2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
株式会社Finatext 代表取締役CEO 林 良太 氏(全1記事)
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アマテラス藤岡清高氏(以下、藤岡):まず、林さんの生い立ちについて教えてください。幼少期について記憶に残っているエピソードなどはありますか?
林良太氏(以下、林):僕が記憶しているのは、とにかくファミリー欲、大家族への憧れの気持ちが強かったことです。
僕は一人っ子なのですが、幼少時に暮らしていた茅ヶ崎が当時大家族の多い地域だったこともあり、なおさら賑やかな家庭に対する思いが強かったのかもしれません。
藤岡:お父様はどのようなお仕事をされていたのでしょうか。
林:父はもともとロケットエンジンのエンジニアでしたが、僕が中学生の頃に独立して「オプトラン」という会社を創業メンバーの1人として始めました。現在は社長で、2年前には上場もしました。
藤岡:中学・高校は公文国際学園に通われたのですね。
林:自由な学校で、6年間私服通学でした。また、非常に国際的で、外国人の教師もたくさんいましたし、希望すれば海外との交換留学などもできる環境でした。寮があったので、日本全国から生徒が集まっているのも面白かったです。
中高時代はテニスに全てを捧げていました。学校のあった大船の辺りはテニスが盛んな地域で、杉山愛さんや添田豪さんなどを輩出しています。僕もキャプテンとしてダブルスで神奈川県ベスト32まで行ったこともありました。もちろんですが、プロになるような腕ではありませんでした。
藤岡:東京大学に進まれましたが、受験勉強はいかがでしたか。
林:たまたま受けた模試の成績が良かったので「東大を目指してみようかな」と思ったのが、高2の夏頃です。当初は受けた模試全てD判定でしたが、僕はポジティブな人間なので、ずっと受かると信じていました。センター試験1ヶ月前からは1日15時間勉強して、本番では受験の神様が舞い降りて合格することができました。
ただ、東大に入った時点ですっかり調子に乗ってしまい、いわゆる「大学デビュー」状態になりました。学校にもあまり行かず、本当にひどい状態でした……。東大の1、2年できちんと勉強しなかったことは人生で一番の後悔です。あそこでしっかりやっておけば、素晴らしいエンジニアになるのも夢ではなかったのかなと思います。
その中で辛うじてサークル仲間にだけは恵まれました。みんなコミュニケーション能力が高く、僕はそこで社会性を身に付けることができました。
林:そんな頃に、サイバーエージェントの藤田社長の「渋谷ではたらく社長のブログ」に出会いました。
ちょうど20歳の誕生日に読んだのですが、「俺は一体何をやっているんだ」という気持ちになりました。「もっと本気でやらないと」と考えるきっかけになりました。
当時の僕にとっては本当に革命的で、そこからもう「俺は起業家になる、いや、ビル・ゲイツになる」と自分自身に刷り込みました。今でこそその距離感がわかりますが、その頃はそれがわからないから、簡単に行けると勘違いしていましたね。
ただ、「ちょっと金稼いで満足するような社長」ではなく、「ビル・ゲイツのような社会を変えるくらいのCEO」をイメージしていたことは良かったです。
藤岡:何か具体的なアクションを取られたのでしょうか。
林:SGTという投資の勉強をする学生団体を立ち上げました。投資にこだわりがあったわけではなく、「何か行動を起こしたい」と思って立ち上げた団体でしたが、間違いなくこれが僕のリーダーシップの原体験となっています。ちなみに僕の二学年下の代表はグノシーの創業メンバーの福島良典さんです。
学生団体の運営の難しいところは、参加者にお金を払ってもらった上で参加してもらうところです。こちらがお金を払って参加してもらうなら簡単ですが。そんな中でどうやってコミットメントを達成するのか試行錯誤の連続でした。リーダーをしていたのは1年ちょっとでしたが、非常に多くを学ばせてもらったと思います。
実際投資もやりましたが 、残念ながら全く儲かりませんでした。しかし、僕が代表をやっていた1年ちょっとの間の離脱者ゼロでした。スタート時のメンバーが7名、2期であと3~4名。途中で入るメンバーもいましたが、誰も抜けませんでした。
藤岡:学生団体は離脱の多いイメージがありましたが、メンバーが定着していた理由はどんなことだと思いますか?
林:しっかりとしたチームビルディングを行うのではなく、ナチュラルなコミュニケーションを取っていたことでしょうか。自分で言うのもなんですが、人を自然に溶け込ませる雰囲気作りは得意な方だと思います。意図してやっているというよりは、先ほどもお話しした僕自身の大家族主義的なところが関係しているかもしれません。
藤岡:東大を卒業後、イギリスのブリストル大学に進学されていますね。
林:はい。優秀な東大生は大概、マッキンゼーや三菱銀行への就職を目指していたのですが、僕は海外で働きたいと思いました。ただ、東大から海外企業に直接就職するのは難しいと思いましたし、そもそも英語が全くできなかったので、まずは留学をしようと考えました。
藤岡:進学先はどのように選ばれたのでしょうか。
林:アメリカのコンピューターサイエンスなどIT系大学院にもアプライしましたが、残念ながら縁がなく、たまたまイギリスのブリストルから合格をもらえたという感じです。
アメリカと違ってイギリスにはデュアルディグリー(注:複数の高等教育機関で学修プログラム修了し、それぞれの教育機関から学位を受け取れる制度)やコンバージョンコース(注:すでに学位を取得した学生が、就職前の準備として大学院で分野を変更して学習する職業資格コース)が充実していたことが幸いしました。
ブリストルではコンピューターサイエンスを1年学び、そこからドイツ銀行ロンドンにエンジニアとして現地採用されました。
藤岡:ドイツ銀行で日本人が現地採用されたのは初めてのことだったとか。ドイツ銀行で働きながら、どんなことをお感じになりましたか?
林:海外で暮らすと、日本人の勤勉さやサービスレベルの高さなどが見え、日本は世界に類を見ない凄い国だということがわかりました。一方で、世界からの注目度は低く、投資が集まらないことに対して「もったいない」「悔しい」と感じました。
日本国内の株式市場も外国人投資家がリードしている現状で、日本国内に眠る貯蓄は投資に回らず経済停滞から抜け出せない。それは日本の金融マーケットに魅力が乏しく、投資したくなるようなサービスがないからではないかという結論に至りました。
この日本の金融マーケットに対する「もったいない」という思いや、日本の金融リテラシーの低さに対する問題意識などが徐々に起業へのエネルギーに変わっていきました。
藤岡:2013年12月にFinatextを起業されて現在6年目になるわけですが、起業当初はさまざまな壁に突き当たったと思います。どのようなご苦労がありましたか?
林:登記は2013年12月ですが、実は事業を開始したのは2014年10月です。その間は創業メンバーで「何をしようか」という話を延々としていました。最初の方向性が見えない時期が、まずは苦しかったですね。
藤岡:ドメインは金融業界で決まっていたのでしょうか。
林:初めからFintechという路線は決めていました。
日本の金融リテラシーの低さの原因の1つに、多様なサービスがないことがあると考えました。例えばモバイル業界にはインフラ・OS・アプリと各層に応じたサービスがありますが、金融にはそれがなくユーザー層とインフラ層が接している現状がありました。
そこで僕たちは「金融を“サービス”として再発明する」というビジョンを掲げ、利用者目線の身近な金融サービスを開発することで、金融業界を改革したいと考えました。
藤岡:そして、開発されたのが「あすかぶ!」ですね。
林:はい。「あすかぶ!」は1日ひとつの注目銘柄がお題として掲げられ、その株価が翌日に上がるか下がるかを予想するアプリです。投資の練習にもなり、これをきっかけに投資の勉強を始めたお客様もたくさんいらっしゃいます。
苦労と言えば、これも大変なものでした。メンバー全員アプリ開発は未経験だったにも関わらず自分たちで開発したものですから、当初バグだらけでした。リリース4日目にはユーザー全員ログインできなくなる状況に陥りましたが、試行錯誤を繰り返して、ほぼ自分たちで完成させました。
藤岡:外注は考えなかったのですか?
林:ビジネス的な観点で言えば外注が効率的だったかもしれませんが、全員で一から開発してレベルアップを追求する経験は、大事なノウハウを残すという観点からは必要だったと思っています。
とは言え、今なら5分で終わる作業を3時間かけてやっていましたから、半端なく忙しかったです。
藤岡:起業当初はどういったところで売上を上げていたのですか。
林:送客とソリューションです。送客というのは金融機関にお客さんを紹介することで紹介フィーが支払われるビジネス。ソリューションは、「あすかぶ!」が好評だったことでFinatextの知名度が上がり、新たなアプリやシステム開発の依頼が次々と入るようになりました。
藤岡:システム開発会社のようですが、そのようなモデルも想定されていたのでしょうか?
林:受託のような形でのシステム受注はしませんでした。どちらかというと「考えて、作れて、運用もできるコンサル」みたいなイメージです。通常のコンサルは、自社で開発部隊をもっていないので、我々は一気通貫できるところが特徴でした。Fintech領域、中でも資産運用のみに絞ったサービスについて「こうしましょう、僕らが全部作って運営もします」という形で受注していました。
藤岡:収益がぐっと上がってきたポイントはどの辺りだったのでしょうか。資金調達の話などはニュースで拝見していますが、どこかでビジネスがブレイクしたポイントがあったのではと思います。
林:うちは良くも悪くもブレイクはしていなくて、ずっとじわじわと上昇してきた感じです。
表に見える部分ではユーザーが着実に増えてくれていますし、見えない部分では、例えば日経新聞社の「日経会社情報PREMIUM」は共同開発したサービスですが、そういったtoB向けの大きい仕事も地道に積み重ねて来ています。
利益も上がり、上場もしようと思えばできる状態でしたが、今のままで数百億円のビジネスを作ろうとしても、10年以上かかってしまう。であれば、もっと資金調達をしてレバレッジを効かせたビジネスをするべきだという思いが出て来ました。
そして、取り組んだのが2017年12月に第一種金融取引業者 (証券会社)の免許を取得したスマートプラス社と、その会社から2018年9月にリリースした「STREAM」です。
林:「STREAM」は日本で初めて取引手数料をゼロにした株取引アプリです。「あすかぶ!」と違ってユーザーのお金を預かって取引をする訳で、技術的な難易度も格段に上昇しました。正直、僕の能力をはるかに上回るプロダクトでした。
そこで、慌てて社内体制を整備しました。僕はそれまでのPMのような立場を退き、1人の駒としてアシストすることに専念することにしました 。議事録とるとか、UATを手伝うとか、バグをメモするとか。そういう意味で記憶に残るプロダクトでもあります。
現在はまだβ版で、まだまだの出来です。もっともっと良くなるはずのものが、開発の入口のところで体制が整っていなかったために足止めをしてしまった悔いはあります。ただ、「あすかぶ!」の頃から、同じ失敗を繰り返さないよう学ぶ姿勢は徹底していると思います。
また、そもそも日本にはスマホで株の取引をする文化が根付いていないので、その文化から作っていかなければいけないというところで、チャレンジが多いです。ただ、長いスパンで考えると、未来永劫に従来型の金融機関で株取引をするスタイルが続くとは考えられません。
スマホ取引が浸透しているであろう10年後のために今のうち先行投資をしておき、そこまで僕らが頑張ってサバイブしていれば、その頃には信用度もぐんと増してビジネスチャンスは広がるはずだと考え取り組んでいます。
藤岡:人材の確保についてもお聞かせ下さい。学生時代の仲間が入ってくれているとは思うのですが、ご苦労はありましたか。
林:創業当初のメンバーには非常に恵まれたと思っています。共同創業者の戸田君は大学院のトップの成績を誇る秀才で、その後に加わったメンバーも非常にガッツもあって信頼もできて優秀でした。
しかし、その後の人材確保に苦労しました。僕が多くを語ることを好まなかったこともあり、会社のサイトには「Apply if you want」と「info@」で始まるメールアドレスが書いてあるだけの状況でした。
良くも悪くも格好をつけていて、会社として適切に情報を発信すること、条件等をしっかり言語化して人材募集をすること等、今考えればやって当然の努力をしなかった。知り合いベースなら何とかなりますが、そこから先は苦労しました。それはすべて僕の責任だと思っています。
藤岡:金融業界という古い慣習や規制がある世界に、新参者としてスタートアップ企業が入る際の障壁は大きかったと想像します。実際にはいかがでしたか?
林:そこは非常に難易度が高かったし、今でも高いです。そもそもFintechのスタートアップに1,000万円を預けたくないですよね。
藤岡:確かにちょっと恐いかも知れませんね。10万円や20万円程度ならいいですが。
林:多くの方はそういう感覚だと思います。ただ、30年後に今の Fintechサービスが生き残ってプレゼンスがあり続けていれば、それは大きな信用になるし、その間にチャンスも巡って来るはずです。
藤岡:なるほど、この世界は「時間=信用」なのですね。
林:その通りです。どんなビジネスでも辛い時期の方が長いと思いますが、そこを耐えるとぐっと良い風向きに変わる瞬間があります。無理に風を起こさず、粛々と準備をしながらそのタイミングを待つことが重要だと考えています。
藤岡:ところで、御社は創業以来離職率がゼロに近いという驚異的な実績があるとうかがっていますが、経営者としてどのようなことを心がけていらっしゃるのでしょうか?
林:「本人と会社の目標が合致していること」「報酬がなるべくフェアに支払われること」「メンバーの性格がよいこと(職場環境がよい)」の3点が挙げられるかと思います。
「目標の合致」については、採用面接時に「あなたが本当にやりたいことは何か」と「僕らが本当にやって欲しいことは何か」の間にミスマッチがないかを確認しています。もちろん全てが思い通りには行かないとは思いますが、無理矢理どちらかに合わせるようなことは無意味だと考えています。そこで合わないと感じた方は採用しません。そこは絶対に妥協しません。
また、当社の報酬体系は、入社時には人によっては給与面ではリスクを取ってもらうこともありますが、長くいるほどボーナスやストックオプションなどで報われるようにしています。
評価の仕組みとしては360度評価を基本的に採用していて、一緒に仕事している者同士がフィードバックを出し合うことで、透明性の高い評価を心がけています。
藤岡:それぞれが納得感のあるようなかたちで評価されているということですね。 3つめに良い職場環境とありますが、オフィスもすごくきれいですよね。どんなところを意識されているのでしょうか。
林:僕は基本オフィスにお金を掛けるのが嫌いで、「それならば従業員の給料を上げたい」という考えです。そんな中でこだわっているのは、フラットで透明性の高い職場環境を整えることです。最も大切なのは、働いていてストレスがなく、それぞれのメンバーが何をやっているかがすぐにわかることだと思っています。
藤岡:人間関係の基本に則っていらっしゃる印象があります。それは最初にうかがった大家族欲に関係しているところがあるのでしょうか。
林:意識しているわけではないのですが、結果的に非常に関係していると思います。会社の文化というのは結局トップのパーソナリティが育てて行くものですから、僕自身が自分に嘘をつかず、ありのまま生きるようにしています。そうすると、やはり自然と良く言えばファミリー、悪く言えば公私混同のような雰囲気になっているかもしれません。
藤岡:現在思い描いていらっしゃる今後の事業展開についてうかがえますか?
林:「金融ビジネス参入プラットフォーム」 になっていきたいと思っています。とくに非金融事業会社の。昨今、丸井さんがtsumiki証券を立ち上げたり、LINEさんがLINE証券を立ち上げたり、ユーザー基盤をもっている非金融プレイヤーの金融事業への参入が盛んです。
これ自体はものすごくいい動きだと弊社は思っており、そういったプレイヤーが、本当にユーザーに価値のあるサービスを低リスク・低コストつくれることをサポートするような取り組みをしていきたいと思っています。
「貯蓄から投資へ」という動きは、どこか単一のプレイヤーが抱え込んでいても進展しません。オープンイノベーションの思想で、金融事業者と非金融事業者の密な連携によって、生活に身近で役立つ金融サービスを提供していくことで、実現されるものだと思っています。
現在そのようなプレイヤーは日本には一社もいないので、証券にかぎらず、その他のアセットクラスも視野にいれつつ、社会に対して大きな価値を提供していきたいと思っています。
藤岡:最後に、林さんが考えるFinatextに求められる人材像について教えて下さい。
林:当社では「Principles」という呼び名で、大事にすべき6つの価値観を共有しています。その中の一つに、「ingenuity」というがあります。日本語でいうと「ユニークであれ」ということです。アメリカでやっているサービスを丸コピして展開したり、「他の会社がこうだから」といった理由で思考停止になったりせずに、きちんと考えてアクションをしよう、ということです。
オリジナリティに溢れる、唯一無二の考え方を意識して仕事に取り組める人材を求めています。
加えて、僕らは「Jibungoto」(自分ごと)という価値観を強く共有しています。一人ひとりが、何事も「他人ごと」ではなく「自分ごと」として考えて主体的に動いていくことを目指して、部門やルールを極力減らした「フラットな組織」を作っています。
「これは誰々のしごと」という発言が弊社で飛び交うことはありません。チームとしてパフォーマンスを最大化するために、各自で考え、メンバー同士で助け合うことができるような組織です。
藤岡:素敵なお話の数々、本当にありがとうございました。
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