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日本にはなぜPMが足りないのか? 広木大地氏に聞く「エンジニア組織にマネージャーが必要な理由」(全4記事)

なぜプロダクトマネージャーが打ちのめされて、辞めていくのか “プロダクトマネージャー万能説”の裏にある誇大広告

日本では、常にエンジニアが不足していると言われます。特にエンジニアの知識を持ちながらマネージメントもする人が足りてないと言われます。そこで、『エンジニアリング組織論への招待』著者の広木大地氏に、日本の企業におけるプロダクトマネージャーの重要性、そして今の日本のエンジニア組織に必要なものについてうかがいました。最後はプロダクトマネージャーのキャリアについて。前回の記事はこちら。

問題を解決したいと思ったら何を使うか

藤井創氏(以下、藤井):時間が迫っているのでこれが最後になります。キャリアとしてのマネジメントについてうかがいたいと思います。マネジメントのところで、プロダクトマネジメントなどいろいろな言葉がありました。もしそれを自分が任された時に、どのようなことに気をつければいいのか、どのようなことを考えればいいのか、教えてください。本を読めばわかるのですが(笑)。

(一同笑)

広木大地氏(以下、広木):まぁ、そうですね。本を読んでください、と。

(一同笑)

藤井:エンジニアも、エンジニアのスペシャリストとしてやり続ける人もいれば、マネジメント経験のようにいろいろなキャリアを積んでいく人もいると思います。

広木:もともと自分もエンジニアとして入社しました。スペシャリストコースがあって、マネージャーにならなくても給料がちゃんと上がり、マネージャー並みになっていくコースで、スペシャリストとして認められていきました。そちらのほうでキャリアを作っていく数年間を過ごしました。

ただ、スペシャリスト・個人貢献者・Individual Contributorとして何かを還元していく中で、会社を立て直すことを考えようと思ったら、もうちょっと人を巻き込んだほうがいいと思うようになりました。そこで、自分のキャリア自体をマネジメントに転換することをしたのです。それからマネジメントをやっていくようになったので、最初からマネジメントをしようと思っていたわけではありません。

目の前にある問題を解決しようと思った時に、コンピューターにやってもらいたいからAWSに指示するようなものです。自分が会社や日本社会の問題、目の前にある問題を解決したいと思ったら何を使うか、そういった視点で僕はフラットなのです。

コンピューターに頼めば済むことであればコンピューターに頼むし、人間に言ったほうが効率が良いことだったら人間に言います。人間をマネジメントするほうがすごく手間だと思うことがあれば、コンピューターでできる方法はないかと考えます。

武器が多いほうがいろいろなことができる

広木:選択肢として両方持っていると強くなると思います。なので、「プロダクトマネージャーをやってみない?」と言われる機会があった時に、わざわざそれをキャリアにとってどうかと考えるのではありません。今、目の前にあることを解決したいと思っているなら、そのために必要なオーソリティ・権限がツールとして必要であれば選べばいいと思います。

1つの世界だけを見て「自分はスペシャリストになりたい」と思うのも、なにか違うのではないかという気がします。単純に、武器が多いほうがいろいろなことができます。だから、1回ぐらいやってみてもいいじゃないですか、と思います。その武器をもうちょっと育てるもよし、向いていない、嫌だと思ったら、また戻ってもいいですし。

戻ってみたけれども、目の前に解決しなければならないことがある。不得意であろうが何であろうが、ちょっと勉強してみようかと思ったら、またマネージャーをやればいいのです。例えるなら振り子みたいなもので、行って戻ってを繰り返してもいいと思っています。

逆に「マネージャーになりたくない」という声もあります。これは若い人、いわゆるZ世代全般でよく言われる話です。「出世してもいいことないし」という話のことだと思っていて、それはエンジニアのマネージャーとしてどうのというより、そもそも「スペシャリストにもならなくていいや」という話だと思うのです。

無理して給料を上げたいわけではなくて、つらい思いをしたいわけでもない。まぁ、そういった人生観もあるでしょう。それはそれでぜんぜん考え方としてはいいと思います。自分に何かやりたいことがあって、解決する手段として欲しい、やっていないことをやってみたらおもしろいかも、そう思うのであれば、1回やってみてもいいのでは? ぐらいの気持ちで、キャリア相談の時には回答しています。

藤井:要するに、やりたいことがあるならそれはどの方法でもいい。エンジニアでやるのもいいし、マネジメントで進めていってもいい。やりたいことをまずはやる、という話だと思いました。

VPoEとCTOの違い

藤井:時間もギリギリになってきたので、最後に質問の回答をお願いします。「VPoEの役割・概念はアメリカにもあるのでしょうか?」という質問が来ています。いかがでしょうか?

広木:英語なんでね。

(一同笑)

ただ、ちょっと勘違いされていることはあると思います。VPoEとはVice President of Engineering、あるいはVice President of Engineersです。Vice Presidentを直訳すると副社長です。副社長という言い方をするとちょっとわかりづらくなりますが、あるラインの長のことです。

Vice President of ProductなどをはじめとしたVice President of ○○は、ある部門の執行を担当している本部長などの役割に近いです。なので、ボードではないが執行のメンバーとして、その部門の長として頼みたい人が、Vice Presidentの役割を受けることが多いです。経営より執行の役職といえます。

藤井:なるほど。

広木:なので、CTOより少なくとも組織階層では下にいることが多いのがVPoEです。それに対して、日本国内では両者が並立しているというとらえ方をすることがしばしばあります。つまり、CTOはテクノロジーの担当をやり、VPoEは組織面にフォーカスしてマネジメントするという考え方です。それは別々の職であると。別々の職なのは間違いないのですが、現実には組織階層上、経営はCTOであり、執行はVPoEと分かれていることになるかと思います。

VPoEへの勘違い

広木:なぜ、日本ではやや並列に扱われるかについてです。CTOはテクノロジーのビジョンやテックで投資すべき項目を決めていきます。経営とテクノロジーの間にある諸問題においてビジョナリー的要素を解決していきたいと思った時に、マネジメントできるとは限りません。そちらの要素の強い人が若いチームにいると、組織として未成熟なことがあります。

そうすると、マネジメントできるかというとできない場合があるのです。そういったことが起きた時、CTOのような役割をなんとかしようとします。ちゃんとマネジメントしてくれる気の良いおっちゃんを見つけても、「それはCTOの下?」となります。いい歳した人を若い人の下につけるのは、それはそれでいかがなものかと。

日本的なとらえ方の結果、CTOもVPoEも執行役員となります。そのような並立制を採用するという苦肉の策を選んだ会社が一定数あったというわけです。それを勘違いして、VPoEは組織やマネジメントを見る役割、という並列的とらえ方をしている人がいます。

藤井:海外で言われるVPoEと今の日本にある程度いるVPoEは、役割や考え方がそもそも違うのですね。

広木:若干、勘違いしている部分はあると思います。勘違いしていないところもたくさんあるので、VPoEの概念がすべて誤解に満ちているとは言わないです。全体的にはわかっている状況が9割で、残りの1割ぐらいが「あれ、なんでこれがVPoEなの?」ということで、ちょっと誤認されていることもあると思います。

藤井:なるほど。わかりました。質問の回答になりましたでしょうか?

本当だったら使い回せるほうがいい

藤井:コメント・感想も届いています。「一時的にソフトウェアベンダーに開発してもらって、世代が変わったら取り壊して負債も含めて作り直すというのが、家屋に似たところがある」という意見をいただきました。

広木:確かに。その観点はありますね。例えば、法隆寺と同じように式年遷宮をしましょうということです。償却されるから、ベンダーに作り直してもらいましょう。そういう意味では、石造りのものは作らないほうが良いかもしれないので、作り直す前提でやるのはあり得る話ではあると思います。ただ、5年ぐらいで技術セットがまるっきり変わってしまうわけではないし、腐るわけでもないから、本当だったら使い回せるほうがいいとは思います。

jQueryで書いているサイトはもう古いからBackbone.jsで書き直そう、それももう古いからAngularで書き直そう、Angularでも古いからNext.jsにしましょう、これを5年ごとぐらいにやっておけば、ベンダーも食えるし新しい技術にもなるし良い、といった考え方は豊富なお金があれば良いと思います。

藤井:確かに(笑)。永続的な感じでいろいろな方法を考えるのは、確かにありだと思います。

プロダクトマネージャー万能説

藤井:もう1つ質問があって「僕の会社でプロダクトマネージャーの採用がかけられていて、期待されて入社するも、打ちのめされて辞めていく人をたくさん見てきた」と、あります。

広木:(笑)。

藤井:「こういう状況を避けるために、どのようにしたらいいでしょうか?」ということですが、どうでしょうか?

広木:会社として、まずなぜ「打ちのめされちゃうの?」と。ポジティブな理由とネガティブな理由の両方がありそうです。

藤井:確かに。

広木:でも、ネガティブな理由だったらなんとかしてあげたいですね。1つには、プロダクトマネージャー万能説が一定程度あります。アジャイル万能説と一緒です。何か新しいことをする時に「やろう!」と言うためには、誇大広告を打って回らないといけません。その結果、誇大広告を打って失敗して、そのキーワード自体が「んん……」となることは往々にしてあると思っています。

それが誇大広告にならないためにはどのようにしたらいいかというと、本当はこういうものという体感がある人が意思決定するしかないのです。その体感がない状態のままでやるから、どうしてもおじいちゃんたちにもわかるように説明しなければならなくなります。「アジャイルというのはね、生産性がとても高いんだよ」という話をする必要が出てきます。

それに失敗したら今度は「プロダクトマネージャーがいないとね。プロダクトマネージャーはGoogleにもいるからすごいんだよ」などと言わなければならなくなります。Googleにいるなら採用しなきゃと言って採用したのはいいけど、プロダクトマネージャーは打ち出の小づちでもドラえもんでもありませんから、「何も解決しなかったね」と言われてしまうのでしょう。

ポイントは何かというと、そもそも事業は今までの経験でもできるぐらいソフトウェアビジネスに詳しい人がちゃんと取り仕切らなければならないのです。その中にプロダクトマネジメントの能力がある人たちも取りそろえないといけないし、エンジニアもそういった人たちで内部化していかないといけません。そういった地道な作業が必要な部分に想定以上に壮大なコストがかかってしまう。そこではないでしょうか?

本を書いているぐらいだから僕はアジャイルのことが好きです。だから批判はしたくありません。一方で、アジャイルの誇大広告にやられて傷ついて「アジャイルって言わないでください」「拒否反応がある人がいるんですー!」というのもけっこう見かけます。

藤井:はい(笑)。

広木:「銀の弾丸はない」という極めて古典的なフレーズで終わります。銀の弾丸があるかのような説明をして人を呼んでも、良いことはないです。

藤井:事実を等身大でちゃんと伝えることが大事なのですね。

広木:そうです。

藤井:時間もオーバーしてしまったので、このあたりでQ&Aも終わりにしたいと思います。広木さん、今回は本当に貴重なお話をありがとうございました。非常におもしろい話ばかりで、私もついワクワクして聞いてしまったので長くなってしまいました。また、参加してくれたみなさまも、ありがとうございました。

広木:ありがとうございました。

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