シャチに襲われた生物を救う「優しい巨人」の存在

ローズ・ベアドントウォーク氏:シャチは、時に「海のオオカミ」と呼ばれます。狩りは群れで協力し合い、獲物は子どもや負傷したものを追い詰め、仕留めてエサにします。これは、オオカミの生態に非常によく似ています。

シャチは、ザトウクジラの子どもをターゲットにすることもあります。しかし、おとなのザトウクジラであれば体格が大きいため、たとえ空腹のシャチの群れ全体が相手でも、反撃して返り討ちにすることができます。

ザトウクジラは、仲間を守るためには激しく戦います。さらに不思議なことに、ザトウクジラは、シャチに狙われたのが他の動物であっても、それを守るためにシャチを襲うことがあります。これは、研究者たちにとって大きな驚きでした。

生き物は、直接的に自分たちの利益とならない行動は取らないと考えられています。特に、自分たちの天敵が関係してくる場合はなおさらです。

なぜザトウクジラはシャチと戦い続けるのか?

科学者たちに提起されている疑問は、次のようなものです。この「優しい巨人」は、仲間が襲われた場合に備えて単に演習を行っているのでしょうか? それとも彼らは、海のスーパーヒーローになるつもりなのでしょうか?

ザトウクジラはその巨躯のため、あまり天敵に狙われることはありません。30トン以上もの重さを誇るクジラを相手にするほど不敵な動物は、まずいないでしょう。例外は、お腹を空かせたシャチの群れです。

シャチは、付近にいるはずの母親や仲間の怒りを買うリスクを冒しつつ、ザトウクジラの子どもや赤ちゃんをよく狙います。このような攻撃はあまり人間が目撃することはありませんが、多くのザトウクジラは、尾ひれにシャチによる攻撃の傷跡を負っています。研究者たちは、すべてのザトウクジラの実に3分の1が、一生のうちどこかでシャチとの争いに巻き込まれているはずだとしています。

ザトウクジラは歯を持たないため、武器となるのはその巨体や巨大なヒレや尾です。そして、この巨人が防御の動きを炸裂させる際には、相手の攻撃を待ってなどいません。助けを必要としている者の元へ突進していく姿がよく観測されているのです。しかも、まったく別の種の動物が攻撃を受けていても、救助に向かう様子がたびたび目撃されています。

2016年の論文では、シャチの攻撃に干渉するザトウクジラについての、60年以上にわたる観測記録が調べられました。すると、攻撃を受けたのが同じザトウクジラであった例は、なんと11パーセントに過ぎなかったのです。残り89パーセントは、他のクジラ類やアザラシ、アシカ、ネズミイルカなど多種多様であり、なんと中には魚などの記録もありました。

このようなレスキューは時には何時間にも及び、複数のザトウクジラが参加し、シャチが最後にあきらめて撤退するまで粘り強く続きました。ザトウクジラにとっては大きな徒労であることは、想像に難くありません。しかも、狩りや休息などの日常活動も奪われます。

ザトウクジラが負傷やエネルギー浪費のリスクを負いながらも、仲間ですらない他の動物を守るのに労を惜しまない理由は、よくわかっていないません。ザトウクジラのこの習性は、群れの維持という自分たちの利益のためだと考える科学者もいます。中には、攻撃を受けている他種を助けることが単に好きなのだと言う科学者もいます。というのも、他種の救助に急行するザトウクジラには、以前のシャチの攻撃により受けた傷を負うものがいるからです。

とは言え、ザトウクジラが正確に何を考えているかまではわかりません。単にシャチとの戦いに参加したいだけなのかもしれません。時には、何キロメートルも離れた場所から急行するザトウクジラもおり、これは実際にトラブルに巻き込まれている当事者を確認できないほど遠方です。つまり、被害者が何者かはわからないまま、シャチの殺戮の声に反応しているだけなのかもしれません。

ザトウクジラのこのような振る舞いを解明するには、さらなる研究が必要です。しかし一つ確かなのは、ザトウクジラは、恵みの海のヒーローであるということです。