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AI時代における人間の価値(全3記事)

人には「一度体験したことを再現する能力」がある 為末大氏が明かす、ドーピングをめぐる議論の裏側

2018年1月31日、株式会社レッジが主催する「THE AI 2018 未来ではなく、今のAIを話そう。」が開催されました。基調講演には為末大氏が登壇。人工知能の活用範囲がさまざまなシーンに広がりつつある今、改めて人間の学習能力をとらえなおします。本パートでは、アスリートにとって重要な5大要素のうち、「集中」と「イメージ」について取り上げています。人とさまざまなデジタルツールとの連携や、人間特有の「物事を要約する力」などを語りました。

アスリートが集中している状態はどんなものか

為末大氏:次のテーマは「集中」とあります。アスリートというのは集中して物事を行うわけなんですが、じゃあこの集中ってどういう状態なんだろうかと考えてみると。みなさんが(TVなどの)ディスプレイの向こう側でアスリートを観た時に、集中している(選手の)目が見えると思うんですよ。

表面はそうなんですね。実際に頭の中は何が起きているかというと、やっぱりアスリートは何かに集中するんですが、それを我々の世界で一言でいうと……。

人間って放っておくと、自分で浮かんだアイディアが、次のアイディアに連鎖して、パチパチパチパチと広がっていく傾向にあるわけです。

何事もパッと見たものから発想が浮かばない状態というのは、おそらくそれがマインドフルネスって言われているものだと思うんですが、普通であれば、みなさん私の話を聞きながら、会社のことや、家で火を消し忘れたかなとか浮かんできたり、さまざまな想起がつなががっていって、アイディアがツリー状になっていると思うんです。

アスリートが集中している状態って、この発想の連鎖が止まっていることなんです。つまり目の前のことから、自分のアイディアがまったく動かなくなっている状態なんです。ここの(目の前を指して)状態のことばっかりを考えていることになります。

これ、私たちは自分たちのブランディングもあって大げさに言うんですが、たぶんみなさんも仕事上で、目の前のことに気がついたら没頭してやっている状態とか、好きな漫画を読んでいて、時間が過ぎてたってことあると思うんですが、それと近い状態です。ただ我々の場合、身体を非常に激しく動かしているんですが。

じゃあ、そのような状態で試合に挑むとどうなるかと言うと、陸上競技のような競技であれば、まあそれはいいんですけれども。球技なんかは、周りにパスを出したり、敵の動きを読んだりと、非常にたくさんのことを頭で同時並行的に考えながら意思決定して、動作を決めないといけないわけです。

「ムカデのジレンマ」とデジタルツール

これは抽象的な私のイメージなんですけど、アスリートが試合時に考えていることは、取締役会的な感覚なんです。つまり上位部分でざっくりと攻めようとか、右側を攻めようとか、そういうふうに考えているわけです。一方で、その指令が降りてきた後に、実際の手足や現場はその指令に従って、それぞれがコーディネート、統合されながらその動作をしていくということなんです。

じゃあ試合の時にアスリートがパニックになって失敗するってどういうことかと言うと、取締役会で終わっておけばいいものが、現場まで降りてきちゃうパターンなんです。つまり、みなさんの人生の体験でたぶん1番わかりやすいのは、今日ここに来るまで歩き方で困った方はいないと思います。

みなさん自然に歩いてきたと思うんですが、卒業式や何かの表彰式、人前で歩く時に、自分が歩きながら「あれっ右手が前だったっけ?」と混乱した経験がある人はいると思うんです。つまり、普通の動作のときには、取締役会的、つまり前に進むとか、止まるとか、右に曲がる程度に考えるわけですけど、人に見られていることで「あれ? 手はどうなんだっけ?」という末端の所まで自分の意識が降りてしまって、混乱するということなんです。

「ムカデのジレンマ」って話があるんですが、カエルが歩いている横をムカデが歩いてきて、ムカデはたくさん脚があるので、カエルが「ムカデさんそんなにたくさん脚があるのに歩いて、すごいですね」という話なんです。

ムカデは歩きながら「いや、こんなの簡単だよ」と言って、初めて自分の脚を見ながら歩こうとした瞬間に脚がからまって転ぶ、という話なんですが。つまり日常考えずに生きてきたことを、考えた瞬間にうまくいかなくなることはたくさんあるんですね。

ある意味、このAIとくっつけて考えていくと、もうすでに我々は、これを人体の外のものとの間で行っているわけですから。

今、うちの会社も私のスケジュールも全部、Googleカレンダーで把握しているんです。これが消えた瞬間に、明日どこに行けば良いのかまったくわからなくなるという状態なんですが、もうすでに記憶すら私たちはアウトソースしていて、外部のものを使いながら自分の能力をエンハンスというか、外部のものと同時にやっているわけなんですけど。

それが今後の世界は人体だけで閉じないで、私たちは人体の外も使いながら行っていくと。この連携がうまくいっているという人がたぶん、アスリートの世界の感覚で言うとスポーツ上手。

運動神経がいい人は、どの程度抽象的に考えて、どの程度細部のことは適当でいいかということを上手にやる人なんです。たぶん運動神経がよくない人は、ボールを蹴ると考えているのに、膝のこととか、足首のことばっかり気になって蹴れない、という人。

おそらくこれからの時代においてはテクノロジーがうまい人は、テクノロジーを運動神経良く使うような、つまり自分の分身というか、自分の手の先にある、もう1個の別の四肢のように使える人というのがいいんじゃないかと思っています。

ドーピングをしてはいけない本当の理由

もう1つ、これはぜひみなさんに知っていただきたい、ドーピングの話と少し近いのですが。なんでドーピングはダメかと言うと、まあ昔は健康を害するからという理由だったんですけど、今はフェアネスに議論がうつっているんです。つまり公平じゃないんじゃないかという話なんですけど。

ネズミかラットだと思ったんですが、ドーピングに近い、おもしろい実験があって。人間の筋発達を促すか、またはブロックするものを外すような、いわゆるドーピングですね。それを行ったラットで、その薬を抜くんです。抜いてもう体に残っていませんという状態になるんですが、抜けた後でも、もう1回トレーニングすると、前の水準まで戻るという実験があるんです。

つまり、人間というのは1回でも体験できると再現できる能力を持っているんです。1回体験するまでが大変なんですが、1回体験しちゃえば、あれをどうやればいいかと体が覚えるので、それを今度は再現することができる。

ドーピングがダメだと言われている理由はどんな手段であれ、1回深い所まで行っちゃうと、そこに後で自力で行けるようになっちゃうので、これアンフェアだよねというのが大きな理由になっています。

私は、アスリートが集中する深さって重要だと考えているんです。この1番の利点は何かというと、人間の頭にも体にも、すごく深く集中しないと行けない世界があって。そこまで行って体験すれば、のちのちそれを再現できるようになるんですが、集中しないとその世界は体験できないので、再現できない。

一般社会でもドーピングを使うわけにはいかないんで、自力で行くしかないんですが、とにかく深く入って到達さえすれば、今度はそれが再現できるようになるので、アスリートの場合は集中して、1回体験する。そしてそれを再現するというのは重要になっています。

トップアスリートは要約する能力が優れている

3つ目のテーマなんですけど「イメージ」ですね。我々はよくイメージトレーニングと言って、物事をイメージしてやっていくんですが。これは非常に難しいです。イメージトレーニングにもセンスがありまして。まあ私は最近VRとかプレエクスペリエンスといって、事前体験みたいなのをしちゃうと、非常にイメージトレーニングに近いんです。

なので、ぜひどこかの会社でVR開発をされていたら、国立競技場の画像を先に作っちゃって、それを全オリンピック選手にかけさせたら、一応理屈上、彼らは1回競技場で体験して、本番のオリンピックが2回目ってことになるんで、そんな感じのことをやってもおもしろいんじゃないかと思っているんです。まあそれは余談としておいておいて。

1つ、みなさんがスポーツ新聞を見られたりして、アスリートがよくインタビューで「いやーこのバッティングいい感じなんです」と言うことがあります。でも考えてみるとこれ、不思議なことでして。なんでそれが良いとわかるのかがまったく根拠がないわけです。

我々トップアスリートの世界って、データがそもそもそろっていないんです。私も昔、どうやったら9秒台を出せるんだって一生懸命考えたことがあるんですが、9秒台出したことのある人間が十数人しかいないので、それをまとめて傾向を見出したって、エビデンスが足りなすぎて、ぜんぜん出てこないわけです。

なのでトップアスリートの世界っていつも実践的で、データで証明しがたい世界を生きているわけなんですが、そんな世界にも関わらず、なぜかアスリートは「ちょっとバッと脇をしめた方がいい感じがする」とか言うんです。たいがいそれが当たっていると。

なんで人間は、こっちに行けば発展するのかというのが直感的にわかるのかって、これは極めて不思議なんですが、まずそれがそもそもないと「どっちに向けば私は発展していくのだろうか」というイメージが存在しえない。

2つ目なんですけど、良いアスリートのもつ能力の抽象化は、さっき言った話に極めて近いんです。物事が起きた時に、抽象的にとらえられる人と、細部を覚える人がいるわけです。よくアスリートに聞く言葉なんですが、ひと通り誰かの話を聞いた後に「10秒内でまとめてタイトルをつけるとしたらなんですか?」と質問をするんですね。

それはさまざまな切り口があって、さまざまな説明ができるんですが、「要は」というふうに、1番中心点を吸い上げて、それが説明できないと、みんなが「ははぁ、なるほど」とはならないわけです。私は、実はこのことはすごく人間特有の能力じゃないかと思います。

抽象的なイメージをトレーニングで落とし込む

一応スポーツをやっていたので、スポーツ科学の世界にも触れたりするんですが、ものすごく不思議なことは、1回誰かの走りを見た瞬間に、私たちは何かを学んだりするんです。これって科学的に考えるとものすごく不思議な話で。

なぜなら1万枚見せて、それによって「やっぱりこっちだよ」と考えているのではなくて、たった1回誰かトップアスリートの動きを見た瞬間に「あっ、ああやって走るといいんじゃないか」と我々は学んだりします。

ものすごく不思議ですよね、いったいどこの特徴点を抜き取って、どういうふうに何に分類して、自分はそこから何を学んでいるのかというのが、よく自覚されないまま私たちはそこから何かを学んでいて、それを実際にトレーニングで落とし込むんです。

このたった1回見たよくわからないものを学ぶために必要な能力って、私は抽象化だと思っていて、それを抽象的にバッとイメージでとらえて、こうじゃないかって体に落とし込むということだと思います。

この3つ目はどういうことかと言うと、昔私がヨーロッパに行った時に、ハンマー投の室伏広治さんと、「ハードル跳びながらうまく膝が上がらないんです」ってお話をしたんですね。そしたら室伏さんがおもむろに、脚を見ながら、私に「君はここが膝だと思って、そう言っているだろう(膝を指さして)、でも本当の膝はここ(股を指して)かもしれない」と言って去っていったという。

(会場笑)

ぜんぜん言っている意味がわからないという感じだったんですが、これどういうことかと言うと、人間の体は、膝を上げようと思う時に、肘を下げた方が上がることがあるわけです。つまり実際に何かをしようと思うことと、現実に起きるできごとがはずれることはよくあるわけです。

私たちはそういうボタンをたくさん見つけていくんですね。走りながら「今日はちょっと肩の動きが良くなかった」、だとしたら肩をそのまま動かしていくのか、といったらそうではなくて、肩が動かないんで首の位置を変える。というふうに違うボタンを押して現実の問題を解決するという手法を行います。

この時に大切なことは、今、自分の体をどんどん切り刻んでいって、個別の物事をいろいろ見ていって、最後にガッチャンコすれば全体ができるんじゃないかというと、実はそうではなくて。個別を合わせても、全体にはならないわけです。つまり、すべてが影響しあっていて、右膝の位置を変えれば、左肘の位置が変わるわけです。

こういうふうに全体にいろいろバランスが変わっていく中で、じゃあどこのボタンを押すと、より自分のイメージに近い方に全体を向けられるかが重要になります。このポイントを知っているかどうか。

あえてランダムな要素を取り入れることで成長を促進する

4つ目がこれも人間の成長にすごい大事なんですが、これも例を出して後で怒られちゃうかもしれないんですが。室伏さんが(笑)、お話ししていて非常に深かったんです。つまり、私たち最後は、こういう練習をすれば、こんな筋肉痛がくると予測ができるようになってしまうんです。

その後に、どうやって自分を成長させればいいかわからなくなるわけです。なぜならほとんどの人間の成長は、自分の計画とは関係ない何かが入り込んで適応していく時に、新たな自分を発見して、成長するというプロセスなんです。全部計画して、その通りいけば自分の想像の範囲内ですべてが終わってしまうわけです。

室伏さんは何をやったかと言うと、ベンチプレスの横にぶら下げているのを、振り子状にしたんです。そうすると振り子って2つ振ると、変数が2つあるだけで、ぜんぜん予測がいかないものになりまして、軌道の予測がきかないので、下ろしながらバランスをとりながらということになるわけです。

このように非常に矛盾はしているんですが、自分自身で予想をしないような揺さぶりを、どうやって自分でトレーニングの中に組み込むかが大切になります。つまり計画できない何かの変数をどうやって計画の中に組み込むかによって、自分自身の成長が促されるということです。

1個のカオスというか、そういうものを突っ込むことになるんですが、それも「計画してるじゃないか」と言われたらまあそうなので、なんとも言えないんですが。どうやってランダムなものを入れて、それに適応しながら自分が成長するかが人間の学習では非常に重要であると。

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