さまざまな味覚を感じる「味覚受容体」というたんぱく質

さまざな味覚を感じる味蕾にあるたんぱく質「味覚受容体」が発見された当初は、単に味覚を知覚するだけのためのものだと考えられていました。ところが味覚受容体は、肺や脳など、消化器以外の場所でも発見されたのです。

だからといって、私たちは例えば、肉を吸い込んでいるわけではありませんよ。これらの味覚受容体は何と、病原体の侵入から身を守る役割を果たしているようなのです。

味を感じるメカニズム

舌には、酸味・甘味・塩味・旨味・苦味の知覚を、それぞれ1種ずつ担う細胞が存在します。

このうち甘味・旨味・苦味を担うのが、味覚受容体というたんぱく質です。これらは細胞から突出しており、錠前がかかっているような状態で、味物質が鍵となって開口されます。担当する味物質が味覚受容体に接触すると、味細胞が興奮して、脳に信号を伝えるしくみになっています。

甘味や旨味を司る受容体は、基本的に1タイプのみ存在し、似たような形の少数の味物質に反応します。

苦味を司る味細胞は、口腔内で、総称してT2Rと呼ばれる苦味を感じる複数の味覚受容体に包まれています。それぞれは、異なる味物質に反応して開口します。つまり、食べて吐き出したくなる味物質は、多数あるということですね。

苦味の感覚受容体の遺伝子、つまりTAS2R(taste receptor type-2)には、非常にたくさんの種類があります。遺伝子のごくわずかな違いが、表の感覚受容体にわずかな差異を生じます。これらの遺伝子は、両親から1バージョンずつ受け継ぎますが、TAS2Rを2バージョンとも受け継ぐ可能性もあります。その場合、苦味成分への感覚がより鋭敏になります。

このような多様性は、コーヒーや、濃いIPA、つまりインディアペールエールが大好きな人と、苦くて飲めない人との違いに説明がつきます。

呼吸器、脳、精巣にも味覚受容体は存在している

さて、これまで科学者たちは、食べたら危険な物を判別するために、このような多様性が発達してきたと考えてきました。有害な成分にはあらゆる形態と大きさがあるから、苦味を受容する細胞の守備範囲が広いのだというのは納得できますね。

ところが、同じ受容体が、呼吸器などの他の器官でも発見されているのです。ここで提起されるのが、受容体は今でも危険な物質の排除に活用されてはいますが、果たして、そもそもが有害な食品を判別するためだけの存在だったのだろうかという疑問です。

これらの受容体が、外部からの侵入者の警告を肺に伝えている証拠が、次々と見つかっています。例えば、気道の感覚受容体は、複数のT2Rを発現しており、刺激を受けると、細菌を撃退するペプチドを放出します。毛のような突出部を持ち、粘液を流動させる繊毛細胞は、これとは異なる複数のT2Rを持ち、細菌が情報伝達に使う物質を検知します。刺激を受けると、繊毛の動きは激しくなり、病原体は体外に排出されます。

不思議なことに、苦味の知覚に関連するT2Rの、たくさんある種類のうちの一つが、慢性副鼻腔炎などの特定の呼吸器官の感染症に、高確率で関連性を持つことが判明しました。ということは、みなさんがどれだけ苦味を感じるかによって、特定の病気へどれだけ感受性を持っているかわかるかもしれません。さらには、さまざまな治療法の効力を吟味できるかもしれないのです。これらの受容体をターゲットにすれば、COPDや喘息など、慢性疾患治療の助けになる可能性もあります。

このように、T2Rを調べれば調べるほど、味覚受容体という名が相応しくないように思えてきます。T2Rをはじめとするいわゆる味覚受容体は、脳や精巣など、外部と接点の無い不思議な場所で見つかります。

これらの場所で味覚受容体が見つかるわけが判明すれば、味覚の知覚が、味覚受容体の本来の最重要の仕事ではなかったことがわかるかもしれませんね。毒性のある可能性のある味覚を幅広く検知できる能力は、いわばケーキの表面だけに塗られたアイシングのような、表面上のものにすぎないのかもしれません。