渋谷区の多様性理解教育に関わることになったきっかけ

鈴木茂義氏:改めましてみなさん、こんにちは。まず最初に自己紹介をさせてください。鈴木茂義と申します。小学校の先生になって19年目です。学校では「鈴木先生」がたくさんいる可能性があるので、同僚や保護者、子どもたちからは下の名前で「しげせんせー」と呼んでもらっています。このあとも、よろしければ「しげせんせー」と声をかけていただければと思います。

経歴がいろいろあります。小学校の先生になって19年を経たんですけれども、いろいろなところで先生をやってきました。地方で教員をやっていたこともありますし、今は東京都の3つの小学校で掛け持ちをして働いています。そのほかにもいくつかのお仕事を掛け持ちしながら、基本的には小学校の先生として活動しています。

そもそも、私がなぜ渋谷区の学校教育に関わることになったかということなんですけれども、もともと渋谷区民でした。そのときに、区民活動の場だと思うんですけれども、こちらのアイリス(注:渋谷男女平等・ダイバーシティセンター)で団体を立ち上げました。LGBTQと教育について考える「虫めがねの会」というグループを立ち上げて、仲間たちと一緒に勉強していました。

そのことがきっかけで、アイリスの運営委員会を2年間務めさせていただいたり、「しぶやフォーラム」という年に1回あるイベントにも実行委員長として関わらせていただきました。

当然教員としてのキャリアも、自分の授業をする上で大切でした。ただそれと同じぐらい、実はこのアイリスでたくさんの経験をさせていただいたことが、今回の渋谷区でのインクルーシブ教育と大きく関わっているな、と改めて感じさせられました。アイリスで活動をしている団体のみなさま、ベテランの方も含めていろいろな方とお話をさせていただいたことが、やはり私の心の中に非常に大きく残っていたなと思います。

4年前にゲイの当事者であることをカミングアウト

自分自身がLGBTQの中のG、ゲイの当事者であるということを、今から4年前に社会的にカミングアウトしました。学校の中で生活しながら、なかなか自分自身がゲイの当事者であると言うことができませんでした。

ただ、日々の子どもたちとのやりとりや自分と向き合う中で、「自分のことをオープンにしないで仕事をする」というところに折り合いをつけるのが難しくなりました。非常に勇気が必要だったんですけれども、社会的に大きなカミングアウトをすることによって、何かお役に立てることはないかな、ということで今に至っております。

先ほど永田課長からもお話がありましたが、私が関わらせていただいたのはこの3つのものです。1つは教員向けの研修、「学校キャラバン」に伺いました。いろいろな学校に行って、当事者として自分のこれまでの生い立ちのようなものを、同じ教員という立場でお話しさせていただきました。

どの学校でも「まさか学校の先生にもLGBTQの当事者の方がいたなんて」ということで、驚いていらっしゃる方もたくさんいました。一方で「当然学校の先生の中にもそういう方がいるよね」と受け止めていらっしゃった先生もいました。

2つ目は、渋谷区で新たに教員生活をスタートさせた新規採用の先生と、ほかの市区町村から渋谷区に転入してきた先生たち向けの研修講師もさせていただいています。こちらは「LGBT教育」という言葉ではなく、去年ぐらいから「多様性理解教育」と名前を変えています。

当然LGBTQのお話をするんですけれども、それが目的ではなく、いろいろな子どもたちがいることをどのように理解していくか。そういったことを、LGBTQを入口に先生たちと一緒に考える研修になっています。

3つ目が、中学校での出張授業です。このようにいろいろな研修に関わらせていただいたので、それぞれの関連性を意識しながら、アイリスのみなさん、そして永田課長を中心に授業づくり・研修づくりをしてまいりました。

私もいろいろな先生方と勉強する中で、もやもやしていることがありました。それは先生たちから「どうしたらLGBTQの子どもたちにカミングアウトしてもらえますか」という質問でした。やはり、存在が可視化されていたほうが先生たちも支援の手を差し伸べやすいんだな、と感じました。

助けを求められてもそうでなくても、支援と指導をする大切さ

とはいえ、“児童・生徒がカミングアウトすることありき”の指導や支援にならないことが大事ではないかなと思っています。

もしかしたら同じ土俵で話をすることはできないかもしれないんですけれども、例えば発達に偏りのある児童・生徒のことを思い浮かべてください。私自身も今、発達に偏りのある子どもたちと一緒に勉強していますが、その子どもたちから「しげせんせー、僕は発達障害なので支援してください」と言われたことは1回もないんですね。

なので私たち教員は、何かしら「自分は支援が必要です」とか「助けが必要です」と子どもから言ってきたとしても言ってこなかったとしても、支援と指導をしていくことが必要なのではないかなと思います。

同じようにLGBTQの当事者の児童・生徒に対しても、「カミングアウトされたから助けてあげましょう」ではなくて、“そもそもそういう子どもたちがクラスや学校の中にいる”ということを前提にした上で、指導や支援をしていくことが大切ではないかなと考えています。

これは渋谷区ではなく、ほかの自治体で中学生に向けて出張授業を行ったときです。終わったあとのアンケートで「LGBTQのみなさん、大変ですね。がんばってください」という感想が寄せられたときがありました。「私はがんばらなくてはいけない存在なのか。そしてかわいそうな存在なのか」ということをすごく考えました。

そのとき本当に子どもたちと一緒に考えたかったことは、「かわいそうな人」と「そうではない人」をつくるのではなく、「自分ごととして共生社会を考えていってほしい」ということでした。

ただこれは、子どもが悪いというわけではありませんでした。私自身もこのときはまだ、子どもの前で話をする経験が少なかったころでした。子どもたちの感想というよりも、自分自身が共生社会を伝えようとしていたのではなく、「LGBTQのことだけ」を伝えようとしていたんだなと。それが生徒たちの感想に表れていたんだなと反省しました。

LGBTQ当事者ではない教員のための授業の工夫

ここで、自分自身がカミングアウトをした上で、教員として本当に子どもたちと一緒に考えたいことはどんなことなのかなということを、一度考え直すことになりました。そこで出た答えは、やはりこの渋谷区が目指している「ちがいを ちからに」ということをベースにした“共生社会の実現”を子どもたちと考えたいんだな、と捉え直しました。

そこからまた私自身も、先生向けの研修、そして子どもたちに向けて話す内容を再構築しました。まずは教員向けの研修「学校キャラバン」です。ある学校に行って、先生たちに向けて、自分自身が小学校の先生であり、そしてゲイの当事者であるという話をしました。そのあとの質疑応答で「実はもうこの研修を受ける前から、しげせんせーを教材にして授業をしました」という先生がいらっしゃいました。非常にうれしく思いました。

その先生はご自分で教材を探し、授業を開発していました。これは『LGBTER』というインターネット上のポータルサイトなんですが、このサイトを使って授業をしてくれたということでした。

今までいろいろなところで授業をするたびに、先生方の悩みとして「LGBTQ当事者でない自分が授業をしても大丈夫なんでしょうか。自分は授業をする自信がないです」という声をたくさんいただきました。このご自分で授業をつくった先生のお話を聞いて、私はやはり当事者でなくても当然こういった授業ができるのではないかと思います。

それは自分自身のライフストーリーを語るのではなく、「共生社会を実現する」ということを授業の目的に置けばよいので。素材として当事者を扱っていただいて、それを活かして当事者でない先生も授業ができるんだと思いました。

LGBTQに限らず、さまざまな子どもたちの多様性を尊重する

2つ目が新規採用教員と、あとはほかの区市町村から転入してきた先生向けの研修です。研修が終わったあとに、印象的なできごとがありました。新規採用で先生になったばかりの中学校の先生が、私のところに質問に訪れてくれました。その先生がまさに今、いろいろな子どもたちをまとめながらどうやって学級を進めていくかという学級経営に悩んでいるところでした。

その先生は、LGBTQの話を入口とした多様性理解教育の研修を聞いて、「しげせんせー、クラスにはいろいろな子たちがいるんです。それだけでも大変なのに、さらにLGBTQの子たちも全部認めるってことですか? クラスのやんちゃな子どもたちも全部認めていくっていうことですか」と相談に来ました。その先生はLGBTQの話を入口にして裾野を広げて、すべての子どもたちに対して想いを持っていたんだなということで、とてもうれしくなりました。

同じような悩みを持っている若い先生がたくさんいらっしゃったので、そのあと研修会場でみんなで輪になって、「いろいろな子どもたちを包括しながらどうやって学級を進めていくか」という話になっていきました。むしろLGBTQの研修よりも、その時間のほうに大きな価値があったのではないかなと思います。

その様子を見ていた教育委員会の指導主事のベテランの先生たちも、輪の中に入ってくれました。そして、みなさんが今までいろいろ経験してきたこと、うまくいったことやうまくいかなかったことについても、一緒に話し合うことができました。まさにLGBT教育ではなく、インクルーシブな学級を実現するための話し合いの時間だったのではないかなと思っています。

そのような経験、先生たちとの話し合い、研修、そしてこのアイリスでのいろいろな人・団体のみなさんとの出会いを通して、実際に子どもたちへの授業に臨むことになりました。自分自身の反省でもありました、ダイレクトにLGBTQのことだけを教えるのではなく、LGBTQを通して(多様性について伝えていく)。

先生から子どもに一方的に伝えるというわけではなく「あなたはどう思う?」「あなたはどんなことができる?」と、子どもと一緒に考えることを意識しました。一方通行の授業ではなく、児童・生徒との双方向のやり取りを目指していきました。

教員とゲイの当事者としての視点

そのときに大切にした、もう1つのことがあります。今、全国各地でLGBTQ当事者の人を学校に招いて、ライフストーリーを語っていただくという授業が、けっこうな数あると思います。ただ私の場合は、東京都の学校で働く教員でもあります。ですので当事者の視点を語るのと同時に、教員としての自分の視点も大切にしていきたいなと思いました。あくまで教育に携わる自分が、自分のライフストーリーを話す。そこの部分を大切にしました。

学校の中で教育活動として授業を行うので、その授業の「根拠」をはっきりさせるため、東京都の中でLGBTQとか性自認、あとは性的指向にまつわる資料が何かないか探してみました。これはその一部です。

まず1つが『人権教育プログラム』というものです。今画面に出ているのは平成30年のものですが、最新版はこちらにございます。今年の3月に出たものです。これが学校のすべての先生たちに配られていると思います。この中では「新たな人権課題として、性自認とか性的指向について取り組んでいきましょう」ということが書かれています。ですので、こちらの資料も非常に参考にさせていただきました。

学習指導案という、授業の台本のようなものもございます。実際に授業をつくっていくときにも、東京都の道徳の教材集に合わせて授業をつくるようにしていきました。いずれにしても思いつきで授業をやっているわけではなく、きちんと準備をして臨んでいるということを、保護者の方も含め説明責任がきちんと果たせるようにしていきました。

スライドには載せていないんですけれども、東京都教育委員会から出ている人権啓発の学習資料『みんなの幸せをもとめて』というものも、先生方に配布されています。この中にもLGBTQにまつわる資料がありますので、参考にして授業をつくっていきました。

中学校のゲストティーチャーとしての授業

これは先ほどの永田課長のものと一緒ですが、私も最初の授業の導入で「突然ですがクイズです」ということで子どもたちに提示しました。

子どもたちはまだ「今日は授業に当事者の人たちがゲストティーチャーで来ますよ」ということは知りません。そしてどんなことについて学習するかということも知りません。お互いにドキドキした状態でスタートしていくので、その雰囲気を少し柔らかくする意味合いも込めて、クイズでアイスブレイクを行いました。

それで、「今日は担任の先生の顔色を気にしないで、いったい私がどんな人なのか、見える部分も見えない部分も含めて、クイズで答えてみてください」と言いました。

とはいえ、中学生の子どもたちですから、雰囲気は読むんですね。「あのゲストティーチャーの先生は『なんでも言っていいよ』って言ったけど、たぶんなんでも言うと叱られるんだろうな」とか、そういう雰囲気を感じながらやっていました(笑)。担任の先生の顔色をキョロキョロうかがいながら答えてくれる人もいました。

このクイズは、同じようにいろいろな学校で実際にゲストティーチャーとして活躍している友人が開発したものです。その友人がうまくいったというのを聞いて、その友人の許可を取って、渋谷区の授業でも使わせてもらいました。

子どもたちは本当にいろいろなことを答えてくれます。先ほど永田さんが「職業:YouTuber」と言われたという話がありましたけども、私も「YouTuber?」と言われました。「サラリーマン」「怒ると怖そう」とか。やっぱり「結婚してそう」とすごく言われましたね。あとは「子どもは3人いそう」とか。

年齢はかなり幅がありました。「20代」と言ってくれる人もいれば「50代」と言ってくれる子どももいて、なかなか見た目でわかることとわからないことっていろいろあるなというのを、そのクイズを通して感じていました。