近年は人手不足や人材獲得競争の激化が深刻化しています。一方で、個人の能力によって、人を「選び」「選ばれる」能力主義が、職場では根強く残っています。環境、機会、適性など、成果に影響を与える要因が多岐にわたるなかで、成果と能力を直結させる風潮を見直す必要があるのではないでしょうか。
そこで今回は、組織開発専門家の勅使川原真衣氏にインタビューを行いました。本記事では、個人の能力ではなく「組み合わせ」で成果を上げるための考え方をお伝えします。
「やってる感」だけの人的資本経営は形骸化していく
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前回、職場で当たり前とされる能力主義の問題点についておうかがいしました。組織が能力主義から脱却することで、どんなメリットがあるのでしょうか。
勅使川原真衣氏(以下、勅使川原):そうですね。(脱能力主義は)勝ち負けや優劣をつけるものではないので、今立場が上で、勝ちの優越感を味わっている人にとっては、あんまりいいことはないんですけども(笑)。「今いる人を活かせているかどうか」という観点で仕事を捉えている人にとっては、みなを活かすことにつながると思っています。
「最少の人数で、最大の効果を生む」ということにチャレンジできる機会は、人の組み合わせを考える、脱能力主義の組織開発にあるのかなと思います。
あとは能力主義って、人に良し悪しをつけて開発していく、人材開発業界に親和性があると思っています。ただ、発揮しやすい機能の違いはあっても、それは別に優劣じゃないはず。そもそも人に良し悪しはないと、私は思っています。目的に合わせて(それぞれの人を)活かしていけばいいと思うので。その意味で、人材開発ではなく組織開発なんですよね。
——なるほど。今、人的資本経営で人材の価値を引き出すことが大事だと言われている中で、この脱能力主義がヒントになるのではないかなと思いました。
勅使川原:そうですね。ただ人的資本経営も、女性の役員の比率とか研修受講率とか、「いい組織の指標」を個人単位で見てしまっていて、「組み合わせてうまく活かせているかどうか」という指標にはなっていない。
だって、「組織で研修を受講したから何なんですか?」という話は置き去りのままですよね。それから女性役員の比率を上げたところで、「組織にとってどういう影響があるか」といった理由は、まったく問われていない状態のままです。
人的資本経営の開示義務に合わせて、研修を受講した人や女性役員の比率といった、それっぽい指標を出して「人的資本経営をやっています」と取り繕う。「やってる感」だけなので、今後人的資本経営は形骸化して広まっていくだろうなと予想しています。
表面的なストレスチェックより大事なもの
——前回、大企業ではあまり能力主義を見直すメリットがないとおっしゃっていました。一方で、人的資本経営やウェルビーイングを重視しているのも大企業ではあり、そこの部分でギャップがありそうですね。
勅使川原:そうそう、大企業はウェルビーイングも躍起になってやっていますけど、やはり人の組み合わせを考えないまま、個人単位で見て広まっていくと危険だなと思います。幸せな人・幸せじゃない人というのも曖昧ですし、単にメンタルの強い人・弱い人みたいな、個人ごとの序列づけで終わってしまう可能性を危惧しています。
やはり「誰と何をどのようにやっているか」次第で、幸福度や仕事のやりやすさも変わるはずなのに、個人に帰属した概念、能力として捉えられてしまう。ウェルビーイングが能力主義化してしまうと怖いな、と。
——確かにストレスチェックとかでも、「メンタルが弱いと思われるかも」と、正直に答えられないケースがありそうですね。
勅使川原:おっしゃるとおりです。明らかにどう答えたほうがいいか、わかる質問じゃないですか。誰だって「めんどくさいやつだ」とは思われたくないですし。
——採用でも、ストレス耐性がどのぐらいあるかを見られますね。
勅使川原:「落ち込みやすい」とか「夜に眠れていない」とか、採用の時点でわざわざ言う人はいないですよね(笑)。仮にそういう個人の状態についての情報を聴取するのであれば、「じゃあ、どういう組み合わせだったらもっと良くなるんだっけ?」というのがセットにならないといけないと思っています。
2024年10月10日に、今後はストレスチェックが50人以上の会社のみならず、全事業所適用が検討されていると発表されました。あれはたぶん、大手のストレスチェック会社が潤う施策です。本当は組織開発とセットにしない限り、ストレスチェックを全事業者で行っても、組織はなんら良くならないと思います。
——表面的なストレスチェックなどの施策を行うよりも、根本にある能力主義の問題を考える必要があるんですね。
勅使川原:そうですね。能力主義の問題点だと思っているのは、能力を個人に内在したものとして考えられていることです。実際には個人で仕事をしているわけではなく、必ず誰かと一緒に仕事をしているので、個人の能力単位で「ああでもない、こうでもない」と考えてもうまくいかない。
本当に職場を良くしたいのであれば、個人がどう影響し合っているのかというダイナミクスを見て、組織全体の組み合わせの問題として考えないといけないということです。
個人の能力ではなく「組み合わせ」で成果を上げるには
——個人の能力ではなく組み合わせで見ていくためには、どうすればよいのでしょうか?
勅使川原:そうですね。例えば、子どもの時にレゴブロックで遊んだことがありますよね。レゴ認定の日本人プロビルダーの三井淳平さんという方は、葛飾北斎が描いた絵をレゴで作っているんですが、その作品を、大きな仕事のプロジェクトだと思っていただくといいと思います。
レゴブロックを組み立てる時って、まず何色のどんな形のピースが何個必要かを考えますよね。レゴで波を作ろうとした時に、「赤は要らないな」「青が欲しいな」「波の部分は泡っぽい白が要るな」とか考えるじゃないですか。1つのブロックだけで波を表現したら、レゴじゃないですよね。
これはどんな仕事も同じだと思うんですよ。いろんな機能を持った人が集まって、1つの作品として仕事を成り立たせていると考える。まずは、今いる人が何色のどんな大きさの、どんな凸凹のあるブロックなのかを、よく観察することから始めないといけないんです。
——メンバーがどういう人なのかを知ることからですね。
勅使川原:そうなんですよ。例えばリクルートさんのSPIとかは、「メンタルが強い人を選ぼう」「積極的な人を選ぼう」とか、ちょっと一元的な尺度で使われてしまっている気がするんですけども、本来は自分の凸凹を知るためのものなんです。
大企業であれば特に、採用時点で性格行動特性(を測るテスト)を導入している企業は多いですよね。ああいう情報を、人の選抜に使うのではなく、「どういうピースなんだろう」「誰と組み合わせると、どういう景色につながるんだろう」と、人事や経営層が考えるようになっていくといいと思います。
やりっぱなしで放置される入社前の「性格診断テスト」
——やはりそういった性格診断テストは、入社後に使われていないことが多いのでしょうか。
勅使川原:ログミーさんどうですか?(笑)。ほとんどやりっぱなしの会社さんが多いと思います。もったいないですよね。そこでも、その人の人となりをすべて知ることはできませんが、例えば、その人は車でいったらブレーキなのかアクセルなのかぐらいは、どのアセスメントもわかります。
私はもともと、人事組織コンサルティングファームのコーン・フェリーグループにいて、自分がアセスメントを売っていたのでわかっているつもりなんですけど。アセスメントは、心理学のビッグファイブ理論などの人の行動特性の理論を、各社が転用して作っているものです。なので、外交的なのか、内向的なのかとかいう尺度は同一のものなんですね。
外向性は、どっちかというと突破して行くアクセルで、内向性はブレーキ的な機能なんですね。なのでアクセルかブレーキかぐらいは、本当に安いアセスメントでも、なんならMBTIとかでも、ある程度、検討材料にはなります。
自分を把握することも必要ですし、あとは組織で人の組み合わせの権限を持っている人は、「この組織ではアクセルはいくつあるんだろう」とかを、ちゃんと把握してほしいんですね。
学歴や職歴だけで選んでいると、1つの組織にアクセルが5個あったり(笑)。ウェイウェイしてる会社さんだと、アクセルが10個あってブレーキが1個ということもあります。そこでブレーキの人が、「あいつは働かない」と責められて辞めちゃうとか。
ただ、何をやろうとしてるかによって、やはりブレーキも必要だし、なんなら言われたことをそのままやってくれるタイヤとか、車のボディとかも、目立たないですけど必要ですよね。
——入社時に使った性格診断などを、人事が現場のマネージャーに共有していくことが大事ですね。
勅使川原:選抜を選抜で終わらせないというか、組み合わせはまさに仕事の運営の部分なんですよね。今そこが途切れちゃっていると思うので、優秀かどうかで選抜して、あとは現場任せみたいな人事が多いと思うんです。そこでもうちょっと個人の性質とかを共有する必要があると思います。