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株式会社AGRI SMILE 代表取締役 中道貴也 氏(全1記事)

祖父母の農作業の手伝いが、キャリアの原体験に 上場企業を1年で退職・農業ビジネスに踏み切った経営者の思い

「テクノロジーによって、産地とともに農業の未来をつくる」をビジョンに、農産業DXサービスやバイオテクノロジーの開発・提供を行う株式会社AGRI SMILE。「農業現場の良き通訳者になりたい」と語る同社の代表取締役 中道貴也氏が、起業に至った経緯や農業界への熱い思いをお話しします。 ※このログはアマテラスのCEOインタビューの記事を転載したものに、ログミー編集部でタイトルなどを追加して作成しています。

祖父母の農作業の手伝いが、キャリアの原体験に

アマテラス:初めに、中道さんの生い立ちについて伺います。今のお仕事の原体験となるようなご経験はありますか?

中道貴也氏(以下、中道):兵庫県丹波市の出身で、公務員の両親のもとで育ちました。丹波の黒豆や丹波栗など名産品も多い地域で、私も小さい頃から兼業農家だった祖父母の農作業を手伝うのがとても好きでした。今の仕事にダイレクトにつながる原体験で、この頃から農業のおもしろさに魅せられていたのだと思います。

中学からは地元から2時間も離れた郊外の中高一貫校に進学しましたが、地元や農業に対する思いはより一層深まっていった気がします。

その後「農業現場の良き通訳者になりたい」と考え、京都大学大学院における化学生態学分野の研究室では生物間相互作用を研究しました。生物間相互作用とは化学物質を介して植物や昆虫などの結びつきに注目し、そのメカニズムを解析する研究領域で、私はバイオスティミュラント※の研究を行っていました。

農薬や肥料、品種改良などが中心だった日本の農業にバイオスティミュラントを取り入れることで、栄養吸収効率の改善や環境ストレス耐性の強化など植物のより健全な成長が期待でき、生産力の向上に役立てると考えたのです。

※バイオスティミュラント:日本語で「生物刺激剤」。植物や土壌に良い生理状態をもたらす物質や微生物のことで、植物などが本来持つ免疫力を活用し、植物の健全さやストレス耐性、収穫量や品質、収穫後の状態等に良い作用を与えるもの。

入社1年で起業に踏み切った理由

中道:大学院修了後はいったん上場企業に就職したのですが、翌年には退職してAGRI SMILEを起業することにしました。大学時代は「農業界に貢献したい」という強い思いで研究していたものの、自分の研究を現場の生産者のみなさんに理解してもらい、社会実装するには大きな障壁を感じていました。

初めから起業を志していたわけではなかったのですが、私の目指す社会実装を行う会社が見つからなかったため、それなら自分でやってみようと腹を決めました。また、JAさんと協力体制を築いているスタートアップ企業が見つからなかったことも起業を決断する大きな理由になりました。

JAさんという生産者のみなさまを支援し産地を形成する偉大なプレイヤーとの連携なくして、農業界を革新するようなインパクトの大きなビジネスは考えられません。私にとってJAさんとのパートナーシップは非常に重要なことでした。

アマテラス:動機があっても実際に起業できる人はごく僅かです。ご自身で起業に踏み切れた理由は何だと思われますか?

中道:小さな頃から農業のおもしろさに魅せられる一方で、その大変さも間近で見て来ました。そのため「何とかしたい」という気持ちが人一倍強かったのだと思います。また、大学院時代に就職活動をしている過程で起業をしている方が意外に多いことがわかり、選択肢として起業が現実的になったところはあるかもしれません。

夜行バスや1時間以上の徒歩で全国の産地を訪問

アマテラス:2018年の創業から間もなく5年、従業員数も50名を超えましたが、創業当時を振り返って大変だったと思い出すのはどんなことですか?

中道氏:研究者出身、そしてゼロからのスタートだったので、創業当初はお金のことで悩むことが多かったです。創業期には経費削減のため、夜行バスや1時間以上の徒歩で全国の産地を訪問していたこともあります。

初めに直面した大きな意思決定は資金調達をどうするかでした。融資と出資、どちらを主にした経営をするのかという意思決定には悩みましたが、最終的にはスピード感と視座の高い経営を目指し、VCから出資を受けることに決めました。THE SEEDゼネラルパートナーの廣澤太紀さんには創業当初から気に掛けていただいており、出資のご縁をいただいたことに感謝しています。

資金問題と同時に大きな壁を感じていたのは、JAさんとの協力体制の構築です。JAさんにとって、いつ潰れるかもわからないスタートアップとの契約はおそらく過去にあまり経験のないことで、話を進めるのは簡単なことではありませんでした。

少しでも現場のお悩みを体感するために、時には生産者の方の家に泊まり込みで農作業を手伝ったり、課題の解決策を一緒に考えたりすることもありました。

私たちの事業に初めて協力してくださるJAさんと契約まで漕ぎ着けるのに1年を費やしました。契約が決まって、オフィスに戻ると入社間もないエンジニアの新田や廣澤さんがお祝いをしてくれたことは、今でも鮮明に覚えています。

最初のJAさんとの契約が無事にまとまり、そして資金調達を実施したことで、ようやくひと息つくことができました。

創業からわずか1年で農業界の雄、JAと契約成立

アマテラス:まだ創業1年だったAGRI SMILE社がJAさんのような組織との契約に漕ぎつけることができた理由は何だったのでしょうか?中道さんも農業経験があるとはいえ、農業ビジネスは未経験だったわけですよね。

中道:農業にかける誠意や熱量が伝わった結果だと思います。JAさんは組合員数も預金規模もとても大きな組織ですが、生産者が主でありフォーカスされるべきであるという一貫した姿勢があります。私たちも生産者のみなさんと徹底的に話し合い、理解を得ることが最重要だと考え、とにかく泥臭く繰り返し足を運ぶうちに徐々に協力を得られるようになってきました。

少しずつ関係が深まり、私たちの事業への理解者が増えていく中で、生産者さんからJAさんの組合長に話をつないでくださる方が出てきました。また、お付き合いのあった株式会社みかんの清原優太さんにもご助力いただき、複数ルートでの紹介だったことが組合長の信用につながって、契約の後押しになったのだと思います。

「二度とは作れない最高のチームを作る」

アマテラス:創業2年目以降のお話もお聞かせください。拡大フェーズに入り、仲間集めも加速されていると思います。採用はどのように進められたのでしょうか。

中道:「二度とは作れない最高のチームを作る」という信念のもと、特にコアメンバーについては一切妥協することなく、絶対に入って欲しいと思う人材をじっくり探しました。

初期は優秀なエンジニアの方に出会えるようとにかく積極的にアプローチをして、何人ものトライアルを繰り返す中で、7人目で新田に出会いました。この出会いが全てのプロダクトを支える奇跡的なものだったと鮮明に記憶しています。新田が多くのエンジニアを惹きつけてくれて、今では10名以上のチームになりました。

また、初期から自分を上回るポテンシャルを有する人が活躍できる環境を整えていたことも、採用が成功している要因だと思います。環境という側面に大きく寄与したのが経理管理部長の山田です。実際、創業当初から研究・栽培現場・販売に関わる複数の事業を展開しており、複数事業のメリットを最大化するためには管理体制の整備は急務でした。

山田は、売上数百億円・従業員数千人規模の会社の経営企画責任者や管理部門責任者として幅広い実務経験があり、AGRI SMILEを若手技術者集団から会社組織に進化させるという重責を担ってくれました。投資の意思決定や収益の安定的な確保等、事業を跨いで総合的にバランスを取ってくれる管理部の存在は、非常に重要だと実感しています。

この2人だけではありません。時間はかかりましたが、研究開発・プロダクト開発・技術戦略等全ての部門でトップクラスの人材を探し続け、1人ずつ増やしていきました。

目標は売上1,000億円、海外市場への挑戦も

アマテラス:そのような優秀なメンバーが次々と入ってくれた理由は何だったのでしょうか。

中道:優秀だと感じた人材には躊躇せずどんどんアプローチしました。しかし、会社に合うかどうかは候補者と企業の双方で慎重に見極める必要があり、業務委託というかたちでトライアルを実施しています。その結果、入社後に活躍する方が非常に多くなっています。

また「共感度」が大変重要だと考えており、採用時には必ずパーパスとロードマップを確認してもらうことにしています。私たちは多領域の専門家集団でもあるため、複数事業を展開する会社として人間成熟度と専門性を兼ね備えているかも重視しています。

そこへの妥協は一切ないからこそ、AGRI SMILEの役職員は農業界が抱える難題解決に向け、熱意を持って生き生きと仕事ができています。採用面接においても、社員の熱意や期待感、わくわく感は自然と伝わるようで、そこに惹かれる人も多いようです。その結果として桃李門に満つる(優れた人物がたくさんいる)状態になっているのではないかと感じています。

アマテラス:AGRI SMILE社の今後の展望についてお聞かせください。

中道:私たちはAGRI SMILEのプロダクトを通じて農業界の発展に貢献し、農業がビジネスとして、現在より高く社会に評価される世界の実現に向けて尽力しています。そして産地とともに、農業界に参画したいと思う人が増えていくような持続可能性の高い産業に変えていきたいと考えています。

AGRI SMILEとしては、売上1,000億円、営業利益250億円を1つのマイルストーンにしており、その中で時価総額1兆円企業にすることを目指しています。すでに黒字化されている事業も存在しており、短期計画としては、現存する3事業の営業利益を最大化し、研究開発へ投資し続けられる基盤を構築していきます。

中長期計画としては、バイオスティミュラントを含む研究開発で、海外市場へ挑戦し、マイルストーンである数値目標の達成を考えています。

近年、ITや医療分野では急成長を遂げているスタートアップ企業が数多く見られますが、農業分野は何事にも時間を要する業界です。私たちも目標までにはまだまだ距離があると感じてはいますが、到達できるだけの人材は確実に集まって来ているので、一歩一歩前進を続けたいと思います。

未来を拓くための最大のハードル

アマテラス:目標を実現するためには、現在どのような課題を感じていらっしゃいますか?短期的な課題、中長期的な課題を教えてください。

中道:短期的にも中長期的にも、私たちのコアバリューは研究開発です。短期的には、やはり有効性の高いバイオスティミュラントが開発できるかどうかが最大の課題だと考えています。バイオテックやハードテック企業にとってはプロダクト開発が最大のハードルですから、ここがクリアできればそこから先の未来は必ず拓けるはずです。

2023年3月には、深谷市とアグリテックに関する連携協定を結びました。深谷ねぎの圃場において、当社の開発したバイオスティミュラントの検証を実施する計画です。深谷ねぎの収穫時に出る皮や根などの残渣(ざんさ:ろ過をした後に残ったかす)の処理は深谷市がかねてより抱えていた問題でした。

私たちはこの残渣がバイオスティミュラントとして有効であることを突き止め、深谷市内で実際に排出された深谷ねぎの残渣を活用した資材の開発を行うことになりました。

このバイオスティミュラントが植物の生育に有効だと認められれば、廃棄物の削減だけでなく化学肥料の使用量抑制にもつながります。本協定ではバイオスティミュラントの製造のためのプラント設立も検討することとなっており、相互利益のプロジェクトです。

植物からバイオスティミュラントを開発し、生産者に届けるまでのスキームが構築できたら、次に中長期的なプランとして考えているのはグローバル展開です。今年はアジアとアメリカに社員が渡航することが決まっており、国内の軸足固めと同時進行で少しずつ準備を進める予定です。

理想の組織を作るための2つの軸

アマテラス:AGRI SMILE社の今後の組織づくりについても伺えますか? どのような組織を理想とされているのでしょうか。

中道:「事業がおもしろいこと」と「良いカルチャーがあること」、この2つがどちらも成立している組織が理想的だと考えています。スタートアップにはおもしろいことをやっている会社、カルチャーの良い会社はありますが、社員が本気で自分たちの事業にワクワクしている会社はそう多くないはずです。

当社の取り組みは新しいことばかりで毎日がおもしろいことの連続ですが、今後もこの流れを止めることなく、さらに加速していきたいと考えています。JAさんや大学の研究室との協力体制をより強固なものとし、インキュベーション( 新規事業を起こし、育てるのを支援すること)の火種を絶やすことなく、価値ある事業をどんどん世の中に送り出していくつもりです。

また、産地とのダイレクトな連携に加え、バイオテクノロジーをはじめとするさまざまな技術やハードウェア企業との業務提携を通じた多面的なサポート体制は、AGRI SMILEの強みとなっています。今後も産地のパートナーとして、潜在的なニーズをいち早く捉え、課題解決に貢献していきたいと考えています。

カルチャーも同様に大切です。ロードマップは社員全員の意見を反映し、農業の未来および会社の15ヶ年計画を立てています。社員が30名を超えたタイミングで再設計したバリューにもみんなの想いが反映されています。産地やアカデミア研究者に敬意を持ち、至誠を尽くす行動こそAGRI SMILEが最も大切にする価値観です。

契約産地から定期的に高品質な果物が届くというAGRI SMILEらしい福利厚生もあります。美味しい果物を楽しんでもらうと同時に、栽培技術や選果技術の高さを感じてもらいたいという思いから始めた施策ですが、社員にはとても好評です。

私にとって事業のおもしろさとカルチャーの良さは両輪で、どちらが欠けても前進はできません。どちらも妥協することなく、理想の組織づくりを目指します。

農業生産者に共通する、受容性と柔軟性

アマテラス:中道さんが一緒に理想の組織を作っていきたいと思う人物像についても教えてください。

中道:ポジションなどによってはスキルや経験も必要ですが、創業当初より「人間的に成熟している人材」という軸は変わっていません。

生産者のみなさんとお話ししていると、懐が深く温かい人が本当に多いと感じます。土質や天候など自分では制御できないことの多い不自由さを丸ごと受け入れ、農作物と向き合う日々の中で自然と身に付いて来たものなのかもしれません。この業界を支えていく私たちにも、生産者のみなさんと同じように高い受容性や柔軟性が求められていると思っています。

社内にも研究者にエンジニア、サイエンティストやBizDev(Business Developmentの略で、事業開発を意味する)など多様な人材がいます。グローバル展開に伴い、将来的には海外の人材も入って来るでしょう。そういった多様性を楽しみ、多様だからこそおもしろいと前向きに捉えられるような成熟した人材を求めています。

魅力ある人材とともに、農業界をリードする存在へ

アマテラス:今のタイミングでAGRI SMILE社にジョインするおもしろさや魅力はどこにあると思いますか?

中道:真っ先に挙げたいのは事業拡大期のおもしろさです。新たな分野でゼロから農業界を改革するという大きな目標に向け、まさに事業拡大のフェーズにあります。前述の通り、AGRI SMILEには農業界の難題に対応できると思える人的基盤があり、気候変動対策という国全体、ひいてはグローバルな課題に対して、生産者・JA・研究者と共に取り組む環境も整っています。

当社はこれから数十年にわたり、農業界をリードしていく会社になると思います。良いプロダクトがあり、さまざまな大手企業や大学との共同研究で未来の事業の種も着々と育っています。創業初期ならではの、事業が急速に成長するワクワクを感じるのは今が最高のタイミングかもしれません。

また、当社は私のこだわりで縦型組織にしていません。人数が大幅に増えればいずれ縦型を取り入れざるを得ないと思いますが、今は研究者もエンジニアもデザイナーもみんなフラットに働いており、異文化交流のようでとても楽しいと好評です。

私たちが一生懸命集めた人材は魅力ある人たちばかりです。外部の関係者だけでなく、自社内部の仲間に対しても至誠を尽くすことをモットーとしています。事業を拡大するおもしろさ、魅力ある人たちに囲まれて仕事ができる楽しさをぜひみなさんに体感していただきたいと思います。

アマテラス:本日は素敵なお話をありがとうございました。

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