ジャスティスが意味するのは、正義というより公正さ

佐々木俊尚氏(以下、佐々木):今の時代、PTAの問題に限らずインターネット上なんかもそうなんですけど、正義と正義のぶつかり合いが多すぎると思いますね。ここをどう回避するかっていうのは今すごく重要な、深刻な問題になってきていて。

誰が言ったかわからない有名な言葉で、「正義の反対は悪ではなく、別の正義である」っていう言葉があります。ちなみにこれについてあまり踏み込むとややこしいのですが。「正義」という言葉は英語ではジャスティスなんですが、ジャスティスは日本語で言うと「正義」じゃなくて実は「公正さ」みたいな意味なんですね。言い換えるとフェアネスみたいな。

日本語で言う「正義」って、正義の味方の「正義」なんです。正義の味方の「正義」っていうのは悪を討つ「正義」。その「正義」とアメリカとかでジョン・ロールズみたいな政治哲学の人が言っていたジャスティスの「正義」って、ぜんぜん違うものであると。

ジャスティスはあくまで「公正」であること。つまり損をする人がいないとか、みんなのほしいものがそれぞれバラバラにたくさんあるときにどうやってバランスを取るのかっていうバランスの取り方っていう考え方が「正義」であるっていう。そこからすでにずれてるわけで。

日本で「正しいこと」って言うと、すぐに「悪を討たなきゃいけないんだ!」って話になっちゃうけど、それは違う。世の中には悪なんかいないんです。お互いにそれぞれの利害関係があるだけで、そのバランスを取ることなんだよねと。

本当の多様性とは、不愉快を我慢すること

佐々木:そういうふうに考えると、いろんな意見の人がいるわけじゃないですか。いろんな意見の人がいて、それは許容しなきゃいけないけれど、けしからんとも思う。では、本来の「多様性」とは何か? 

「多様性」と言うと必ず、「LGBTの人はすばらしい」とかね。すばらしくなくていいんです。本当の「多様性」というのは不愉快を我慢することなんですよ。自分と価値観が合わない人っていうのは、たいてい不愉快なわけです。

それも我慢しなきゃいけない。「LGBTが気持ち悪い」というおじさんはいるわけです。それは別に構わない。構わないんだけど、それは我慢しなさい。人前で口に出すのはやめなさいって、ただそれだけの話なんじゃないかなと。

さっきの話にもあった「絆」ってあまり言いすぎないほうがいいよねっていう延長線で、今はなんでもすぐ「共感軸」とかをやたらと大事にしすぎていて。

同じ物語を共有しなきゃいけないという話になっちゃうんだけど、それもやりすぎると僕はすごくネガティブな影響が大きいなと思っていて。例えば「アフリカの飢えた子どもがいます。助けなきゃいけない」。これは共感しますよね。「今目の前で死んでいく子どもを助けなきゃいけない」というふうになると、その子どもだけが助かるけど、ほかに苦労している人はみんないなくなってしまう。

例えばテロリズムの文脈で言うと、しばらく前にパリでテロがありました。爆発して人がたくさん死んで、「あんな素敵な美しい都のパリの人が死ぬなんて大変だ!」ということで、世界中で「想いはパリと一緒に」というようなことを言って、フランス人に対してみんなが共感するわけです。でも、その同じ時期にシリアとかで何万人も死んでいたりするわけでしょ。それはいいのかっていう。

共感を中心にしすぎてしまうと、共感されない人が置いていかれる問題というのが必ず起きるわけです。だから、共感だけで物語を語っちゃいけないっていうね。数字とか統計とか、あるいはさっき言ったように嫌いなものでも我慢するというような、そういう別の軸をちゃんと持つことのほうが実は大事であると。

共感だけで物語を語ってはいけない

佐々木:日本人はみんなで一斉に同じ共感軸とか同じ物語に向かって「絆」で突き進まなきゃいけないんだ! PTA一丸となって戦おう! というような話になっちゃうから、おかしいんじゃないかな、と僕は思います。

タカハシケンジ氏(以下、タカハシ):なるほど。

鈴木茂義氏(以下、鈴木):耳が痛い~。聞いていて、苦しくなっちゃって。僕も共感できる人じゃないと仲良くなれないってずっと思っていたんです。共感できない人とは仲良くなれないってずっと思っていたんだけど、今の3人の話を聞いていて、それは嘘っていうか、違ったなと思っていて。共感しなくても共存できるんだなぁっていうのがようやく最近わかってきたんですよ。

それに気づいてから、教室の子どもたちに投げかける言葉もやっぱり変わってきたんですよね。必ず35人全員が理解したうえでやるんじゃなくて、違う人がいてもお互いの心地よさを担保していくことが大事よねっていうふうに感じた……(笑)。

タカハシ:シゲ先生がウルウルしている(笑)。

鈴木:アーヤさんの話を聞いて、さっきの(タカハシさんの話でも)「バンド解散」って言っていたじゃないですか。僕もいろいろなコミュニティの人と出会うことによって、自分の育ってきた家族が機能不全家族だったんだなってことに、40になってようやく気づいたんですね。

今までは家族を大事にしたいけれども、家族を大事にすればするほど自分がどんどん苦しくなっていって。家族を大事にしていないと思っている自分に対して、また嫌になってしまっていたんだけれども。

僕は僕で自分の好きなことをやろうって決めた瞬間に、家族を大事にできない後ろめたさがあったんだけど、自分が家族を大事にするっていうのを手放してから、それこそストロング・タイをゆるめてからのほうが、家族関係が良くなったっていう。バンド解散のほうが仲が良くなった、というような。

タカハシ:「離婚」よりも「バンド解散」って言ったほうがいいかもしれないですね。

鈴木:前向きな感じがちょっとしますね。

相手を理解できるなんて思わないほうがいい

佐々木:相手に期待しすぎないことが大事ですよね。期待しすぎるから辛くなるんじゃないかな。

鈴木:だからコミュニティもそうなのかなって。今聞きながら、コミュニティに期待しすぎて、「自分はこんなにやっているけど、あの人はやってくれない」というようなことにまたなるのかな、なんて。

タカハシ:最近僕も、理解したと思わないようにしたほうがいいんじゃないかなと思って。「相手を理解した」って思ったのは僕が見ている相手だけど、本当の相手はどうだかわからないし。理解したと思わないようにしたほうがすごく楽だなぁと思って。それから僕も周りの人間関係がすごく変わったなぁと。

佐々木:理解したと思うとね、「お前は本当のお前じゃない!」って腹が立つ。

(会場笑)

タカハシ:俺じゃないのに~みたいな(笑)。確かに。

ディアス実和子氏(以下、ディアス):高田さん、今うんうんと頷いておられましたけど、今は壱岐に移住されて新しいプロジェクトも始められて、なにか新しいコミュニティで感じるものとかありますか?

高田佳岳氏(以下、高田):東北のことをやってから、僕は絶対に移住はしないってずっと決めていたんです。さっきのお話で(ありましたが)、移住しちゃうと、いつかどこかで「東京から来たただの若い小僧」になるんですよ。だから「絶対に移住しない」ってずっとやってきたんです。

今回の島のことはあまりにも話が大きすぎていろんな事情が絡まって、さすがに住民票くらいは移しておかないとまずいなっていう雰囲気が出てきちゃって。

僕は神奈川生まれで東京で育っていますけど、関東で生まれ育っていると、ぶっちゃけ「住民票1枚変えるくらい、たいしたことではない」ってちょっと思いません? けっこう大事ですか? (みなさんはどうか)わからないですけど。ふるさともないので、そんなのぜんぜんなんとも思わないんですよ。

だから住民票を変えるくらい「1回やってみるか」と思ってやってみたんですよ。やってみたところ、地域の田舎のほうからしてみたら、住民票を変えるっていうことって、もうそれこそ婚姻届を届けるくらいのレベルの重さなんですよ。市長が喜ぶみたいな。

(会場笑)

タカハシ:1人増えた! みたいな(笑)。

高田:「家どこですか?」って(聞かれて)、「家ここです」(と答えたら)、それはもう、「家でみんなで集まって宴会しなきゃなりませんね」というような。(そんな)ことを市長が言ってくるんですよ。なんのことだかわからない。

地域の伝統共同体とは「線」でつきあう

高田:僕があまりにも不用意だったのは、僕は結婚して目黒区にずっと住んでいて、子どももいて、家もあるので世帯主も僕になっているんですけど、学生感覚で変えちゃったんですね。簡単に変えられると思ったんです。

そうしたら、今子ども手当とかいろんなものがあるので、1人だけパッと変えてパッと抜くわけにはぜんぜんいかなくて。それをやったら、「奥さんとお子さんの分も全部持ってきてください」ということで、すごくおおごとになって。実は妻には言わないで出すつもりだったんです。

ぜんぜんダメで完全にバレて(笑)。「なにをしているんだ」と大騒ぎになったんですけど、島では住民票を変えたことがすごい(インパクトがあって)。でも本当におっしゃるとおりで、中のしがらみに巻き込まれたら、僕のやりたいことが全部できなくなるので。そこは徹底して僕はパスを出しているというか。

「町会にも来い」「商店街のこういうのがあるから来い」と言われて行くんですけど、「住むことになりました。これから島民としてよろしくお願いします」という挨拶は絶対にしないんですよ。

「東京から来て、僕はこのプロジェクトで島をこうやっていきたいので、協力してください」という言い方しか僕は絶対にしなくて。ただ飲みに行ったり、「なにかあったら声をかけてくださいね」って(言っています)。

「東京の家族はどうするんだ?」「いつか連れてくるんだろう?」って言うから、「今その交渉中です~」という感じで(答えています)。子どものことを考えると「連れて行ったほうが楽しそうだな」とは思っているんですけど、一応そういうふうに言って、ちょっと僕は線引きというか、よそ者であり続けるっていうことを今けっこう努力しています。

佐々木:地域の伝統共同体と「面」で付き合うと辛いですよ。僕は「線」で付き合うと考えていて。この村のこの自治体のこの人とは仲良くする。芋づる式に人間関係を作っていくんだけど、町内会とかそういうのと正面切っては付き合わない、というようなね。

高田:それでいきます(笑)。