カリブにあるトリニダード島の不思議な湖

ハンク・グリーン氏:カリブ海に浮かぶトリニダード島には、何百万トンものアスファルトから成るオイルの湖があります。この湖には、不運な動物たちの死骸が大量に沈んでいます。さて、この湖は、単なる巨大な舗装道路の元でも、死骸の溜まり場でもありません。このオイルと泥の溜め池は、他の星にいるかもしれない生物の姿や、地球上の生き物の保護についてなど、生命についての多くを教えてくれるのです。

この湖、ピッチ湖は、地球上最大の天然アスファルトから成る湖です。さて、みなさんは今、「他にもこんな湖があるの?」と思いましたね。タイトルにあるピッチ湖以外にはそれほど数多くはなく、ほんの一握り程度です。

これらの湖は、そのほとんどが不吉で破滅的な場所とされていますが、それには歴としたわけがあるのです。

ピッチ湖には、水の代わりに化学者が液体炭化水素と呼ぶオイルが溜まっています。一説によれば、この湖は構造プレートの一方が他方の下に沈み込むことにより生じたもので、地下深くのオイル溜まりが地表に押し上げられたものなのです。オイルの軽質分は表層から蒸発し、水や泥、周辺のさまざまの成分と混ざり合った重質分があとに残り、どす黒く分厚いぬかるみとなりました。

このぬかるみは、32℃から56℃と温かく、何千年もの間、野生動物にとっては天然の罠のような働きをしていました。湖の大部分には人ひとりの体重を十分に支えられる強度がありますが、流砂のような状態の箇所があります。油断した野生動物がこのような箇所にはまり、沈んでいきました。こういったことは、頻繁に起こりました。

粘性の高い油分が、腐敗、風化による劣化、捕食者に食い荒らされることを防いだため、泥土の中からは化石や骨格、考古学的な価値のある工芸品に至るまでが、非常に良好な保存状態で見つかっています。ちなみに、こういった発見物で有名なのは、ピッチ湖とはいとこのような関係性にあるやや小ぶりな湖、カリフォルニア州のラ・ブレア・タールピットです。

ところで、このような話を聞いて、アスファルト湖とは死を招く巨大な水たまりだと思ってはいけません。「湖」とは名ばかりで、水や酸素はわずかではありますが、ピッチ湖は生命に満ちています。

メタン湖の奇妙な生態系

2011年刊行の「Astrobioloy(宇宙生物学)」誌に掲載された論文によりますと、ピッチ湖の泥1グラム中には、1万近くの生命が生息可能であるとしています。五大湖の一つ、ミシガン湖などの湖水1グラムに比較すれば半分程度に過ぎませんが、それでもかなりの数の微生物が生息しているのです。

さらに、生命は一種類だけではありません。アスファルト湖中に生息するバクテリアや微生物をゲノム解析したところ、驚くべき多様性を誇ることが判明したのです。しかも、その30種近くが新種でした。チームが一番驚いたのは、このことだけではありません。

この調査が、通常の微生物研究誌ではなく、宇宙生物学誌に掲載されたのは、他の天体にピッチ湖によく似た湖がたくさん発見されているからなのです。特に、土星の衛星タイタンのそれが酷似していました。

従前の研究においても、タイタンの湖は、生命の存在の多くの条件を満たしていることが指摘されていました。しかし、水が不十分でした。タイタンの湖は液体炭化水素ではなく、これによく似たメタンの湖であったため、生命は生き延びられないと考えられてきました。

しかし、ピッチ湖の生命には、水がごくわずかで液体炭化水素が大量にある環境でも、なんら問題がないことがわかりました。つまり、ピッチ湖の生命の存在そのものが、タイタンに生命がいる可能性を示唆しているのです。

とはいえ、ピッチ湖には、わずかですが暖かく液体状の水が存在しています。タイタンのメタン湖にはそれが無く、非常に低温です。さらに、生命が誕生できる環境と、生命が生き続けられる環境の間には、大きな違いがあります。

しかし、ピッチ湖の微生物が、タイタンに生命が存在する暗示ではないとしても、彼らが地球上の生命について教えてくれることはたくさんあります。例えば、感染症の病原菌への対策です。

膨大な数の微生物にとっては楽園

2018年の研究において、研究者たちは、ピッチ湖のバクテリアから、バクテリアの成長を阻害する成分であるコール酸の分離に成功しました。このように、ピッチ湖の微生物は、新たな抗生物質の生成を助けてくれる可能性があります。既存の抗生物質に耐性がある厄介な菌が蔓延している今日、これはたいへん画期的なことです。

人命を救うことに関していえば、ピッチ湖の植物分布を調査することも役立ちます。2014年に”Science”誌上で発表された論文によりますと、ピッチ湖の水を分析したところ、生息域の液体炭化水素を積極的に消化する微生物が見つかりました。他の研究では、ピッチ湖周辺の土壌を解析したところ、オイルを食料とするバクテリアも発見されました。

炭化水素は分解が非常に困難であるため、たいへん画期的な発見です。このような成果は、海陸での重油流出事故における回収作業の可能性を開いてくれます。

例えば、流出した重油のより効率的な除去手段として、重油を分解するバクテリアを流出エリアへ投入できるようになるかもしれません。さらには、バクテリアそのものが不要になる可能性もあります。バクテリアが炭化水素の消化に利用する酵素を分離できれば、より大規模な重油汚染の除去手段を開発できるかもしれません。

みなさんにとって、ピッチ湖が理想的なバケーションスポットではなかったとしても、膨大な数の微生物にとって楽園であることは、すばらしいことなのです。

そして、熱いアスファルトの湖が最高の住環境であると思っている生命を研究することにより、たくさんの有益な知識を得ることができます。その上、ひょっとしたら、他の天体に暮らす生命の姿を垣間見ることができるかもしれません。