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撤退基準大全 ~先進企業から学ぶ新規事業の撤退基準~(全3記事)

45年かかったザ・プレミアム・モルツの黒字化 新規事業における「撤退基準」は必要か? 

「撤退基準大全 ~先進企業から学ぶ新規事業の撤退基準~」と題して開催された本イベント。株式会社unlock 代表取締役社長の津島越朗氏が、新規事業における撤退基準の必要性や多様なパターン、自社に最適な設定法を解説します。本記事では、撤退の判断が難しくなる3つの要因についてお伝えします。

新規事業の「撤退基準」は必要か?

津島越朗氏:それでは本編を開始いたします。今日はこの3つです。(第1部に)撤退基準はなぜ必要なのか。(第2部に)多様な撤退基準、ここがメインですね。第3部に、自社に合った撤退基準の定め方のお話をしていきます。

まず、私はリクルートとディー・エヌ・エーで新規事業を作ってきておりまして、現在unlockで約9年ほどいろんな企業さまの支援をさせていただいております。では、まず「撤退基準はなぜ必要か?」から始めたいと思います。みなさんの会社には新規事業の撤退基準はありますでしょうか?

今回初めての試みで、事前にアンケート調査をお送りし、41社にご協力いただきました。ご協力ありがとうございます。「撤退基準がある」というご回答が14.6パーセントでした。ない会社も多いですね。なぜでしょう?

「基準の作り方がわからない」「ケースバイケースで判断したいから」とか、いろんな理由がありました。しかし、意外にも「(撤退基準が)あればいいというものではない」と考えています。

ザ・プレミアム・モルツの黒字化は45年かかった

こんな事例もあるからです。サントリーのビール事業。今では「ザ・プレミアム・モルツ(以下、プレモル)」という看板商品がある事業です。この事業が黒字化するまでに何年かかったかをご存じの方、いらっしゃいますでしょうか?

なんと45年ですね。みなさんの会社の場合、どのくらい撤退せずに持ちこたえられると思いますか?

これはあくまでも企業体力という観点だけではなく、周りからの圧力(も含めます)。これは、報告するたびに、十何年目、二十何年目に「そろそろどうだ」と言われることだと思うんですけども。これに耐えられる気力を含めて、どれくらい持ちこたえられると思いますか?

当時サントリーは非上場だったので、非上場企業の成せる業と言えばそれまでなんですけれども。明確な撤退基準があって、それに従っていれば、おそらく「プレモル」はなかったんじゃないかなと思います。

軽自動車のスズキのスペインからの事業撤退

しかし、撤退基準がなくて撤退が遅くなれば、大きな痛手を受ける撤退があるのも事実です。軽自動車のスズキのスペインの事業撤退。非常に生々しいエピソードがこちらの本(『俺は、中小企業のおやじ』)に書いてあります。そこの文章をそのまま引用しております。

スペインのサンタナ(Santana Motor)社ですね。こちらに資本参加するかたちで、スズキはスペインに参入したそうです。

「参加した当初からサンタナの経営状態が良好とは言えず利益はあまり出ませんでした。かと言って撤退するまでの踏ん切りもつかず『少しでも取り戻そう』と色々手を打ったのです。しかし、いくら日本人を送り込んでも労働者をコントロールできません。私が工場視察に行っても工場長をはじめ幹部らがタバコを吸いながら案内をするような状態です。

それなら早めに見切りをつけて、綺麗さっぱり投げ出した方が良かった。150億円損するのも100億円損するのも同じです」。

これは正確な情報ではありませんが、我々で当時の財務の情報を調べると、おそらく当時の経常利益は約100億円くらいだったんじゃないかなと推測します。これくらいの損失だということですね。

「少しばかりの債券を確保しようとしてジタバタするのではなく、思い切りよく諦めて新しい仕事に前向きのエネルギーを投入した方がはるかに生産的です」。この「債券」というのは、原文ママなんですけれども、おそらく損失という意味だと解釈しております。

「しかし、スペイン事業を13年間ズルズルと引きずって傷口を広げてしまったというのが経営者として大きな反省点です」と。今ではインドでものすごい利益を上げられていますけども、名経営者と言われる方でも、こういった撤退に関する失敗があったというお話です。

「撤退基準はあればいいというものでもなく、なくてもよいというものでもない。単純な話ではなさそうだ」ということが、本日みなさんにお集まりいただいている、ご関心を持っていただいている理由かなと思っております。

「退却は勝負を仕掛けることの10倍の勇気がいる」

そもそも撤退は、経営の最難関意思決定事項であると。孫(正義)さんが言うには、「失敗するのは撤退の時機を見極められなかった時だ」と。「しかし退却は勝負を仕掛けることの10倍の勇気がいる」。あらためて、いかに難しいかということを孫さんをもってしてこのように言わせているのが、今日の撤退というテーマになります。

みなさんは、ご自身で事業撤退の判断をされたことがある方はどれくらいいらっしゃいますでしょうか? 難しい判断とはいえ、みなさんが当事者としてご経験されることって、そんなに多くないんじゃないかなと思います。

実際に、認知科学という領域からも撤退に関することが少し載っていましたので、引用をしております。こちらの本(『よい判断・意思決定とは何か』)にあったんですけども、「意思決定は時として非常に難しい。この理由の一つは、多くの場合に物事が確率的にしか決まらないから」と。「確率的に」というところがポイントですね。

みなさん、すっと入ってきますでしょうか? 「(撤退して)本当にこれで正しかったのかな?」というのは、いつまでもわからないんですよね。

これはやはりもう誰が見ても0パーセントということはなくて、人によっては10パーセント、人によっては60パーセントに見えるかもしれない。仮にみんなが10パーセントと言ったとしても、ゼロじゃないんですよね。確率的にしか決まらないから難しい。このへんに撤退の難しさが1つ、大きく集約されているんじゃないかなというふうに思います。

数学的な確率と人間が心理的に感じる確率は異なる

別の角度から、行動経済学でも使われていることが多いプロスペクト理論という理論があります。グラフがあって、横軸に客観的な確率ですね。これは事業というよりは、どちらかというとサイコロを振るようなパターンですね。これで出る数学的な確率が横軸。縦軸に心理的に感じる確率ですね。点線が客観的な確率、実線が心理的に感じる確率。

ちょっと複雑に見えるんですけど、端的に言うと「数学的な確率と人間が心理的に感じる確率は違うよ」ということが表されています。特に注目していただきたいところが、確率が低い場合ですね。50パーセントを下回る場合。ここ(グラフの中央)が(点線と)ちょっと交わっている点です。

これを下回る場合は、本当は低い確率なのに、実際の数学的な確率よりも人間はちょっと高い可能性を感じてしまう。パーセンテージが上がってくると、その逆ですね。高いパーセンテージに関しては「8割方大丈夫です」と言われても、「えっ、でも2割失敗するんでしょう?」というかたちで、数学的な確率よりもより不安に感じてしまう。

誰しも覚えがある感覚だと思います。このへんも撤退の難しさを示す一因かと思います。ここまでの情報から、みなさんは撤退基準はあったほうがいいと思いますか? それともなくてもいいというふうに考えますでしょうか?

撤退の判断ができなくなる3つの要因

unlockは「撤退基準は必要だ」と考えています。なぜかというと、まず「撤退判断を惑わす要素が非常に強力だから」というのが大きな理由です。判断を難しくしているのは、この3つですね。1つは、有名ですけども、今までかけてきた労力、時間、お金が無駄になるじゃないかという「サンクコスト」。

それから(2番目は)「感情的な要因」。これは先ほどのプロスペクト理論で説明できますね。それから3番目、「社会的な評価や他者の目」。プライド・恥みたいなところで、これは決して軽視はできないと思います。こういった要因が非常に強力だから、やはり基準が必要だと考えます。

つまり撤退基準は、ともすれば撤退の自動のトリガーのようなかたちで、「この基準を下回ったらもう自動的に撤退だ」というものが撤退基準と捉えられる。どっちかというと、みんなが直感的にそのように理解するものだと思うんですけども。

そういったものよりは、どちらかというと「現状を正気で直視するための、冷静な時に決めた物差し」として、撤退基準は事前に定めることが必要じゃないかなと思います。

現状の直視が難しいのは、先ほどのお話も含めて理解いただいたんじゃないかなと思うんですけども。やはり実際のところは、「いや、失敗だな」というのはなかなか受け入れ難いものです。こういったもので目を曇らせず、ちゃんと決断するために現状をまず見ることが必要です。現状を正気で見るために、撤退基準は必要だと考えています。

関連サイト:株式会社unlock

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