木を食べる貝・フナクイムシの生態

何千年もの間、船を襲ってむさぼり喰らうある海の生物が、船乗りたちを悩ませてきました。

その破壊力はすさまじく、クリストファー・コロンブスが率いる船団の船体も穴だらけになり、2隻が沈没したと伝えられています。「海のシロアリ」とあだ名されるその生き物は、「フナクイムシ」です。海には樹が生えていないにも関わらず、木材に対し旺盛な食欲を示します。

では、海の怪物「クラーケン」の、リアルバージョンをご紹介しましょう。その正体はなんと、二枚貝です。

フナクイムシとは、海の二枚貝類のグループの総称で、二枚貝というよりは、蠕虫(ぜんちゅう)のような外見です。頭部には小さな2枚の貝殻がついていて、やすりのような歯が並び、これで木材の中にトンネルを掘り、エサとすみかの両方として利用します。

海には樹が生えていないのに、木をエサにするよう進化した二枚貝なんて、なんだか不思議ですね。

大きな嵐が起こると、たくさんの流木が海に流れ込みます。沿岸部の樹がダメージを受けて折れ、落ちて来た枝が川によって下流に運ばれるのです。フナクイムシは、こうした木を分解し、封じ込められていた炭素をリサイクルするという、海洋における重要な生態的地位(ニッチ)を占めているのです。

さらに、フナクイムシは貪欲で、どんな木でもエサにします。そのため、桟橋や船など、古来人間が使ってきた木造建造物に大きなダメージを与えてきました。

木はどんな生物でも消化できるものではありません。フナクイムシは、バクテリアの力を借りて、セルロースやリグニンなど植物に含まれる消化しづらい成分を分解しています。バクテリアは、フナクイムシのエラにある、特殊な細胞に生息しています。バクテリアの生成した酵素は腸に至り、木の消化に使われます。

フナクイムシの中でも、とびぬけた存在の「エントツガイ」

さて、フナクイムシ科の中でも、「エントツガイ(Kuphus polythalamius)」がとびぬけているのは、大きさだけではありません。

エントツガイは巨大で、体長は60センチメートルほどにもなります。さらに、バクテリアときわめて固いパートナーシップを発達させています。

エントツガイの祖先は木を食べていましたが、現在のエントツガイのバクテリアは、他のフナクイムシと共生しているバクテリアとは種が異なります。

他のフナクイムシは、バクテリアを利用して木を消化しますが、エントツガイは、なんと木を食べる必要すらありません。(口が無い)エントツガイは、腐敗した木材などで見つかる硫化水素を、バクテリアを使って「化学合成」というプロセスにより栄養素に変えているのです。

このパートナーシップの進化が解明されれば、ムラサキイガイ、アサリ、チューブワームなどの他の生物が、どのように深海の熱水噴出孔に生息するようになったのかが明らかになるかもしれません。

仮説としては、水を吸って海底に沈んだ木が進化における足がかりとなり、浅瀬から深海へと生物を導いたのかもしれないとされています。

船舶から港全体に至るまで、多くを破壊してきたフナクイムシの長年の被害にも関わらず、この二枚貝を研究する研究者たちは、人間社会にもっとポジティブな評判をもたらそうとしています。進化の歴史からすれば、この小さな海の生き物から学ぶべきことは多いからです。