社会全体のウェルビーイング向上に貢献することを目指したサービスを提供する株式会社メタメンターのセミナーに、同社代表の小泉領雄南氏が登壇。経営者と後継者との間に生じる「認識のズレ」や、ファミリービジネスを継続するために必要なことを解説しました。
親と後継者の間に認識ギャップが生じる背景
小泉領雄南氏:ここ(事業承継)で重要になる考え方が、このチャートです。

みなさんが受け継いできたものの多くは、有形資産に関するものが中心ではないでしょうか。具体的には、事業そのものや、個人で所有する金融資産、不動産、実物資産といったものです。
しかし、この有形資産がどのように生み出されているのかを考えると、実は無形資産の影響が大きいのです。この点については、早稲田大学の米田(隆)先生のチャートを引用させていただきます。無形資産には、ファミリーの絆や歴史、創業理念、人脈、経験、スキル、さらには社会関係資本などが含まれます。こうした無形資産が基盤となって、有形資産が形成されているのです。
有形資産をどのように引き継ぐかだけを考えると、次第に尻すぼみになってしまう可能性があります。そのため、事業承継において重要なのは、無形資産をどのように継承していくかという視点です。
事業承継の際には、ファミリーの無形資産を可視化し、それについて対話を重ねることが求められます。
冒頭でお伝えした、親子間の認識ギャップが生じる背景にも、この無形資産の理解不足が関係しています。
事業承継における後継者の課題
親の視点から見ると、後継者には十分な教育と経験を積ませ、事業を継ぐ準備をしてほしいという思いがあります。特に、財務やガバナンスの整備といった実務的な部分に焦点が当たりがちです。

一方で、後継者の視点では、親の期待を感じながらも、「自分は何をすればいいのか」という役割や目標が見えにくいと感じることが多いのです。
親世代は「一族としての義務」を重視する傾向がありますが、それが後継者にとってはプレッシャーとなり、場合によっては反発につながることもあります。
また、親世代と後継者では、経験と視点の違いも大きく影響します。親世代はすでに事業を実践してきた経験があるため、「何が大事か」を理解しており、その観点からアドバイスやプランニングを行います。
しかし、後継者はその経験がないため、「自分ならこうやりたい」と考え、現代の指標や新しい挑戦を取り入れたくなる傾向があります。
さらに、世代間の価値観の違いも絡んできます。例えば、生成AIのようなものが生まれた時から存在している世代と、途中でそれに触れることになった世代とでは、それまでに培われた価値観や考え方、大切にしたいことが異なります。こうした違いが、親子間の認識のズレを生じさせる要因となるのです。
また、親世代は過去の経験に基づく「過去志向」、後継者は未来を見据えた「未来志向」に立ちやすいという傾向もあります。もちろん、すべてのケースに当てはまるわけではありませんが、一般的にこうしたズレが生じやすいということをご理解いただければと思います。
なお、ここでは親子の関係を例にお話ししていますが、これは工場長のような現場責任者と後継者の関係にも当てはまります。後継者が事業を引き継ぐ際に直面するさまざまな課題も、この構造の中に含まれているのではないでしょうか。
事業承継を成功させる4つのアプローチ
こうしたギャップが生じた時に、「では、どう対応すればいいのか?」という点が課題になります。
現状では、多くのケースでこのギャップに対して特別な指導や対策が取られず、現場で揉まれながら学ぶかたちになっています。つまり、後継者が試行錯誤を重ね、這い上がることができれば事業はうまく引き継がれますが、うまくいかなければ別の手を打たざるを得ない。こうした状態では、何をどのように進めればよいのか分からず、具体的な対策を打ちにくいのが現状ではないでしょうか。
この課題に対応する手法として、大きく4つのアプローチがあります。

まず、ファシリテーション型の対話セッションという方法があります。これは、感情的な対立をできるだけ抑えながら対話を進める手法です。短期的には効果が見られ、実際にうまくいくケースもありますが、継続的な取り組みになりにくいという課題があります。
基本的に単発で行われるため、一時的な効果にとどまりやすい点がデメリットです。なお、チームコーチングとはアプローチが異なり、この違いについては後ほど説明します。
次に、1on1のコーチングがあります。個別の価値観や考え方を深めるうえで非常に有効で、実際に受けたことがある方もいらっしゃるかもしれません。自己認識を深めることで、自分自身のズレや違いを理解できるようになります。
しかし、その先の「家族とどう向き合うのか」「親子間でどのように直接的な対話を進めるのか」という点には十分なアプローチが取られないため、家族間の調整が不足しがちになるという課題もあります。
事業承継におけるチームコーチング
一方で、チームコーチングという手法もあります。

この言葉を今日初めて聞いた方も多いかもしれませんが、チームコーチングは親子だけでなく、ファミリー全体を1つのシステムとして捉え、その組織全体にアプローチする方法です。
単なる表面的な対話ではなく、より深い感情や価値観に踏み込んでいく点が特徴です。感情的な対立を抑えることを目的とするのではなく、むしろ対立そのものを見つめ、そこから関係性を築いていくアプローチを取ります。単に「なかったことにする」のではなく、対話を通じて本質的な関係性を再構築していく。それがチームコーチングの特徴です。
事業承継専門のコンサルティングになると、より実務的な側面が中心になります。すでに利用されていたり、取引のある企業がある方もいらっしゃるかもしれません。財務や法務の整理、ガバナンスの改善など、具体的な課題にアプローチできるのが特徴です。
ただし、こうした実務的な支援を強化すればするほど、無機質になりがちで、家族の絆や親子の対話といった要素から距離が生まれてしまう可能性もあります。もちろん、すべてのコンサルティング会社がそうではなく、中には対話のプロセスを重視する会社もあります。そのため、どの程度専門的に対話を取り入れているかが、大きな違いになってくるでしょう。
なお、国際コーチング連盟が定めている定義に基づくと、チームファシリテーションとチームコーチングには明確な違いがあります。チームコーチングは、長期間にわたって関係性の改善を図るものであり、対立の解消を統合的に進めていくアプローチを取ります。この点については、抽象的に聞こえるかもしれませんので、後ほど具体例を交えて説明したいと思います。
チームコーチングが事業承継に適している5つの理由
あらためて、チームコーチングとは何かについて説明します。1on1コーチングが1対1で行われるのに対し、チームコーチングはコーチが1人または2人で、多人数に対して行います。
通常、後継者や現経営者の幹部を中心に行いますが、後継者や現経営者だけでなく、関与する任意のステークホルダーも含めることができます。誰を対象にするかは、依頼者が決めます。つまり、「どのメンバーと話したいのか」を基準に設定し、それに応じた進め方を取るかたちになります。
1on1コーチングが個人の内面を深めることに重点を置くのに対し、チームコーチングでは、チーム全体を1つの生命体として捉えます。そのうえで、関係性の改善に焦点を当て、チームのパフォーマンス向上や目標達成を支援し、チームとしての価値観や相互関係を明確にしていくアプローチを取ります。少し抽象的に聞こえるかもしれませんが、後ほど具体的な事例をお伝えします。
このチームコーチングが事業承継に適している理由は5つあります。

1つ目は、事業承継は「チームの問題」だからです。後継者だけが考えるべき問題でも、現経営者だけの課題でもありません。親子間の話にとどまらず、そこに関与するすべてのステークホルダーが一緒になって取り組むべき問題だからこそ、チームコーチングがふさわしいのではないかと考えています。
2つ目の理由は、親子間のギャップを埋めるための「共通の場」を確保できることです。すでに親子で定期的に話し合いを持っているケースもありますが、それをあらためて公式な場として設定し、継続的に対話を進めていくことが重要です。
3つ目の理由は、個別コーチングよりも効果的な側面がある点です。個別コーチングでは、親や後継者個人の成長を支援できます。しかし、本人が成長しても、戻る先の組織が変わっていなければ、結局元の状態に戻ってしまうという悪循環が起こりがちです。
理想的には、個別コーチングとチームコーチングの両方を組み合わせて実施するのが最善ですが、チームコーチングは特に「関係性」に焦点を当てていきます。
後継者が「失敗しないように」「ミスをしないように」と考える理由
4つ目の理由は、チーム全体で承継の責任を分担できることです。これも非常に大きなポイントだと思います。
親子間だけで承継を進める場合、後継者にとっては大きなプレッシャーになります。何を期待されているのか分からない中で進めなければならない状況では、精神的な負担が過度にかかってしまいます。しかし、「チームで進めていく」という意識が共有される場ができることで、後継者の心理的負担が軽減され、主体的な行動が生まれやすくなります。
過度なプレッシャーの中で進めると、「失敗しないように」「ミスをしないように」という思考に偏りがちになります。そうなると、新しいことにチャレンジしにくくなり、結果として事業の成長が停滞してしまう。
市場環境が激しく変化する中で、これまでと同じやり方を続けているだけでは、やがて外部環境に適応できず淘汰されてしまう可能性もあります。だからこそ、「チームで承継を進めていく」という意識を持つことが重要なのです。
5つ目の理由は、持続可能な変化を生み出せる点です。研修やファシリテーション型の対話では、一時的に改善が見られることもあります。しかし、単発の取り組みだけでは継続的な変化にはつながりにくい。
外部環境は常に変化し、それに応じてチームの体制や関係性も変わっていきます。そうした変化に対応しながら、柔軟に適応していくためには、継続的に取り組める仕組みが必要です。その点で、チームコーチングは機動的に対応できるため、事業承継において適したアプローチであると考えています。
主催:
株式会社メタメンター