良質なコンテンツを生み出せても、海外に出ようとしない日本人

塩田周三氏:(日本は)考えてはいけないことが少ないとか、表現してはいけないことが少ないとか、政治的・宗教的にあまり束縛がない。かつ、自由な時間も多いと。漫画だと130種類の雑誌とか、ある意味で言うと10万近い分数を作った。映画で言うと66本。これだけ多産な国はないと思うんですよね。

なので、幸いにして大量にネタを生み出す土壌があるのが日本の特異性であって、その中でより選ばれたものが世界に向けて発信されていくということです。これだけ見ても、差別化としては相当ある。

じゃあ、それを世界に向けて発信した時に、ちゃんと受け入れられるぐらいの制作クオリティで、ネタとして通用するのか、ヒットするかどうか。これをもうはっきり言って、出してみないとわからない。出してみるためには、現地にいる人たちがどういうふうに考えているか、どういうものを欲しているかを直接知るしかないんですね。

先ほどの映画の話もありましたが、これははっきり言って(日本は)非常に下手くそです。極めて内向的で居心地がいいですから、なかなか外に出ようとしないのが日本の大きな問題であると。

我々ポリゴン・ピクチュアズはミッションステートメントにあったように、最初から「世界に向けて発信していく」というのがミッションです。創業者の代からそうですし、私もたまたま海外で育ったということもあり、これがDNAに流れている。

例えば、我々の名刺は38年間まったく変えてないんですが、表が英語で裏が日本語なんですね。これは創業者の代から「我々は日本にありながら世界に向けて勝負していくんだ」というところが名刺に現れています。そういうふうに、常々外に出ているからこそできたことがある。

アニメ作品のサブスク解禁

我々が、日本で初めてアニメを作ろうといった時に制作した作品が『シドニアの騎士』だったんですけれど、それまでは北米のビッグバジェットのものを作っていたのに、2014年当時日本で最大のバジェットがだいたい2,000万円だと。

2,000万円だと我々は制作できないので、じゃあ海外からお金を引っ張ってくるしかない。かつ、日本のアニメを海外に売る時にもらえるライセンスフィーの相場がわかっていて、それ自体では充足できない。

なのでその頃、力を得てきたストリーミングパートナー、ストリーマーであるAmazonやHuluやNetflixさんに現地でアプローチをして。結果、Netflixさん初めてのオリジナルアニメである『シドニアの騎士』ということで選んでいただいて、実際にバジェットが上がったわけですね。

今や日本のアニメがストリーミングに出ることは当たり前だし、非常に大きなコンテンツではあるんだけど、この流れを作ったのは我々だと自負しています。Netflixさんのような外的なインフルエンスがあることによって、実際にはバジェットなんかも、我々が2014年にシドニアを発表した時から倍を越え始めている流れができております。

ヒットは狙って打てないからこそ「継続」が大切

コンテンツにはネタが非常に大切である。そして、日本はネタの宝庫である。なぜネタの宝庫であるかというと、やっぱりそれなりの理由がある。これを作っていくのが人財であると思います。

クリエイティブは非常に大事だと思うんですね。これがあるのはすごく大切なことだけど、継続性がもっと大事であって、ヒットは狙って打てるものではないんですよ。唯一何ができるかと言うと、座席に立つ回数を増やす、怪我をしないことだと思っています。

なので、私が社長を2003年に引き受けさせていただいた時から、私の付加価値としては、河原敏文が掲げていた「誰もやっていないことを 圧倒的なクオリティで 世界に向けて発信していく」というミッションに対して、「死なずに」というところにフォーカスをしてまいりました。

(スライドを指しながら)右側の絵はロッククライマーの絵なんですが、けっこう好きで。めちゃくちゃ高みを目指している、無謀なことをするんですが、ただ登るための装備はちゃんとしてるわけですね。高みを目指すのは大いにけっこうだけど、登るためにはそれなりの装備で持って登りましょうということを、常々意識しております。

大手鉄鋼メーカーから始まった塩田氏のキャリア

そういった発想が私の中にあるのは、私のキャリアに起因しています。私のキャリアの一番最初は新日本製鐵(現日本製鉄)からだったんですね。1991年に製鉄所で働きたくて、新日本製鐵に入社をさせていただきました。

実際に製鉄所で働けたわけではなくて、(製鉄所は)3ヶ月の研修で経験しただけなんですが、その短い期間の中でも多くのことを学びました。工場の中で働く方々の熱き思いであったりとか、ものすごく大胆な仕組みだけど、実際に制作される製鉄は本当に多岐にわたるミリ単位の細かいものであったり。それに対して、みんなが目を生き生きとしながら参画をしている。

一番印象に残っている話は、製鉄というのは何種に渡る自然の原料を持って作られると。長年にわたって自然の法則を制御するのは、何十年と働いていた匠の男性だと。

その匠が、その日の天気などを見ながら高炉の加減などを調整して。それをコンピューター化する際に、匠の五感をコンピューター化するなんてできまいと最初は抵抗を受けたんだけれども、いろいろと落とし込んでいった結果、コンピューターファクトリーオートメーションが可能になって。

製造業の中でも、初めの頃のファクトリー・オートメーションが実現しました。結果、その人たちの仕事がなくなったのではなく、より(品質の)高い製品を安定して作れるようになったと。産業としても成長したという話を聞いて、自然の営みを制御する五感をコンピューターで制御することによって、よりすごい製品が作れるんだなというのが、すごく記憶に残っておりました。

倒産を免れたきっかけとなったのは『トイ・ストーリー』?

たまたま私がこの業界に来た時が1996年だったんですが、『トイ・ストーリー』の長編映画が大ヒットをしました。『トイ・ストーリー』がどのように作られてきたをいろいろとひも解くと、どうやら分業しているらしいと。

いろんな専門職の人たちがワークフローを組んで、素材を受け渡し作っているらしいということを、人づてでいろんな人に聞いてわかった結果、「これはもう製造業と一緒やないか」と。

手に渡るのが原料の代わりにデータの素材であるだけであって、基本的に一緒ではないか、工場で働いていた人たちも非常にクリエイティブだった。ならば、このクリエイティブ業界においても製造業で培ったノウハウが実践できるに違いないと思いました。

たまたま2005年に、我々はディズニーから『くまのプーさん』のテレビシリーズ26話を受注をすることができまして。納品はちゃんとしたんですが、為替の変動をだいぶ受けまして、大赤字を出したんですね。このままでは倒産をするという局面に出会い、ずっと思い描いていた製造業でのカイゼンのプラクティスをいよいよ導入してみようと。

昔からの仲間で、今の副社長である安宅洋一という、日本の日本能率協会コンサルティングでコンサルタントをやっていて生産性の向上運動をしいた人間を呼んで、本格的な改善運動を8ヶ月にわたってやった結果、28パーセントの生産性向上を実現してなんとか(倒産を)免れた。

「効率化はクリエイティブを阻害するものではない」

そこからスタッフの中にも、効率化はクリエイティブを阻害するものではないという空気が生まれた。実は28パーセントの生産性向上をした結果、映像のクオリティも上がったんですね。なので、スタッフに対しても自信になり、それ以降ずっと生産性向上の運動はしています。

ソフトウェア開発におけるアジャイル開発であるとか、トヨタさんがやっている自工程完結であるとか、そういったいろんなものを参考にしながら、我々の生産性向上活動の中で取り組んでおります。

だいたい年間700ぐらいの施策に取り組んでおりまして、さまざまなツールを使っています。それの多くが制作管理といいますか、先ほど宮川さんがおっしゃっていたパイプライン。映像の最終的な表現ではなく、データの受け渡しである、データベース管理、イテレーション管理とか、そういったものに費やしております。

マレーシアやインドに(オフィスを持つ)会社と申し上げましたが、それ以外に台湾や中国のパートナーがいたりと、世界中の人たちと組み合いながらデータを取り回して製作をしているので、そういったものを管理するシステムであるとか、1回作った参考資料であったりとか、モデルデータも探して再利用できるようなデータベースです。

当然ながら、PixarやDreamWorksとか、そういった人たちとは違う、日本ならではの省略された映像美を用いたCGの使い方を可能にする表現開発をやっております。こういったものをずっと続けているために、先ほど言いましたクリエイティビティを活かしつつ、だけども継続性を担保する。

残業時間もずっと管理してるんですが、先月の平均残業時間の実績としては19.9時間。その前の月も19.7時間だったんですね。だから、言ったら1日1時間ぐらいの残業時間の中で、これが実現できているということです。

日本の強みは、成果だけではなく「プロセス」も尊ぶ文化

もう1つ日本の強み・差別化というところで、この写真はうちのオフィスに来てくれるランチバンの人なんですけれど。これはすごく感動するんですが、弁当を頼んだら、(この人は)弁当が出てくるまで弁当の蓋とそれを入れる袋をずっと上げながら待ってるんですね。

これってものすごく日本っぽいと思いまして。これが海外だったら絶対に普通にぶらぶらしてしゃべってるんですね。「できましたよ」と言ったら、「はーい」と言って蓋を上げて袋を出して入れるんです。だけど、0.何秒でも早くお客さまに届けようという姿勢がすごく日本ぽいなと思いました。

要は、プロセスを尊ぶ文化。成果物だけじゃなくて、プロセスを尊ぶ文化が日本の強みである。確かに宮川さんが指摘された多くの問題があるんです。大胆さが本当にないとか、変化を恐れるとか。だけど、日本は常に外圧を持って大きく変化を遂げているんですね。外圧を受けて変わらざるを得なくなった時には、学ぶ謙虚さも持つ文化なので。

こういったものを続けながら、私は企業の対応も常に熱くしていて、社長としての役割としては、ノリを常に制御するGroove Masterと思っています。ノリノリで調子に乗りすぎてる時には一回落としますし、ちょっと低い時には盛り上げる。

私たちの仕事は、究極的には映像でもっと物語を伝えることなんですが、企業運営自体も物語なので、その物語に社員が乗ってもらうことを常々意識しております。

アニメーション以外にもクリエイティブの技術を活用

そのためにも、我々の歴史で常にそうなったように、外からの刺激、それこそスタッフが15パーセント海外から来ているのも大きく影響してますし、(重要なのは)我々が持ってるクリエイティビティを他にどのように扱えるかということです。

例えば、Daimler(ダイムラー)とワークショップをやって、自動運転する車が完璧に自動運転できるようになった時に、運転者がいない車が歩行者に対してどのように意思表示をするかということを、アニメ的な表現で伝えたらどうだろうかと。

さりげなくナッジで伝えたらどうだろうかということを、うちのデザイナーのスタッフに頼んで一緒にやったものなんですけれども。こういった外的な刺激を受けながら、我々のクリエイティブの能力が、他にどのようにアプライできるかというようなことも常々考えております。

ちょうど時間になりましたので、最後はぜんぜん関係ない宣伝ぶっこみます。ちょうど世界に向けたクオリティのところなんですが、シーグラフアジアという世界最大のコンピューターグラフィックス、インタラクティブテクニクスの学会がございます。これのアジア版が、12月14日から17日に東京国際フォーラムで行われます。

今や世界で映像コンテンツを作るとか、ゲームコンテンツを作ることにおいては、コンピューターグラフィックス、インタラクティブテクニクスはなくてはならないところなんですけども。それの最先端の動きである学術的な論文もあれば、先ほどお話にあったバーチャルプロダクションについての『The Mandalorian』のプロダクションセッションもございます。

そういったことを学ぶ上でも、非常にいい機会だと思います。通常この学会は英語なんですが、今年は東京のフォーラムでやるものについては通訳もつけていますので、英語が不得意でもわかるような内容になっておると思います。ぜひ、そちらも併せてご検討ください。ご清聴ありがとうございました。