2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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佐藤治夫氏(以下、佐藤):残り15分くらいなんですが、質問が3つ来ています。1つ目が、アジャイル開発とスクラムの第3版が10年後に出ると仮定した場合、どんな事例が生まれていてほしいですか? という質問ですね。
平鍋健児氏(以下、平鍋):10年後は想像つかないなって言おうと思ったけど、現実的に1版から2版の間で10年くらい経っているんですよね。
及部敬雄氏(以下、及部):アジャイル開発やスクラムによって、そのチームが作ったプロダクトがこれだよねという成功事例を僕はやっぱり自分たちのチームでも作りたいと思っています。
もし第3版が出るとすると、日本の会社のこのプロダクトを作ったのはこのチームで、それはアジャイル開発でも何でもいいんですが、こういうやり方をしましたという実際の成果が評価される事例をどんどん自分たちも増やしたいと思っています。
そういうことが日本にいっぱい溢れて、本に載るとこの10年やってきてよかったなと感じられるので、そこをみんなで目指したいなと思いますね。
平鍋:おもしろい。
佐藤:まさに今、DXの流れの中でアジャイル開発やスクラムが注目されていますからね。その中でそういう事例が出てくるといいですね。
平鍋:もともとはアジャイルはビジネスの価値をどうできるかという話だから、ビジネスの成功の話なしに開発の話をしても仕方ないですもんね(笑)。
佐藤:そうですよね。それがだんだん開発中心の視点になってしまうので、ビジネスの価値に視点を戻していくのが大事ですね。
平鍋:アジャイル開発宣言だからたぶん開発手法としてもともと始まっているんですよね。それはそれでいいとして、そこを切り離して開発のことを書くのがもっと少なくなるといいんでしょうね。
佐藤:なるほど。『スクラムガイド2020』もソフトウェア開発チームという前提がなくなって、チームの開発という話に抽象化されたんですよね。
平鍋:開発の対象もです。
佐藤:そうですよね。流れとしてはだんだんそういうふうになっていって、ソフトウェア開発だけではなくて一般の製品開発や、0から1を生み出すチームにどんどん適応されていくんでしょうね。
平鍋:それはいいことなのかね? どうなのかな? 僕はソフトウェアが好きだし、ソフトウェアがやっぱり自分の中で中心にあります。冒頭で言いましたが、ソフトウェアデザインとチームデザインが相似形であるということが僕の気づきなので、例えばeduScrumとかスクラムが教育で使われているのはすごくいいなと思うけれど、スクラムがソフトウェアを卒業することで、なんらかの本質を損なうのではないかとも思います。いいことですよ! 広がるのはいいことだとは思いますけどね。
佐藤:そうですね。広がっていくのはいいことですが、本質が薄まる可能性もあります。でもIT業界って、リモートワークもそうですが、働き方や開発の進め方を先行してやっていて、それが世の中に広まっていくという面もあるのかなと最近思います。
平鍋:それは思います。ほかの業界から見るとIT業界は異質に見えるんですってね。コミュニティづくりが異質に見えるそうです。
佐藤:そうでしょうね。横のつながりがIT業界の良さでもありますよね。
及部:平鍋さんがIT業界でアジャイルのコミュニティやエンジニアのコミュニティをずっとやってきて、横のつながりを作ってきた第一人者だと思っていますし、自分たちはそのあとから始めて、そういうエンジニアのコミュニティで育ててもらったというのがあります。
僕は製造業でアジャイルコミュニティをやっているんですが、やっぱり業界が違うので、ライバルの会社やほかの会社と情報共有するのが普通ではないんですよ。情報共有の場を作ると、「メチャクチャおもしろいじゃん」と言ってくれる人たちがすごくたくさんいます。
平鍋:コミュニティに対するカルチャーショックなんだ。逆方向の。へ~。
及部:これがもしかしたら平鍋さんが10年前や15年前に見ていた世界かなと勝手に想像していました(笑)。
平鍋:製造業は独特なものがありますよね。例えば「それレビューしたのか?」という話がけっこうあります(笑)。
過去の知見やチェックリストなどがレビューというかたちで品質を高める活動の中にすごく入っているんですよね。それ自体はいいことなんだけれど、イノベーションをしようと言っているときに、なにかを言ったら一言返されるんじゃないかみたいな、そんないらない心配が製造業の開発の中にはけっこうあるんですよ。僕はそこがどうやったら変われるかなぁとけっこう思ったりしますね。
「お前、これは聞いとけよ」「教えてやるぜ」みたいなスタンスの人もまだたくさんいると思っています。ITの業界だと、実力勝負だから若い人のほうがコード書けるんだったら、「ああ、すごいな」「むしろ俺が学ばなきゃ」と思うところを、けっこう突っ切ってくる人が製造業だとまだいます(笑)。
まだいるのはもちろんいい意味でもあるんですが、今損益分岐が来ているときで、過去に学んだことではなくて、今から試して学ぶことのほうが絶対価値が高くなるという時代に来ているということをうまく認識していないのかなって思います。ごめんなさい、批判っぽくなってしまいましたが、そう思うときがあります。
佐藤:そのあたりを及部さんが製造業で切り開いていくのはどうですか?
及部:僕がすごくアドバンテージがあるなと思うのが、「僕、製造業のこととかデンソーのことよく知らないんで」って言って、言いにくいことでも言うことができるので。そういうポジションをうまく使わせてもらっています。
佐藤:官庁でやってみたいというコメントもありました。デジタル庁もできて、官庁もデジタルでどう変わっていくのか楽しみです。公共的なものでまだまだ紙の仕事がけっこうあるので、そのあたりは官庁が変わっていかないと変わらないのかなと思っています。製造業や官庁が変わっていくのが楽しみですね。
平鍋:厚労省の河野大臣の発言もめっちゃおもしろかったですね(笑)。
佐藤:あの人にはがんばってほしいですね。
平鍋:あの人はすごいエンジニアですよ。情報処理学会誌の巻頭コラムを書いてますよ。
佐藤:そうなんですか。だから発想がいいのかもしれないですね。もう1個質問を拾いたいと思います。『アジャイル開発とスクラム』というタイトルですが、最近アジャイル開発(XP)とスクラムの距離が離れていっていると感じています。今後この2つの関係はどうなっていくと思いますか? XPとスクラムの関係ですね。どうですかね、平鍋さん?
平鍋:難しいなぁ。
佐藤:書籍で、どのアジャイル開発を採用していますかという質問があって、XPが1パーセントという円グラフがありました。そんなに少ないのかって思いました。
平鍋:それはあり得ないなぁ。XPはソフトウェア開発のやり方なんですよ。つまりソフトウェア開発をやるときは、ソフトウェア成分とチームづくり成分があって、XPはその2つがないとソフトウェアはできないというすごく全体性を持ったwholeなんですよ。
その肝はKent Beck氏の言葉で言うと「ソーシャルチェンジ」です。つまり、考え方を変えて人間と人間の関係性が変わることが結論なんです。スクラムはそういう話ではなくて、こういうメカニズムで新製品開発を取り扱うとすごくコンパクトに要点がまとまりますというものです。
両方ともすごく利点があって、スクラムは新しい考えを作り出すプロセスが何かを、役割とイベントと成果物という最低限のかたちで抜き出しました。
Kent Beck氏はぜんぜん違います。自分はプログラマだって明言したうえで、開発という自分も含まれたライフサイクルはこういうことからなっていて、こういうことが重要なんじゃないかという考え方です。
僕は、スクラムがなくてもXPがあればソフトウェアはできると思っているんですね。スクラムはソフトウェア開発でなくても通用する。という言い方をすればいいのかな? そんなふうに思っています。
佐藤:なるほど。そういう位置付けなんですね。書籍の中でも円であったような気がするんですが、気のせいかな?
平鍋:気のせいかな。わかんない。
佐藤:ほかの本で見たのかな(笑)。
平鍋:及部さんはXPやスクラムをどう捉えていますか?
及部:最初はXP中心に盛り上がって、僕のときは、どっちかと言うとたぶんスクラムが流行っていて、アジャイル開発とスクラムが主流になっていたという流れがあります。
「XP祭り」の2018か2019で、角谷さん(@kakutani)が基調講演して、そのときお話されたスライドが『僕らはXPのかけら』というタイトルでした。
平鍋:あったあった。
及部:僕はこれですごくすっきりしたんです。自分よりもさらにあとからアジャイル開発を始めた人がたくさんいるじゃないですか。彼らはXPをやっていても、XPと認識していないことがけっこうあるんじゃないかなと思っています。
佐藤:なるほどね。
及部:スクラムもそうですが、あとからどんどん出たものは前のものをインスパイアしていると思うので、エクストリームプログラミングが出たときは確かにエクストリームだったんだけど、それがいいなとなっていろいろなものに散らばっていって、意識している意識していないは関係なくて、いいと思っているエンジニアの心の中にたぶんもう溶け込んでいるんですよね。
スクラムをやっていても、エクストリームプログラミングをやっている人たちが普通にいるというか、なんかしっくりきたんです。
よく言われる話で、開発とビジネスが離れてしまっているということだと思うんですが、本当にそうなのかなと思っています。
アジャイル開発やスクラムをいろいろな人がやるようになって、そういう面も見えてきたというくらいなのかなと自分は解釈するようにしています。昔はエンジニアが中心でやっていたから開発者視点で語られることが多かったんですが、エンジニアから遠い人たちや、違う業種の人たちもスクラムをやり始めたので、開発と違う人たちがやっているのが目につくようになったというくらいなので、あんまり悲観的には捉えていません。
むしろ離れてしまっているなと思っているんだったら、XPをやればいいだけの話なので、スクラムがみんなに広まったんだなって実感するくらいです。
平鍋:そうね。だって地球に住んでいる僕たちは138億年前のビッグバンのことは知らないもんね。そういうことがあってこうなっているというのもぜんぜん知らない。逆にあとから辿ってそこに気づくということもあるもんね。
及部:そうなんですよ。XP本ですごくいいなと思ったのが、いいと思うことは当たり前のようにやるということです。
例えばレビューがいいなと思って、常にやりましょうというのがペアプロで、テストっていいよね、頻繁にやりましょうというのが、TDDやユニットテストになったみたいな話が『エクストリーム・プログラミング』に書いてありました。
それくらい突き詰めて、いいと思うことをどんどん常習化していくとXPという言葉を忘れるくらい自分たちの血として溶け込んでいくと思います。ペアプロはモブなどに派生しているわけなので。XPはすごいなと改めて再認識することが最近は特にありました。
佐藤:系譜として受け継がれているみたいなところはありますよね。ということで、あっという間に1時間15分が過ぎたので、1回締めたいと思います。最後に平鍋さんと及部さんに一言ずつ、書籍の読みどころをいただいて終わりたいなと思っています。平鍋さんどうでしょうか?
平鍋:僕この本を英訳したいと思っていて、実は最初の版を書いたときに『Pragmatic Bookshelf』の編集長のDave Thomas氏からオファーをもらって、書こうかなってすごく思ったんですが、そのときは踏ん切りがつかなくて書けなかったんです。
アジャイルの中に日本の影響があるのが80年代で、TPS(トヨタ生産方式)なんて戦後から始まる50年代のはずでもっと前ですよね。俺たちはそれだけを日本の参照としていていいのかいとけっこう思うんです。
過去の日本を参照されて、過去の人が考えたことはすごいよねって言われている僕たちはどうなの? という気持ちです。もどかしくないですか? みなさん。僕たちがやって、きちんとかたちを作るのはもちろんやりたいけれど、いやいや、そんなこと言われる前に僕たちは僕たちで考えていきたいです。
アメリカや欧州がやっていることがいいことだとなって、それが文書化されて、学ぶことはぜんぜん悪いと思わないですが、それも含めて日本はこういうことでやっているって今、正々堂々と言えないんですよね。だって成功していないんだから。みなさん、成功していると言いたくないですか?
もしかしたらトヨタとかデンソーとかがそういうソフトウェアをもう1回取り戻すことによってもう1回発進するかもしれないし、それが日本のかたちかもしれないしね。
日本のかたちなしにスクラムは日本発祥ですと言うのは、ちょっと恥ずかしくないですか!? と正直思っています(笑)。第3版は本当はそういうことを書きたいなと思いますよね。
佐藤:ありがとうございます。では及部さんはどうでしょう?
及部:平鍋さんがすごくいい話をしてくれたので、僕はいちエンジニアとしてフォーカスを変えてお話しします。この本の第2版をお手伝いさせてもらって、すごくいいなと思ったのが、どういうふうにアジャイルやスクラムができて、どういう成り立ちでできているかという話やそこで行われている主要なプラクティスやスケールフレームワークの話から、日本の会社の事例までが載っていて、さらにはそのスクラムのもととなった野中先生と平鍋さんのお話が載っているというところです。今のアジャイル開発の全体の流れがなんとなくわかるという1冊になっています。
個別のプラクティスについてはもっと詳細に載っているいい本がたくさんあるんですが、1冊に今のアジャイル開発が詰まっているので、読むと自分の現在地が掴めます。
これまでずっとやってきた人もそうだし、最近始めた人も、これから始める人も自分がそれを読んでどう感じたかが、ある意味自分の今の現在地を確かめる感じかなと思っています。
今の平鍋さんの話につなげると、会社の事例もですが、この本で書いていること自体はもう過去のことじゃないですか。それってその人たちが過去にやったことなので、この本に僕らは勝たなきゃダメじゃないですか。
「あ、こんなのは自分たちは当たり前にやってるよ」と思えたら、それは自分たちのチームがすごくうまくできているということだし「まだまだだな」と思うんだったら、いっぱいある事例を参考にして、高速道路で一気に抜いてしまえばいいと思います。
それこそ第3版が出たときには今と違う感じ方をするはずなので、そのときは第2版をもう1回読んでもいいと思います。そういう地図みたいな使い方として、この本はすごくいい本だなと今回お手伝いさせてもらって思っています。ぜひ読んでください。
佐藤:ありがとうございます。ちなみに私は第3部がすごく大好きです。私も経営者の端くれなので、第3部を読んで「ほ~!」って思いました。私は『ワイズカンパニー』を読んでいなかったので、第3部を読んだあとに『ワイズカンパニー』を読んで、さらに「お~!」と思って、「Kindle」で線引きまくりました。
そこに出ている実践知リーダーという言葉がすごく刺さりました。自分もこの本に出ている実践知リーダーのようになれればいいなと思いました。
平鍋:「スクラムって何?」って言われたときに、Jeff Sutherland氏やKen Schwaber氏のスクラムではなくて、僕たちはスクラムをどう思っているかをきちんと書こうって、2時間くらい野中先生と「う~ん……」って言って書きました(笑)。
そのときに、スクラムとは会社を機能単位に分割した階層や組織ではなく、どこをとってもビジョンに向かった判断・行動パターンを共有するフラクタルな知識創造活動であり、それを実践する人々である。活動であり、人々であると結んで、2人でガッツポーズをしました。
これは前のesm(Agile Studio)セミナーでも話したんですが、野中先生はけっこうこういう問いかけが好きで「平鍋くん、会社はどこに存在すると思うかね?」という話をされるんですよ。「取締役会が会社なんですか? 本社なんですか? それとも組織図なんですか?」と聞いてくるんです。
僕がどうなんだろうなぁと思ったときに、先生がどう言ったか。「会社はそこ、ここに起こる会話にある」。どうですか! この深さ!
佐藤:深いですね!
平鍋:僕はもうこれ以上言葉を継げませんが、なにかわかってもらえることがあるんじゃないかな。そこ、ここに起こる会話にこそ会社があるということを野中先生は今日この場で言いたいとおっしゃっていたので、この場を借りて先生の言葉を紹介します。
佐藤:ありがとうございました。今日のBPStudyはここで締めたいと思います。今日お話していただいた平鍋さんと及部さんに拍手をお願いします。ありがとうございました。
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