日本における「リスキリング」の第一人者・後藤宗明氏が登壇
後藤宗明氏:みなさま、はじめまして。一般社団法ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤と申します。本日は「リスキリング~個人のスキルアップと組織での取り組みポイント~」というお題で、お話をさせていただきたいと思います。
第1部が、組織で働く個人のみなさま向けのリスキリングの方法。第2部が法人・企業向けのリスキリングの導入方法。この2つに分けてお話をさせていただきます。
まず簡単に私の自己紹介をさせてください。大学を卒業して銀行に就職をしまして、そこで営業とマーケティングと人事の教育研修の仕事に携わりました。その後HRのスタートアップを2人で立ち上げまして、その仕事でアメリカに行き、2ヶ月後に(2001年)9月11日の同時多発テロに遭遇し、それを肉眼で見るという出来事がありました。そこで一念発起をして、アメリカで小さなグローバル研修の会社を立ち上げました。
その後8年経営をして、会社を売却して日本に帰ってまいりました。その後はAshokaという社会起業家支援を行うNPOの立ち上げを担当させていただきました。実はこの時40歳で、ここでも一念発起をして、デジタル分野、テクノロジーの分野に10年かけてキャリアチェンジをしました。この10年間で、自分自身をリスキリングしてきたのです。
ここからはフィンテックの会社の日本拠点の設立を担当しまして、ネットワーク関係の仕事に携わりました。その後通信ベンチャーの取締役として、海外の新規出店などの担当をさせていただき、ここではハードウェアの仕事を担当しました。
その後はアクセンチュアで採用戦略の立案と、アクセンチュア社内の人事領域のデジタルトランスフォーメーションの担当をしました。その後ABEJAという人工知能のスタートアップにて、アメリカのシリコンバレーの拠点設立の責任者と、あとはAIの事業開発、それからAI分野の研修の企画なども担当させていただきました。
ちょうどこのあたりから新型コロナウイルス感染症が蔓延をした影響で、日本でもデジタル化が非常に進み、リスキリングを日本で広める活動を開始して、リクルートのワークス研究所経由でリスキリングに関する研究レポートを4冊出させていただきました。また昨年からリスキリングに特化した非営利団体「ジャパン・リスキリング・イニシアチブ」を設立いたしました。
欧米でリスキリングが注目される背景
このたび『自分のスキルをアップデートし続けるリスキリング』という本を出させていただきました。今日は本書の「個人がリスキリングを実践する10のステップ」の中から、いくつかピックアップしてお話しします。
ジャパン・リスキリング・イニシアチブは大きく2つのことを行っています。
1つが政府・自治体向けの政策提言。それから企業向けのリスキリングの導入支援です。また先月、10月12日には日経リスキリングサミットという国際会議の企画支援をやらせていただきました。この時に、岸田首相との会談を一緒にやらせていただく機会に恵まれました。
まず第1部、「組織で働く個人向けのリスキリング」ということで、「技術的失業」のお話をさせていただきたいと思います。英語では「Technological Unemployment」と言いますが、テクノロジーの導入によってオートメーション(自動化)が加速することで、人間の雇用がなくなっていく社会的課題のことを指します。
では、なぜこの技術的失業が起きるのか。さまざまな原因がありますが、一番大きいのは画面右側の「スキルギャップ」と言われています。例えばデジタル分野、成長分野で新しい雇用がたくさん生まれているので、技術的失業は起きないという意見もありますが、実は新しく生まれるデジタルの仕事・職業に対して、なかなか労働者のスキルがついていかない。
自動化のスピードがどんどん高まり、スキルギャップが生じていく中で、技術的失業が起きると言われています。この技術的失業を防ぐ最大の解決策として、特に欧米でリスキリングが注目されている経緯があります。
リスキリングは、企業が実施責任を持つ「業務」
(スライドの)「リスキリングとは?」いったい何でしょうか。
日本語ではリスキリングの後ろによく「(学び直し)」という言葉が付きます。もともと英語のReskillは他動詞で、新しいスキルを「再習得させる」という使い方が一般的です。
つまり主語が組織、動詞がリスキル、目的語が従業員で、個人が好きなことを学ぶ「学び直し」とは異なります。
例えばデジタルトランスメーションなどの経営戦略と人事戦略が一致した組織変革の中で、職業能力の再開発を行うことがリスキリングになります。これは組織のニーズに基づくものなので、踏み込んだ言い方をしますと、リスキリングは「組織が実施責任を持つ業務」です。個人が個人負担で行う学び直しとは異なるものです。
従業員視点で考えるとリスキリングとは、「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、新しい業務や職業に就くこと」と言い換えられると思います。
よく「リカレント教育とリスキリングの違いは何ですか」という質問を頂戴します。リカレント教育とはスウェーデンの研究者が提唱したとされる概念で、リカレントは反復という意味なので、大学で勉強して仕事をして、また大学院で勉強して仕事をして……と行ったり来たり、反復をするという生涯学習の手法の1つです。
リスキリングとリカレント教育の大きく違う部分は、「実施責任が誰か」にあります。リカレント教育は人生100年時代の生涯学習という観点であり、個人の関心が原点です。ですので必ずしも職業に直結しなくてもよく、例えばお城が好きな方がお城のことを勉強するなどはリカレント教育の範囲に入ります。
ところがリスキリングは、技術的失業を防ぐという観点であり、企業がなくなる仕事から成長産業・成長事業に従業員を移動させていくことになります。そのため、リスキリングは企業が実施責任を持ちます。またデジタル戦略を国家戦略に位置づけて、リスキリングを国家主導で行っている国々もあります。こういった観点で、リカレント教育とリスキリングは異なります。
個人がリスキリングを実践する10のステップ
次に、「個人がリスキリングを実践する10のステップ」についてお話しします。
ステップ1が「現状評価」です。
キャリア自律やキャリアオーナーシップも含めて、組織の中で働く上で、従業員がこれからどんなキャリアを作っていきたいのかを、従業員自身から発信するものです。内発的動機が非常に重要になりますので、働く従業員のみなさまが自己評価を行うことが大事です。
例えば、現在の自分の興味・関心。それから自身で解決したい課題。あとは自分の強みや好き嫌い。今まで自分が歩んできたキャリア。そしてとても重要なのが、現在の自分が持つスキル。ベテラン社員になってくると、特に組織における自分の評価を冷静に振り返る必要があると思います。
日本人は非常に謙虚で、これからやりたいことや自分の強みを聞かれると、「いや、そんなものはないですよ」と言う方が非常に多いです。そういった方々には、「ご自身で継続してきたことを振り返りましょう」とおすすめしています。
例えば(スライドの)これは「意識・無意識」と「自発的・強制的」とで、継続してきたことを振り返るマトリクスです。
日本では左上の「自発的に・意識的に行って継続していること」に対する評価が非常に高いと思います。なかなかこういったことを継続的に行うのが難しいという方が、謙虚な発言をされたりします。
重要なのが、人間にはこれに加えて「無意識に・自発的に続けていること」があります。例えば今までの人生を振り返ってみて、学校生活、勉強、留学、部活、仕事、バイト……生活の中で、自分が無意識に無理せず続けられていることがあります。人によっては、メールやメッセンジャーがきたら、とにかく即時返事をすることが無理なくできることも、1つのスキルではないかと思います。
私自身、新しいことをたくさんやってきた関係で、人さまから「飽きっぽい」と言われたことがあります。その時、自分で振り返って、無理なく継続していることが1つありました。それは「人の相談を受けること」。相談に答えることが非常に自分の生きがいだったりします。まったく無理なく無意識にできまして、これが今のリスキリングの仕事にもつながっています。
こうした、無意識に自分で続けられていること、自発的に続けられていることは自分の強みになります。この強み × デジタルを発掘すると、非常に大きく、強いスキルになっていくのではないかと思います。
ミドル・シニア世代のリスキリングのポイント
次にステップ4のキャリアプランニングについてお話しします。アメリカでは、リスキリングがキャリアアップ(昇給と昇格)につながるというデータが出ています。例えばコールセンターのヘルプデスクとして働く方が、コミュニケーションのスキルを活かしてインサイドセールスの仕事に就く。
そこで営業スキルを身につけ、次に営業の教育研修担当の仕事に就く。教育スキルと育成スキルを新たに身につけることで、例えばテック企業のカスタマーサクセスマネージャーの仕事に就くなどです。
よく人事部の方からご質問いただくのが、「ミドル・シニア世代向けのリスキリングをどうしたらいいのか」ということです。
一般論として、20代~30代前半ぐらいまでは上司や先輩から貰った仕事をとにかく一生懸命こなす。わからないまま、とにかくがむしゃらにやることでだんだん仕事ができるようになり、チャンスも与えられるようになって、だんだん自己評価が上がってくる時期ではないでしょうか。
ところが私自身もそうでしたが、30代後半や40代前半から、例えば同期で昇格をする人が出てきたりと、だんだん自己評価と社内評価や市場評価とのバランスがとれなくなってくるのではないかと思います。
この段階でそのまま放っておくと、社内評価や市場評価は下がり続けてしまいます。ですがリスキリングをすることで、もう一度自己評価と市場評価・社内評価を上げていくことができるのではないかと思います。
私は今51歳ですが、同年代の人と話をしていると「50歳から新しいことを覚えるのは無理」とおっしゃる方もいらっしゃいます。ところが時間軸で考えますと、例えば大学を卒業して22歳から仕事をしたとすると、50歳は約30年。人生100年時代、もし健康寿命が80歳ぐらいまであると考えると、50歳からもう30年ある。つまりまだ折り返し地点でしかないわけです。
新しく市場で求められるスキルを身につけることで、これからもキャリアアップさせていくことができるのではないかと思います。
ミドル・シニアこそ「やらされ」では定着しない
「年齢が上がっていくにつれて、ものが覚えられない」とおっしゃる方もいらっしゃいます。ところが趣味の世界の新しい知識や人の名前、モノの名前、サービスの名前は、みなさん自然と覚えられるのではないでしょうか。
やはり、自分ごとになっていない段階でリスキリングをすると、やらされになって、どうしても定着しません。リスキリングは自分の意思で、いかに本気で取り組めるかが重要です。
私自身は、人生の岐路は40歳だったと思います。年収が半分以下に下がりながら、テクノロジー企業で数少ないチャンスをもらい、上がったり下がったりを繰り返していく中で、現在の50歳で、なんとかAI企業の日本の代表に就くところまでくることができました。
ですので、リスキリングをすると一直線で市場評価と自己評価が上がっていく感じではなく、七転び八起きと言いますか、行ったり来たりするものではないかと思います。
次にステップ7のデジタルツールの利用についてお話しします。デジタルを使ってどんなことができるようになるのかを、まず知ることが非常に重要です。
AIと言ってもいろんな種類のAIがあります。例えば画像認識ができるAIと、自然言語処理(NLP)のような機能のAIなどいくつか種類があります。また、AR(拡張現実)やVR(仮想現実)、VHA(アバター)、そしてロボティクスなど今さまざまな技術が世の中に広まっています。
(スライドの)左側ですが、それに対して自分の強みが何かを書いていきます。会社の場合は自社の強みにします。そういった「強み」 × 「それぞれのデジタル技術」を使って何ができるかを考えていくことで、リスキリングの方向性が少しずつ見えてくるのではないでしょうか。
欧米の企業が「リスキリング」を積極導入する最大の理由
次に法人向けのリスキリングの導入についてお話しします。リスキリングが海外の企業で導入されている一番大きい理由は、採用コストと比較して従業員のリスキリングのコストは6分の1で済むという説があるということです。
また、高度なデジタルスキルを持つ人材を外部から雇うのは、本当に狭き門です。仮に雇えたとしても高コストで、カルチャーが合わないとすぐに退職してしまう可能性も高い。リスキリングは成果が出るまでに平均で12〜18ヶ月という試算がありますが、それでも外部から人を雇うよりはコストが安い。
2019年にアメリカ・カナダ・オーストラリア・ニュージーランド・シンガポールの5ヶ国で行われた調査で、求人10件のうち7件がデジタル関連のポジションでした。リスキリングをしてデジタル関連のポジションに就くというのは、キャリアアップの1つの道ではないかと思います。
リスキリングの実施責任は誰が担うべきか。デロイト・グローバル・ヒューマン・キャピタル・トレンドのデータによると、アメリカでも「組織が担うべき」が73パーセントです。今まで外資系企業では、個人のスキルアップは個人の自己責任だという考え方が強くありました。
このようになった理由は、空前のデジタル人材不足です。個人のスキルアップを待っていては追いつかないからです。
例えば、なくなってしまう仕事や非生産的な業務に就いている方が社内にいた時、今までなら海外ではレイオフ、人員整理があったわけです。それをするよりも社内でジョブを変えて、リスキリングをして、デジタル分野の新しい業務に就いてもらうほうが非常に効率的だと。現在、特に欧米では、リスキリングは組織が実施責任を持ってやるのが主流になっています。
海外で今、注目を浴びている用語に「Internal Mobility」という言葉があります。
日本語で社内の配置転換を指しますが、2012年からの10年間で検索数が4倍に増えています。これから自動化によってなくなってしまう業務や非生産的な業務から、社内の成長事業に配置転換していく。そのためのリスキリングが非常に注目されています。
今までは、いわゆるポジションクローズドで、レイオフや人員整理の対象になっていました。しかし、こうして社内の成長事業にジョブを変える支援を企業がすることで、エンゲージメントやロイヤリティが上がるというデータも出ています。また、従業員の滞在期間が平均で41パーセント長くなるというデータも出ています。