども、本当にこれですよね。
本当に撤退基準は悩ましいところだと思います。動くゴールに悩んでいる方のお声も非常に多かったです。「撤退基準の重みが、やや軽く見られている」というのが本当に難しいところだと思います。実際に決断する立場にある人も、同じ苦しみを味わっていると思います。
それから最後の方が、「数年先の市場シェア」。これは「あまり効果的ではない」ということで、理由に関してはご記載がなかったんですけども、こういった撤退基準を設けていらっしゃるというお話もありました。
「計画対比型」と「状況判断型」の2種類がある
お疲れさまでした。ここから、いよいよ俯瞰的に分析をしていきたいと思います。まず、いろいろ見ていただきましたけども、パターンを大きく分けると「計画対比型」と「状況判断型」という2種類に分かれると思います。

計画対比型は、文字のとおり「達成したか、していないか」、事前に決めた「達成率が何パーセントなのか」で判断するということですね。
状況判断型は、例えばさっきのリクルートのように、「その時の市場や自社の状況で判断します」と、ちょっと総合的に判断する。おそらく、最初から撤退基準が決まっていない場合が多いのもこちらかなと思います。
各パターンのメリット・デメリット
計画対比型と状況判断型、それぞれのメリット、デメリットですね。パッと見ただけで、もうおわかりになる方も多いとは思うんですけども、あえてちょっと言葉にしてみました。

メリットは、計画対比型の場合は、先ほどの「UNIQLO」(ファーストリテイリング)のようにやはり明確な数値基準があります。結果として迅速な意思決定につながり、先送りによる損失を招きにくい特徴がありますよね。客観的ですから、多くの人からの納得を得やすいところがあると思います。
デメリットは、もう当然その裏返しですね。計画にこだわりすぎて、必要な投資を躊躇してしまう。潜在的な成功機会を逃す。先ほどの冒頭のお話だと、「プレモル」はこっちだと生まれていなかったんじゃないかと推測をしました。
それから、PLベースの場合というか、間接コストや初期投資の扱いが難しいというか。正確な評価が困難になる側面もあるかと思います。
状況判断型は、先ほど読み上げた計画対比型のたすき掛け、裏返してもらうようなかたちでご理解いただければと思います。ちょっとサラッといきます。状況判断型のメリットは、判断時点で最新の状況を考慮、計画外の成長機会を見逃さないなど、計画対比型のデメリットとほとんど対応しているというか、もうこのままというかたちですね。
デメリットとしては、やはり曖昧な判断基準になるのでリスク評価が難しかったり、決定に時間がかかったり、組織内で一貫性を保てない。社員の不満につながってくるというのが、メリット、デメリットとしてあると思います。
次に、これらをさらに細分化、詳細に分類してみたいと思います。計画対比型、それから状況判断型をさらに分類すると、(計画対比型は)「KPI型」と「PLまたは投資回収率のキャッシュベース」に分かれると思います。
状況判断型も3つありまして、「市場(顧客)」を軸にする場合。それから先ほどの「クラシル」みたいに「クックパッド」を追いかけるぞという、「競合(競争環境)」を軸に判断する。それから「自社」の状況で判断するというように、内訳が分かれると思います。
それぞれどういう特徴があるのかを、やや冗長ではあるんですけれども、このようなかたちで書いております。計画対比型の「KPI」の場合は、「判断が明快で客観的」「意思決定が迅速」というメリットと、「環境変化への対応が難しい場合がある」というデメリットがありますね。
先ほどご説明したようなことが、あらためて細分化した時にどのようなかたちで収まるのかを書いているものですので、ここは時間の関係上やや割愛をさせていただきたいと思います。
先ほど社名を出してご紹介した会社の撤退基準を、我々なりにプロットするとこのようなかたちになるかと思います。比較的ドライな判断をするのがこちら(KPI型)ですね。
ディー・エヌ・エーなんかはけっこういろんなところにまたがっていたりするのが特徴なんですけれど、総合的に判断しているとも言えるかもしれません。こういった分類をしております。
「計画対比型」が向いている企業の特徴
最後に、見ていただいた分類をベースに、ご自身の会社で「どういう撤退基準を定めたらいいのか?」というところが、おそらく今日の一番のご関心だと思います。そこに関する考え方とか、「我々だったらこういう撤退基準をお勧めします」というお話をしたいと思います。
「自社に撤退基準を設ける際に、どのような基準を選択するべきなのでしょうか?」ということですね。
まず、先ほど見ていただいた要素である計画対比型と状況判断型の内訳です。左半分は先ほどと同じです。「撤退基準のパターン別に向いている会社の特徴・業種」ということでまとめました。右側のテキストで書いてある内容が、先ほどと変わっているポイントです。

まず、我々が考える撤退基準。計画対比型のKPI、比較的ドライな測定の仕方をするのが向いているのは、やはり「短期的な成果測定が重要な事業」ですね。
バーンレートという言葉があって、自分たちはどれくらい保つのかを日々考えているスタートアップとか、大きな会社でも小規模な新規事業チームは向いていると思います。なぜ向いているかというと、やはり大きな会社の場合は、体力という意味では問題ないと思うんですけども、ステークホルダーが多くてジャッジが非常に難しい。
「誰の意見で決めればいいのかもわからなくて、結局ズルズルいってしまうプロジェクトが多い」というふうに、事前のアンケートでも非常に多くお悩みをいただきました。なので、やはり事前にある程度KPIを決めて進めるのも1つの解かなと思います。
それからPL、投資回収率等のキャッシュベース。これは「大規模な初期投資が必要な事業」ですね。こういった事業にはこれが向いていると思います。
「長期的な収益性を重視する企業」の製造業、R&D系のプロジェクトは、非常にこの考え方が向いている。例えば「何億円突っ込むから、この限りではやってもいい」というお話ですね。
「状況判断型」が向いている企業の特徴
続いて、状況判断型ですね。市場(顧客)は、「消費者ニーズの変化が激しい業界の企業」「顧客志向マーケティングを重視する(企業)」。これは消費財、化粧品、嗜好品、食べ物とか。あとはBtoC向けのTikTokみたいなアプリとか。こういったものは、KPIと絡めて撤退基準を設定するのがいいんじゃないかなと思います。
それから、競合(競争環境)ですね。これは「クラシル」の例を見習うのがいいんじゃないかなと思います。やはり「競争が激しい業界」。まぁ何でも競争は激しいんですけども、「圧倒的1位が存在する業界市場で勝負をする事業」は、やはり「競合に勝てるのか?」というこの1点でもって見ていくというのは、1つ有用かなと思います。
それから、自社ですね。これは「多角経営を行っている企業」。コングロマリットはこういったような基準になるかなと思います。「経営資源の最適配分(を重視する企業)」ですね。さっきのソフトバンク、事業会社的な側面を持っている会社は、やはりこういうかたちになるんじゃないかなと思います。
大手~中堅に最適な撤退基準
ここはやや一般論的だったんですけれども、もうちょっと突っ込んで、規模別になってしまいますが、unlockが考える規模別の最適な撤退基準をご提案したいと思います。まず、大手から中堅企業さま向けの基準です。

まず、前提と撤退基準があります。前提は、タイトルにあるように規模が大きなところですね。「社運をかけた投資」のもうちょっと前の段階です。なんならもうPoCも含みます。前段階の事業で、その会社にとって投資額としては別に多くないよというものを想定しています。
事業の新規性は「中程度」。中程度というのは、同カテゴリの商品は存在するんですけれども、差別化ポイントが新しいものですね。新規性が「高い」だと、もう本当に誰もいないみたいなことですけども。「誰かはいるんだけども、差別化ポイントが新しい」という最もよくあるパターンの新規事業を想定しています。
こういった前提でどういう撤退基準を持つべきか。原則と例外事項を書いています。まず原則は、やはり「参入前に決めたKPI」が重要かなと思います。ユーザー数、継続率、満足度に関する撤退基準を期限内に達成できなければ撤退という。大きな会社ほど、あえてある程度ドライに見たほうがいいんじゃないかなと思います。
ラクスル式「売上をKPIにしない」すすめ
「売上をKPIにしない」。これは先ほどお話ししたラクスルの方式がお勧めです。なぜかというと、売上は販売の巧拙が影響するためです。一番わかりやすいのは売上なんですけども、売上はプロダクトが良いことかどうかと、売上が立つということが、最初のほうはギアがいまいちかみ合っていないことがあるんですよね。
これを一緒に見てしまうと、モノは良いんだけれども、「いや、ちょっとニーズがなかったですね」という話になります。特にこれは非常に語弊があるんですけど、製造業のお客さまはこういった傾向が(ある)。
一緒くたにして、本当は良い商品を作っているんだけども売れなくて、撤退して。外からやってきた外資やベンチャーが同じようなことをやって、パンッてうまくいくということがあります。
要するに、営業でちょっと過小評価してしまったケースを見ることがありますので、やはり売上をKPIにしない。一方で、やはり「累損額の上限を決めておく」のも必要だと思います。人間には寿命がありますし、体力にもお金にも上限があるので、やはり「ここまでいったらもうやめようね」というのも決めておいたほうがいいんじゃないかなと思います。
企業としていくら大きくても、タイムリミットに近いような累損額はやはり決めておいたほうがいいと思います。
「初速が良い時」は期限を超えて継続してもOK
一方で、やはり例外事項も置いておりまして。初速が良い時。例えばさっきのラクスルの例でいうと、アハ体験(AHAカスタマー)とか満足度がけっこう高いところですね。バーッとインストールが進んだところです。
こういった初速が良い時は、1つ、事業成功の重要な兆しだと思うんです。これがある時とか、あとは有効な改善ポイントが明確にわかっている時ですね。
「これが原因でいまいち伸びなかった。いまいち満足度が得られなかった。だからこうしたらいいんだ」ということや、おそらくその仮説がけっこう正しいことがわかっている場合は、期限を超えての継続はしてもいいんじゃないかなと思います。
ここでの期限というのは、最初に決めた期限とかですね。場合によっては累損額を超えても、これがわかっている場合だけはいいと思います。
でも、それ以外はやはり撤退が(望ましい)というルールにすべきだと思います。やはり緊張感を生むこともそうですし、継続的なチャレンジを生むのが大事なんですよね。
残弾が1個しかないベンチャーと比べると、大きな会社ほど本当はある程度手数を打てるはずなんです。やはりそのアドバンテージを活かすためにも、継続的なチャレンジを生むことをするためにも、こういう仕組みをしっかり持つことは必要だと思います。
あと、何より本人のキャリアのために撤退は悪くないと思います。粘って粘って粘り抜いて勝利するのももちろんあるんですけども、やはり確率論で言うと高くないので。本人のキャリアのためにも、ある一定でちゃんと見切りをつけて別のチャレンジというのは、すごく意味があると思います。なので、これを我々としてはご提案したいと思います。
小規模ならではの利点を活かせないなら撤退
それから、小規模の新規事業。「新規事業をやるから借り入れをするよ」というような会社を想定しています。限度額とかもあるんですけども。
新規性は「比較的低いもの」を想定しています。業界の中でものすごく新しいものというよりは、「なんか見たことある」「聞いたことある」「最近ちょっと流行り始めているね」というものをやっていくことを想定しています。

この場合の撤退基準は、原則としてはこれも同じですね。「売上をKPIにしない」。それから、「満足度など質に関する指標で、6ヶ月以内に事業として勝負できる改善ができなければ撤退」を提案しています。
なぜかというと、とにかく素早い改善を繰り返す必要があるということですね。小規模の会社の何が一番強みかというと、やはりスピードですよね。逆に言うと、これしかないんじゃないかなと思います。
この利点を活かせないのであれば、またはこの利点をもってしてもこれ以上時間がかかってしまうのであれば、撤退という考え方は決して悪くないんじゃないかなと思います。
例外事項としては、同じです。「初速が良い場合、有効な改善ポイントが明確にわかっている場合のみ期限を超えての継続を認めるが、投資額次第」というね。ちょっと条件付きなところが大規模と違うところですけども。
こういった基準を事前に持って、冷静に物差しとして決めていく。だいたいうまくいっていない時ほど、貧すれば鈍するじゃないですけど、自分が思っている判断ができないものですので。
こういうものをちゃんと当てはめて、「思ったよりぜんぜん良くないね」とか。冷静になるために基準を持つことは非常に重要だと、あらためて考えています。
ビール事業から撤退、バイオ事業で40年後に黒字化した宝ホールディングス
「これらの撤退基準は誰が作るべきなのでしょうか?」、参考までにお話しします。誰が作ってもいいんですけども、我々が答えだけを端的に提案として申しますと、やはり事業KPIと財務指標は分かれると思います。

事業KPIは事業プロデューサー(責任者)がやはり事前に決めて、それを持って経営会議とかに通すべきだと私は思います。私の経験で言えば、そのほうが通りやすいです。財務指標は社長や担当役員が決める。特に大きな会社ほど事業プロデューサーではわからないですよね。なので、担当役員がちゃんと定めることが重要かなと思います。
この内容を含めた内容を、経営会議等で承認の際に社長を含めたCFOと合意する。逆に言うと「この範囲だったらいろいろ言わないでね」というかたちで進めていく。できれば子会社化してもらって進めるのが理想的ですけども、これが重要かなと思います。
エンディングです。宝ホールディングスは偉大な企業さまですけれども、今、バイオ事業がすごく収益が高くて、よく報道でも見ます。実は「タカラcanチューハイ」、私も非常にお世話になっておりますけども。
こちらの会社はビールの事業にもともと参入していたそうです。ですが、ビール事業から撤退してバイオ事業に参入して40年後、最近黒字化されたという事業をお持ちです。

これを先ほど冒頭でお話に出したサントリーと、年表としてちょっと比較してみました。たまたま似たようなタイミングでビール事業に参入されていたので、あえてこのようなかたちで照らし合わせてみました。
ビール事業にサントリーも参入されて「45年後に黒字化した」と冒頭でお話をしましたけども。見方によっては、宝ホールディングスは撤退したから今があって、サントリーは続けたから今がある。
急がば回れとか、善は急げとか、同じく単純に横並びで並べるとそれぞれ矛盾するものは多いと思います。これはもう人生と同じだなと思います。事業判断もケースバイケースだから難しい。法則ではなく自分の頭で考えて判断することが重要だなというのが、今回のセミナーを作ってあらためて思ったことです。今回はここまでです。ありがとうございました。
関連サイト:
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