がん告知を受けたときの気持ちの切替え

中山祐次郎氏(以下、中山):病気を公開なさって、実際にどんな反響があったかも教えていただけますか?

矢方美紀氏(以下、矢方):まず乳がんだったということに、今まで応援してくれたファンの方や、一緒にお仕事をしてきた方たちもすごく驚いていて。「えっ!? 矢方さんが、がんなの!?」というふうになってたんですけど。自分も一番最初に告知を受けたときは、本当にびっくりしちゃって。「ぜんぜん痛くもないし元気なのに、なんでがんなんだろう」って不思議だったんですけど。

でも、先生といろいろなお仕事を相談して、今後の治療方針とかあると思うけど、なんとか徐々にステップを踏んでやっていけば、きっと大丈夫なんじゃないかなと思っていたので。

それを周りに、「がんだったけど、たぶん治療もいろいろあるし、脱毛とかもしちゃうけど大丈夫だよ」というふうに隠さず話していくと、相談したり不安に思っていてくれた方って、私が思っている以上にめちゃくちゃ落ち込んでいたり、どうやって声をかけていいんだろうと悩まれていたんですけど。

私が以前と変わらない感じだったので「これは美紀ちゃんだからたぶんいける、大丈夫な気がしてきたな」と思ってもらえて。そこからは通常モードで、すごくつらいときだったり、体調が優れないことももちろんあったので、それは事前にお伝えしてご理解をいただくということはずっとやってきました。

SNS上での応援と心ないメッセージ

中山:なるほど。矢方さんはいつも、すごく元気いっぱいだなと思うんですけど。やっぱり精神的にもつらいときがあったり、場合によっては、周りの人から(言われたことなどで)嫌な思いをしちゃったこともあったんじゃないかなと、僕は勝手に想像しちゃっていたんですが。

矢方:振り返ってみれば、めっちゃありましたね。やっぱり些細な言葉、本当に一言でもすごく自分の中に突き刺さってしまって、「やっぱり私って、病気をして……」とかすごく悪循環のほうに考えてしまったり、SNSもいろいろと励ましたり応援してくださる中に、「うおっ!?」って目に止まるコメントや言葉はやっぱり中にはあって。

ただ自分の中で、それはどうにかコミュニケーションをとったら理解してくれるんじゃないかなと思って、何度かTwitter上で心ないメッセージが来たときに、「いや、それは違うんですよ」ということを返信したりもしたんですけど、もうぜんぜん。なんだか跳ね返されちゃって(笑)。それはちょっと心が折れそうになりました。

中山: いやぁ、それはつらいですよね。すごい。返信したんですね。

矢方:「病気になっちゃったけど、ただ落ち込んでいるだけの20代だったらすごくもったいないし、私は病気をする前と同じように生きています」というふうに書いたら、それに対して、「いや、あなたすぐ死ぬから」というコメントを書かれていたんですよ(笑)。

「確かに死ぬかもしれないですけど、今は大丈夫なんですよ」と書いたら、「いや、あなたは死にます」みたいなことを速攻で返されて(笑)。「なんなんだ、お前はー!」とか思いながら、もうそのままスルーしましたね。

中山:そういった人は一定の数いるようで、ただ攻撃したいだけですね。ただ傷つけたいだけなんだと思うんですよ。

矢方:そう、Twitterってたくさんの有名人の方も一般の方もやられているじゃないですか。その中から私のところまで「フォローもしてないのに、どうやってたどり着いたんだろう」とか、「なんで私の病気のことであったり、がんということを知ってくれているんだろう、すごいな」と逆にポジティブに考え方を変えるようになりました。

患者への告知は医師にとっても難しいもの

中山:すごいですね。それをポジティブに変換するのはけっこう時間がかかったんじゃないですか? そんなことないですか? 

矢方:いや、でもこの2年で、ポジティブに変えるという方程式を自分の中で作れました。

中山:そうですか。2年と聞くと、きっと矢方さんは今言ったこと以外でも、たくさん心ないことを言われたり、されたりしてきたのを全部乗り越えてきたんだろうなと思って、今僕はすごく胸が痛みました。

矢方さんのお話の中にあったことで、ちょっと1つ。がんの告知について、僕は患者さんに告知をする側なんですよね。医者にとっても、告知をどんなふうにどんなタイミングで言うのか、例えばどんな顔をして言えばいいのかというのもすごく難しいんですよ。それは正解がなくて。矢方さんの場合はどうだったのかと、どうお感じになったのかを教えてもらえますか? 

矢方:そうですね、告知に関しては以前も祐次郎先生と対談したときに、「すごく悩むことである」というお話をされていて「そうだよなぁ」と思いながら聞いていたんですけれど。

私の場合は、イメージの中でよくテレビなどに出てくる、ちょっと暗い部屋でシルバーっぽいテーブルに先生がいらして向かい合わせで「……がんです」みたいなイメージだったんですけど。

中山:はい(笑)。

矢方:「結果がこの日にわかるので来てください」と言われて病院に行ったときに、普通に廊下も通常の明かりで明るいですし、「お部屋失礼します」と入ったときも普通に先生がいらしていて、電気もちゃんとついていて、そこでイメージがガラリと変わりました。

先生の本を以前に見たときも思ったんですけど、やっぱり限られた時間だと思うので、対”人”じゃないですか。なので、やっぱりなにもかも先生に聞くというのは、私はなんだか違うなと思って。

そこで自分の中で厳選したものをちゃんとメモして、「これだけちょっと確実に聞いてみよう」とか、本当にどれだけ調べてもわからないことを先生に直接聞いて、納得した答えをもらおうということを、今も毎回病院に行ったときに考えてお話をするようにしています。

お医者さんとのコミュニケーションで心がけていたこと

中山:そうなんですね。受診するときにお医者さんと話す内容をあらかじめ決めておいて、決まったことだけをばーっと話したということですか? 

矢方:やっぱり自分は専門的なお医者さんでもないですし、医療をずっと勉強してきたわけでもないので、本当に一番最初は難しい言葉であったり、治療のお薬なども初めて聞く名前でした。

「もうなんなんだろう、わかんないな、ちんぷんかんぷんだ」ということが多かったんですけど、それもいったん聞いて「確かこういうことを先生は言っていたな」というのを、家で親と復習じゃないですけど、いったん落ち着かせて。それでまた次、病院に行ったときに、「あのときのこれはどういうことなんですか?」と訊いたりしていましたね。

中山:告知の話と今、治療の内容の話もしているんですけど、確かに治療の内容も、正直めちゃくちゃ難しいですよね。僕も紙に書いたり、あとは抗がん剤の話は薬剤師さんに別途説明してもらったりして、家族の方にも一緒に聞いてもらったり、じっくりお話をするようにしています。結局、いざ治療が始まってみないとよくわからないという患者さんもけっこう多いなという実感がありますね。

競争が少ない医療業界は、サービスが改善されにくい

中山:ちょっと言いづらいかもしれないですけど、こういうところが嫌だったとか、こういうところが変だと思うとか、やっぱり本当に言ってほしいなと思っていて。

僕ら病院のスタッフは、何が変なのかわからなくなってきちゃうんですよね。病院は放っておいても、やっぱり患者さんが来るんですよね。値段も全部決まっていて、国からお金が入ってくるので、そういう意味でのサービスの競争もぜんぜんなくって。

競争がないラーメン屋さんはたぶん美味しくないとは思うんですけれども、そんな感じなんですよ。良く言えば守られていて、だから日本全国に同じような医療が提供できている側面もあるんですけれども、サービス自体が改善されにくいかたちになっているんですよね。

病院とかお医者さんとか医療とか治療そのものへの違和感みたいなものがあったら、いくつか教えていただけますか? 

矢方:はい。

中山:1個1個、僕が言い訳をしていきますので(笑)。

矢方:入院するときに事前に、「この病室の担当は○○です。よろしくお願いします」という感じで先生と看護師さんが来ていたんですけど、やっぱり日に寄って体制が変わるというか、夜勤の方であったり、お昼とか夕方ぐらいで帰られる方も何人かいたので、「あ、今日はあの人いない」というのがすごく多くて。

一番最初に「私が担当します」と来てくれたナースさんが、そのあと最後に帰る日ぐらいにしかお会いしなかったこともあったりする……。

中山:(笑)。マジですか。なるほど。

矢方:なんかそういうのがすごく……。本当にたくさんの方が1日何人も入れ替わりするので、「今この先生は誰なんだろう?」みたいな。

スタッフが誰が誰だかわからない問題

矢方:「もうそろそろ退院できるな」という時期がだんだんと近づいてきたとき、乳がん全摘出のときって、体液を出すというか、ドレーン(注:手術の傷を閉じた後に溜まってくるリンパ液や血液を体の外に排出するための管)がつながっていたりするじゃないですか。

ドレーンがずっと体についていて、「これはいつ取るんだろう、どうやって取るんだろう」とぽけーっと思っていたら、5~6人の先生たちが、朝7~8時ぐらいにドドドドドッてベッドの周りに来て、「おはようございます。今からドレーンを抜きます」という感じになって(笑)。

急に、「はい、準備準備!」みたいな感じで、「ちょっと痛いですよ」「気持ち悪いですよ」って、ピシッ! 「はい終わりましたー」という感じで、ドドドドドッて出て行くので、「何が起こったんだ!?」と。自分はちょっとプチパニックになって、そういうコミュニケーションがぎこちなかった記憶はあります。

中山:なるほど。もうさっそく痛いところを突かれた感が半端なくてですね。今矢方さんが言ってくれたことは2つぐらいあると思うんですけど、1つは“スタッフが入れ替わりすぎて、誰が誰だかわからない問題”ですよね。

矢方:はい。

中山:これはやっぱりちょっとしょうがないところがあって。病院は24時間ずっと専門の医者か看護師さんが患者さんを見ているので、交代制にならざるを得ないんです。交代制と言っても、「患者さんが入ってきたから、僕はその方が退院するまで毎日泊まり込みで診ます」というふうにやっていくと、その人の人生が崩壊してしまうので。あと、ぶっ倒れちゃうので。

そういうことはあまりやっていなくて、基本はお医者さんはチームで、乳腺外科だったら乳腺外科で5~6人のドクターがいて、全員で矢方さんを担当しているという話なんですよね。

医者側は全員、矢方さんの病状や、どんな手術を受けて、どんな出血量で、どれだけ時間がかかって、傷や痛みがどんなで、手術の後、調子が良くて・悪くて、ドレーンの管から汁がどれだけ出てきて、だんだん減ってきているとか。そういうことを全部把握しているんですけど。矢方さんからすると「誰やねん、お前」という感じなんですね(笑)。

矢方:(笑)。

病院のスタッフはチームで治療に当たっている

中山:僕がいつも外来で患者さんに伝えるようにしているのは、「僕らはチームで、5~6人でやっているので、たぶん○○さんは入院して、全員の名前と顔も一致しないまま終わると思いますけど、こちらはあなたのことを全部把握していて、もう隅から隅まで知った状態で、過去の病気から、飲んでいる薬からもう全部把握していますので、誰に何でも聞いてください」と。「チームでやっています」というふうには伝えているんですよね。

とは言っても、やっぱりお医者さんたちが、本当は最初に入院してきたときに、「これが僕らのチームですよ。よろしくお願いします」と一言挨拶でもすればいいんですけれども。

そのときに例えば、「緊急手術があって、あの先生がいなくなっちゃった」とか、「あっちの先生が出張で今日はいないわ」だと……。全員がいなかったりして、挨拶もできなかったりすることがけっこうあってですね。でも、今突っ込まれて、なんだかそんな紙を渡してスタッフ表を書けばいいなということは思いました。

矢方:その言葉が1つあったら、すごく安心に変わるなと。

中山:そうですか。今後も言うようにします。

矢方:ぜひお願いします。