人間との信頼関係を築くために生まれたロボット「LOVOT」

林要氏(以下、林):みなさん、こんにちは。GROOVE Xの林と申します。私はもともと自動車業界におりまして、この(スライドの)左側にあるような自動車を作ってまいりました。一時はエンジニアとして、F1(Formula 1)というレーシングカーの開発をやっていたこともございます。

その後はソフトバンクで「Pepper(ペッパー)」というロボットの開発に携わり、さらにその後、「LOVOT[らぼっと]」の開発を始めております。実は、ロボットの開発の歴史はそんなに長くなくて、ロボット業界の重鎮のみなさまに比べれば、はるかに初心者と言える経歴でございます。

「LOVOT」ですが、2015年末から開発を開始しております。試作期間だけで、3年間を費やしております。2018年12月18日に、ようやく試作機を公開しています。その後は1年弱をかけて(開発を進めており)量産機の発売を、今年(2019年)の秋冬に行う予定でございます。開発期間はトータルで4年間で、今は100名程度のメンバーで開発しております。

私どものミッションは、通常のロボット会社様と違っていて、「ロボットが人の代わりに仕事をする」のではなく、「ロボティクスで人間のちからを引き出す」方向を模索しております。そのために必要なものは、ロボティクスが人の信頼を得なければならないこと。「人間とロボットの信頼関係を築き、生活を潤いと安心で満たす存在をつくる」ということを、ビジョンとして掲げております。

ロボティクステクノロジーの進歩という意味で、過去にはいろんなロボットがずっと提案されてきました。その中でも多くのロボットでは、やはり「人の代わりにどんな仕事ができるのか」というところに、フォーカスされてきた歴史とも言えるかと思います。

また、途中には「生物を模したものを作ろう」という試みも、いくつかございました。生物そのものの形態を模写するとか、それらの動きを似た格好で再現するという取り組みでございました。

私どもの「LOVOT」は、その点においてだいぶ違っておりまして。そもそも「生物を模写する」というのも、そのまま姿形を模写するということはしておりません。また、「人の代わりに仕事ができるのか」という点でも、かなり限定的なところでございます。

テクノロジーの進歩は人々を幸せにしたのか?

なぜそういった製品を作ろうとしたのかというと、もともとの発想の原点が、「テクノロジーと文明の進歩は、本当に僕らを幸せにしたのだろうか?」というところでございました。

私はエンジニアなので、テクノロジーの進歩を信じたい立場です。ただ一方で、それが本当に人々を幸せにしてきたのか? 例えば、ここで非常に有能なロボットが出てきたとして、「それは、誰を幸せにして誰を不幸にするものなのか?」という質問に対しては、ずっと考えてきた部分がございます。

例えば、「人の代わりに仕事をしてくれること」が人にとって幸せなのかというと、多くの世の中で、逆にこれらへの不安が感じられている部分がございます。

もちろん時代は変わっていきますし、仕事も変わっていきます。それに対応するのが人であり、ホモ・サピエンスの特徴とも言えます。ただ、この時代や仕事が変わっていくときの心のケアというものを「完全に自力でやれ」と言うだけが、テクノロジーの進歩ではなかろうと。「こういった部分を、テクノロジーそのもので補完できないだろうか?」ということが、発想の原点にございました。

それでは、何が幸せなのか? 人にとっての幸せとは、お金がたくさんあることなのか、もしくは美味しいものを食べることなのか? いろんなことを考えていくと、最終的に行き着くのは、「『より良い明日がくるということを、信じられる日々を維持すること』ができるかどうか?」の1点ではないかと考えました。

当然、美味しいものを食べれば幸せですが、食べるものがずっと同レベルの美味しさのご飯であり続けたら、幸せであり続けるのか? 同じクオリティのものであれば、飽きてしまうかもしれません。例えば非常にお金持ちだとしても、「明日、その立場が危うくなる」という不安を感じ続けていたとしたら? それが幸せなのかというと、実は違う可能性があります。

ただ、「明日は今より良くなる」と思うことができるのならば、多くの人は少なくとも、今より幸せになるんじゃないかと思っております。

「人を元気にするロボット」をつくる難しさ

そういう意味で、「人を幸せにしている存在」として注目したものが、例えばワンちゃん・ネコちゃんという存在でございます。このワンちゃん・ネコちゃんに共通するのは、どれも人の代わりに仕事はしないし、おしゃべりもできない。そういう存在です。

だけれども、なぜか私どもは、こういったものに元気をもらうようにできている。あえて「できている」と申し上げたのは、「私どもの本能が、そうさせるのではないか?」ということです。

私どもは、こういった「弱いものを庇護し、自分が何かしら貢献できること」によって幸せを感じる。そういう本能を持った、ある種の生態システムとも言えまして。「これをどう癒やしていくのか?」という問題だとするならば、これはロボットで解決することは不可能ではなかろうと考えました。

今までの「ロボット」は、「人の代わりに仕事をする」という部分が大きかったことに対して、私どもはそこを目指していないので、新しい造語を作ろうと(考えました)。「LOVE」と、「ロボティクステクノロジー」だけど、人の代わりには仕事をしないということで、「LOVOT」という名前を作りました。

「人の代わりに仕事はしないけど、人を元気にする存在」とは何なのか? というところです。みなさんもご存じのように、「人の代わりに仕事をするプロジェクト」には、お金が集まりやすいんですよね。

なぜかというと、人のコストが計算できるので、それをどれだけ減らせばいいのかという試算をすると、そのプロジェクトにかけられるお金が出てきます。ゆえに、合理的な判断だけでプロジェクトにお金が集まり、製品開発が進む。人類はこの領域に関しては、このまま進めることができるのではないかと思っております。

ただ、人の「愛する力を引き出す」とか「生活に潤いをもたらす」というのは、プライスレスである代わりに、事業にかけるコストの計算が非常に難しい領域となります。

ペットの存在は人々の心を穏やかにし、子育てにも役立っている

しかし、「このような機械がけっこう必要になるだろう」というのは、例えば……思考実験で、みなさんが火星に移住した時を考えるとわかりやすいと思います。人類が火星に行くことは、これだけ世界で(各種調査や技術の発展等を)がんばっているので、何年後になるかはわからないにせよ、いつか実現することはほぼ間違いないのではないでしょうか。

例えば、JAXAの方々とお話をしていると、「食料もしくはエネルギーの問題は、確実に解決するだろう」と言われています。「タイミングがいつなのか?」ということは置いておいても、これは確実に解決する。ただ、1個解決できるかどうかわからないものが、心の問題だと言われています。

なぜ、心の問題は難しいのか? 今は、その「心の問題を起こさない人」を一生懸命選別しています。それが、宇宙飛行士の選別なわけですね。もしくは、トレーニングでございます。宇宙に行かれている方は、もう常人とは異なるレベルの精神面での安定性を備えた方です。および、健康も一緒ですね。健康面でも、非常に安定的な方を選別しています。

ただ、火星に行く人たちが増えていくと、選別の基準を下げざるを得ないんですね。そして、比較的可処分所得がある方であれば(火星へ簡単に)行けるようになっていく。そうなった時には当然、精神的な安定性がやや低くて(レベルとして)一般的な人々に近づいていっても、行けるようにならないといけないわけですね。

「じゃあ、実際に現在、私どもは『精神的な安定性』を持っているのか?」というと、実はこの(現在の)都市生活は、私どもをかなり不安定にしています。

結果として、私どもは犬や猫に頼っているわけですね。私も犬を飼っていますが、(身近なところに)ワンちゃんがいるというのは、精神安定上非常に良いことです。また、子育てにも効くと言われています。欧米では、「小さい子どもができたら犬を飼う」ということは、かなり大事な教育の一環になっています。

ペットが飼えない人々のためのパートナーを開発

ということは、火星に行く時には、おそらく何らかのパートナーが必要になる。これは、「非常に狭い生存空間に、非常に密な人間関係が詰め込まれる」という意味で、都市部の縮図になるからですね。

じゃあ、そこに寿命が15年程度の犬や猫を連れていけるのかというと、これは非常にコスト高になってくる。こういったところからも、実は「LOVOT」のようなものが必要となることは、もう明白です。

そして実は、現代社会において、もはや犬や猫を飼えない人たちが非常に多くなっているという問題も指摘されています。内閣府の調査によると、全体の世帯の4分の1の方が、ワンちゃんやネコちゃんを飼われています。ですが、4分の2の方が欲しいのに飼えないと言われています。欲しいのに飼えないということは、なぜなのか?

これも内閣府が調査しておりまして、理由は「生物だから」に集約されます。「生物だから」とはどういうことかというと、「アレルギーを持つから」「いつか死んだ時に辛いから」「散歩に行かせる時間がないから」とか、そういったことです。

ここからわかるように、人がパートナーとして欲しい「犬や猫のマーケット」は、少なくとも今飼われている方々の2倍はあることがわかります。そこで私どもは、それらのニーズを満たす存在として「LOVOT」を開発いたしました。