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なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか 〜GooDay柳瀬社長にきく~(全3記事)

売上低下に終止符を打ったのは、社長自ら取り組んだDX推進 社員と「共に」学ぶことで実現した、デジタル人材の育成

2008年時点では社内でメールもインターネットも使えなかったという、九州中堅のホームセンター「GooDay」を運営する嘉穂無線ホールディングス。2016年より同社の社長となった柳瀬隆志氏は、そんな状況を見かねてDX推進を開始しました。ローカル企業が日本有数のDX企業になるまでには、いったいどのような施策があったのでしょうか。本記事では、DX推進を進めるための人材育成の重要性について語っています。

人材育成に欠かせない、社員のリテラシー向上

柳瀬隆志氏(以下、柳瀬):あとは、単純に仕組みを作っても、実際に使える人材がいないと意味がなくてもったいないので、今は人材育成に力を入れています。研修のプログラムを作った人事部の人間が書いた目標なんですが、「日本の小売業で一番データを使いこなす人材を育成・保持する『データドリブン小売業』になる」ということを目指しています。

この目的ですが、経営の方針としては「ITを使ってデータを活用して、データドリブン経営をしていきましょう」ということを挙げています。これを実現するためには、実は社内の人材育成、特に社員のリテラシーの向上が非常に大事です。

例えば私が統計的な話をしたとしても、聞いている側が理解できないと、日本語をしゃべっていても違う言葉に聞こえてしまうぐらい、ぜんぜん意思疎通ができない。基本的なリテラシーを向上させようということで、社内の研修にも力を入れています。

研修プログラムの概要ですが、今は初級編のプログラムを作って裾野を広げる活動をメインにやっていますが、各部署から1名ずつ受講するようにしていて、約10名が参加しています。例えば統計の分布、基本統計量、相関や分類のやり方、Tableauの基本的な使い方、Google WorkspaceやGASを(操作)できるようにする研修をやっています。

中級編ではもう少し難しいことをやっていて、R言語でちょっとした主成分分析のプログラムを書くとか、クラスタリングができる社員を育成しています。あと、SQLを書いて簡単なデータの操作ができたり、Pythonで機械学習のコード書ける人間を中級と位置付けて育成しています。私は一応、中級編ぐらいはできるかなと思っています。

どこに人事異動しても大丈夫なように、社員のスキルを底上げ

柳瀬:実際に複雑なことを社内のプロジェクトでやる場合には、上級編を受けてもらいます。中級編ぐらいの知識のあるメンバーは、実務で使わないとなかなか上級にはなれないということで、「研修では教えられない」「実務じゃないと教えられないよね」とは言っていますが、そういうレベル設定などを通して社内の教育を意識しています。

4月から新入社員が入ってくるので、新入社員研修から初級編を受けてもらって、1年目から基礎知識として学んでもらおうかなと思っています。

こういうことができるようになると、どんないいことがあるかというと、すごい知識やすごい技術がなくても、実は小売業はデータ活用する局面がたくさんありますので、データ活用できる人材を増やしていきたいなと思っています。

それから、人材育成してもすぐ異動が発生してしまって、ある部署で人材が枯渇することになるので、その底上げをするためにも人事異動しても大丈夫なように、人材をどんどんプールしていこうということを、今やっています。

やってみて思ったことは、意外と興味を持って勉強する社員や自主的に勉強する社員が増えてくるということです。社員の学習意欲を高めるためにも、こういうことをやっていくとやっぱり効果があるんだなと実感しています。

そうこうしているうちに、実は他の会社でもニーズがあるんじゃないかなということで、当社でやったこととまったく同じことを外部向けにやろうということで、カホエンタープライズという会社で2017年から事業としてやり始めました。

いわゆるDXの推進で、各種システムのクラウド化だったり、データウェアハウスを作ってBIをつないで分析する仕組みを構築したり、さっきの研修のように人材育成をお手伝いしますよというのが、この会社の事業になっています。

低下していた売上が、DXに取り組んでからは右肩上がりに

柳瀬:僕らの強みとしては、実際に我々が手を動かして日々こういうプロジェクトを社内でやっていますので、いろんなお客さまから問い合わせを受けて具体的な提案を求められても対話ができるということです。

もともとはメールもなかったような会社なので、IT会社じゃないところからDXができているため、「できないんですよ」というところ(企業)に対しても、「ぜんぜん大丈夫です。僕らもできなかったです」と言えるのかなと思います。

それからカホエンタープライズに入ったエンジニアはみんな、データベースやGoogle Cloudに詳しいので、いろんなクラウドサービスについても問題なく対応できます。ということで、実際に事業会社としての経験があるDX提案ができるのが強みかなと思います。

ただやっぱり「クラウドやBIは難しい」という会社さんも非常に多いので、あまり難しいことを考えずに使えるサービスとして、「KOX(コックス)」というデータ分析サービスを提供しています。これを低コストで提供していくことにも力を入れています。裏側をGoogleのBigQueryとTableauで動かしているので、我々がやっていることとほぼ同じことができます。

最後に結果としてどうなったのかという話ですが、因果関係がどのくらいあるのかわかりませんが、2000年以降ずっと下がっていた売上が、2015年からDXに取り組んで、右肩上がりでどんどん上がってきている状況です。

特に去年はコロナ禍で巣ごもり需要が発生したので、ホームセンター業界は全体的に良いですが、去年1年間の売上の伸び率は全部のホームセンターの中でも当社が一番伸びていたと聞いています。あとは無駄なことを省いているので、利益は売上以上に伸びているというのが当社の状況です。

DX推進に対して、意外にも意欲的な社員が多い

柳瀬:それから先ほど申し上げたように、もともとメールもITもまったく使えない人ばかりだと思ってましたが、今は各お店の店長も、Tableauのデータを見ながら日々対策を実行してくれるようになっています。

現場発でTableauを使って分析してみた結果、「こんなことに気付いたので他の店でもやってみましょう」という事例がたくさん増えてきていて、細かい工夫の積み重ねが当社の売上アップ、もしくは利益のアップにつながっているんじゃないかなと感じています。

それから人材育成ですね。今、社内の人材と中途の人材の両方がいるんですが、お店で物を売っていた社員にTableauの使い方や統計のことを教えると、意外と「実は僕、こういうの好きだったんですよ」という社員が現れて、現場の人の話を聞きながらいろんなダッシュボードとか作ってくれると、やはり現場感があって非常に重宝がられています。

もともと中途にはほとんどエンジニアがいなかったんですが、最近入ってくる社員はクラウドやデータウェアハウスに関心がある人が入ってきて、レベルもかなり上がってきているんじゃないかなと思っています。

いろいろやってみて感じたことは、我々の会社はITをまったく使っていなかったですが、私自身が関心を持ってやっていると社員も非常に賛同してくれるというか、一緒になってがんばってくれていたので、やはりリーダーシップはとても大事だったんじゃないかなと思います。

いろんな課題が現れて、最初のうちはそれこそ「みんな使ってくれない」「どうすれば使ってもらえるんだろうか」と試行錯誤していたんですが、うまく行き始めて現場の人から感謝されると、それを糧に社員の成長も実現できている気がするので、意欲ある社員のバックアップは非常に大事だなと感じました。

社員と共に学ぶことで、結果的として売上向上につながる

柳瀬:もう1つ、データ分析に取り組んでよかったなと思ったことは、やっぱり新しい分野なので日々いろんな技術ができたり、いろんなサービスが出てきます。

私自身もGoogle Cloudやデータベースとか、AIの機械学習の仕組みを学ばなきゃいけないと気付いて、かなり本も読みましたし、勉強したなと思っています。そういうことを社員と一緒にやると、学んで成長する実感を持つ社員が出てきて、これが社員と組織の成長につながって、会社の売上が伸びるんじゃないかなと思っています。

このあたりの話は、今日の講演のタイトルにもなっています『なぜ九州のホームセンターが国内有数のDX企業になれたか』という本にもありますので、ご興味のある人はぜひ読んでいただければと思います。

ちなみに帯はワークマンの土屋(哲雄)専務に書いていただきました。私は直接お会いしたことはないんですが、私の前職の三井物産の先輩ということもあり、編集者の方からご紹介していただいてオンラインで対談をやりました。

そこで非常に興味を持ってもらって、「いろいろ情報交換していきましょう」という話になったりしています。とりあえず、私の活動の紹介は以上になります。どうもありがとうございました。

宮崎善輝氏(以下、宮崎):どうもありがとうございます。DXの成功事例として、教科書のようなレベルで非常にきれい(なお話)だなと思いました。先ほどの人材のところで、さっそく質問のお話ができたなと思うんですけどよろしいでしょうか。

柳瀬:はい。

宮崎:DXとは何かというと、技術もさることながら企業改革が本質なんだろうなと思います。今までメールもExcelもそんなに(使ったことがない)という方々が、いきなりTableauを扱うのは本当にすごいなと思います。

ツール導入にあたり、1年前から下準備を開始

宮崎:末端の若い人はまだしも、中堅の年齢層が高めの方々の、最初の反応はどんなものでしたか? それに対してどのようにアプローチをされていったんでしょうか。

柳瀬:実は、Tableauの最初の社内のユーザーは私なんですよ。全社員に使わせるまでに1年くらい下準備をずっとやっていて、さっき「毎週勉強会をやっていました」と言っていたのは、1年間の下準備の時にやっていたことです。

普通に「みんな、Tableauという便利なツールがあるから使ってね」と言うだけだと誰も使わないし、私が一番危惧していたのは、使ってみた結果自分のスキルが足りないが故に「これ使えないんだよ」となってしまうことでした。だから、最初の1年間はデータの整理とか、現場で使うにはどのようにしたらいいのかということを、ずっと社内で相談しながら準備していたんですよね。

自分でやっていて思ったのは、Tableauうんぬんの前に、データのスキルをちゃんと身につけておかないといけないということです。例えば、とても変な話に聞こえるかもしれないんですが、うちの会社のシステムでは売上や在庫のデータはすぐに集計されたものが出てきたのに、仕入の数字はすぐ出てこなかったんですよね(笑)。

それはなぜかというと、基幹業務システムは基本的に業務をすることだけに特化して作られているので、発注のデータはあるんですが、それを一定期間で集計している仕入のデータはないんです。現場からニーズがなかったからだと思うんですけれども。

本当は仕入と売上と在庫のバランスを見ながら、在庫や仕入のコントロールをしていかないといけないんですが、そういうデータがなかったのです。DXという名前は派手なんですが、毎週プログラムで計算して仕入のテーブルを作るという、けっこう地道なデータの成形と整理をずっとやっていました。

社長自身もすべてのデータの所在地を把握

柳瀬:あともう1つ危惧したのが、「Tableauで何でもグラフ化できますよ」という話をすると、今までのように帳票や図表をいっぱい作る人がまた出てくるんだろうなということです。単にグラフや表を作って満足し、アクションに結びつかないこともあるだろうなと思ったので、実は最初はあまりバイヤーには言いませんでした。

もう少し統計の勉強をして、業務として現場に落とし込める状態までデータ整理をした上で、提供したほうがいいんじゃないかとプロジェクトメンバーと話をしていたので、きれいな状態にしてからデータを使うようにしました。

統計的な知識を踏まえた上でダッシュボードを作って、「ここのボタンを押すとこんなふうに画面が変わるから便利だよ」と共有したり、「ある特定の商品の売上と仕入のコントロールをすることによって、かなり在庫の回転率が上がりますよね」と、社内向けに事例化しました。最初は実績を出さないといけないので、けっこう工夫していましたね。

宮崎:非常に示唆が多いですね。触ってみたあとに、データ欠損のために「あれ、思うように動かないな。やめた」とならないように、一番手間のかかるところを地道にやられていたというのが非常に学びになると思いました。

柳瀬:意外とやってよかったことは、私自身が会社の中にあるすべてのデータの在り処と、テーブルのデータやマスタの持ち方を理解したことです。今まではシステム部の部長しか、うちの会社のデータがどこにどんなかたちで保存されているのかを知らなかったんですよね。

でもデータ分析をしようと思ったら、どこにデータがあるのか知らなければいけない。どこにデータがあって、どんな持ち方をすればいいかを私が全部わかっていれば、システムを本当に作らなきゃという時にも、具体的な仕様を書きやすかったというのはありますね。

中学生の頃、趣味で行っていたプログラム作成が活きた

宮崎:『マイコンBASICマガジン』を読んでいらっしゃっただけあって、そこのリテラシーがそもそも高かったんじゃないか。それが勝因の1つなのかなと思います。

柳瀬:でも、『マイコンBASICマガジン』のパソコンのプログラムを作っている時は、まったくプログラムの意味がわからなくて、ただ単に写経しているだけなんですよね。ずっとプログラムに興味があったんですが、何を使うのかぜんぜんわからなくて。

大学生の時に自分のWebサイトを作ってHTMLを書いていたくらいなんですが、あれはプログラムとはあまり言えないようなものですよね。僕は文系の人間だったので、コンピュータを使ってまで計算するタスクがなかったんですよね。せいぜいワープロやExcelでやるくらいで、具体的なプログラムを書いてやらないといけないタスクはあまりなかったんです。

でもデータを少し加工するために、ちょっとしたScriptをPythonで書くとか、R言語のサンプルプログラムでクラスタリングするというのは、もろに会社の経営の目的と合致するタスクでした。

例えば、お店の分類や商品をバスケット分析すると、どのお客さまがどの商品と一緒に買うのかわかるということは、まさに小売業の仕事をプログラムで解決できる事例だったのですごく関心が持てました。

ちょっと細かい話ですが、R言語やPythonはScript言語なので、1行ずつ動かしてすぐ実行結果が見えて、プログラムを書くコツが少しわかりました。いろんなことが作用して、中学生から40歳になってようやくプログラムが理解できたという感じですね(笑)。

社員からの反対意見もなく、むしろツールは必要不可欠なものに

宮崎:先ほど、プロジェクトメンバーと一緒にとおっしゃったと思うんですが、システム部門のお二人と社長さまと、他にはどういったメンバーで構成されていたんですか?

柳瀬:もともといたシステム部長は、そのプロジェクトには関与していなくて。

宮崎:なるほど。

柳瀬:直前に代わっていたので、やりやすかったのはありますね。私が最初にデータウェアハウスを触ったきっかけは、新しいシステム部長が、AWSのRedshiftというデータウェアハウスに「データをちょっと入れました。何に使えるかわからないけど、必要であれば何でも分析できるようになりましたよ」と報告してくれたことなんです。

最初はPentahoというオープンソースのBIツールで分析してみましたが、それを使うと毎回CUBEというデータセットを作らないといけなくて、結局システムの手を煩わせることになっていました。「こんなデータを見たいんだけど」と言うたびに、システム部に「ちょっと待ってください。データを準備しますから」と言われて、けっこう手間がかかっていました。

それがちょっと面倒かな、何か他の方法がないかなと思っていた時に「Tableauというのがあるよ」と教えてもらいました。Tableauを使うと、そういう事前の準備もなく簡単に分析ができたことが大きかったですね。

宮崎:その結果、ダッシュボードが3,000に増えたという。

柳瀬:そうですね。私もわからないですが。

宮崎:その組織の変化量がすごいです。

柳瀬:そうですね。本当にこの5年くらいで、社内のメンバーもみんな「TableauとGoogle Workspaceがないと仕事にならない」と言っていて。よく「反対はないですか?」と聞かれるんですが、反対どころかないと本当に困るツールになっています。有用性をちゃんと理解して使っているので、2つのツールがかなり深くうちの業務の中に組み込まれている感じですね。

宮崎:なるほど。

仕入れ業者に対してもシステムを開放

宮崎:先ほど前半でおっしゃっていた、仕入業者に対してもシステムを開放して200社のうち50社が使っている(というお話)。ちなみにあれはおいくらで開放されたんですか?

柳瀬:月額3万円から5万円で開放しています。

宮崎:なるほど、すごいですね。さらにこの投下コストを回収し続けている(笑)。

柳瀬:そうですね(笑)。

宮崎:素晴らしいですね。原価ゼロで利益だけ出すという、教科書的な事例です。

柳瀬:それはやっぱり、コストをかける以上にリターンがあればみんな使うよね、ということだと思います。ある程度の規模のところでないと、もちろん使われてはいないんですけれども、コストは回収できるのかなと思いますね。

宮崎:なるほど。売上におけるコロナの影響度合いを見るためにDXを推進した結果、経営のKPIに反応する割合でいうと、売上よりも現時点で利益のほうが非常に大きかったという感じですかね。

柳瀬:そうですね。

宮崎:特に在庫の適正化と、それにまつわる人的工数。紙をひと月に1万枚印刷するというのはなかなかのお話だなと思いました。そういったところを削減したんですか?

柳瀬:そうですね。あとは季節商品の処分をやっていますが、その値下げ額がけっこうな金額になっていました。

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