2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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羽生善治氏(以下、羽生):私がすごくお世話になった大先輩の棋士で、原田泰夫先生という方がいるんですけれども。この原田先生が、色紙に揮毫を求められていた時によく書いていた「3手の読み」という言葉があります。
「3手の読み」とは、自分がこうやって指して、次に相手がこうきて、その次に自分はこうする、という、つまりシミュレーションの基本ということです。単純な話とも思えるんですけれども、大切なのは「2手目」ということです。1手目と3手目は自分の選択肢ですから、自分が好きなように、やりたいようにやればいいんですけれども。2手目は、相手の1手なわけです。
相手の1手とは、相手の立場になって考える、ということになります。よく小さい頃から、「相手の立場に立って考えましょう」とか、「相手の気持ちを考えましょう」ということを言われて子どもは育ちます。将棋も実は、自分が指す1手よりも、相手が何をやってくるかを正しく予測できるかが、大事だったりするんですね。
ただ、ここで難しいのが、相手の立場に立って自分の考え方で考えてしまう、ということがよくあるんですね。相手の立場に立って自分の考え方で考えてしまうと、予測する1手は外れてしまうので。
その2手目の予測を誤ると、3手目以降、1億手読もうが、10億手を読もうが、基本的にぜんぶ的外れというか、あんまり考えとしてはまとまっていないことになってしまうんです。
2手目に何をやってくるかを正しく予測をすることが、けっこう将棋にとっては大事で、これはもちろんAIを強くする時にもすごく大事なことです。これはどういうことかと言うと、実は、「評価する」ということなんです。人間も、コンピュータも、AIも、たくさん記憶することもできますし、計算することもできます。
でも、最終的にベストな選択をする時に何をしないといけないか。それは別に記憶の力でもないし、計算の力でもなくて、一つひとつの場面を正しく評価するということなんですね。この評価するのが、実はとっても難しいことです。
なぜかと言うと、1つの基準で評価するのなら、誰でもできるわけですね。例えば、「どっちがたくさん駒を取っていますか?」という1つの基準だったら、その場面を見て駒の数を数えていけば、どっちが多いかはわかるわけです。
でも将棋は、駒の数をたくさん持っていたほうがいい時もあるし、スペースをたくさん持っていたほうがいい時もあるし。あるいは、スピード勝負の時もあります。あるいは、伸展性とか発展性、将来的にどっちがいいのか、というところもあります。
複数の要素を比較して、この場面ではどれに一番高いプライオリティをつけて判断するかを考えなくてはいけません。これが、実は人間にとっても、AIにとっても、難しいことになるわけです。
ただ、最近は非常にAIが強くなってきています。これは、機械学習とかマシンラーニングとか、そういう言葉がありますが、人間が一生かかっても経験できないような、膨大な経験値を積むことによって、その判断の精度を上げているということです。人間が強くなっていく過程の中で、「足し算ではなく、引き算で無駄な手を考えないようにしていく」と言いましたが、最近のAIも、実はまったく同じです。
「枝刈り」と言って、例えば、木の幹と枝を想像してもらいたいんです。膨大な量の木の幹と枝があって、そこの中の不要な部分の枝を切り捨てていって、可能性があるところを深く読む。そういうことが、AIにもできるようになってきて、最近、驚異的な進化を遂げるようになったのです。
最近は、多くの棋士の人がAIを使って分析したり研究をしたりするのが当たり前の時代になりましたが、人間とAIには大きな違いみたいなものがあるんですね。それは、「美意識」の問題です。
優れた職人さんとか、専門性の高い人は、必ずそのジャンル、その専門性の中の美意識を磨いていると思うんですね。そのこだわりというか、美意識を深めれば深めるほど、技が上がり、匠の領域に入っていくということです。それは将棋の世界でも、基本的には同じです。
けれども実は、AIの発想は、その外側にあって、いわゆる盲点とか死角とか、そういう発想をAIから指摘されることがあります。人間は、どうしても物理的な成約があるので、考える手や領域が狭まってしまうところがある。そこで、今までは盲点とかコロンブスの卵だったことも含めて、発想の幅を広げることにAIを使っている感じです
基本的には、こういう技術は、人間が楽をするとか、便利にするとか、快適にするとか、そういう目的に使われていることが多いと思います。将棋の世界の場合は、そういう使い方ではなく、自分自身のスキルや実力を上げる方向で使っていくということです。
私自身も棋士になって36年ですが、そういう新しいものができたら、取り入れて、吸収して、学んでいかなくてはいけないと思いますし、そういう気持ちや考えでいかないといけないとも思います。
私の将棋の世界の大先輩で加藤一二三先生という方がいます。加藤一二三先生は、たしか14歳でプロになって、77歳までやられていたので、現役生活が63年のはずですね。私のキャリアと比較すると、やっと折り返し地点を過ぎたか、それぐらいの感じなので、まだまだこれから先も情熱と気持ちを持って、挑戦をしていくことでがんばっていきたいと思っています。
このあたりで私の話を終わりにしたいと思います。どうもありがとうございました。
(会場拍手)
司会者:羽生善治さん、ありがとうございました。36年間という長い棋士生活のお話を通して、なんとなくイメージしていた将棋の世界がとても鮮明になりました。
アマチュア棋士の方でしたり、この講演を一番楽しみにしていたという方もご覧になっていますので、時間の許す限り、そうした方からの質問にお答えしていただきたいと思います。まず最初の質問はこちらです。
「失敗を恐れてなかなか1歩を踏み出せない若者も多いです。一方で、日々勝ち負け(白黒)がついてしまう厳しい勝負の世界で、ずっと第一線で戦ってこられた羽生さんは、失敗や挫折をどのようにとらえ、乗り越えてこられましたか?」という質問です。
羽生:もちろん失敗も挫折もしないに越したことはないんですが、例えば、1試合対局をして、今日は100点満点でどこも悪くなかったということはほぼないんですね。必ずどこかでミスとか失敗をしているということです。
大切なのは、失敗をすることではなくて、その失敗を繰り返さないとか、あるいは、ちゃんと失敗であると認識することだと思います。人間なので、間違えることもありますし、失敗することもあります。それはそれとして、受け入れることは大事かなとも思っています。
ただ、うまくいかない状況の時は、「前に進もう」という気持ちになかなかなれないこともある。そういう状態の時は、技術的なことよりも、うまくその気持ちを切り替えることを心がけるようにしています。
司会者:将棋には感想戦というものもございますが、羽生さんはどのタイミングでその負けを受け入れる時間を取っていらっしゃったりするんですか?
羽生:将棋にはちょっと変わった習慣というか、実は最後までやらないんですね。最後までやるのはちょっと相手に対して失礼だということがあるので。
実際は、対局が終わる10手前とか、20手前ぐらいにはもう勝負はついています。だから、そこでもうある程度、「あ、今日はダメだったな」という感じで気持ちを受け入れて、ちょっとお茶を飲むとか(笑)。そういうことをして、気持ちを落ち着けて投了をする、ということですかね。
勝つ時もあれば負けることもあります。将棋は、そもそも相手がいないと成立しないものなので、その相手に対して敬意を表すという意味でも、きちんと投了するのは大事なことかなと思っています。
司会者:ありがとうございます。では、続いての質問にまいります。
「『将棋には、大局観を保つことが大切である』と言われることがあります。羽生さんは、どのようにして『大局観』を身につけ、保っているのでしょうか?」
羽生:大局観と言うと、すごい漠然としたというか、あいまいな言葉と感じると思うんですけれども。ちょっと噛み砕いて言うと、例えば、過去から現在に至るまでのその状況を総括するとか、あるいは、これから先の方針とか方向性を定めるとか、そういう感じですね。
だから、具体的にこうするとか、ああするということではなくて。ざっくりと抽象的に、どんな感じに進むかとか、今までどうなっていたかを総括するという、そういう意味の言葉です。
これを磨いていくにはどうしたらいいか。なかなか具体的に「こうやればすぐうまくいく」ということはないんですが、1つ大事なことは、自分自身が慣れていない環境に身を置く、ということだと思うんですね。
つまり、自分がもうよくわかっていて、慣れていて、何も考えなくても対応できたり、すぐ動けるということだと、そういうことを一生懸命考えないんです。けれども、不慣れな場面とか、やってみたことがない場面とか、そういう時にはいろいろ考えるわけです。
いろいろ考えて、試行錯誤して、もがいていることを繰り返していく中で、その大局観というものが磨かれていくのではないかと思います。
司会者:羽生さんご自身も不慣れな環境に飛び込んだご経験はありますか?
羽生:例えば、海外に1人で旅行に行くとか、そういうことはあります。ただ、これは特に若い人に言う時には、気をつけなくてはいけないことがあります。だからと言って、戦地に行くとか、危ない場所に行くとかはよくないので、まず安全をきちんと確保した上で、自分が慣れていないものにチャレンジしていくとか、そういう慣れていない場所にいることがいいのかなと思います。
司会者:これはちょっと個人的な質問ですが、羽生さんは今年の4月からSNSを使っていらっしゃいますが、あれも新たなチャレンジでしょうか?
羽生:そうですね。まだ不慣れで、なんの適応もしていませんが(笑)。
司会者:いえいえいえ! 大勢の方がフォローしていますから。
羽生:まだ悪戦苦闘してます。
司会者:でも、そうしたチャレンジを日々行うことで、自分をアップデートさせて、新鮮な気持ちにもなりますよね。
羽生:そうですね。年齢が上がれば上がるほど慣れていることが多くなるので、新しいことに取り組むのは大事かなと思います。
司会者:ありがとうございます。では、続いての質問です。
「もし、将棋ではないことをやれと言われたら、何をしたいですか?」という質問です。
羽生:私は実は11歳の時に師匠のところに入門したので、そこである意味もう将来を決めてしまったというか、方向性が決まってしまったので。あんまり進路とか、そういうことに悩んだり、考えたことが今まで1回もなかったんですね。だから、悩んでみたかったです。
司会者:そういった方はあまりいらっしゃらないと思いますけど。
羽生:そうだと思います。(進路を)決めたと言っても、小学生なので何にも考えないまま決めてしまったので、10代の後半とかに、「ああでもない」「こうでもない」と考えてみたかったなあと思います。
司会者:一度でも「やめたい」とか、「投げ出したい」と思ったことはありませんでしたか?
羽生:もちろん、将棋は個人競技でぜんぶ自己責任なので、そういう気持ちというか、嫌になってしまうことはあるんですけど。突き詰めると自己否定になってしまうので、あまり深く考えないようにしているところはあります。
そういう気持ちの浮き沈みみたいなものはありますが、1日経ったら変わるとか、しばらく経ったら変わるぐらいのとらえ方で、あんまり深く考えないようにしていますね。
司会者:冷静にご自身の心理状態を把握されているんですね。
羽生:どうなんでしょうか。でも、実際は感情の浮き沈みはけっこうあると思います。
司会者:では、次の質問です。カタオカさんから。
「生まれ変わって今の時代に将棋を覚えたら、今の年齢になった時に、今のご自身よりも強くなっていると思われますか?」。
羽生:基本的には、後から生まれた人のほうが、いろんな面で環境が良いところはあるので、そうだと思いたいですね。一方で、個人的には、今日の話の内容もそうですが、ものすごくアナログの時代から、今のデジタルの時代まで、現役の棋士として経験できたのは、すごく良いタイミングで棋士になれたなと思っています。
強くなるんだったらもちろん、これからのほうが良いのかもしれませんが(笑)。それで特に後悔みたいなものはないですかね。
司会者:なるほど、ありがとうございます。
以上でお時間がきてしまいましたので、最後にご覧いただいている視聴者のみなさまへ、一言メッセージをお願いいたします。
羽生:今は非常に先が見えない、不透明な時代ではあるんですけれども。だからこそ、自分自身に覚悟を持って前に進んでいくことが大事なのかなと思っています。私自身も、前を向いて挑戦していこうと思っていますので、みなさんもどうぞがんばってください。
どうも、今日はありがとうございました。
(会場拍手)
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