2024.10.01
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「Cross the Boundaries」を旗印に、日本最大級のスタートアップカンファレンスIVS(インフィニティ・ベンチャーズ・サミット)が2024年も昨年に続いて京都で開催されました。今回のセッション「哲学・思想なきイノベーションはありえない!起業家がめざすべき思想とは?」には、京都市長の松井孝治氏やソラコムCEOの玉川憲氏、taliki代表の中村多伽氏、そして京都哲学研究所の野村将揮氏が登壇。早稲田大学大学院教授の入山章栄氏がモデレートし、シリコンバレーにおけるテクノロジーと思想の現状や、京都が今後世界の思想に影響を与える可能性などが語られました。
松井孝治氏(以下、松井):今の話で野村さんに聞きたいなと思って。発展史観という考え方がありますが、例えば人間の寿命が130歳になることが本当に良いことなのかと。AIが進化して生成AIが発展していく中で、我々は今日よりも明日のほうが発展してすばらしい社会に近づいていると信じていますが、これは本当に正しいのでしょうか。
言語が発明され、文字が生まれ、紙に記され、それが書物となり、さらにコンピューターになり、AIが登場して、人間は本当に豊かになっているのかということを、哲学者である野村さんにうかがいたいです。
野村将揮氏(以下、野村):恐れ多い限りです。おっしゃる通りで、発展史観や進歩主義という考え方、つまり、今日より明日は良くなり、明後日はさらに良くなるという考え方や、技術の発展が人類を良くするという考え方があります。京都は、これに対抗する思想や文化を長い間育んできたと僕は思っています。
入山章栄氏(以下、入山):歴史的に?
野村:単純化はできませんが、そうした思想が根付いているところだと思います。
入山:京都は進歩主義に対抗する勢力だったんですか?
野村:厳密に言うと、対抗してきたというよりは、進歩主義とは相容れないというか。例えば、剣道や茶道、華道といったものは、人間が実現し得る究極の極地を追求する思想があります。
これらは時代の要請に応じて変化してきましたが、進歩という概念とは異なります。むしろ、創設者や初期の人々が体現した極地を、現代的にどう体現するかが重視されてきたはずです。100年前や1,000年前のあり方に対して「今が優れている」という感覚は薄いのではないでしょうか。
さらに、型という概念がありますが、現代に生きる我々が、その手の真髄を古くからの型を通じて感じ、畏敬の念や尊敬を抱けるというのは、文化圏として非常に稀有で興味深いところだと思います。
入山:僕も少しだけ。最近ラジオ番組である方にお話をうかがったのですが、日本刀、特に鎌倉時代の刀が日本史上で一番性能が良いと言われています。それ以降の時代では、鎌倉時代の刀の再現ができないらしいんですよ。まさにそういうことですよね。
野村:おっしゃるとおりです。また、先ほどお話しした剣道が典型ですが、年を取って体力が衰えても、心と体が一体となった極地を体現することに対して、僕たちは別次元のリスペクトを持っています。
お年寄りに対して敬意を払うという儒教的な要素もありますが、それ以上に、人間が長い時間をかけて体現してきたものや、そのような真髄を育んできた文化圏に対する敬意や愛着、思想的な共鳴性がある。これは非常に特徴的だと思います。
玉川憲氏(以下、玉川):そういう意味では、京都からそういった思想を発信してほしいと心から思いますね。任天堂の方はいらっしゃいますか? 任天堂もすばらしい企業で、僕もゲームが大好きですし、テクノロジーも好きなんですが、あの会社は絶対に血や人の暴力につながるようなゲームは作らないんですよね。
入山:確かに。
玉川:一方で、アメリカの会社はそういうゲームをたくさん作っていますよね。
入山:殺しまくっていますね。
玉川:そうなんです。任天堂がその一線を越えない、人間のために、エンターテインメントのためにテクノロジーを使うという姿勢は、とても大事だと思います。
入山:多伽さん、今の話についてどう思いますか?
中村多伽氏(以下、中村):思想がエグゼクティブにとって大事だという話でしたが、あらためて考えてみると、人間が明日のほうが良くなると考えているなら、こんなに悲しい人が多い世界にはならないはずです。実際には、悲しい人は減っていないと思うんです。人間は螺旋階段を登っているように見えて、実は同じフロアを違う手段で回っているだけなのではないかと感じています。
入山:人間は螺旋階段を登っていないと。
中村:はい、登っていないと思います。同じフロアをただ循環しているだけです。でも、その中でも、悲しい人が減ってほしいというのが私の思想です。飢えという概念ではないにしろ、悲しい人が少なくなることを望んでいます。
そこで、私たちが投資する起業家たちが「どうすれば悲しい人が減るか」を考えた時、そこに思想があるかどうかで、ビジネスが成長するかどうかも変わってくるんです。
これは非常におもしろいことで、思想とビジネスの成長が相関するものとして語られてきたことは、最近まであまりなかったと思います。でも、インパクト投資家として、彼らが意図するインパクトを計測し、管理する中で、どんなインパクトを与えたいのかを深く考えると、より優れたビジネスプランが生まれてくることが多いんです。
だから、任天堂も強い思想を持ち続けているからこそ、成長を続けられているのかもしれないと感じています。
入山:玉川さん、どうですか?
玉川:今の話を聞いていて思ったのは、テクノロジーは確かに人類に大きく貢献していると思います。最近気になって調べたのですが、飢餓や病気で亡くなる子どもの率は劇的に減っているんですよ。それはテクノロジーのおかげで食料や医療が提供され、劇的に改善された結果です。
その一方で、飢餓や病気が減った後、人間が次に目指すべきものは何なのかという問いが生じます。幸せやダイバーシティ、サステナビリティなど、さまざまな思想が混ざり合い、それぞれの思想に応じたテクノロジーの使い方が許容されるようになっているのかもしれません。
そのため、人間がどうやってこれらの思想を統一し、「ここだけは超えないでおこう」という共通のルールを作り、ジェネレーティブAIの世界でも怖いことが起きないようにすることが必要だと思います。
入山:松井さん、ここまでの話をどう感じますか?
松井:私の政治経験から言うと、かつてある首相が「最小不幸社会」という言葉を使いました。政府の役割は、不幸を最小化することであり、それを法律や条約で定め、財政で再投資するというものでした。しかし、これは政府だけでなく、民間のアクターも含めて取り組むべきことだと思います。
ただ、僕が感じる違和感は、最小不幸社会を実現するだけでは不十分だという点です。幸せという概念は、快楽なのか、やりがいなのか、ウェルビーイングなのか、定義が非常に難しいものですが、幸せな社会をどう作るかを真剣に考えることがパブリックの役割だと思います。
幸せを追求する過程で、政府がどこまで関与できるのか、そのウェイトは下がってきています。結局、個人や地域の力が重要であり、京都市役所だけではなく、地域の人たちと協力して、「京都に住んでいてよかった、楽しい」という部分をどう増進させるかが、僕にとっての最大のテーマです。
しかし、そのモデルをどう作るかについて、国も自治体もまだ成功モデルを完全に見出していないのではないかと感じています。
入山:すごく興味深い話ですね。今の松井さんの話から発展して、野村さんにぜひおうかがいしたいことがあります。会場のみなさんにも、もう1冊おすすめの本があって、橘玲さんが最近書いた『テクノ・リバタリアン』という本です。
これが非常におもしろい本で、僕の『宗教を学べば経営がわかる』の次にぜひ買っていただきたいのですが、内容としては、サム・アルトマン、イーロン・マスク、ピーター・ティール、そしてブロックチェーンを作ったヴィタリック・ブテリンといった人たちが、今どんな思想を持っているのかを描いています。
彼ら全員がリバタリアンで、リバタリアンというのは超絶自由主義を信じていて、自由がすべてだと考えています。彼らはテクノロジーの分野で活躍しており、僕の理解ではキリスト教徒やユダヤ教徒が多いです。つまり、一神教や二元論に基づいているので、テクノロジーでガーッと突き進む思想があるわけです。
この本では、テクノ・リバタリアンが今の世界のビジネスの最先端にいるとされ、彼らの思想は2つの方向に分かれています。1つはクリプトアナーキズム、つまりブロックチェーンで無政府状態を目指すというもの。ヴィタリック・ブテリンがこの考えに近いです。
もう1つは、AIを使って非常に強力なスーパー功利主義の政府を作り、一番効果的で合理的なことを行うというものです。この2つの思想がテクノロジーの最前線で進んでいます。
今日の我々の議論は比較的感覚が近いものが多いですが、一方でシリコンバレーではこういった思想が進行しています。
入山:この分断や分離、もしくは多様性として受け止めるべきなのか、これをどうまとめるべきかについて、野村さんはどう思いますか? これをまとめるのが野村さんの役割ですよね。
野村:がんばります、ありがとうございます。
入山:ぜひ世界に向かって。
野村:次のスライドにいきます。
そもそも、「なにか絶対的なものがある」という考え方自体が、1つの思想・信条であり、トップダウンという考え方もこれに由来する1つの思想です。ただ、日本におけるトップダウンとキリスト教圏や他の宗教圏におけるトップダウンとでは、その意味はまったく異なるでしょう。こうした違いを丁寧に解きほぐしていく必要があります。
また、松井市長のお話にあった「市場の失敗」や「外部不経済」なども、経済構造や文化・思想のバックグラウンドによって変わってきます。この文脈でも、これまで注目されてこなかったものをグローバルに伝えていくことで、価値の多層性や社会の多様性を訴えていける余地があると思っています。
京都哲学研究所について少しお話させてください。NTTの澤田(純)会長や京大の出口(康夫)文学部長が共同代表理事として、博報堂の戸田(裕一)会長と日立の東原(敏昭)会長などが理事として、参画されています。また、最近では読売新聞の山口(寿一)社長にも理事に加わっていただきました。こうした顔ぶれで、いま申し上げたようなことを世界に伝えていこうと考えています。
入山:少し宣伝の流れになってきましたが、僕がおうかがいしたいのは、もう少しガチな話です。まさにこの多様な価値観や思想が、世界的に二極化まではいかないけれど、シリコンバレーではああいう考え方が中心で、日本ではこういう機運がある。これをどうすればいいんでしょうか?
野村:実はそのことをこのスライドでご説明したいと思っていました。お忍びであったり個人的だったりで、GAFAMの創業者やCXOの方々がかなりの頻度で京都にいらっしゃっています。それは、恐れ多くも僕が今日お話してきたような京都や日本、アジアの思想・文化の真髄に惹かれて来てくれているのだと思います。
これをある種の媒介として、現在の国際社会で主流となっている考え方や概念的枠組みが決して絶対的ではないということを再度問い直すような国際会議を、2025年に京都で開催すべく準備を進めています。
入山:松井さん、この話についてどうお考えですか?
松井:すごく期待しています。実は僕は、25年先を見据えた京都のビジョンを作ろうとしていて、そのライターを野村さんにお願いしようと考えているくらい期待しています。この価値多層社会の中で、行政の在り方や市民参画を新しいモデルとして作れないかと考えています。
例えば、京都の町衆が京都の文化を支えてきましたが、今はすごく疲弊しています。祇園祭を支えているのもその町衆で、日本を代表するような町内会や自治連合会がその祭りを支えているんです。ただ、その日本最強の町衆が25年後に存続しているかどうか、本当に心配です。
昔に戻るわけではなく、リージョナルコミュニティとテーマコミュニティをどう組み合わせて、新しいかたちで次の25年後にどうつないでいくかが私の永遠の課題です。この答えが僕の任期中に出るかどうかわかりませんが、もし出なかったら、その時はしっかり頼みますね。
入山:多伽さんが引き継ぐんですか(笑)?
松井:楽屋でそんな話をしていました(笑)。
松井:でも、本当にこれは課題で、哲学研究所には思想的バックグラウンドとして非常に期待しているので、もう少し具体的な話をしていただけるとわかりやすいかもしれません。
野村:先ほど挙げたサステナビリティやダイバーシティなどは、国連やWHO、ダボス会議などの国際機関やシンクタンクで議論されてきました。しかし、そもそも別の視点や概念的枠組みがあり得るよね、ということを、もっと訴えていけると思っています。
スライドに記載しているように、京都で国際会議を開催することはその契機になるはずです。京都はグローバルにも注目度が高く信頼や敬意を集めている空間なので、そうした場を提供できたらと考えています。ちなみに、一昨日、昨日と清水寺さんで理事一同が集まり、この会議をどう作っていくかを議論しました。松井市長、西脇京都府知事、京都大学の湊総長にもご臨席いただき、さまざまなご助言をいただいています。
また、例えば世界幸福度調査(ワールドハピネスレポート)などでも、研究者の役割が非常に大きいものです。調査でどのような質問を設定し、どこでどれだけのデータを取るかによって結果が変わってくるので、この調査はアメリカのギャラップ社がデータを収集していますが、その設計には多くの研究者が協力しています。しかしながら、例えば日本や韓国といった国では、幸福度を0点から10点満点で自己評価してもらうと6、7点が多い傾向があると言われています。
入山:あれはたぶん嘘だよね。ラテン系の人たちは8、9、10点が多いに決まっているじゃないですか。
野村:おっしゃるとおりです。ですので、哲学や文化の議論をするだけでなく、これをきちんとサイエンスの世界と接続しながら、グローバルに説得力を持たせていけたらと考えています。
入山:多伽さんはこういう試みについてどう思いますか?
中村:私がおうかがいしたいのは、統合できるのかということです。多くの戦争はリソースの奪い合いですが、時々イデオロギーの対立も原因となることがあります。
入山:思想の対立ですね。
中村:そうです。私は人が死んだり、悲しむのが嫌なので、できるだけそうならないようにしたいんです。それを防ぐためには、対立をなくすか、血を流さないかたちで対立するかのどちらかだと思いますが、そもそも「違う価値観があることを認め合える」という状態は実現できるのでしょうか? 例えば「私はイエス・キリストを信じているけど、あなたはムスリムでいていい」というようなことが。
入山:本当にその点には興味があります。今のウクライナ戦争も、僕の本に書いてありますが、基本的にはウクライナ正教とロシア正教の戦い、つまり宗教戦争です。ガザの問題もユダヤ教とイスラム教の戦いですよね。
日本でも多様性を高めようと言っていますが、例えば埼玉県の川口市にはイスラム教徒のクルド人が多く住んでいて、それが社会問題になっているという話もあります。結局、異なる価値観を持つ人々が本当にわかり合えるのかという問題ですよね。多様性がある時に、どうすればいいのか。我々はどうすれば良いのでしょうか?
野村:解決できるか、統合できるか、と問われると、「わからない」という答えになってしまうのですが、少しでも良くしたいという思いを共有しながら活動しています。非常に官僚答弁的なのですが。(笑)
ただ、1つ言えるのは、僕は平成元年生まれで、大学生の時に東日本大震災が発生しましたが、当時と比較しても時代は明らかに変わってきています。少なくとも僕が大学生でキャリア設計をしていた時と比べると、さまざまな危機感の共有可能性はかなり高まっていると感じています。
また、人口動態が圧倒的に変わっていくことも重要なファクターです。具体的には、インドやアフリカが世界経済の中心を担っていく。こういったグローバルサウスの思想的バックグラウンドに、日本との親和性を見出し得るのではないかと僕は思っています。
例えば、この前、ハーバードのケネディスクールの学生を20人ほど連れて京都市内の金剛流さんのお能を拝見したのですが、あるインド出身の友人が、終わった後の空間の雰囲気を「Vacuum(真空)」と表現していました。
これは、日本の禅哲学やお能が極地として求めてきた「空」の思想に近いものと思われます。別の文化や言語でも親和性が見出せる好例のように思われ、期待を抱いています。
入山:余談ですけど、この前スリランカ人と話していたら、日本語の感覚に近いのはインド人よりもスリランカ語だと聞いて驚きました。スリランカとは仲良くするといいんだなと思いました。
入山:それでは、玉川さん、質疑応答に入る前に、今までの話を聞いて一言お願いします。
玉川:イデオロギーの対立が解決できるかという点については、僕も宗教に関してはまったくわかりませんが、逆にスタートアップの世界は平和だなと思いました。スタートアップではイデオロギーが対立することはありますが、株式や出資といった人類が培ってきた考え方で解決されます。
入山:ああ、そっか。戦争になるわけじゃないからね。
玉川:そうなんですよ。たとえファンドレイズが失敗しても死なないし、会社が潰れても死なない。だから、戦争という言葉は使いたくないですけれども、スタートアップは平和な戦争みたいなものだなと。アイデア同士が真っ向から戦って、うまくいく場合もあれば、いかない場合もある。でも、それは人類が培ってきた英知の結集なんだなと思いました。
入山:すごいですね。ここにいるスタートアップの方々も、起業家こそ思想で勝負していくべきですね。どうせ死なないし、戦争するわけじゃないんだから、思想で挑んでいこうということですね。
玉川:そうですね。
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