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作家・ジャーナリスト 佐々木俊尚氏と考える、「Web3とメタバースは人間を自由にするか」(全5記事)

「ペーパーレス=DX」という誤解が、日本企業の遅れを招く テクノロジーを怖がる日本人と、「抽象化」が進んだ社会の行方

スタートアップカフェ大阪が主催したイベントに佐々木俊尚氏が登壇し、新著『Web3とメタバースは人間を自由にするか』の出版記念イベントが開催されました。メタバースやWeb3などの技術進化で私たちの暮らしはどう変わるのか、GAFAMと呼ばれる巨大IT企業のサービスを使い続けると人々の生活はどう変わるのか、さまざまなテーマについて議論しました。本記事では、日本人がテクノロジーに対して抵抗感を示す理由や、テクノロジーが進化した未来の姿について語っています。

優秀な人は「優秀じゃない人」のことを想像していない

佐々木俊尚氏(以下、佐々木):起業家界隈というか、Webやテックの起業家の人たちとたくさん付き合って仲良くしてきて、議論もいろいろしてきたんだけど、あの人たちはもちろんみなさん優秀なんですよね。

優秀だからこそ起業家になれるんだけど、優秀すぎて「優秀じゃない人」のことを想像していない。だから、ほぼ100パーセント彼らはリバタリアンですよ。

リバタリアンというのは、極端に言えば「国が介入して福祉なんかする必要はない。それよりも、新しいテクノロジーでバンバン新しい市場を作ればみんなが幸せになれるんだ」「生活保護や社会保険とか、そんなものは必要ねぇ」という考え方で、弱者に対する目線がむちゃくちゃ薄いのが特徴なんです。

特に今の40代、1970年代生まれぐらいの起業家たちって、就職氷河期世代なんですよね。就職氷河期で、就職しようにもぜんぜんできなくて、その中でもがき苦しんで起業して会社を大きくしてきた人たちなので、生存バイアスがすごいんです。

要するに「俺は優秀だからここまで勝ち抜けたんだ」「非正規雇用とかで悶々としているやつは、お前ら人間がダメだからそんなんになっちゃったんだろう」という、自分の優秀さに対する過剰な自信を持ってしまっている。

だから、「うまくいっていない人は全員みんな敗残者だ」という感覚の人がすごく多いんですよね。弱者に対する目線が弱すぎる。

テクノロジーは、強者にとって幸せなものになりがち

佐々木:テクノロジーって、強者にとって幸せなテクノロジーになりやすいんだけど、やはりそれではダメです。

今の日本で働いている人の4割は非正規雇用で、「アンダークラス」と言われる収入が200万円以下の非正規雇用の人が1,000万人以上いる状況の中で、どうやったらあらゆる人が幸せになれるのか。

弱い状況に置かれてしまっている人に目線を配れるかどうかはすごく重要な話なんだけど、なぜかWeb3とかテクノロジーの議論ではまったく言及されないんですね。極端に言うと、みんな金儲けの話しかしないわけですよ。

僕はその状況がすごく嫌で、弱者に対する目線を忘れたテクノロジーなんて、世の中に対して良いことが少ないと思っています。だからテクノロジーは進化させながらも、弱者に対する目線を持つ。

一方で「テクノロジーけしからん」「江戸時代に戻れ」みたいな人もいるわけじゃないですか。そういう人も、やはり弱者のことは気にしていないわけです。特に高齢富裕な人が「みんなで貧しくなればいいのよ」と言うんだけど、みんなで貧しくなって最初に死ぬのは弱者です。

あなたたちは田舎に別荘を持って、貯金もたんまりあるから死なないかもしれないけど、そんなことが言えるのは金があるからだよね、というか。

弱者のことを忘れない、テクノロジーのあり方

佐々木:「昔に戻ればいい」「テクノロジーけしからん」という人は弱者のことを忘れているし、「テクノロジーをガンガン進めよう」と言っている起業家も、やはり弱者のことを忘れている。

だからこの議論は、どこでも圧倒的に弱者のことが忘れ去られている状況なのが非常に悲しく、けしからんことだなと僕は思っていてます。

「そうじゃない新しいテクノロジーの方向性を考えましょうよ」というのが、ある意味この本の最大のメッセージなんです。だから、たぶんあっち(弱者を忘れている起業家や富裕な人)からはあまりウケない、という問題もあるわけなんですけれども。

財前英司氏(以下、財前):この回答が「関係と承認」のところですよね。多くの人はそこまで強くないし、そんなにみんなが何でもできるわけじゃないので、テクノロジーによる関係と承認でそういう人たちも一緒に暮らしていける社会をつくろう、みたいな。

京都に永観堂というお寺があって、そこに「見返り阿弥陀」という有名な振り返っている仏像があるんですが、この本を読んだ時に佐々木さんがその仏像に見えました(笑)。

佐々木:ありがとうございます(笑)。

財前:まさにWeb3とかテクノロジー、AIがこれから発達して、世の中がどんどん変わっていく中で、不安をすごく煽られる部分はあるんですよね。その中で我々はどうしていったらいいんだろうか。やはり、その変化についていけない人もいっぱいいるので。

佐々木:そうなんですよね。

財前:この本(『Web3とメタバースは人間を自由にするか』)には、今言ったような「承認と関係の社会をテクノロジーによって実現していく」といったことの詳細が書かれているので、非常に見守られている感じがする本でした。

佐々木:ありがとうございます。

DAO(分散型自律組織)の将来性について

財前:というわけで1時間が経ちましたので、いろいろ聞きたいこともあるかとは思いますが、質問のある方はいらっしゃいますか?

「もうちょっとここについて詳しく聞きたい」とか、今日はあまり本の中身の詳細についての言及はしていないので、またお読みになっていただければと思うんですけれども、お話を聞いた中で質問等があれば。(内容に)関連することであったら大丈夫です。

質問者1:ありがとうございました。DAO(分散型自律組織)について質問をさせていただきたいんですが、Web3について調べている中で、DAOについて「自動的にプロトコルで制御されたコミュニティで、みんなが自己中心的に利益を求めても成立するコミュニティ」みたいな説明があったんです。

DAOって成長していくとそういうふうになるのかな? と思っていたので、佐々木さんの考えを教えていただきたいなと思います。

佐々木:ある意味、DAOの考え方って古典的な経済学みたいなもので、「みんながお金儲けすると、市場原理によってうまく市場が成立する」という考え方なんですね。でも、この何十年かは古典派の経済学ってすごく批判されていて。

要するに、人間というのはそんなにルール通りには動かないよねと。一方で行動経済学みたいな、人間の行動は複雑でよくわからないところがある。その「よくわからないところ」をもう少し解き明かそうという、新しい経済学が出てきたりしています。

結局そう言いながら、人間って嫉妬心があったり、名誉欲があったり、あるいは友愛の心もあったりと、いろんな要素がさまざまに絡みあって1つの共同体は成立するわけです。

100人以上の組織は「人間の感覚を超えた共同体集団」

佐々木:いろんなスタートアップのベンチャーを見てきましたが、最初の段階でドリームチームみたいな会社だと、DAO的なものでうまくいっているようなものはたくさん見聞きしました。ところが、やはり(従業員数が)100人とかを超えてくると難しい。

ダンパー数という数字があって、人間の基礎的な共同体の人数はだいたい100人から150人と言われているんです。猿山の猿ぐらい。だから、たぶん昔の狩猟採集時代には100人から150人ぐらいの集団で移動生活をしていたんだろうなと思います。その人数に収まっていれば、DAOは成立し得るのかもしれない。

でも、これが1,000人、2,000人、3,000人とかになると、人間の感覚を超えた共同体集団になってしまうので、人の顔がわからなくなるんですよね。

昔、ホリエモンが「ライブドア(の従業員数)が100人を超えた時に、顔と名前が一致しなくなった」と言っていました。100人以下だと顔と名前が一致するんだけど、それを超えると顔と名前が一致しなくなる。

あと、もう1個彼が言っていたのは「100人を超えると文房具をちょろまかす奴が現れる」。要するに、お互いの友愛関係で仕事をやるんじゃなくて、「会社はお金を稼ぐ場所」「自分ごとではない場所」としか捉えなくなる人が出てくる。残念ながら、人間ってそういうものなわけですよ。

そこで、古典派経済学がイメージしているような「自由に行動すれば、利益を追求する行為によって全体のバランスが取れる」ということではなくなるんじゃないかな、という結論に達せざるを得ないのかなと思います。だから、少人数のチームで成立するDAOはありだということですね。

質問者1:納得しました。ありがとうございます。

ペーパーレス=DXというのは誤解

財前:他にどなたかいらっしゃいますか?

質問者2:ありがとうございました。「仕事の質が変わる」というところのお話なんですが、自分は採用支援の仕事をしていまして、「AIの台頭によって単純労働がなくなる」ということはいろんな本とかに書かれているので、認識はしているんです。

だけど、実際に日本ではどういう出来事がどのタイミングで浸透してくるのか、教えていただきたいなと思っています。

佐々木:要するにDXなんですよね、DXの本質はよく誤解されていて、いまだにペーパーレスをDXだと思っている人がいるんだけど、それはDXじゃなくてIT化なので、1990年代の話です。

日本にはペーパーレスさえ進んでいない会社がいっぱいあるので、今頃ペーパーレスをして、それを「DXだ」ってみんなが言っているという、かなり周回遅れの状況です。本来のDXというのは、AIを軸にして、AIに判断させることによって、さまざまなビジネスを最適化していくという考え方が本質なんです。

これがいつ日本社会で普及してくるかというと、すごくまだら模様だと思います。現状、すでに大企業にはすごい勢いで入り込んでいるんだけど、中小企業はまったくやっていないですね。

あと、もう1個の日本の産業の問題点として、AIを進化させるためには膨大なデータが必要なんです。例えば顧客データを売ったり、あるいは物を作っているんだったらその製造のデータだったりとか、このデータが圧倒的に足りない。

「データを扱うこと」に慣れてこなかった日本

佐々木:よく言われるんだけど、例えばExcelは「数字を機械に読ませる、標準化するためのツールだ」という認識が標準的なんだけど、日本でExcelというと原稿用紙の代わりにする会社が多い。神エクセルと言って、Excelで絵を描いている人がいたりとか、そういうふうになっちゃうわけですよ。

そうすると、Excelに入っているデータは経年変化で毎年同じデータのはずなのに、入っているセルの位置が違うとデータ自体がもう使えないわけですよ。こういうことが多すぎるので、データを扱うこと自体にあんまり慣れてこなかったこともあって、日本全体に普及するのは相当先なんじゃないかなと思います。

ただ、それだとどんどん海外勢に置いてかれていきます。そうなると人材が海外企業に流出していって、日本の誇る中小企業と含めて産業界全体を空洞化していくことにもなる。いずれは普及してくるんですが、日本の産業そのものが旧来の伝統的な企業に導入していくのは、相当ハードルが高い現状かなと思います。

海外企業にリプレースされてしまうのか、それとも日本の大企業を中心に再編をしてちゃんとデータを扱えるようにするのか。そういうことをいろいろ考えないと、答えとしては説明しづらい感じはします。ここは難しいところですよね。

財前:制度や仕組みって、けっこう経路依存症だと言うじゃないですか。過去に縛られるのがすごく強い気がします。

佐々木:そうですね。それはありますね。

財前:「ずっとこうしてきたから今までのやり方を捨てられない」みたいに、それが最適化されているじゃないですか。それが捨てられないから、DXだと言われても、なかなかそっちにいけないのはありますよね。

佐々木:本当はプロセスを変えればいいんだけど、プロセスを変えるのが嫌だからロボット化みたいなことをして、プロセスはそのままでIT化する。そういうことをしちゃっているから、なかなか難しいですよね。

質問者2:ありがとうございます。

ジャンルにこだわらず、漫画からも「知」を得る

財前:せっかくなので、この機会に聞いてみたいことでもけっこうです。来ている質問でいうと「ふだん意識されて読んでいる本のジャンルを教えてください」。

佐々木:ジャンルはまったくこだわらないようにしています。小説はそんなに読まないけど、漫画からありとあらゆるものまで読んでいます。結局、どこに自分の欲している「知」が転がっているのかは、本当にわからないですよね。

よく、古い知識人で漫画とかを馬鹿にする人がいるんだけど、最近の日本の漫画とか、それこそ『チェンソーマン』や『進撃の巨人』とか、ああいうのを見ていると、日本の古臭い文芸小説よりも、ずっと世界観がすごいじゃんって感じるわけです。だから、いろんなところでいろんなものを学ぶ姿勢が大事じゃないかなと思います。

財前:ありがとうございます。ちなみに、佐々木さんが情報の収集をどうやってされているのかというのは、前のイベントの時の本にも詳しく書かれています。

佐々木:そうですね。『読む力』という本に。

なぜ日本人は、テクノロジーへの抵抗感を示すのか

質問者3:お話ありがとうございました。「他の国に比べて、日本人はテクノロジーに対する抵抗感が大きい」というお話が出てきて、実際にそう感じるんですけれども、その原因は何で、解決するにはどうしたらいいのでしょうか。

佐々木:とても良い質問なんですが、それはよくわからないんですよね。総務省の情報通信白書の編集委員会でも毎回その話題になって、「なんででしょうね?」と議論になるんだけど、確たる答えがない。

1つ言えるのは、日本が一番輝いていた時代は1960年代から1970年代、1980年代ぐらい。1970年に大阪万博というのがありました。「人類の進歩と調和」というスローガンで、正しく科学を前面に打ち出した博覧会だったわけです。

だけどあの頃、ちょうど同時に水俣病とか公害問題がすごく悪化していて。テクノロジーがあまりにも進化してしまうと、逆に社会にとって悪いことが起きるよねという反省点が、当時万博の裏側でメディアですごく語られていたんです。

確かにあの当時は「科学技術が進みすぎると、一方でネガティブの効果がある」という話は間違いではないというか、極めて正しかった。「科学技術が人を幸せにするわけではない、逆に不幸せにするんだ」という話が、50年経った今も根強くメディアの空間の中にしがみついています。

新聞・テレビ・出版の人に会うと、みんな「テクノロジーは人を幸せにしない」とか言いたがる。この構図はすごく強いかな。だから、メディアの影響はけっこう大きいんじゃないかなとは思います。

実在する「物」を好む日本人

佐々木:もう1個は、日本が高度経済成長で作ってきたテクノロジーである「製造業」です。テレビCDプレーヤー、DVDプレーヤー、VHSだったりとか、いわゆる「物」だったんですよね。物について我々はわかりやすいんです。

日本人は物が好きじゃないですか。例えば、世界的にとっくにCDが廃れていた2000年代、日本だけCDが以上に売れているのが続いていたり。

最近もアメリカのメディアで年に1回ぐらい必ず記事になるんだけど、「みんな驚き。日本ではFAXを使っているぞ」という記事が必ず出るんです。FAX機が好きだったりとか、あれも「物」なわけですよね。

ところが2000年代に入ってからインターネットが普及して、テクノロジーが物じゃなくなっていく。例えば音楽もそうですよね。みんな、SpotifyとかApple Musicで聞くでしょ? あれって物がないんですよ。スピーカーはあるけど、どこから音が聞こえているのかわからない。これは、昔は誰もイメージしなかったんです。

僕は昔からSF映画を見るのが好きで、今でも1970年代、1980年代のSF映画を見ると思い出すんだけど、当時のSF映画の中で描いていた未来世界でいうと、今でいうSDカードみたいなチップを何かの機械に挿して音楽を聞く、というふうになっている。

当時はレコード大きかったから、それがどんどん小さくなるというイメージはあった。ところが「クラウドに入る」というイメージは誰もできなかったんですよね。

「クラウドに入る」というのは、まさに抽象化されていくわけです。今のテクノロジーは物ではなくて、すべて「抽象」なんです。AIも抽象だし、どんどんテクノロジーが進化すると、いずれはスマホも100パーセントなくなります。(スマホが)ARの眼鏡に変わったり、最後は本当にどこにあるのかわからなくなる。

デバイスが消滅し、抽象化が進んだ未来

佐々木:みなさんの家にもスマートスピーカーってありますよね。「Hey Siri」と聞いたりとか、「Alexa」と言うと電気を消してくれるやつ。あれも今はスピーカーという「物」だけど、もはや別にスピーカーである必要はないわけですよ。

そのへんにスピーカーやマイクが埋め込まれていて、宙に向かって「Alexa、明日の天気」と聞いたら、宙空から「明日は晴れです」と返ってきてもぜんぜんかまわないわけです。そうすると、テクノロジーがどんどんバックヤード化して見えなくなっていく。

デバイスが消滅していくというのが、たぶん未来なわけですよね。つまり、どんどん抽象化が進んでいるわけです。抽象化が進んで物じゃなくなっていくのが、日本人には理解できない。日本人にとって(テクノロジーは)“文房具”なんですよ。物だと思っているから。手先、手の延長みたいな。

だから、Excelを標準化のための技術として考えないで絵を描いちゃったりするのは、そういうことなんじゃないかなと思います。すべてが文房具扱いなんですよね。たぶんこれが、日本人が今のテクノロジーについていけない1つの要因になっているのかなと。

みんな職人気質なんですよね。江戸時代からからくり人形とかを作っていたじゃないですか。我々の民族にはああいう血が綿々と流れていて、細かいものを一生懸命作るのは好きなんだけど、抽象的なプラットフォームとか概念を生み出すのは非常に苦手なところはあるのかな。

抽象化して見えなくなってくることに対する漠然とした不安みたいなのが、「怖い怖い」になっているんじゃないかなと、個人的なイメージとして考えているところではあります。だから、対策方法はないです。

財前:(笑)。

質問者3:ありがとうございました。

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