「成果を出せば評価される」という考えが不幸の始まり

坪谷邦生氏(以下、坪谷):私はもともと人事制度のコンサルタントなので、KPIマネジメントと評価・報酬との紐づけが気になるんです。メールで「密結合ではなく、疎結合にしたほうがうまくいく」と教えていただいたのですが、もう少し詳しく聞かせていただけますか?

中尾隆一郎氏(以下、中尾):普通の人は、成果を出したら評価をされて、給料が上がって、昇進すると思っています。でも、これが不幸の始まりだと思うんです。

成果が上がるかどうかの変数は、個人のがんばりだけじゃないですよね。たまたまマーケットや事業、顧客が良かったということもあるのに、成果がいいと「俺一人ががんばった」と思う人が多い。逆にうまくいかなかった時は「俺のせいではない」と思う人が、一般的に多いわけです(笑)。

もし成果の基準があって、そこに数字では測れないものも含まれる場合に、102パーセントだとしたら「2パーセントも多いんだから、当然標準よりも高く評価されるべきだ」と思うのに、99パーセントか98パーセントだと「ちょっとの差だから標準だよね」と。

でも、評価が上がるだけではなく、会社全体の業績や利益に連動しているかという話もあります。利益に連動してボーナスが払われる場合は、業績が下がって、ボーナスが大幅に減ってえらい目に遭ったり。

つまり、外部要因とは関係なく、個人でがんばったら評価されて給料が上がると思っている人が多いわけです。ちょっとくらい個人業績が下がっても「俺の評価も給料も下がらない」と思っている。だから、そもそも人間の心理として、KPIや評価と給料などを密結合にすると個人の不満がめっちゃ出ます。

実際、「数字上は5.3なんだけど、今回は5にしておこう」というふうに、成果を出しても6にならないこともあるわけです。リクルートは、Aを標準にしてA+、S、SSと付けるから比較的リニアなんだけど、5段階評価だったりすると階段状になってしまう。

「そもそも密結合だと思うほうが不幸なので、密結合ではないという話をまず、ちゃんと説明したほうがよくないですか?」という、めちゃめちゃロジカルな話です。

坪谷:直接的に連動していないと。

思ったほど評価が上がらない可能性があるのが人事制度

中尾:そうです。会社の業績やいろんなものの比率で、自分が思ったほど評価が上がらない可能性があるのが人事制度であり、評価制度であり、報酬制度。そう説明したほうがいいと思っています。

加えて、僕なんかは「本当にこいつとこの評価を1個上げていいのか」という部分をすごく丁寧に見ていたんです。「何点以上だったら全部Sにする」と機械的にやっている人たちもいるんだけど、僕はすごく幅を持たせていて、この間は1個1個のミッションはちゃんと評価しようと。

合計点が0.1違ったくらいで、必ず上がったり下がったりするなら、マネージャーもすり合わせ会議もいらないと思うんです。すり合わせ会議は、振れ幅がある中でどちらにするかを決めることが、すごく意味があると思うので。そういう手順を踏んでいる時点で、そもそも密結合ではないんです。

坪谷:重なりの部分こそマネジメントの裁量余地で、そこを議論するのがすり合わせ会議であり、人材開発だと。非常によくわかります。

業績を上げる力とマネジメント力は違う能力

中尾:もう1個は「業績を上げた人を任用するんですか?」という話です。僕は違うと思っています。マネジメントの力がある人を任用しないと、不幸なことが起こります。

業績を上げるというのは、個人が中心になって他の専門職と一緒に成果を出すスキルだと思うんです。例えば、営業がコンサルと一緒になって、納品チームと一緒に成果を出す能力。でも、マネジメントに任用される人は、メンバーが最大のパフォーマンスを発揮する能力を持っている人だと思うんです。

極端な話をすると、マネージャーにもプレイヤーの能力はあってもいいんだけど、本当は黒子のはずです。業績だけで任用できるかどうかはわからないので、ここは疎結合です。もちろん、業績とマネジメント能力が連動していたらいいんですよ。でも、そうじゃない人がゴロゴロいるので。

坪谷:そうですよね。例えば事業でKPIを1つ置いて、それを個人のKPIに落とし込む会社の場合、業績評価はどう連動させるべきでしょうか?

中尾:それはどういう思想でやりたいかだけですね。僕は制約条件理論なので、部分最適にならないほうがいいと思っているんです。坪谷さんが僕の上司だとしたら、「部下が個人の数字さえ達成すれば、上司から評価される」というふうにしないほうがいいのではないかと思っています。

部下の目標達成だけでなく、ちゃんと上部組織の数字を持たせるとか。1メンバーにどこまで持たせるかという話はありますが、本人の能力開発も含めて、常に1個か2個上の視点を持ってもらうと考えた上で、何パーセントかは組織の目標も持たせたほうがいいと思います。

坪谷:確かに。制約条件理論で考えるなら、たまたま今の制約をクリアしたという話ですものね。

中尾:そうです。自分が強くても同じチームに弱い人がいたら助けないといけないです。

坪谷:みんなで助けるのはめちゃくちゃいいことだけど、弱っている人が目標達成したからその人だけ給料が上がるというのはちょっとおかしいですよね。

中尾:はい。僕が弱っている時に、同じ環境の坪谷さんが手伝ってくれたのをマネージャーは見ていますと。でも、MBO(目標管理制度)に含まれないから坪谷さんを評価しないと言ったら……。

坪谷:マネージャーって何だという話ですね(笑)。

ハイパフォーマの仕事のやり方を真似できる「G-POP」

中尾:そこまでMBOに設定しようとしたら、めっちゃパワーがかかるじゃないですか。仲間が目標に行かないかどうかなんて、最初はわからないのに。だから僕は今、「グループコーチング」というものを世の中に広げたいと思っています。

マネージャーが見ているかどうかはわからないので、その上司や人事、経営企画も現場が見えたほうがいい。僕はたまたまG-POP(Goal、事前準備のPre、実行のOn、振り返りのPost)という考え方を見つけました。

よくPDCA(Plan-Do-Check-Action)や、PDS(Plan-Do-See)と言いますけど、どちらもGoalがないんです。PlanはGoalを実現するための手段だから変わってもいいんけど、Goalは変わっちゃいけないから、フォーマットにちゃんと書いておけという話なんです。

G-POPでは、まずは計画を立てて実行するのではなく、実行する前に事前準備をするということなんです。仕事を3ヶ月のGoal、1ヶ月のGoalに分解するのと同じように、今週のGoalを決めて、アジャイル的に実行する。

振り返りのPostでは、うまくいったら「なぜうまくいったのか」という、再現性を高めるための振り返りをします。うまくいかなかったら、「再発防止や発生時対策を振り返ってくれ」と言っているんです。これを毎週やると、すごく仕事ができるようになります。

坪谷:なるほど。効果がありそうです。

中尾:これを4人のグループで、毎週振り返るようにしています。普通の日報や週報、月報にはやったことしか書いてないので、上司も何もアドバイスできないんです。でも、G-POPは、事前にした準備、結果とそれへの自己評価、そして振り返り、来週の予定やゴールを書きます。そうすると、「そもそもそのゴールがずれて、間違ったところに行こうとしてるよ」という場合もわかります。

さらにメンバーが仕事ができているのは、本人のがんばりなのか、上司のサポートなのかも見えるわけです。

フラットなフィードバックは、セルフマネジメントにも効果的

坪谷:同じ仕事をやっている仲間でグループコーチングをするんですか?

中尾:何をしたいかによりますが、職種や階層が違う人たちでやるとおもしろいですね。

坪谷:そう思います。結局、評価や報酬などのフィードバックの歪みは、評価する側とされる側という立場に溝があるから生まれると思うんです。ですので、例えばぜんぜん知らない異業種の人と4人でやると、フラットなフィードバックが起こり、セルフマネジメントに効くのではと感じます。

中尾:まさにそうですよ。

坪谷:逆に上司と部署の仲間と実施する場合だと、正直に言えない空気にならないですか?

中尾:そうなりやすいので、グループコーチングではファシリテータについてもらいます。ただし、ファシリテーションは難しいので、ファシリテータがやることは特定しています。そして、ファシリテータ用のG-POPを書いてもらっています。「今回のグループコーチングのゴールは何か」も書いてもらいます。

そして、ファシリテータだけが集まるグループコーチングをしてもらいます。そこに参加すると例えば僕が役員だとしたら、各部門で何が起きているのか俯瞰的に、そして具体的に把握できるんです。

坪谷:セルフマネジメントを回すためのグループコーチングであり、それがちゃんと機能するためのファシリテータ。いわゆるマネージャーや管理者とはだいぶ違う位置づけですね。

日本最高クラスのCIOを口説き落とし、DXに成功した企業

中尾:この間、たまたま日経さんでしゃべった時の資料なんですけど、これがG-POPシートです。

グループコーチングの実験をいろいろしたんです。部門の新人、いろいろな会社の経営者、新設部門や会社全体、幹部だけ、専門職だけでやってみたり。あとは、会社と取引先でやってみましたとか(笑)。

坪谷:ええっ!(笑)。

中尾:その会社は、今は採用したい人も入れています。複数企業合同や個人でできないかという相談もありますが、だいたいうまくいきます。

これは、たまたま僕が担っている「中尾塾」という経営者塾で、一番最初は16人で始めたんです。そのうちの1人は、半年後に「うちの会社はDXしないといけないね」という話になって、日本最高クラスのCIOを口説き落としたんですよね。

※ぐるり=グループリフレクション

社員数1万5,000人くらいの流通業なんですが、そのCIOは物理ネットワークを一気に変えて、大幅なコスト削減をしました。全社員にSlackを入れて情報を活性化したり、めちゃめちゃいい感じで作れている動画マニュアルのアプリを入れて、みんなが何千個という動画をアップする状態にしたり。

CIOの人件費に対するROIだけで言うと、10倍どころじゃないことを一気にやりましたからね。そういう人を口説いたという話です。いろんなことが起こりましたが、今はなんとなく広がって、56名くらいでやっています。

適切なKPIマネジメントで、市場ゼロから業界トップクラスへ

中尾:あとは、ちょうどコロナが始まった時にやった会社の事例ですが、新組織のオンボーディングもうまくいって、みんなリモートなのに市場ゼロから業界トップクラスになった事例もあります。これはまさにグループコーチングをしながらKPIを入れて、すごくうまくいきましたね。

これがうまくいったのは、G-POPを記入し続けるとセルフマネジメントができるので、個人がハイパフォーマ化するからです。それをグループコーチングで心理的安全性を作るようにしているので、協働やピアプレッシャーが始まったり、他者からのスキル移転(TTP)が簡単に進むようになるんです。

さらにファシリテータが、ファシリのグループコーチングで、担当グループを超えて「この人とこの人をつないだらいいんじゃないか」「この人のスキルをこの人に伝えたらいいんじゃないか」という話をするので、協働と自律が促進されて、イケてる中間管理職の役割が自然にできている感じです。

坪谷:おもしろいですね。

ファシリテータの仕事は6つだけ

中尾:ファシリテータの仕事はこの6つだけです。①正しいGoal設定をしているか。②ゴールに関係する業務だけをしているか。③1週間でできる業務に分解しているか。④ちゃんと結果を評価しているか。⑤さっきのポイントで振り返りをしているか。⑥来週次にやることをちゃんと振り返りから学んでいるか。アドバイスをするというより、この6つをチェックするように頼んでいます。

坪谷:特殊なスキルがいるわけではないのですね。しかも、リモートを前提にミーティングを回されていると書かれていました。

中尾:テレビ会議で録画することをお薦めしています。「感じの悪いしゃべり方をしているな」「相手がしゃべっている時に、何か他のことを考えている顔しているな」という人がいるじゃないですか(笑)。

坪谷:はい(笑)。

中尾:それを自分で振り返るいい機会にもなるから。

「理想的な評価・報酬」の運用方法は?

坪谷:評価や報酬については、今のG-POPとファシリテータのように回したとして、誰がどんな視点で評価や報酬や任用を考えたら、うまくかみ合うんでしょうか。

中尾:最近、“評価しない評価”をしている人たちがいると思うんです。坪谷さんが僕の上司だとして、僕が毎週坪谷さんに何か状況を報告します。それはG-POPシートでも何でもいいんだけど。

坪谷さんは僕に毎週フィードバックをしてもいいんだけど、一番大事なのはGo(そのままやっていいよ)と言うか、Stay(ちょっと相談しよう)と言うか、Stop(すぐに相談しよう)と言うかなんです。例えば半年間ずっと、僕が坪谷さんの手を煩わせずに、26週全部がGoで進んでいたら、細かく評価し続けているわけです。だから、期末にすごく時間をかけて評価する必要がない。

しかも期末は評価を気にして、みんな気もそぞろになりますが、プロジェクトがそこで終わることはあまりないわけです。アジャイル的にずっと回り続けるほうが、本当はパフォーマンスが上がるんじゃないですかね。

坪谷:そう思います。たぶんノーレイティング(ランク付けをしない人事評価)が注目されるようになった理由も、それと同じかもしれません。

中尾:あとは、Netflixじゃないけど最初に高い給料を払うのもありですよね。やれるかどうかわからないんだけど、先に「給料を上げる」と言った瞬間に、すでに評価もしている。あとはやり取りを人事も経営企画も上司の上司も見られるようにしたら、制約条件理論と同じなので、僕はこれが理想だと思っているんです。

リモートワークのマネジメントが簡単になる方法

坪谷:StayとStopが延々続くようになったら、そもそも仕事が回っていないから、誰が見ても「これはダメだろう」になるし、改善するにはどうしたらいいかを考えるようになりますね。

中尾:そうです。Stayというのは結局、「俺とミーティングしようぜ」という話なので、上司の手を煩わせているわけです。だから、周りにも「これは坪谷さんがサポートしているんだよね」とわかります。

ゴールの設計がちゃんとできていて、毎週やることが決まっていて、うまくいったら「うまく進んでよかったね」と言う。だから、丸の数を数えておけばいいんです。例えば「5つやる」と言っていて、丸が5つだったら、「よかったね」と言っておけばいいんです。そうすると、マネジメントがめっちゃ簡単になります。

坪谷:一人じゃなくてグループでやるのもいいですよね。

中尾:もし僕がいじめてたらバレるので(笑)。1対1だと密室なので、いじめられる人もいると思います。でも、録画していればそれも抑止できる。

坪谷:リモートワークのスタンダードにしたい気持ちになってきました。

「学びたいけれど学び方がわからない人事」を助けたい

中尾:そうなんですよ。僕は、自律・自転する人と組織を増やしたいので、ご興味があればやり方を教えますよ。これでセルフマネジメントできるようになれば、自律できる人が増える。自分で自分のことを決められるほうが幸せじゃないですか。

坪谷:たしかに! 今回の対談が、グループコーチングを広げる一助になればうれしいです。めちゃくちゃ勉強させていただきました。

中尾:うれしいです。僕も『図解 人材マネジメント入門』はすごくよかったと思います。「人事の基礎をゼロから押さえておきたい人に」というのは、本当にその通りですね。

坪谷:ありがとうございます。先ほどの中尾さんの動機が「自律・自転する人と組織を増やしたい」だったら、私はエンジニアから人事になったばかりの時の自分のような「学びたいけれど学び方がわからない人事」を助けたいという想いが根っこにあるんです。

MBOやKPIもわけがわからなかった、当時の自分にあげようと思って、次の『図解 目標管理-MBO・OKR・KPI-入門』(2023年3月刊行予定)の執筆に取り組んでいます。

中尾:こんなに網羅されている本をもらったら、めっちゃうれしいですね(笑)。楽しかったので時間オーバーしてしまいました。ありがとうございました。

坪谷:おもしろかったです。ありがとうございました。