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機能とUIの進化はなぜ比例しない? UI研究者に聞く、使いやすさの本質とUIのこれから(全2記事)

「私たちは慣れに支配され、使いにくさに気づいていない」 UI研究者・増井俊之氏が語る“使いやすさ”の本質

誰もが気軽に電子機器を持つようになった今、私たちの生活はデジタルの恩恵で確実に便利になっています。しかし、UIは“よりよさ”を求めた結果、期待した評価とは正反対の声が集まること少なくありません。 そこで今回は、慶應義塾大学環境情報学部の教授で、予測型テキスト入力システム「POBox」やiPhoneのフリック日本語入力システムの開発者であるUI研究者の増井俊之氏に、UIの本質についてお話をうかがいました。まずは増井氏がUIに関わることになったきっかけと、使いやすさの本質について。

UI研究に関わるようになった流れ

ーー学生時代には電子工作やソフトウェアに興味をお持ちで、現在のUIにつながる研究は社会人になってから取り組まれるようになったとのことですが、もともとUIやデザインにご興味があったのでしょうか?

増井俊之氏(以下、増井):小学生のころからずっと電子工作が趣味で、デジタルおもちゃやアナログのミュージックシンセサイザを作ったりしていましたが、高校生のころに8008というマイコンCPUがインテルから発売され、それを使って部活のみんなでマイコンを作りました。

大学生のときは6809というCPUを使ったマイコンを作りました。当時、パソコンはまだありませんでしたし、プログラミング言語を使うことも、オペレーティングシステムを使うこともできませんでした。

その後、パソコンやUnixオペレーティングシステムを使えるようになってきたので、ソフトウェアに興味を持つようになり、コンパイラ関係の研究で修士を卒業しました。ソフトウェアの研究開発がやりたくて富士通に就職しましたが、IC開発部門に配属されてしまったのでシャープに転職しました。ここで、ウィンドウシステムを作ることになりました。1984年ごろのことです。

ウィンドウシステムというのは、ビットマップディスプレイにウィンドウやメニューを表示してGUI(Graphical User Interface)を持つアプリを作れるようにするためのプラットフォームです。

AppleのMacintoshが発売されたのが1984年ですが、そのころはGUIがようやく一般に普及しはじめたころで、Unixマシンの上で動くさまざまなウィンドウシステムが提案されていました。現在もLinuxマシンで広く使われているX11も、そのようなウィンドウシステムの1つです。

ウィンドウシステムを作ったり、その上で動くGUIアプリを作ったりしている時、開発環境やアプリケーションの問題に気づき、その改善について考え始めて現在に至っています。

ーー仕事として取り組んでいくうちに、UIを中心に取り組むようになった流れでしょうか?

増井:そういうことですね。そもそも当時は開発環境が貧弱だったんですよね。現在はソフトウェアやアプリは簡単に作れますが、当時はなかなか大変でした。ソフトウェア的に工夫できるところがたくさんあったので、ソフトウェアやUIを簡単に作るための環境について研究していました。

「Gyazo」「Scrapbox」などの開発経緯

ーーなるほど。増井先生はこれまでに「Gyazo」「Scrapbox」など、いろいろなツールを開発されていますが、これらは何か別のものを開発している最中に生まれることが多かったのでしょうか?

増井:例えば「POBox」という予測型テキスト入力システムは、テキスト入力システムを作ろうと思って作ったのではなく、検索システムを作っているなかで生まれたものです。辞書検索のUIを工夫していたとき、意外と単語検索は簡単だと気づきました。

検索文字列が間違いを許すあいまい検索技術や、検索文字を入力するとすぐに結果を返すインクリメンタル検索技術などを実験しているうちに、これは文字入力に使えるんじゃないかと思ったわけです。

Gyazoの場合は、もともと画像認証というシステムを作ろうとしていて生まれたものです。個人認証といえばパスワードを使うのが一般的ですが、パスワード文字列は忘れてしまいやすいので、忘れにくい絵や写真を使って認証を行なう、というのが画像認証のアイデアです。

このとき、自分だけが持ってる画像を利用したいわけですが、そういうものを集めるのはけっこう面倒でした。そこで、画像キャプチャを簡単にする方法を工夫して、Gyazoを作って実験したところ、それが認証と関係なく便利だということがわかってきたわけです。いろいろ実際に作って使ってみるうちに、発想が出たことになります。

でも、実際にはそういう流儀の人ばかりではないようです。例えば、某大企業の研究所では、「こういうのをやるぞ」と決めたら、仕様書を書いて発注を行ない、その後の開発には関わらないのだそうです。

発注して終わりにしてしまうと、開発のノウハウが貯まりません。開発しているうちに新しいアイデアを思いつくことがないわけです。そういうのは損であって、発想も開発も、自分でやっていくのがいいと思っています。

ーー今のお話は、IT業界の下請け構造などにも言えることのように感じます。

増井:普通は「Aを作れ」と言われてAを作る仕事が多いと思いますが、集中してAを作っている時には、なかなかほかに発想が回らないんですよね。これまで私が働いていた環境では、業務と直接関係ないものを試すことも可能でした。「業務時間の2割くらい業務と関係ないことをやってもいい」という会社が最近よくありますが、そういう余裕が大事だと思います。

「こんな感じのことをやりたいな」とボーッと思っていて、ぜんぜん違うことをやっているとパッとその解決法を思いつく、というような話が、よく発想法の本に書いてあります。

ずっと同じことばかりをやっているとダメなわけです。ふわっとした時が必要で、そういう時間を意識的に持ったほうがいいんじゃないかとは思っています。キツキツだったら、発想が広がりません。

“使いやすい”とはどのような状態か?

ーーありがとうございます。増井先生がこれまでに開発されたものの共通点といえば使いやすいことだと思いますが、そもそも“使いやすい”とはどのような状態のことを言うのでしょうか。

増井:私が好きなのは、頭を使わなくてもやりたいことができることで、そういうものを作っていきたいと思っています。

最近、Twitterで「認知症の人はSuicaにチャージができない」と言う発言を見ました。「Suicaにチャージができないのは認知症のせいだ」という主張だったようですが、チャージができないのはSuicaのインターフェイスが悪いからじゃないかと思いました。誰でも簡単にチャージできるようにしておけばいいわけで、認知症を理由にするのはよくないと思いました。

別の例として、会計のレジの話をします。レジなんて誰でも使えると思いがちですが、実はすごく難しいものです。お客さんからお金を受け取ったとき、それがお金であることを認識しなければいけませんし、お札や硬貨が何円のお金であるかも認識する必要があります。

「そんなの誰でもできるだろう」と思うかもしれませんが、外国ではそういうことは難しいはずです。慣れているから、難しさを忘れているのです。また、引き算の計算もしなければなりません。最近のレジだと自動的にお釣りを出してくれるでしょうが、ある程度確認は必要でしょう。

たかがレジでも、すごく頭を使っているわけです。泥酔していたら使えないし、言葉がわからないだけでも使えません。でも、そういうことを忘れているわけですよね。泥酔していようが、言葉がわからなかろうが、人間じゃなかろうが使える、本当に誰でも使えるユニバーサルなものを作るべきだとは思います。

ーーおっしゃるとおりですね。ただその上で“使いやすい”を考えるとなると、逆にいろいろな条件が思い浮かびすぎてしまい、逆に難しくなるような感じもしてしまいますが……。

増井:そうですかね? ものを考えなくてもやりたいことができるのが、使いやすいわけですよ。例えば、自動ドアは、ただ歩いていけば使えます。そういうのが本当に使いやすいものです。「あ、この自動ドア使いやすいな」なんて誰も思いません。

ーー使いやすいと思わないところまでいけたら使いやすい、と。

増井:「おいしいものを食べたいな」と思った時に、勝手に出てくるのが一番楽ですが、今はそんな環境はありません。どこかのサイトでレストランを探したり、考えないといけないわけで、それは使いやすくないわけですよね。

「『これが食べたいな』とふと思ったら、なんか知らないけど出てきた」くらいのものが本当に使いやすいわけで。今はできないけれど、それくらいのほうがいいと思います。

“そもそも何がやりたいか”を考えるといいです。この例では「おいしいものを食べたかった」だけであって、解決策はいくらでもあるわけですよね。誰かが作ってくれてもいいし、勝手に出てきてもいいし、レストランへ行ってもいい。解決策はいろいろあるわけです。でも今は、解決策みたいなところを最初に探してからやらないといけません。レストラン評価サイトにアクセスするとか、そういうことを考えなければならない。

ご飯が食べたいと思うのはお腹が空いたからで、それを解決するのが本当に使いやすいものだけれど、なかなかそうなっていない。何かをやりたい時に、それを実現するための方法が準備されていて、まずはそれを思い出して、操作するという手間が必要です。手段が大事になってしまい、そもそも何をしたかったかが、あまり重視されていないんじゃないでしょうか。

ーーなるほど。とはいえ、使いにくいということにすら気づけていません……。

増井:慣れに支配されているんですよ。例えば、テレビを見る時にはリモコンを使うと思いますが、普通のテレビのリモコンって、ボタンがたくさんあって複雑ですよね。でも、減らそうとしても減らせません。

もちろんその問題はメーカーでも共有されていますが、実際にボタンを減らすための会議を開いても、担当者が「いや~、俺のところのボタンは減らしてもらっちゃ困る」みたいなことを言って、結局1つも減らないらしいんです。

テレビの開発とぜんぜん関係ない人がゼロから設計すると、AppleTVやFireTVくらいには減ります。これでもかなり減っていますが、それでもまだ10個以上あるので、まだ減りが足りません。物を減らすのは難しいんです。しがらみもあるし、減らす方法が思いつかないというのもあるんじゃないかと思います。

(次回につづく)

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