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田所氏講義 ピッチの極意(全3記事)

採用候補者や投資家に…起業家の武器・ピッチ力の高め方 最優秀ピッチに学ぶ、リスナーを引き込む構成と流れ

スタートアップ向けクラウド経営管理ソフト「FUNDOOR」を提供する株式会社FUNDINNOが主催するセミナー「資金調達 ピッチの極意」に、『起業の科学』の著者・田所雅之氏と、ユニコーンファームCSOの清田享平氏が登壇。本記事では、田所氏による「ピッチの極意」の講演の内容をお届けします。田所氏が選ぶ「ピッチのベストプラクティス」や、ショートピッチを成功させるポイントなどが語られました。

田所氏が選ぶ「ピッチのベストプラクティス」

田所雅之氏(以下、田所):あまり時間がないんですけど「ピッチのベストプラクティス」をお見せしたいと思います。今日は、みんな大好きSmartHRのピッチを見てください。

SmartHR代表者:日本には社会保険、雇用保険と呼ばれる国の保険制度があります。この保険制度、それ自体はすばらしい制度です。が、その手続きのアナログさ、煩雑さ、わかりづらさは否めません。私たちは、この古くて巨大な制度を、国のAPIも駆使してハックしていきます。

これは私の自宅です。散らかっているのは産休・育休の書類。それを妊娠9ヶ月になる妻が自分で作成しています。本来、これらの手続きは会社が行うという義務があります。それを従業員にやらせている。従業員のモチベーションも下がりますし、倫理的にもよくない。

では、なぜ会社側は自分たちでやらないのでしょうか? 根本的な原因があります。それは労務手続きが非常に面倒で大変だからです。まず、基本的に紙です。紙で大量の書類を作成しなければいけません。そして、複数の役所へ届け出を出す必要があります。

ここ渋谷区では、窓口で2時間以上待たされることもザラです。1つ、例をお見せしましょう。これは従業員の入社時に必要な書類の1枚。右側の丸は性別を選ぶ欄です。お気づきでしょうか? 性別がまさかの6択になっています。

しかも、選択肢が何も書いていない。ちなみにこれ、1番は普通の男性、2番は普通の女性です。では、3番はなんでしょうか? もうおわかりですね。正解は炭鉱で働く男性です。こんなトラップが、書類のいたるところにある。そして、こんな書類が年間350万回も使われている。これが労務手続きの現状です。

そして、こういう書類は1枚ではありません。これは入社手続きに必要な書類の一覧と、完了までのユーザーフローです。もう見るのも嫌になってきましたね。私たちは、この面倒な労務手続きをSaaS、クラウド型のソフトウェアで自動化していきます。

では、さっそく、デモをお見せしましょう。「SmartHR」で入社手続きを行います。用意されたフォームに沿って、入社日や氏名を入力していくだけ。業務知識のない方でもできるよう、ヘルプも充実しています。

入力が終わると、手続きの画面に進みます。必要な書類がすべて完成しています。あとは、用意されたToDoにしたがって、タスクをこなしていくだけ。初めての方でも簡単に手続きが可能です。

また、「SmartHR」は人事データベースでもあります。手続きと連動した、抜け目のない情報管理が可能になります。そして、「SmartHR」の目玉は、Webから役所への申請です。今年、総務省が運営する電子制度がAPIを公開しました。国もこの分野の電子化を後押ししています。

「SmartHR」は、総務省の最終試験もすでに突破しています。もうまもなく、役所の申請まで、Webですべて完結するようになります。

リスナーの期待を高めるサマリー

SmartHR代表者:ここまでのまとめです。「SmartHR」を使うことで、短時間で正確な書類が作成でき、学習コストは限りなく0に。そして、もう役所に行く必要はありません。

既存の代替品としては、社労士に依頼するという方法があります。「SmartHR」を使うことで、手続き完了までの時間は3分の1に、月額2万円からの顧問料はその20分の1の980円から利用が可能です。

トラクションです。クローズドベータ版を公開後、わずか3ヶ月半で200社を超える企業に利用されています。今月も、まだまだ伸びそうです。そして、これらは有料での導入がすでに決定している企業です。

注目すべきは、どんな規模の企業でも利用できるという点。10名未満の企業だけでなく、50名から100名、最大では450名規模の会社で導入が決定しています。私たちのターゲットは、日本全国の中小企業です。その数、419万社。そこで働く従業員数は、人口の4分の1、約2,700万人です。

そして従業員を雇用する限り、社会保険、雇用保険へ必ず加入する必要があります。彼らすべてをエンドユーザーとして取り込む。そのポテンシャルが「SmartHR」にはあります。

フューチャープランです。私たちは、ただの手続き屋さんでは終わりません。「SmartHR」には、リアルタイムの従業員データベースができあがってきます。このデータベースを使うことで、BtoBのマッチングプラットフォームになっていきます。

例えば、10名になったら就業規則が必要、50名になったら産業医が必要といった法的なアラートを自動で出すことができる。企業は受け身で法律を守ることができ、私たちはマッチングビジネスの展開ができます。

専門家の紹介だけではなく、オフィス移転、業務用のPCなど、さまざまな市場を攻めていきます。ちなみに、本日11月18日、「SmartHR」を正式ローンチしました。私たちは、この分野にフォーカスし、古くて巨大な社会保障制度をハックしていきます。「SmartHR」です。どうもご清聴、ありがとうございました。

SmartHRのピッチの巧さ

田所:はい。100点ですね。いや、95点くらいかもしれないですね。途中ちょっと噛んでいたので(笑)。というのは冗談ですが、いかがですかね? 少し解説しますね。まずはサマリーです。

先ほど言ったとおり、ピッチで大事なAIDMAにはMemoryがあります。だから、サマリー、ディテール、サマリーとしていくことが必要です。一番伝えたいことは、やはり2回伝えることが大事なんですね。

一言で言うと「私たちはこの古くて巨大な制度を国のAPIも駆使してハックしていく」と。当時はまだDXという言葉がなかったので、こういう表現になっていますが、これは人事のDXのことですね。

あとは、やはり「Why me?」というイシューですよね。なぜ自分たちがやるのか。宮田さんの奥さんが妊娠していたんですけれど、産休・育休の書類がこんなふうに散らかっていて、これはよくないと。そして、これらの手続きを従業員にやらせている現状があると。

ここからが注目するべきところなんですが、この後2分くらい、ソリューションについて触れないんですね。問題に対する理解度を話しているんです。炭鉱夫についての話もありました。

注目すべきはこのフローで、「これだけ書類があります」かつ「こんな流れがあります」と。基本的に、人事労務の方は真面目だし、ふだん所与のものとしてやっているので、いちいち「何が生産性が低いのか」みたいなことを因数分解しないと思うんですよ。だからこのピッチは、このへんの解像度を非常に高めて、問題点の理解を示しているんですね。

その後、3分くらいのソリューションが始まります。ソリューションといっても、技術的な話ではありません。基本的にペルソナは「そこまでITリテラシーが高くない人事総務の方」だと思いますが、その方々でも「直感で使える」「受け身でも使いやすい」といったUXの解説をするんですね。

競争優位性やトラクションの質を自然に高めるテクニック

田所:少しテクいなと思ったのが、まさに「スケーラビリティとディフェンシビリティ」ですが、やっていく中でどんどんデータが貯まっていくことですね。

それがある意味、「自分たちの競争優位性につながっていく」ということを言っていまして。

あとは、「Why now?」。「外部環境の変化」と「なぜ今やるのか」というところですね。サマリー、ディテール、サマリーで、ここでショートサマリーが3分半くらいあります。

次は「トラクション」ですね。「3ヶ月半で、こんなにたくさんの企業からご利用をいただいています」と。

これもちょっとテクいなと思ったのが、トラクションの質ですね。これはすごく汎用的なプロダクトなので、「10名くらいの小さなスタートアップから、450名のベアーズまでお使いいただいています」というところ。

「単なる手続き屋さんでは終わらない」と。いわゆるプラットフォーム型として、「その先にあるTAM(Total Addressable Market、商品・サービスの総需要)、大きなポテンシャルを狙っていく」と言っています。

最後が、AIDMAのActionですね。実際に2015年11月18日に「TechCrunch」のファイナルのイベントがありまして、日経新聞などいろんなメディアが来ていました。

日本の多くのスタートアップ記事もそうだと思うんですけれど、そこで優勝して報道されるということは、SmartHRのリンクがいろんなところに貼られるということなんですね。そして、「今ベータ版があるので登録してください」と。こういったcall-to-actionなのかなと思います。

ショートピッチを成功させるポイント

田所:次は「ショートピッチを成功させるポイント」ですね。

時間がないので、いくつかピックアップしてお話しします。やはり、「自分たちが何をしているのか、最初に説明すること」です。サマリー、ディテール、サマリーです。

あとは「1スライド1メッセージ」とか「素早くデモに持っていく」とか。あと、抽象的な説明だけが続いていると、やはり注意が削がれてしまうんですね。なので、抽象、具象、抽象みたいに、できるだけ早いタイミングで手触り感のあるデモに持っていくことが大事です。

あとは「投資家の頭に残ることを言う」とか「UXを語る」ということも挙げられると思います。

まとめると、「AIDMAで話せ!」と「SDSで話せ!」です。SDSとは、サマリー、ディテール、サマリーのことです。

やってはダメなこととしては、「自分自身が完全に納得していない」とか「解決したい課題ではなくて、自分が作りたいプロダクト目線になっている」とか「KPIを知らない」とかですね。

このあたりは5分ピッチの中で抜け漏れがあれば、投資家はその後の質疑応答で聞いてきます。そこに対して、用意周到になっていることが非常に大事です。

あとは、「熱いパッションを持っていると同時に、Cool Headも持っていること」。この両軸を持っていることがとても重要です。あとは、いわゆる「正直さや誠実さを示すこと」。

「ピッチでカバーする要素まとめ」の後半になると、いわゆるロードマップとか諸々の項目が増えてきます。ただ、みなさんはプレシードかシードの方が多いと思うので、初期においてはこのリストの前半の二重丸がついているあたりが大事だということを覚えておいてください。

ちょっと長くなってしまいましたが、まとめに入ります。いずれにしろ、起業家にとってピッチの機会とは、ある意味「最大の武器の1つ」なんですね。

冒頭に言ったように、インベスターとか投資家に対するピッチも非常に大事ですが、それだけではありません。スタートアップとして多くの人を巻き込んでいくには、いろんなステークホルダーがいるわけです。

自分たちが「一緒に事業をやりたい人」や「お客さん」など、多くの人を巻き込んでいくには「きちんと腹落ち感を醸成していくこと」です。みなさんも今日をきっかけに、そのためのピッチをぜひ学んでいただきたいと思います。

11分オーバーしてしまいましたが、ご清聴ありがとうございました。

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