「何をやりたいか」ではなく「どうありたいか」を言語化する

櫻井将氏(以下、櫻井):次のテーマは「自律」ですね。若手のリーダーの事例です。最近よく言われることに「自分自身のWillを引き出そう」とか「自分自身が何をやりたいかを出そう」というものがあります。でも、実は「やりたいことがあまりない」と言う人もけっこういる。そこでこの会社さんでは「何をやりたいか」ではなく「どうありたいか」ということを言語化するプログラムを行いました。

ビジョン志向の方は「あれがやりたい」「ああいう世界がいい」「こういうサービスを作りたい」と大きなビジョンがある。そして、そこから逆算してやりたいことが出てくる。一方、やりたいことがないとシュンとしてしまうことも起きる。

でも誰でも「私はこうありたい」「こういうふうに過ごしたい」「こういう働き方をしたい」「周りにこんな貢献をしたい」といった価値観は持っています。だから「やりたい」ではなく「ありたい」という価値観を言語化していきました。

そうすると、個人の「Will/Can」と組織の「Must」の重なりが、距離を変えなくても広がるんですね。行動・思考だけを考えていると、あまり重なりがないんですが、きちんと価値観まで掘り出していくと、重なりは増えていく。「この行動は意外と自分は好きだな」「この仕事は自分にとってこういう意味があったんだな」と気づくことでそれが起きます。

自律とは、「基準」を自分の中に見つけること

櫻井:具体的には例えば、「かつての成功体験を思い出し『あの頃は良かった』ではなく、今の自分と比較して、どう見つめ直すか」という話から始めました。そして「自分が今後どうなりたいのか、しっかり決めていない。それがマネジメントに影響しているのではないか」ということに気づき始める。

また8~10週くらいかかって「自分がもつ価値観がどのようなものか、改めて知ることができた」という言葉が出てきます。

当然ですが、きちんとしたワークショップを行っても、自分の価値観を掘り出すには時間がかかります。そのために丁寧にセッションしていくと「過去の経験から導かれるとは思っていなかった」「例えその価値観が周囲と合わないものでも、その価値観自体を変えたり犠牲にしてはいけない。むしろ大切にしなくてはいけない」という気づきが出てきます。

自分自身に丁寧に向き合ってきたから、「自分の価値観が周りと違ってもいいし、これを大切にして自分は人生を生きていきたい」という気持ちを見つけるに至ったと。

最終的には「今回のセッションを受けたことで気づいたこと、行動に結びついたことがある。今後もこの変化を持続したいと思った時に、まずは自分のココロに思うことを素直に見つめて、それを否定しないことが第一歩になると気づいた」と。これはまさに「自律」ということだと思います。

自分自身の「律」、つまり基準やルールはどこにあるのか。それを大切にしながら、組織のあり方とすり合わせをしていく。「自分は組織とどう関わっていこうかな?」「どういう貢献をしようかな?」「どうやって自分の価値観も満たしながら、組織や周りの人たちともうまくやっていこうかな?」といった基準が自分の中に見つかるイメージです。

つまり、この自分側の円を大きくすることで、組織との重なりが増えていったんですね。こんな事例がありました。

ミドルシニアのキャリア支援は「研修をやって終わり」になりがち

櫻井:また、今ミドルシニア層に関するお問い合わせが非常に多いです。少し前に終身雇用・年功序列が「崩壊する」と言われていて、それが実際の人事制度に反映され始めたからだと思います。

「ジョブ型」という言い方をされる会社さんもあれば、もう少し緩やかなかたちを取られる会社さんもあります。どちらにせよ、ミドルシニアの方々に今、何かしらの変化が起きています。

今までは会社にいればそれでよかったのに、「自分でどうやって人生をチョイスしていくか」選択を迫られている。「いや、今更言われても」と思われているミドルシニアの方がすごく多いという話を、いろんな方からお聞きしています。

それに対して、会社としては集合型のキャリア研修を行うケースが多いです。40代中盤からスタートして、50代後半ぐらいまで、年齢別に研修を行ったりします。ただ、多くは研修をやってそれで終わりになってしまうんですね。

入社してから(例えば)20年のキャリアを、たった1日の研修で棚卸しして「じゃああなたはどうしますか?」と言われても、そんなに簡単じゃないと思います。もっと複雑で、多岐にわたって考えていくべきことです。

そこで、我々が間に入らせていただいています。社外人材との1on1によって、キャリア研修において「やりたいな」と思ったものを個別にフォローアップし、そのテーマを深めていく。

キャリア研修後、よくミドルシニアの方からお聞きするのは「話す機会がないから、考えられない」「1人で考えても結局深まらない」「いつも同じ思考プロセスになってしまう」「仕事が忙しいから後回しになってしまう」という声です。

また、同僚には相談しにくいし、家族だと恥ずかしい。大人数の研修に参加しても、考える時間は限定的だし、自分が考えたいところに時間が使えない。そこを(社外人材の)1on1で伴走していくと、すごく効果的なんですね。

管理職にも効果的な「感情と向き合う」経験

櫻井:これは東証一部上場企業の管理職の方の事例です。まず「感情と向き合う」ということをされました。「若い頃に無我夢中で仕事をして満たされていた自分」と「現状」とのギャップには「悲しさがこみ上げてきた」ということでした。これも感情の話ですね。「充実していた頃の自分」と「今の自分」とのギャップには、まず「悲しさ」が出てきたそうです。

管理職になってからこの気持ちはずっとあったのに、見て見ぬふりをしてきた。「このつかみどころのない気持ちと、ついに向き合う時が来た」という感覚をおぼえたといいます。そこから、丁寧にいろんなことを振り返っていきました。入社から今に至るまでのターニングポイントを振り返りながら、仕事に邁進していた頃の話を聴いてもらった。その中で、無意識のうちにくり返し口にしていた言葉があったんですね。

サポーターがその言葉を拾って「ずっとこの言葉を出していますが、〇〇さんにとって、これはどういう意味なんですか?」と問いかけた。それによって「これが自分にとって大切なんだ」とこのタイミングで気づけたそうです。

ここには書いていないのですが、この方は「正直あと5年粘ればリタイヤだ」と、あと5年というスパンで考えていた。でも「それは違う」と感じて、ここからあと30年自分の仕事人生があるんだと考え直した。

これまでの30年のキャリアに「納得したい気持ち、ハテナもある、いろんな気持ちが混ざっている」と言われています。こんな気持ちの中で、これからの30年があるとしたら、「自分はどうありたいのか」「譲れないことは何なのか」ということを丁寧に、真剣に考えていきました。

「この先30年自分がどんな道をいきたいか」をみつけた喜び

櫻井:「30年」という時間軸が出てきたことによって、これまで当たり前だと思っていたことに疑問を持ち始め、目の前の業務についてもあらためて考えるようになったといいます。「今の業務への意欲が下がっている」ことについて、その「下がる理由」がクリアになったのか大きかったとのことです。「クリアになると同時に、自分の心の中に火がついている感覚がある」と。

この方は、会社に促されていたわけではないのですが、結局会社を出る決断をされたんですね。妻と上司に「セカンドキャリアの腹が決まった」と話したと。このプロセスもサポーターが伴走しているのですが、その後の最終セッションではふっと肩の力が抜けたということです。

「会社を辞める・辞めないではなく『この先30年自分がどんな道をいきたいか』ということをみつけられたことにすごく喜びを感じたし、それを考え抜いた自分もすごく褒めたくなった」「ここ10年で最も清々しい気持ちでした」という話をしてくれました。この方はこの3月に退職されて、次の道にいかれます。このような伴走もさせていただきました。

管理職というタグがついていると、なかなか社内で「感情」「価値観」ということに向き合えないんですね。(それを、我々のサービスで)違う自分に向き合い、自分の中にあった感情を出すことによってキャリア自律を促していく。こんな事例だと思います。

「会社の方針・戦略」と「自分」との重なり

櫻井:最後は「内発的動機」ですね。会社の戦略や、「来月からマネージャーやって」などの役割期待と、自分自身の重なりをどう作っていくのかというトヨタさんの事例です。

これはトヨタさんのnoteにも載っているので見ていただきたいと思います。ご存知の方も多いと思いますが、豊田章男さんは『トヨタイムズ』にて会社の方針を多数発信されています。ただ、現場ではその発信を扱う時間的・心理的な余裕がないというお話をうかがいました。

スライドの図は先ほどのキャリア研修と似たかたちですね。この(『トヨタイムズ』という)良質なコンテンツを、我々エールの1on1とつながせていただきました。「このコンテンツを観てどう思ったのか」「どう感じたのか」「どういうところが心に響いたのか」ということを話しながら、次のコンテンツを観ていくんですね。

「『会社の方針・戦略』と『自分』との重なりはどこにあるんだろう」というセッションにしました。まず直近の業務における感情について話します。そして動画を観ながら、「動画」と「自分」と「仕事」をリンクさせながら話していきます。

するとおもしろいことに、「視座が上がっていく」ということが起きます。例えば、営業マネージャーという立場なら「『この会社の社長だったらどうする?』と捉えると、いろいろやりたいことが浮かんできた」と。

そして自分自身、本当に興味・関心があるITによる問題解決や、プライベートで大切にしていることを、仕事でまったく活かせていないことに気づいた。「もし社長ならば、プライベートと仕事を分けることなく、全人格的に仕事に取り組むはずだ。なのに、なぜ自分はそれができていないんだろう」と。

視座が上がると、「自分」の捉え方も変わる

櫻井:これまで「『上司の指示にきちんと従って成果を出す』ことには自信を持っていたが、もうそれを求められてはいないことに気づく。「組織全体をもっと巻き込んで、活気があり、働き甲斐のある組織を作っていくためのアクションができた」といった変化が起きました。

これは「動画のパワー」と、それによって起きた「自分の内面の変化」を丁寧に一緒に紡いでいった結果だと思います。これは豊田章男さん(の動画)を用いた事例ですが、材料は何でもいいと思います。中継でもいいし、社内報、その他大切な動画やメッセージでもいいと思います。場合によってはWevoxのようなサーベイでもいいと思います。

何かしら組織について考える材料があって、それと自分が向き合っていく。その重なりを考える時間を作って、話し相手がきちんといれば、こうして視座が上がっていくことが起きます。

これはデータ分析した(図です)。こういう試みをすると、序盤はみなさん自分の話をするんですね。自分について考えるテーマがたくさん出てくる。その後中盤~後半では視座が上がってくるので「社会」「外部」といった言葉がたくさん出てくるようになる。明らかに出てくるワードの視座が上がって、「自分」の捉え方も変わっていくという事例でした。

これは、前回のセミナーで篠田さんが使われた資料ですが、「感情」や「行動」が伝播するのはなんとなくわかると思いますが、「内発的動機も社会的に伝播する」ということなんです。この話を先週篠田さんから聞いて、すごく驚いたのでここに再掲しました。

以上、5つの事例でした。

量自体は変わらずとも「認知」が変われば「仕事量が適切だ」と思える

櫻井:今日のテーマに関して「ジョブクラフティング」についてお話しするとおもしろいと思いました。

「ジョブクラフティング」という概念は、今の自分の仕事に「ひとさじ」加えることで、自分の経験をより良いものにしたり、主体的に変化させたりといったことなんです。加える領域としては「業務を変える」「関係性を変える」「自分の認知を変える」の3つがあるとされています。これまでの話は実は、ほとんどが「認知」の話になります。

いろんな会社さんでは「業務を変える」ということが行われると思いますが、これはなかなかタフですよね。「関係性を変える」こともタフですが、これはこれで絶対やったほうがいいことなので、「業務のアサイン」や「人の配置」など、みなさん関係性について真剣に考えられていると思います。

一方、「認知」の部分は実はあまり扱われていない。その人が「自分自身」「仕事との関係性」「会社との関係性」をどう認知しているのかを扱うことは非常に効果的です。我々は「業務」や「関係性」は扱えません。でも「認知」を扱うだけで、会社のサービスへの「共感」や「納得」、「誇り」などのスコアが上がっていくんですね。

(スライドにあるグラフの)「YeLL」を受けた人が黄色、受けてない人が白です。実はエンゲージメントスコアも上がります。「仕事量は適切ですか?」という質問のスコアがグンと上がっているのがわかります。仕事量自体は変わっていないのに、自己理解が進み、自分の感情や価値観に気づくことで、「仕事量が適切だ」と思い始めるんです。

聴かれた人が聴いていく

櫻井:また「使命や目標は明示されていますか?」「成果に対する承認はありますか?」という項目も「YeLL」を利用するだけで上がります。要は認知が変わっていくだけで、エンゲージメントスコアも上がっていくんですね。

みなさんも興味があると思いますが、「ウェルビーイングスコア」も明確に上がるというデータが出ています。「認知」「感情」「価値観」を扱うというと、ビジネスの文脈では「柔らかすぎる」「人間的すぎる」と思われがちです。でも、実際にこれらを扱うことでエンゲージメントが上がるというデータがある。事業戦略と人事戦略とは、密接に紐づいているので、こうしたことを扱う必要性があります。

最後に「『聴く』は連鎖していく」という話をします。「聴かれた人が聴いていく」ので、組織体質がけっこう変わるんですね。(事例での言葉が)とてもおもしろいので、全部読んでいただきたいと思います。

とあるマネージャーの話です。これまではミーティングで目標を伝える時、メンバーから「こんな高すぎる目標はムリです」と言われても、「とにかくやろうぜ!」と無理矢理丸め込んでいたそうです。

でも、自分の話を聴いてもらった後は、メンバーの反応を見て「どこが不安?」とか「どこに迷いがある?」ときちんと耳を傾け始めたと。気持ちを通わせようと歩み寄ることによって、「難しい目標ですが、どうやったら進められますかね?」とメンバーと建設的な会話ができるようになったとのことです。

メンバーの意見を聴けるようになった「どうしてそう思った?」という問い

櫻井:これもすごいですね。ある大手企業の関西にある子会社さんで、ハラスメントがあるくらいのガチガチな会社さんだったようです。以前は、部下からパッと答えが出てこないと「なんや、何も考えてないんか」「こういうことちゃうか?」と上からバンバン言ってしまっていたそうです。

「YeLL」を始めてからは「どうしてそう思ったん?」という問いがポロッと出てきた。この問いを中心に聴いていくと、何も考えていないと思っていたメンバーが、実は自分なりの答えを持っていることが伝わってきた。

「なんだ、みんな意見を持っているんだ」「会社を良くしたいんだ」と上の人たちも気づき、メンバーに対して前向きに関われるようになったそうです。「聴く」ことは連鎖します。こうした「個人の変化」がだんだんと「組織の変化」に連鎖していくというお話でした。

ここ(「KPIマネジメント」)からこっち(「パーパス経営・DE&I」)に移行していくために、旧来型の面談から自律を生み出す1on1にしていくという話をしてきました。

でも誤解のないようにしていただきたいのですが、何も1on1である必要はないと思っています。きちんと「感情・価値観」を扱って、「内発的動機」が出てくるならどんなやりかたでもいいと思います。その有効な手段の1つとして、1on1があるということをお伝えしたいと思います。

エールとしては「聴くトレ」と「YeLL」という、外部人材が話を聴くサービスを行っています。もし社内だけでは難しいのであれば、ぜひお声がけください。何かしらのヒントやサポートをさせていただきます。僕の話は以上です。ありがとうございました。

榎本:櫻井さん、ありがとうございました。今日は具体的な、生々しい話もたくさんありましたね。一つひとつの変化のドラマが、感動的ですらありました。みなさまはいかがでしたでしょうか。