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誰も嫌な思いをしない変化(全3記事)

「これぐらいのことはできていて」は勝手な期待 観察・考察・選択のサイクルで相手の力を引き出す「誰も嫌な思いをしない変化」

「Scrum Fest Osaka」はスクラムの初心者からエキスパート、ユーザー企業から開発企業、立場の異なる様々な人々が集まる学びの場です。KEYNOTEで登壇したのは、楽天グループ株式会社の椎葉氏。「誰も嫌な思いをしない変化」をタイトルに、自身が開発グループのサポートをしたときの取り組みについて話しました。全3回。2回目は、誰も嫌な思いをしない変化のために実践したことについて。前回はこちらから。

誰も嫌な思いをしない変化のために「相手に期待しない」

椎葉光行氏:その頃の自分と、今の自分でいろいろと変わったとは思うんですけど、大きくこの2つかなと思います。

「相手に期待をしなくなった」それから「相手の気持ちを考えなくなった」です。

言葉にすると、人としてどうなのという感じがしますけど(笑)、でもこの2つが自分の中でけっこう大きな軸になっています。

何年か前に、娘が「2桁のかけ算教えて」って言ってきたので見てあげたら、そもそもかけ算の九九があやふやだったんですよね。僕はイラッとして「もう3年なんだから、かけ算の九九くらいきちんと覚えときなよ」と言いそうになったんです。

「あ、でもこれを言うと『パパ嫌い』ってなるわ」と思ってギリギリとどまって「じゃあ、お父さんとかけ算九九の勝負でもしてみるか?」と、九九でしばらく遊びました。そのあともう1回2桁のかけ算をやったら、なんとかさっきよりは解けるようになっていました。

こういうことが、自分にはちょこちょこあるんですよね。ちょこちょこというか、けっこうかな(笑)。かけ算を教えてあげたいはずなのに、自分が期待していたことを相手ができないと、そっちに対してイラッとしてしまって、もともとの教えてあげたいと思っている気持ちを忘れそうになるんです。

この期待は、仕事の中でもけっこう出てくるなと思います。「3年目なんだから、これぐらいのことはできていてほしい」も期待だし、逆に、上司に対して「マネージャーなんだから、もっとメンバーのこと見てよ」と考えるのも期待かなと思います。それで、期待にはこういう性質があるなということに気づきました。

期待どおりにいかなかった時に、残念な気持ちになるし、期待どおりにいかなかったのは、相手に問題があるって考えてしまう。そうすると、そこで自分が考えることをやめちゃうんですよね。

「うまくいかなかったのは相手の問題なんだから、その人がなんとかしなきゃいけない」これって前に進まないんですよね。「なんで九九覚えてないの」と相手に言ったところで、かけ算ができるようになるわけじゃないですから。

そこに気づき始めてから、僕は徐々に相手に期待をしないようになっていきました。

それでよかったのは、期待をする代わりに「今どこまでできるんだっけ?」と見られるようになったことです。

九九を覚えてないという時にイラッとせずに「じゃあ4の段はできる? 5の段は? あー、7の段が苦手なんだね。それ、わかるわ」「じゃあ7の段を一緒にやろっか」と、下の子には言えるようになりました。上の子には申し訳ないですけど(笑)。

誰も嫌な思いをしない変化のために「相手の気持ちを考えない」

もう1つの「相手の気持ちを考えなくなった」は、2つの意味があります。

1つ目の意味は「相手の気持ちを想像しなくなった」です。もともと僕は、相手にどう思われているかを、けっこう気にしてしまうタイプだったんです。今でも変わっていないといえば、変わっていないけど。

相手に嫌われちゃうかもしれないとか、面倒くさいやつだって思われちゃうかもしれないとか。実際に面倒くさいからしょうがないんですけど(笑)。

こういう、相手の気持ちを想像してしまうのも、前に進むかどうかより、相手にどう思われるかを見て動いてしまうから前に進まないなと思います。

この呪縛から解放してくれたのは、海外出身のメンバーたちです。単純に、彼らの気持ちを想像できないからですね(笑)。考えてもしょうがないかとなります。

気持ちを想像する代わりに、彼らとのコミュニケーションの中で学んだのは、相手の言葉や行動を見るということです。

もう1つの意味は「相手の気持ちに向き合わなくなった」です。以前、特にリーダーをやっていた時は、相手の気持ちに向き合って真正面から受け止めなきゃと思っていたんですよ。だから、できるだけ正解を知ってないといけない、アドバイスできないといけない、導いてあげないといけない、と考えていたんですよね。

これも前に向かわないんです。なんでかというと、これは自分を見てしまうから。相手が前に進むことをサポートしたいと思っているのに、自分がしっかり答えられるかどうかに目がいっちゃいます。

実際のところ、僕自身が答えを持っている必要なんてぜんぜんありません。だから、そこに向き合うんじゃなくて、横に並んで一緒に前を向いて「こっちに行くといいと思うんだけどさ、どうしたらいいかな」と一緒に悩めばいいんだよなと考えるようになりました。

ということで、以前の僕と今の僕で大きく違うところは、「相手に期待しないで、その人ができることを見るようになった」「相手の気持ちを想像しないで、言葉や行動を見るようになった」です。相手の気持ちに向き合わないで、きちんと寄り添うようになりました。

こんなふうに考え方が変わってからは、思ったとおりにいかないことがあっても、相手のせいにしないし、悪い想像をしないし「次はどうやったらいいかな。一緒に考えたいな」と思えるようになりました。

その結果、出てくる言葉が「あーそっか。それはおもしろいな」になりました。

「変化」とは自分の行動を変えて相手が持っている力を引き出すこと

ではこれを踏まえて、誰かの行動を変える「変化」の話に戻ります。絵にするとこんな感じです。

自分が何か行動をして、それに対して相手の中で何か反応があって、その結果として相手の行動が出てくる。誰かを変えるということは、相手から結果として出てくる行動を違ったものにするということです。

以前の僕は、そのためには相手の中身が変わらなきゃいけないって思っていたんです。でも今は、変えようと思っていません。「あれ、変えたいんじゃないの?」って思いますよね。まあそうですね、変えたいんです。「どっちやねん」という話なんですけど(笑)。

変えたいのは、相手の中身じゃなくて行動なんです。

「でも中身が変わらなくて、どうやって行動を変えるの?」と思いますよね。よく見てください。この中にもう1つ変えられる部分あります。

そうです、自分の行動です。以前の僕は「自分の行動は間違っていない。正しいことをやっている。だから問題があるのは相手で、相手が変わるべきだ」と考えていたんです。

でも、自分が正しいことをやっているかどうかはともかく、それによって前に進んではいないんですよね。前に進むことに目を向けると、自分にできることは自分の行動を変えることです。自分の行動を変えることで、相手から出てくる行動を変えて、それによって前に進む。

だから、僕の中での「変化」は、相手の中身を変えることではなくて、自分の行動を変えることで、相手から出てくる行動を変えることなんです。つまり、もともとその人が持っている力を引き出すというだけなんですよ。

相手の中身を否定して「いや、そこはよくないから変えなきゃ」みたいに思うと、「嫌な気持ちになるのも、まあしょうがないかな。変わらないといけないからな」と思いがちなんですけど、「相手の中にもともとあるやつを引き出すんだ」と考えると、それは嫌な気持ちにさせずにできそうかなと思いました。それで、誰も嫌な思いをしない変化をやりたいなと思いました。

「観察」「考察」「選択」のサイクルを繰り返し回す

ここまでで、誰も嫌な思いをしない変化というのは、もともとその人が持っている力を引き出すことだというお話をしました。ここからは、実際にどういうことをやっているかお話をしていきます。

僕がやっているのは「観察」と「考察」と「選択」です。まず最初に、相手のことを観察する。そして、観察した事実をもとに考察する。それで、自分の行動を選択する。その結果を、また観察して考察して、次の行動を選択する。こういう繰り返しです。

大きいものだったら数ヶ月とか数週間、小さいものだったら30秒程度で会話の中などでグルグルと回します。

観察と考察と選択の繰り返しの中で、自分が意識しているポイントをいくつか紹介していきます。

観察は「事実を見る」「できていることを見る」

まずは、観察から。観察する時に意識していることの中から、今日はこの2つを紹介しようと思います。「事実を見ること」と「できていることを見ること」です。

観察する時は、想像ではなくて事実を見なきゃと思っているんですよ。思っているんですが、想像がけっこうしれっと「いや、私事実ですけど何か?」みたいな感じで紛れ込んでくるんですよ。

さっき「相手の気持ちを想像しなくなった」のお話の時に「呪縛」と言っていたんですが、想像は無意識にやってしまっているんです。僕は小さい頃から「相手の気持ちになって考えなさい」「言われなくてもわかるようになりなさい」と言われて育っているので、無意識に自分を相手に重ねて想像して、その想像ですきまを全部埋めてしまっていて、自分ではなかなかそのことには気づかないんです。

僕がこれを一番実感したのは、数年前のことでした。一緒に仕事をしていた海外出身のメンバーがいつも怒っているので、ある時「なんでいつもそんなに怒ってるの?」と聞いてみたんです。。そしたら彼は「えっ?」っていう顔をして「いや別に怒ってないけど、なんで?」と答えたんです。

それで、よくよく話をしていったら、彼は気になっていることを全部質問しているだけだったんです。「なんでこんなに会議が多いんだ?」「なんでドキュメントをこんなに書かないといけないんだ?」とか。それを僕は勝手に、怒ってるんだなと想像してしまっていたんです。

だから、今僕が意識しているのは、相手の気持ちを想像せずに、きちんと相手の言葉と行動を見て、それをそのまま受け止めることです。わからないことがあれば、行間を読むのではなくて相手に確認をすること。そうやって事実を見るようにしています。

それから、意識していないとついやってしまうのが、相手ができてないことを見てしまうということです。でもそれは、実は相手を見ているのではなくて、自分の期待を見ているだけなんですよね。

自分の期待がここにあって、そこに相手がいないということだけを見ているんです。相手が今どこにいるのかは見ていません。

だから相手を見る時には、できていないことを見るのではなくて、今できていることを見るように意識しています。

本人も、自分のできていることに気づいていなかったりするので「ここができてますよ。いいですよね」「こういう部分がとても助かってますよ」ということを、言葉にしてできるだけ伝えて、「今、あなたはここにいますよね」という認識をお互いに揃えていきます。

そうすることで、じゃあ次の1歩をどこにしようかというのを、横に立って一緒に考えられるようになります。

ということで、「観察する時には想像ではなくて事実を」「できていないことではなくて、できていることを見る」ことに気をつけています。

考察は「流れを見る」

現状を観察したら、次はその情報をもとに考察します。この観察と考察の2つだけグルグルグルグル回っていて、観察して考えて、もう1回観察して考えてとやっています。

考察する時に、僕が一番意識しているのは「流れを見る」ということです。変化を起こす時は、自分の行動によって、相手が今いる場所から1歩前に進むことができるようにしたいんですよね。

単純に「1歩前に行きましょうよ」と言ったり、背中をギュギュッと押したりする(笑)だけでも前に進めなくはないんです。でも、もともとそこにたどり着いている流れがあるんです。

だから、その流れを見ずに場所だけ1歩前に進むと、結局しばらくするとその流れに押し戻されて元の場所に戻ってきちゃいます。そもそも流れに逆らって前に進むのは、すごくがんばらないといけません。

僕はできるだけみんなで楽をしたいので、流れを見ます。

どういう力が働いて今ここにいるのか、たどり着いているのかを考えます。必ず流れがあります。

例えば、また子どもの話ですが「宿題をやりなさい」と言ってもやらないですね。心の流れができていないから。面倒くさいという気持ちの流れが、勝っているんですよね。

そういう時に「宿題をやりなさいって言っているでしょ」と強制するのではなくて、「面倒くさがっていたらダメでしょ」と気持ちを否定するのでもなくて「じゃあお父さんと一緒にやろっか」と言ってみる。僕もプログラミングの勉強を横で始めたりすると、面倒くさいという気持ちの流れが少し薄くなって、宿題やるかという気持ちがちょっと出てくる。そういう流れができてくる。

そうすることで、宿題をやってくれやすくなります。まあ、そんなに簡単にはなかなかいかないですけどね(笑)。

子どもたちが教えてくれるのは、頭でわかっていることと心の流れが別だということですね。

頭では「宿題をやらなきゃ」「面倒くさがっちゃダメだ」とわかっているんですが、心が言うことを聞いてくれない。

大人は、ある程度コントロールできるんですけどね。それでも、やはり心が無理をしている状態がずっと続くと疲れちゃうので、相手の行動を無理に変えようとするんじゃなくて、できるだけ原因になっている流れを見て、その流れを変えることで、自然と行きたい場所にみんなが進めるようにできたらいいなと考えています。

この「視野を広げる」ですが、そんなふうに流れを見ていっても、理由がわからない時があるんですよね。

「あれ、なんでこうなっているんだろう?」そういう時は、自分には見えていない流れがあるんです。

目の前のタスクだけを見ていたらプロジェクトの流れは見えないし、プロジェクトの流れの外側には、プロダクトの流れがあって、プロダクトの外側には、組織の流れや業界の流れがあります。

流れだけを見ていて「こうなりそうなのになっていないな」という時は、その外側のプロダクトの流れの影響を受けていたりするし、マネージャーが理不尽なことを言っている時は、僕らが見えていない組織の流れの中で悩んでいたりします。

だから、流れを見る時には、視野を広げて自分の見えていない流れが隠れていないかを、常に意識して探します。

選択は「それで本当に前に進むのか」を自問する

観察して流れを見たら、いよいよ自分の行動を選択します。あとは簡単かなと思いきや、これが特に注意が必要です。「自分はその選択で前に進むのか?」と、自分の中でもう1回確認するようにしています。

というのも、自分の中に残念な気持ちたちがいるんですよね。一部紹介すると、なんで自分がやらなきゃいけないんだろうという気持ちとか、自分の過去の選択が間違っていなかったとなるように選びたい気持ちとか。

あとは、自分と同じやり方で進めてほしいなとか。間違いを指摘されて悔しいから、言い返したいなとか。自分がチヤホヤされたいとか。相手を論破したいとか、相手の言葉の矛盾を指摘したいとか。嫌いな人の思っているとおりにはしたくないなとか。

ちょっと、思ってたよりいっぱい出てきちゃったな。(笑)。他にもいろいろ、こういう嫌な気持ちが自分の中にあるんですよね。

こいつらが、選択の時にけっこう紛れ込んできて、しかももっともらしい顔をしているんですね。「彼の言葉の矛盾を正すことが、今大切でしょ?」「これは自己満足じゃないよ」みたいに。

でも、実際はだいたい自己満足です(笑)、そういうのをやっても、相手に勝ったという気持ちになるだけで、物事は前に進まなかったりするんです。

特に会話の中でカッとなっている時は、こういうのが出てきやすいので、チョコレートを食べて気持ちを落ち着けたり、ネガティブな選択をしなきゃいけない時にはは、1晩寝かせたりします。

たいていは、寝て起きたらもっとポジティブなやり方を思いつくので、ネガティブな選択をすることはあまりないと思います。

「その選択で本当に前に進むの?」と自分で自分に聞いて、それがイエスだった時だけ、選択して行動するように気をつけています。

そんなふうに、誰も嫌な思いをしない変化のために、僕は事実を観察して流れを見て、その流れを変えることによって、相手のもともと持っている力が自然と表に出てくるように、自分の行動を選んでいくことを意識しています。

出てきた相手の行動が、自分の想定と違った場合が、けっこう普通にあるんですが、そういう時はどこかに自分が見えていない流れがあるはずと、新しい発見を情報としてもらって、どこにその流れがあるんだろうとまた観察しにいきます。

(次回へつづく)

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