日本における旅行スタイル・価値観の変化

ハブチン氏(以下、ハブチン):まずは旅の変化という切り口から、「旅ってどう変わってるんだろう」みたいな話をして、最終的には「未来には旅がどう変わっていくんだろう」という話ができればと思います。

(スライドを指して)「旅の過去」ですね。過去と言うとあれですけど、以前は夏季休暇や年末年始休暇を使って、ガイドブックに載っている観光スポットに行って、ホテルに泊まって……みたいな。“日本人が旅行代理店を通じて予約して、海外に行く”みたいな価値観があったのかなと思います。今はそれが変わってきているんじゃないかと思うんです。

例えばトリップアドバイザーさんなんかもそうですし、葉山のInstagramもそうです。SNSなどを見て調べて、場所を決める人が増えている。単なる観光スポットというよりも、インスタ映えスポット、人やカフェをめがけて行くみたいな。今まで観光スポットじゃなかったところが観光スポットになってきている。

旅する期間も、休みの日に行くというよりかは、のちさんのように日常的に行って、なんだったら働いているみたいなワーケーションとか、多拠点生活みたいな切り口も出てきているのかなと思います。

宿泊も、ただ休む場所みたいな考え方だったのが、現地の生活を体験したいと思う人が増えています。現地の人とつながる場所としての「Airbnb(エアビーアンドビー)」や、多拠点生活をサポートする「ADDress(アドレス)」みたいなサービスが増えている。

市場動向で言うと、アウトバウンドの伸びは横ばいなんですけど、今は急激にインバウンドが増えてきている。観光協会じゃなくて「DMO(観光地経営組織)」という新しい組織で地域を盛り上げたり、地元住民の方がエアビーをやったり。「ここいいよ」とおすすめされた場所に行くみたいな、ある種ガイドブックのような役割を果たす方も出てきているのかなと。

その背景には、やっぱりSNSとインターネットの力とか、働き方の多様化とか、地域をいかに盛り上げていくかみたいな話とか、いろんな文脈の中で、旅はすごく変化してきているんじゃないのかなと思っています。

みなさんも「こういうふうに変わってきている」みたいなことが、体験としてあるかなと思います。改めて、実例をもとに聞いてみたいと思います。

SNSが、観光施設ではない場所を観光施設化した

ハブチン:まずは、「検索の仕方」です。トリップアドバイザーさんがまさにやられていると思います。ここは、どう捉えていらっしゃいますか?

牧野友衛氏(以下、牧野):ガイドブックからネットに変わっているという時点で、紹介できる情報量がある意味無限になった。そういう意味では、まずどこでも観光スポットとして知られるようになったのが大きなところだと思います。

あともう1つ、実は大きいのが、Googleマップなどオンラインの地図だと思っています。オンラインの地図が使いやすくなったのが、実はけっこう旅の変化に貢献しているところだと思っています。

ハブチン:あぁ〜、確かに。

牧野:なんでかというと、それまでは観光ガイドに載っている地図を見て行けばよかったんです。ソーシャルがやったのは、観光施設じゃないところを観光施設化したことだと思うんですよ。

それこそ、「あの横丁は猫がいっぱいいる」みたいな感じだったりとか、「ここの風景がいい」みたいなことって、今まで観光施設とか観光スポットではなかった。そもそもそこに行く、そこの場所を調べる手段がなかったのが、Googleマップとかができたことによって、簡単に行けるようになったというところも実は関係あると思っています。

ただ、まさにずっとネットをやってきて僕が思うのが、ソーシャル自体は2006年に出てきているんですよ。そう考えると、もう14年ぐらい経っているわけじゃないですか。Googleマップの日本でのローンチが、たぶん2004年とか2005年ぐらいなんです。でも、結局それってスマホが普及するまでは、そこまで(主流)ではなかったと思います。

そういう意味では、マップとかソーシャルができて、そのあとにスマホが登場してから爆発的に増えたので、日本だとたぶん2011年以降、2012年とか。あのへんからそういった情報が多くネット上で溢れてくるようになってきて、それをみんなが見に行くようになったと思います。

なので今、こういった会が2020年に開催されていて、2013年とか14年に無かったのは、たぶんそれがようやく一般化してきている。発信だけではなくて、「(ネット上で情報を)見て行く人」が増えてきたということが、たぶんこうやってみなさん関心を持たれているところだと思うんですよね。

この変化がこの10年ですごく顕在化してきたというか、わりと一般的になりつつある状況になっていると思います。

ハブチン:デバイスの影響が大きいということですね。

牧野:そうですね。

Instagramによって観光地となった葉山の日常風景

ハブチン:確かに、すぐに調べて道を変えられるとか、そういう体験にもなってますよね。葉山のマップも、Instagramで動線が変わってきていたりするんですか?

碇野陽基氏(以下、碇野):正直言って、ずいぶん変わったように思います。今までって(スライドに)書いてある通りで、観光のガイドマップとかを見て行程を決めたりしていたと思うんです。

今、みなさんの席に置いてあるのが、「葉山女子旅きっぷ」という京急さんが作っている冊子です。それで電車乗り放題、バス乗り放題、お食事券がつく、お土産がつくというもので、若い女性がたくさん葉山に来るようになったんです。

そこまでは単純なトリップの仕方の変容ですけど、そのあとどうやって葉山を回るかというと、Instagramの写真を見て「この景色がある場所に行こう」みたいなかたちで歩いて回る方がすごく多くなりました。

さっきのGoogleマップの話のように、普段だれも気に留めなかったような場所、細い道の奥とかに以前よりも気軽に行けるようになりました。Instagramで「この写真の場所ってここだよね」という例も出てますし、そこに合わせていろんな人がいろんな場所に行くようになったというのが変わったなと思うところですね。

ハブチン:だって葉山って、あんまり観光スポットというスポットはないですよね?

碇野:その通りだと思います(笑)。

(会場笑)

ハブチン:僕、近くに住んでいるのでわかります。大きな施設があるとかという感じでもないですよね?

碇野:ではないですね。葉山って、みなさんどんなイメージを持っていますか? そもそも、葉山という町を知らない人いますか?

ハブチン:それ、挙げづらいですよ(笑)。

(会場笑)

碇野:大人の方とかは、御用邸というイメージを強く持たれているかなと思います。

ハブチン:御用邸がありますね。失礼しました。

碇野:御用邸のイメージって確かにあるんですけど、葉山女子旅きっぷとかでメインで訪れる場所はどこかと言われると、商業施設が特別にあるわけでもないし、ここが葉山なんだという場所が1箇所に集中してるわけでもないです。

Instagramでは、葉山に住んだら見られる景色、「葉山の日常の景色」をコンセプトに上げています。そういった景色を見に来てくれる人が増えたということが、たぶん観光客層の変容かなと勝手に思っています。

ハブチン:まさに先ほど牧野さんがおっしゃられた、観光スポットじゃなかった日常風景が観光地化しているということですね?

碇野:はい、そう思っています。

旅先選びのポイントは、どこへ行くかではなく「誰が行ったか」

ハブチン:おもしろいですね。のちさんがInstagramでどう調べてるのか、超気になります。教えてもらっていいですか?

古性のち氏(以下、古性):私はもちろんInstagramで調べることも多くて、ちょっと前はハッシュタグを検索して調べていました。

今は「個人の時代」って言われているじゃないですか。例えばモデルさんとかが、自分の持ち物や私生活で行く場所とかを公開しているケースがすごく多いと思います。公開してくれることで、自分と趣味が似ている人をすごく見つけやすくなったなと感じています。

旅行先も、自分の好きな持ち物を持っていたり、自分の憧れの生活スタイルの人が行くコースをなぞったりすることが、実は多くて。

ハブチン:持ち物から?

古性:そうですね。(自分の好きな)持ち物とかを持っている人が行っている旅先から選んだりすることが多いです。

ハブチン:へぇ〜! おもしろい。

古性:その逆もけっこうあるなと思っています。いつもTwitterを使っていますが、私をフォローしてくれている方って、たぶん趣味趣向が似ていて、私が持っているものを持っていたりとか、行ってる場所へ行っていたりします。

「おすすめの旅先を教えてください」みたいな問いかけも多いし、私自身もフォロワーさんに「ここに行くので、おすすめを教えてください」と言って情報を集めています。自分の目指すスタイルの人が今すごく身近にいるので、そうやって旅先を選ぶケースが増えているなと感じています。

ハブチン:のちさんも、最近サンダルの写真を上げていらっしゃいましたよね?

古性:サンダル上げてましたね(笑)。

ハブチン:ということは、その地域に行ったら同じサンダルを履いてる人がいるみたいな……(笑)。

古性:そうですね。私の周りに、同じカバンを背負っている子がめちゃくちゃいるんですよ。

(会場笑)

ハブチン:えーっ! そうなんだ。

古性:トークイベントとかに行くと、同じカバンを持っている子がいっぱいいたりするんです。

ハブチン:へぇ〜。

古性:あとは、旅行会社さんで最近「写真家○○と行く○○ツアー」みたいなのを見かけるようになりました。その場所に行く価値というよりは、その人の目線で一緒に回れることのほうが価値が出てきてるんだなと感じています。私も、「どこへ行くか」よりも「誰が行った」を重視することが多いかもしれないです。

ハブチン:「のちさんが行くから行く」みたいな?

古性:はい。「モデルの○○ちゃんがこのコースを回っているから、私も回る」みたいな。

Instagramで検索するより現地の人に写真を見せて聞くほうが早い

ハブチン:現地ではどうなんですか? 現地に着いてからの調べ方は、やっぱりネットを使うのか。

古性:今はもう、現地の人に聞いてしまうのが多いですね。もちろんInstagramで調べることも多いんですけど、やっぱりInstagramって今ユーザー数が多すぎて。例えば「#タイ」とハッシュタグがついてるのに写真はタイと関係ないケースがめちゃくちゃあるんですよ。

ハブチン:それ、つらいですね。

古性:検索してみたら、そこにはないとか。あとは、Instagramに上がっているカフェに行ってみたら、もう閉店しててないとか。

ハブチン:あぁ〜。

古性:1回タイに住んでた時にあったのが、インスタグラマーさんがカフェの名前を間違えてハッシュタグをつけちゃったんですよ。すごくかわいいカフェだったんですけど、違う場所にピンして(位置情報を付けて)しまって、そっちのほうが広まっちゃった。

(会場笑)

結局カフェの名前と位置が合ってないみたいな。すごくそれはなんか……。

ハブチン:みんな、何もない場所に?

古性:何もない場所でウロウロする子をたくさん見かけました。

実はあんまりInstagramを信用していなくて、やっぱり現地の人に「こういう青い海の写真を撮りたいんだけど、人がいなくて穴場のビーチない?」とか、写真を見せて「こういう雰囲気のカフェが好きなんだけど、近くにない?」と聞くほうが早いということに最近は気づいたので、わりと現地の人から情報をもらうようにしています。

国によってはネット検索で出てこない情報がたくさんある

ハブチン:そうなってくると、もうSNSとかネットには落ちてない情報を?

古性:そうですね。この前ウズベキスタンに行って、現地の方にすごくかわいいカフェがいっぱいある場所ことを教えてもらったんです。ネットで検索しても出てこなくて、そういう場所にたどり着くためには、やっぱり現地の人の情報は大事かなと思ってやっています。

ハブチン:現地の人って、道を歩いている人に聞くんですか?

古性:そうですね。

(会場笑)

ハブチン:なかなか聞けないじゃないですか。観光協会みたいなところに聞くと、観光スポットになりがちじゃないですか。

古性:私は旅先でエアビーを使うことが多くて。やっぱりエアビーのホストをやっている方って、それなりに耳が早い方が多いので、おしゃれな場所とか知っているんですよね。なので、ホストに聞いたり、それこそ街の服屋さんとか、私はカフェが好きなのでカフェの店員さんや若い子に聞いたりします。「最近、若い子の間で流行っている場所ある?」みたいな感じで。

あと私、英語がまったくしゃべれないので、全部Google翻訳です。

ハブチン:へぇ〜! すごっ。

古性:文字を見せて、コミュニケーションを取っています。

ハブチン:だからもう、新しい観光地を開拓しているみたいな感じですね。

古性:そうですね。私より下の世代がとくにそうかなと思います。今私は30歳で、たぶん(碇野さんと)同い年です。下の子たちって、ネットに溢れている情報にも飽きてきているような気がしています。

ハブチン:飽きてきてるんだ。へぇ〜、おもしろい。

古性:やっぱりそこに行くより、自分で開拓したい子が増えている印象はあります。「○○ちゃんが(Instagramに写真を)上げている場所よりも、ちょっとおしゃれなところを上げたい」みたいな。

ハブチン:あっ、そういう欲が出てきてるんだ?

古性:出てきているなというのは、すごく感覚で感じてはいますね。

日本は店舗情報が整備されすぎている

ハブチン:おもしろいですね。牧野さんにも聞きたいのが、情報がすごく増えている中で、そこにどう信憑性を持たせていくのかというところです。まさにトリップアドバイザーさんがやられているところかなと思います。

牧野:情報で言うと、日本ってお店の情報が比較的きちんと整備されている。国によっては、店の情報そのものが存在していないことがある。インターネットだけではなく、そもそもない。そうするとどうしてもネットに載せられないので、たぶん現地の人に聞きながら行かなきゃいけないということになっているんだろうなと思います。

ハブチン:ああ、そういうことか。

牧野:日本は例外的に、よくできすぎているんですよ。店の情報のデータって、電話帳から来ているんです。もともとイエローページ的な感じで、地図もそうだし、TwitterでもFacebookでもなんでもそうで、店舗情報って基本的には電話番号情報から作られている。

ハブチン:へぇ〜、そうなんですか。

牧野:そこがちゃんとしている国ほど、整備されています。

ハブチン:なるほど。そこが整備されてない国は……。

牧野:やっぱり整備されている国って、あまりないんですよね。だから「現地の人に聞かないとわからない」みたいな場合が出てくる。行った人が口コミを登録すれば、そのあとには流れができてくるんです。ただ、行った人がちゃんと登録していかないと整備されないので、国によってはまだまだ開拓の余地が実はあるんじゃないかなと思います。

情報の正しさについては、基本的には行った人の感想でしかなくて。それは全部そうですよね。ソーシャルでも口コミでもそうで、そこでの情報を頼りにするしかないです。

ハブチン:例えば食べログとかAmazonとか、僕は口コミを書いたことがないんです。どういう人が書いてるのかなというのがすごく気になっています。

牧野:僕もなかったので……(笑)。

ハブチン:そうなんですか(笑)。

(会場笑)

Give&Take精神で構築された「善良なインターネット」

牧野:うちも世界のユーザーとかに聞いてみると、基本的にはやっぱり「自分がいい思いをしたから、それを返そう」みたいな感じで、コミュニティをすごく大事にするみたいなところがあります。

これは比較的ネット全般に言えることだと思っていて、やっぱり「自分たちの使っているプラットフォームで自分が何かを得ていたら何かを返そう」という思いがあると思うんですよ。それでどんどん“インターネットの善良性”ができているのは、たぶんあると思いますね。

ハブチン:すごい。トリップアドバイザーでいい場所へ行けたから、お礼に口コミを書く。

牧野:そうそう。自分もいい思いをしたので、その感想をちゃんと書いておこうとか、自分が行って嫌な思いをしたので、ちゃんと嫌な思いを書いておこうという感じですね。

ハブチン:おもしろい。トリップアドバイザーさんとして、新しい観光スポットを開拓するみたいな動きってしてるんですか?

牧野:そういう意味では、今のところは施設ベースなんですよ。なので、新しい観光施設を作っていくという感じではないですけど、でも最近はどっちかというと、やっぱり体験みたいなものは増えてきています。なので今、場所ベースと体験ベースで、2つの探し方ができるような感じですね。

ハブチン:体験ベースはいつできたんですか? 最近できたんですか?

牧野:でも流行ってきているのって、ここ3年とかです。日本でも流行ってきているのは、やっぱり外国人が来て、そういったものを求める人が多いから。本当にここ数年ですね。たぶん、世界的にも数年だと思います。

ハブチン:なるほど。スポットじゃなくて、体験ベースで来ている。

牧野:そうですね。