本企画、「キャリアをピボットした人の哲学」では、インタビュイーにこれまでの人生を折れ線グラフで振り返っていただき、その人の仕事観や人生観を深掘りしていきます。
今回は、新刊
『ADHD会社員、フリーランスになる』を上梓されたライターのいしかわゆき氏に、今までの人生を振り返っていただきました。本記事では、ADHD気質にマッチした働き方のヒントをお届けします。
ADHDの特性に気づいたきっかけ
——今回は、ADHDを公表されているいしかわさんに、自身の特性と上手に付き合う秘訣をおうかがいできればと思います。
グラフの中で、20歳の時にはカフェのバイトで朝起きられずにひんしゅくを買ったり、遅刻でコールセンターをクビになったことがあると書かれていますね。こうしたことがきっかけで、ご自身の特性に気づかれたのでしょうか?
いしかわゆき氏(以下、いしかわ):そうですね。中高時代をアメリカで過ごしたのですが、大学からは私ひとりで日本に帰国し、初めての一人暮らしを始めました。すると……大学の授業にぜんぜん出られなかったんです。これまで学校を休んだことがなく、遅刻もしていなかったのに。
抜け漏れも多いし、今日が何の授業かもよくわからない。いろいろやらかして、「私って、ぜんぜんできないんだ」と、その時に気づきました。それまではあんまり人に頼っている感覚もなく、全部自力でできていると思っていたんですよ。
毎朝起こされていたし、学校の宿題1つとっても、親が「宿題やったの?」と声をかけてくれたり、時間を守れるように管理してくれていたので、特性に気づかないまま、大学生まで成長してしまったんですね(笑)。
「過集中」によるメリット・デメリット
——ご自身の特性によって、仕事で失敗したことや、成功したエピソードはありますか?
いしかわ:すごく過集中なので、記事を書くのはめちゃめちゃ早いんですよ。フォーマットが決まっているなインタビューなら1時間で書けます。もっと複雑なものでも4時間ほど集中すれば書けるので、会社員時代も月間の記事本数の目標達成にはすごく貢献できていました。
でも、過集中にはネガティブな側面もあって。集中してる間、他のことがまったくできなくなるんです。例えば、記事を書いてる最中に会議に行かなければいけなくなった時。一度集中が途切れてしまうので、会議中も注意散漫になってしまい、会議が終わって執筆を再開しようとしても、なかなか集中力が戻ってこない。
仕事中の「今ちょっといいですか」が苦痛
いしかわ:仕事中、「今ちょっといいですか」とか隣の人が話しかけてきたりすると、また集中力が切れて、すごくイライラするみたいな。強みと弱みは表裏一体ですね。
——その場合は、どうやって対策をしていましたか?
いしかわ:会社員の時は、会議室やカフェに逃げて、一人の時間を確保していました。あと、会議がある日はそもそも「執筆しない」と決めていました。
あと、私は遅刻が本当に多くて、いつも始業時間に間に合わなくて。「そのぶん残業してるからいいか」と思っていたんですが、一度取材のカメラマンを任されていたのに30分遅刻したことがあって、平謝りしてドアを開けてもらったこともありました。
フリーランスになってからは、時間の逆算ができないので、あえて取材の1時間前に現場に行くようにしたり、取材の前に友だちと会う予定を入れて、「そろそろ出たほうがいいんじゃない」と声がけしてもらうようにしていました。
ミスをしてしまった時のメンタルの保ち方
——なるほど。ミスをしてしまったら気持ちを立て直すのもけっこう大変かと思いますが、どうされていましたか?
いしかわ:これが正解かはわかりませんが、仕事のミスは仕事で巻き返すしかないと私は思っています。誰かに迷惑をかけてしまったら、代わりにめちゃめちゃいい記事を書くことで、リカバリーを図っていました。
自分なりに対策を立てることはできるけど、失敗を0にするのはすごく難しいので、結局アウトプットや成果でお返しするしかないというか。「他のことで貢献できることはないだろうか?」と考えたり。
理解を求めるわけではないですけど、一緒に仕事する人には「ちょっと遅れてしまうところがあるので、私には嘘の締め切りを教えるようにしてください」と伝えていました。でも、その代わりいいものは作ります、と。
事前にこうしたことを共有しておくのは、自分のためでもあり相手のためでもあるのかなと思います。例えば「自分は完璧です!」と繕って仕事を請け負うと、ミスしたときにお互いにがっかりしてしまう。自分の苦手なことを先に共有しておけば、向こうも先回りして対策を打ってくれたりします。
それでも私に仕事を依頼してくれるということは、「いしかわさんはポンコツだけど、記事がいいんだよな」と思ってくれているはずなので(たぶん)。お互いに協力して仕事をするために、自分の取り扱い説明書を先に共有しておくのは、一種のマナーかなと思っています。
「決まってること以外ができない」タイプでもできる会話術
——なるほど。いしかわさんは、ライターとしてインタビュー取材などの経験も豊富ですが、もともと人見知りでコミュ障だったと拝見しました。仕事のコミュニケーションで困ったことはありましたか?
いしかわ:仕事では、やっぱり決まってること以外ができないんですよ。例えば取材でも、最初にご挨拶してメディアの説明をして、質問することはできるんですけど、それ以外の雑談は苦手です。
「別にこの人と仲良くなりたいわけじゃないしな」と思っちゃうタイプで、すごく淡々とした、形式的な段取りで進めてしまっていました。それで相手が違和感というか、ちょっと変な顔をしてる時があって。たぶん変なふうに思われてるんだろうなということは、何回かありましたね。
——商談の前のアイスブレイクが苦手な人も多いですよね。どうやって対処すればよいでしょうか?
いしかわ:これも形式ではあるんですけど、アイスブレイクネタを持っていくこと。例えば事前に相手のSNSを見ておいて、「今日はこれを相手に振ってみよう」とか。自分が雑談したいかしたくないかは置いておいて、「雑談をしなければいけない」と思ってネタを持って行きました。
あとはメモがあればなんとかなります。私は視覚優位なので、人の話を聞くのもそんなに得意ではないんですけど、視覚的に確認できるメモがあれば会話できます。取材ライターは質問内容を見ながらできるので、何とかやれているんだと思いますね。
「会話は小手先でできる」
——そうやってコミュニケーションの苦手意識を克服していかれたんですね。
いしかわ:いや、今もぜんぜん得意ではないと思ってるんですけど(笑)、やっぱりインタビューライターになったのは、私の中では大きかったなと思います。
私はもともと、「コラム記事が書きたい」と思っていたので、インタビューライターになりたくてなったわけではないんです。でも、気付けばメディアの方針がインタビューメディアになっていたこともあり、渋々人と話すようになったんです(笑)
でも、やっているうちに、自分が話したいかどうかはさておき、「会話は小手先でできる」と思うようになりました。
例えば相づちも、無意識だと「ふーん」「へー」みたいな感じになりますよね。これに気持ちを1.5倍乗っけるとか、リアクションを大きめに取るとか、大げさに頷くとか、相手の言った言葉をオウム返しするのでもいいと思います。意外と小さな工夫でコミュニケーションは取れると気づいたので、別に苦手なままでもうまくいきます。
——「コミュニケーション下手を克服しなきゃいけない」と思っている人も多いと思いますが、そうした方へのアドバイスはありますか?
いしかわ:ぜんぜん克服はしなくてよくて、「聞いてる感」を演出できればいいと思います。そういうテクニックをたくさんインプットして、自分の中の引き出しを増やす。コミュニケーションが苦手な人って、おもしろいことを話さないといけないと思いがちなんですけど、うまく聞けていれば、自分が話さなくてもいい。がんばってしゃべろうとせず、聞き方を覚えればいいんじゃないかなと思います。
そのためには、友だちとの会話で練習するといいと思います。「今日は自分の話は一切せず聞く」と決めて会話をするのは、私自身もよくやってます。
会話が途切れなくなる秘訣
——聞くに徹するということですが、それでも会話が続かない時はどうしたらいいですか?
いしかわ:聞くって、ただ受け身で「ふーん」と流すんじゃなくて、ちゃんと詳細を聞いてあげることなんですよ。尋ねるのも聞くの一種なので、「それってどういうことなの?」と尋ね続けていれば、話はずっと途切れません。
相手がポロっと言ったことに対して、「それでその後どうなったの?」と、ことの顛末を聞くとか。「どんな気持ちだったの?」「どういうところがおもしろかったの?」と、詳細を聞く感じ。「もっと詳しく教えて」って5W1Hで聞けば、どんどん話してくれますよ。
——1つの出来事に対して、いろんな角度で詳細を深掘りしていくことがポイントですね。今回のインタビューを通して、ご自身の特性にマッチした働き方を模索されてきたことがわかりました。いしかわさん、ありがとうございました。