“黙っていても提案が来る小売”に求められる自発性

富永朋信氏(以下、富永):今日は、メーカーの方がたくさん見ていらっしゃると思うんです。富山さんみたいにCMOのような力があるポジションがなくて、マーケティングドリブン(データを活用して意思決定を行うマーケティング手法)なコミュニケーションや施策が作りにくいリテーラーに対して、メーカーがどういうふうにアプローチしたらいいのか、アドバイスとかありますか?

富山浩樹氏(以下、富山):メーカーさん側からですよね? 非常に難しいですよね。まず小売側からいくと、やっぱり最近になって、私の発信じゃなくても今みたいなことが共通認識になって、起きるようになってきたんですよね。

結局これって最初は、単純に「おもしろいから」というだけでやっているわけではなくて、軸を決めたり。お互いにちゃんと営業企画というか「このカテゴリーを売っていこうね」とか、(共通認識を)一致させるのがすごく重要です。

あとは、メーカーさんにいかに投資してもらうかというところで、さっき言った「カテゴリーが上がっていく」という話って、当然メーカーさんは喜ぶわけなので。そういった「メーカーさんがやりたいだろうな」ということに企画も合わせていくのが、小売側からすごく重要だなと思います。

あとは、外に出ていく人をいかに増やすかがすごく重要。どうしても、経営者や一部の人だけが外に行きがちだと思うんですが、小売ってけっこう黙っていても売り込みに来てもらえてしまうので。特にバイヤーとかもそうですけど、どうしても自分たちから動くことができない。

「それよりも、提案を捌くだけでも大変だ」みたいになっちゃうと、新しい発想やインプットがぜんぜんないので、小売側はそこが重要だなと思いますね。

コンセプトが明確な店舗作りをするためには?

富永:今、聞いていて思ったんですが、おっしゃるとおり小売のバイヤーやマーケって、椅子に座っていてもたくさん提案を持ってきてもらえるので、ついついイエス・ノーのお仕事になりがちです。さっきおっしゃっていた「マーケ起案でメーカーが喜んでくれるような企画を考えて、商品部と作る」みたいなことなんだろうなと思ったんですが、やっぱりそれは大事ですよね。

富山:そうですね。

富永:サツドラの5月の第2週の売り場は、今、こうやって話して出てきたようなテーマに則って作られて、そのテーマに則るから「こういう商品をフィーチャーする」と決まる。「こういう商品をフィーチャーする」と決まるから、今度はバイヤーがメーカーさんと相談をして、意図を込めた売り場が作れる。いいサイクルになるわけですよね。

逆に、毎日来てくれる提案に乗って「飲料カテゴリーはこのメーカーの」「加工食品はこのメーカーの提案に乗る」みたいなことをやっていると、お店全体としての印象がぼやけて、コンセプトに欠けるお店になっちゃうと思うんですね。

富山:そうですね。それはどうしても小売側が……。

富永:コントロールしないと。

富山:ええ、コントロールしないと(コンセプトのある店舗作りは)できないかなと思いますね。それをメーカーさんから見てどうかというのは、けっこう難しいですよね。

小売の醍醐味は、仮説検証の結果がすぐに見えること

富永:まず最初の登竜門は「カテゴリーキャプテン的なポジションになるためにどうすればいいか」というのが、各メーカーの発想だと思います。定番にしろ販促スペースにしろ、どういう論理で小売の中でそれが決まっていくのかをひもといて、そのプロセスに自社がどう乗れるようにするかという、思考プロセスが要ると思うんですよね。

そうやってカテゴリーキャプテンのポジションになれたら、横連携したりとか、商品部長とのコミュニケーションを増やして「もっと全体を考えましょう」ということができると、もしかしたらすごくSuperiorな(優れた)位置にいけるかもしれないと思いますけどね。

富山:そうですね。やっぱり実績が重要というか、やってみてお客さんから反響があったり、実際に売れたという実績が1つでも2つでもあると、シンプルにうれしいですよね。

富永:そうですよね。

富山:「またやってみよう」という気にどんどんなっていくので、そういう手数ってすごく重要だなと思うんですよね。

富永:ついつい小売側のブランド全体とか、品揃え全体に話がいっちゃうんですが、そうじゃなくて“点”の話もすごく大事です。あるサプライヤーが、あるカテゴリーの売り場について「今週はこれでいきましょう」「来週はあれでやりましょう」と、たくさん出してきてくれることが大事であって。

小売は、それをやった結果が日々見える状態なので、そういうことを一緒に地道に回していくことは確かに大事ですよね。

富山:そうですよね。おっしゃったように小売の醍醐味って、仮説検証をやれば、日々反応が早く得られることが、すごくいいところだなと思うんですよね。

ターゲットが限定的な「チラシ」は、検証の材料として優秀

富永:ちょっと毛色が違うことを聞きますけど、非デジタルのところ、つまり売り場そのものやチラシってノイズがたくさんあるから、ABテストをする時に条件を揃えるのがけっこう大変ですよね? 非デジタルのところの検証やPDCAで、特に気を使っていることはありますか? 

富山:そうですね。例えばチラシなんかも、先日のファミリーマートさんのおにぎりを新聞一面に使った施策とかって、すごく秀逸だなと思ったんです。ああいう施策の時、今は非デジタルのところって「どのターゲットに」というのが、すごく明確になっているなと思います。

今までのチラシって、けっこう1本そのままそれだけ売ってたという話がありますけど、「じゃあこのチラシって、見てる人は誰なのか」というのは、メディアが細分化されてきたので、仮説を立てやすくなっているなと思っていて。

もう折込チラシは年代が上の人しか見ないので、我々もそこに合わせた紙面で、クーポンにもクーポンコードをつけて、実際にその層が本当に来たかどうかを検証していますね。

富永:実際に来たかどうかを検証されるんですね。チラシと来店の因果関係を見ているんですか? 

富山:そうです。

富永:それはすばらしいですね。

富山:だから、チラシだけにしかないクーポンコードをつけてるんですよ。

富永:なるほど。

富山:それによって「本当に仮説どおりの年代と性別の方しか来てなかったのか」とかが見えたりするので。

「どの施策がどう効いたのか」を知るためのクーポン活用法

富永:ちなみに今、さらっと「クーポンコードで管理する」とおっしゃいましたが、これはけっこう大変なことです。クーポンコードって、「2021年3月15日のチラシに載せる商品」というレベルでプロモーションの粒度を管理しなきゃいけないんですよね。

なので、100アイテムぐらい載っけようとしたら、1回チラシを打つと100個のユニークなクーポンコードを作らないといけないんですよね? 

富山:このクーポンコードは、チラシ自体に全体で「カテゴリーで何パーセントオフですよ」とか、そういうものです。

富永:あぁ、なるほど。1チラシあたり、5~6コードぐらい? 

富山:いや、1つか2つしかつけてないですね。

富永:そうなんですね。

富山:それはどちらかというと、チラシ自体を見て来たかどうかの計測をするためだけにつけているんですね。

富永:なるほど。私が今言ったのは、チラシの中に載っている商品の貢献度を計るためには、1個1個にユニークな番号を打っていて、買い物コードと突き合わせていくとそれがわかるよ、という話をしようと思ったんですけれども。でも、チラシの来店増進効果を見るためには、そのチラシ単位のクーポンコードがあればいいということですよね?

富山:そうですね。

富永:でも、クーポンIDの管理って、けっこうややこしくないですか? 

富山:それは一発でできるように開発しました(笑)。

富永:なるほど、さすがですね。

富山:でもそれも、けっこうそれ(クーポンでの仮説検証)をやりたいからという、システム開発だったんですよね。うちは紙でもマガジンを出していたり、こっちはデジタルでやっていたりとか、どの施策がどう効いたかがわからなかったので。

小売は日々の売上が見えるからこそ、検証を怠りがち

富永:昔、ドミノピザにいた時に、宅配ピザっていろんな経路で購入できるので、けっこうクーポンの種類が多いんですね。

担当を1人置いて、すべての値引きやクーポンは、この人しかできないようにするというやり方をしてみたんですが、やっぱりみんな、ついつい昔からの習慣で勝手にやっちゃうんですよね。勝手にやっちゃうと、ノイズだらけになって検証できなくなっちゃうということを思い出して、ちょっと聞いてみました。

富山:なるほど。でも、本当にわからなくなりますよね。さっき(施策を)たくさん打つという話がありましたけど、変数が多すぎて、どれがどう効いたのかがわからなくなるので。

これ、新規のお客さんのためなのか、継続のお客さんのためなのか、なんのためにやっている施策なのかを明らかにしていくのは、小売のマーケティングで重要なのかなと。けっこう流れでやっちゃっていることが多いと思うんですよね。

富永:そうですよね。日々売上が見えちゃうから、ついつい検証が疎かになるということもありがちだし。富山さんみたいにちゃんと検証されていても、意図どおりになっているからよかったのか、意図どおりになってないけどよかったのかという峻別が大事ですよね。

富山:そうですよね。

富永:「そもそも誰に向けた企画だったのか」をさかのぼって検証することは、意図に照らした検証をされるということですよね。でもそのほうが、意図に合った施策を進めるということで、結果的にPDCAのサイクルがよく回りますよね。

富山:そうですね。もしかしたらさっきの答えでいうと、メーカーさん側もその視点で提案をされるのはいいかもしれないなと思います。小売もID-POSとかを見きれていないけれども、メーカーさんは自社の商品であれば、おそらく今だとデータを買われて見ていると思うんですよね。

もし仮にいい数字が出なかったとしても「こういう結果でした」というのがしっかり返せれば、「じゃあ次はこれをやってみよう」というかたちで、小売にすごく響くんじゃないかなと思います。

富永:そうですよね。

「なんのためにやっているのか」を見失わないことが大切

富永:富山さんと話していると、あっという間に時間が経っちゃって。あと2~3分なんですが、最後に「これを言っておきたい」というのを言っておきましょうか。

富山:「これを言っておきたい」ですか。誰に向けてですかね?

富永:これを見てらっしゃる方だから、マーケターですかね。

富山:マーケターですよね。おっしゃるように、小売とマーケティングって非常に難しくて、全体の組織の壁とかがすごくあるなと思います。うちもあると思うんですが、KPIが単なる“にぎやかし”で、おもしろいというのは当然あると思うんですけど、「なんのためにやっているのか」をお互い握るのが、すごく重要だなと思いますね。

富永:通常のコミュニケーションのパスだと、メーカーの営業と小売のバイヤーが話をして、広告代理店と小売の販促が話をして……みたいに、パスがすごく断絶されているというか。でも、今日の話からわかるように、本当に実のあるマーケティングをするためには、商品部のやること・店舗のやること・マーケティングのやることが密に連携してなきゃいけないじゃないですか。

それを起こしていくために、メーカーさんからしたらバイヤーとばかり話しているんじゃなくて、たまにはマーケの人と話してみることもいいと思いますし、逆もまた真なりですよね。そうやって、組織横断的な仕事が定着してほしいな。

富山:そうですね。それぞれのマーケ側もバイヤーも、重要にしているミッションが違っている場合が多いと思うので。

富永:そうですよね。もともとの1つの目的に立ち返って、というところかと思います。本当はもっと語り合いたいところなんですけが、今日は「小売のマーケティング、小売とマーケティング」と題しまして、私と富山さんでお話をしました。おもしろかったでしょうか? お楽しみいただけたら幸いです。どうも、ありがとうございました。

富山:ありがとうございました。