個人利用を見据えた「医療版」情報銀行アーキテクチャの実証研究

浅野武夫氏(以下、淺野):メドテック・イノベーションシンポジウムの昨年は「ベンチャーがユニコーンになるには?」といったテーマでしたが、今年は「AI、デジタル」をテーマに4名の方に具体的なお話をしていただこうと思います。そのあと、ピッチコンテストの審査員の方々にも加わって頂き、パネルディスカッションで包括的な話をしていければと考えております。

松村泰志氏(以下、松村):大阪大学の松村です。「個人起点での医療データの利活用の促進に向けた“医療版”情報銀行アーキテクチャの実証研究」、というテーマでお話しいたします。

医療のデジタル化は進んでいると言われていますが、実際は、各々の施設の中でデータが管理されており、外には出ていっていないのが現状です。

医療データは、改正個人情報保護法では要配慮情報とされ、その扱いには気を使います。そうした背景を踏まえて、個人を軸として集約し、利活用の全体像を描き、ステークホルダーを明らかにし、その間の情報やお金の流れについて整理するのがこの研究の目的になります。まず医療データの利用について整理しました。

医療は1つの施設で完結するものではなく、医療データをシェアし、より良い医療をするニーズがあります。小児の時の治療内容が大人になってから影響する場合があり、小児期の治療情報をどう管理するのかといった問題には、考えさせられるものがあります。このように、医療の中で医療データを利用することを「一次利用」と呼んでいます。

「ヘルスサービス利用」は新しいタイプの医療サービスです。スマホ等を使い、治療として介入していきます。また、生命保険会社や自治体等では、個人に対して治療費の補助を給付するサービスをされていますが、その手続きが煩雑です。ここも医療データ利用の対象になると思います。

データの「二次活用」は、製薬企業、医療機器メーカーなどが販売している商品が安全に使われているかを評価したり、新しい治療戦略を考える時にデータを利用したいといったニーズがあり、それに答えていく医療データ利用です。

妊婦を対象に医療データの実用化を検討 そこから見えてきた問題とは

松村:このように、医療データはさまざまな形で利用されようとしていますが、個人と各事業者とが直接契約するのでは無理があります。そこで、個人の信託を得て、安全で安心感のある形でデータを利活用する事業が「医療情報銀行」の役割と考えています。ネーミングが誤解を招きやすいので、「医療データの利活用プラットフォーム」と言ったほうがいいかもしれません。

活動を始めたきっかけは、昨年度、総務省でスタートした情報銀行についての実証事業です。この時から、三井住友銀行さんと一緒に取り組んでいます。我々はPHR(パーソナルヘルスレコード)に関心がありましたので、両者の方向性が一致し、このプロジェクトをスタートさせました。

妊婦さんの「健診データ」、「出産時の情報」などは個人が持っていたほうが安全と考え、妊婦さんを対象にモデルを動かすことにしました。病院内に特設ブースを設け、患者さんに説明をし、契約をしてアカウントを作り、そこに阪大病院のデータを流し込んでいます。そうすると、阪大病院の診療データが個人のスマホで見えるようになります。

紹介ビデオをご覧ください。

(映像が流れる)

始めてみるとさまざまな問題がありました。まず、どういう情報を個人へ返していくのかについて議論になりました。説明もしていないデータを返してしまうのは、要らぬ不安を起こさせる懸念があります。逆に限定しすぎると、医師に判断してもらう材料として不十分となってしまいます。

また、どのタイミングで返すかも問題です。本来は医師が説明したあと、患者に返すのが良いのですが、そのためにはボタンを押さなくてはいけないので、押し忘れると情報が返っていかないことになります。今は、一定の時間が経過したら(自動的に)返すようにしています。

救急搬送時に必要となる情報を、あらかじめ情報銀行に預けておく

松村:技術的課題もあります。どういう情報を返すか細かく議論し、これを可能とするためには、データが分離可能であること、すなわち構造化されていることが前提です。また将来、たくさんの病院に参加してもらうためには標準規格が必要になります。

海外では、「HL7 (Health Level Seven) FHIR (Fast Healthcare Interoperability Resources)」が注目を集めております。私達も「HL7 FHIR」の形式でデータを返すことを始めています。そのためのゲートウェイ装置と医療情報銀行とを繋げるネットワークを設置して、サービスを展開しています。

医療情報銀行からリクエストを受け取り、対象患者の患者IDを見つけ、患者情報をデータベースに問い合わせ、ハウスコードと標準コードを変換し、データを返すというシステムを作っています。

個人のスマホに返すのですが、個人自らが入力することも可能ですので、自宅での様子を入力してもらい、診療や臨床研究に使っていくことを考えています。

今後、「処方データ」や「検査結果データ」を患者全員に渡すなど、積極的に医療データを返したいと思っております。この仕組みを医院に入れ、救急搬送された場合に必要となる情報をあらかじめ情報銀行に預けておくなどの議論もしています。

疾患情報についても、ペースメーカーや人工弁などの植え込み患者さん、先天性心疾患や虚血性心疾患など、患者ごとに選別して積極的に情報を返そうと思っております。

事業者と個人の安全な仲介場所として、健診データの二次活用をサポート

松村:もう一つ大きなデータとして「健診データ」があります。健診データのPHRも研究しております。特定健診データについては、デジタルデータとして支払基金・国保中央会に集められていますので、マイナポータルを介して個人に返す計画が進んでいます。ここから更に情報銀行にデータを移し、医療データと合わせていけたら良いと考えています。

情報銀行とヘルスサービス事業との関係も重要です。デジタルヘルス事業者さんは、独立して事業をしていますが、情報銀行が事業者に対しどのように支援できるかをしっかり考えないといけないと思っています。

現在は、事業者が個人に直接関わりを持っていますが、情報銀行のベースができますと、情報銀行にたくさんの患者さんのアカウントがありますので、ここから、まず広報ができます。更に、情報銀行の認証を経てSSO(シングルサインオン)の形で事業者とつなぎ、セキュアな状態で個人とつなげることができます。

集金のところ、情報銀行の医療データを利用したい場合、デジタルヘルスで貯められたデータを二次活用する場合の手続きをサポートできるのではないかと考えています。

生命保険会社等に給付の手続きをする際に、診断書等を紙で書くのではなく、電子化することで負担を減らすことが考えられます。二次活用事業者への支援として、スマホでデータを入れて頂き、これを活用することも考えられます。

個人スマホで医療データの二次活用可否チェックができる世界へ

松村:情報銀行の仕組みによって、e-Consent(電子版同意説明文書)をベースとして、個人に対して、二次活用時に個別同意を取ることが可能になります。つまり、個人にスマートフォンでアナウンスして、データ利用の可否を判断して通知していただく方法です。情報銀行によるデータ活用基盤としては、ここが一番重要です。

医療情報銀行が備えるべき機能として、個人のアカウント作成機能があります。医療機関、健診機関とつながり、医療データを預かります。あるいは、スマホで自分のデータを入力します。

こうして収集した医療データを個人のスマホで閲覧していただく、医療機関に対して医療の中で使っていただく、ヘルスケア事業者と連携し事業をサポートする、二次活用を可能とするといったことができれば良いと考えております。

淺野:ある一定サイズ以上の病床を持っている診療機関がプラットフォームを創成することに価値があるのではと思います。

PHRをはじめとしたRWD(Real World Data)は規制側も非常に注目していまして、ランダム化比較試験のコントロール群、プラセボを使ったコントロール群をRWDで代替できないかという議論もあります。

それが実現できれば、治験の半分が莫大な費用をかけずに済みます。そういうプラットフォームが日本にできれば治験を呼び込むことができ、臨床研究を回せるのではと思っています。