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ビック・ベンチャーを創れ!(全6記事)

同期に弟子入りを志願! IT起業家たちが人生を変えた“原体験”を語る

新しいサービスで世の中にインパクトを与え続けるIT事業家4名―クラウドワークス・吉田浩一郎氏、Gunosy・木村新司氏、ポケラボ・前田悠太氏、Smart Education・池谷大吾氏―が一同に会し、「ビッグベンチャーをつくれ」をテーマに意見を交わしたセッション。このパートでは、各々が人生を振り返りながら、起業家になるまでの経緯を語ります。(IVS 2014 Summer Workshopより)

Croud Works・前田悠太氏の自己紹介

小野裕史氏(以下、小野):「ビックベンチャーをつくれ」ということでですね、さっそく吉田さんからですね、まず自己紹介を含めてお願いします。

吉田浩一郎氏:(以下、吉田):これ何分くらいですか?

小野:しゃべりたいだけ。途中で止めるので(笑)。

吉田:クラウドワークス吉田と申します。私は特に就職するつもりは実はなくて。大学の時は寺山修二というのが好きで、演劇にはまっていて、劇団で食べていこうと思っていて。劇団でやっているうちに、契約ミスをして借金を背負って。よく何回も契約ミスをしていますけれども、人生で(笑)。

それで200万くらい借金を背負って、「契約とお金のこと知らないと、やりたいことってこんな簡単に無くなるんだ」と思って社会に入り、パイオニアというメーカーからリードエクジビションジャパンというイギリスの会社に入って、事業の立ち上げをやらせてもらって。今は、ドリコムっていうITベンチャーの役員として、チャレンジをして、まずは上場しました。

起業をするなら社名はシンプルな方がいい

吉田:上場企業の役員だったので、その時はプライドもあって、結構仕事デキるんじゃないかという感じで、俺にもできると思って1回目の起業をして。ZOOEEって実に読みにくい社名ですね。

みんな起業するなら、社名はシンプルなほうがいいです(笑)。ZOOEEってコミュニケーションコストが高いんですよ。ZOOEEと渡すとまず読み方がわからないでしょ。次に「何やってる会社ですか?」ってなるので、コミュニケーションのステップが2ステップくらい上がるんです。

対してクラウドワークスって言うと、クラウドのワークス「働くなんかだろう」とコミュニケーションコストが下がるんです。だからそういうのも含めて、1回目の起業で100%自分のお金でもがいて、3年やって失敗して、その中でその失敗経験を元に自分の強みはここだということで絞って、今回は投資を受けようということでクラウドワークスをやって。

次のページめくっていただいて、私37歳で起業しています。そういった意味ではDeNAの南場さんと同じ。IT業界では最も遅い部類の起業になります。ただ逆に言うと、今までの失敗経験とか成功体験がすべて生きているので、そこから今まで2年半というのが、ほぼノートラブルでずっと右肩上がりで成長し続けています。

この2年間で経済産業省、国土交通省、先日が外務省にも発注いただいて、ソニーとかホンダとか三菱自動車とかそういう色んな企業、4万社ぐらいに発注いただいています。

仕事の登録の予算が100億円突破ですね。出資もサイバーエージェント、デジタルガレージ、電通、伊藤忠という、私が新卒の就活の時にすべて落ちた会社から(笑)、14億の投資を受けて、今ここにいるという感じでございます。本日はよろしくお願いします。

小野:ありがとうございます。拍手お願いします。順調そうな人生に見えるんですけれども、実にさまざまな失敗が。この後深く掘り下げていければと思うんですけれども。

ポケラボ・前田悠太氏の自己紹介

小野:続きまして前田さんの自己紹介をお願いいたします。

前田悠太氏(以下、前田):1番知名度の無かったポケラボの前田と申します(笑)。なのでちゃんと説明したいと思います。ポケラボっていう会社は、スマートフォンのゲームを作っている会社です。

先に後ろ(紹介のスライド)いってもらったほうがいいかもしれないですね。ポケラボの説明、先にしようかな。

創業7年ですね。スマホのゲームを作っていまして、1年半くらい前にグリーにバイアウト、M&Aしていただいて、今はグリーの100%子会社になっています。という会社の社長と、バイアウトしてからグリーという会社の取締役を兼任させていただいているのが自分です。

前田悠太という人間は今、31です。この中では多分1番若くて、10年ぐらい前は皆さんと一緒なんですね。だから比較的皆さんと温度感だとか感覚が近い中でいろんな話ができるかなと、この中での自分の特別なポジションと思います。

あと自分起業しているわけじゃないです、というところがポイントでして。自分、ジャフコという会社に新卒で入って、ベンチャー投資をやっていました。その後、御縁あってこのモバイルゲームの業界にお手伝いをする機会があって、その流れでこのポケラボという会社を、本当に創業間もないころに手伝わせていただいて。

11人目の正社員という形で5年くらい前にジョインして、CFOを経て代表という形になっています。ちょっと違う形で事業をやっている自分として、こんな生き方もあるよということを含めて違う立場でお話できたらと思っています。今日はよろしくお願いします。

小野:ありがとうございます。前田さんは自ら社長として起業したわけではないけれど、結果的に今グリーの取締役にまでなっているんですね。このあたりの経緯を掘り下げていければと思います。

Smart Education・池谷大吾氏の自己紹介

小野:続きまして池谷さんよろしくお願いします。

池谷大吾氏(以下、池谷):おはようございます池谷です。僕も反対側からいいですかね。もう1個の方からごめんなさい。うちはスマートエデュケーションという名前なんで、さっきの吉田さんの通り非常にシンプルな名前で、エデュケーションをスマートにと。ただカテゴリーに関してはキッズ、子ども向けでやっている会社です。

3年前に起業して、今国内シェアでいうと25%くらいの売り上げを持っている会社です。まだまだ小さい市場なので、われわれはワールドワイドしか見てないわけですけれども。

起業してから、例えばIVSさんがやっているLaunchPadで優勝したりとか、各種のこういうイベントで優勝してきたというところと、最近ですと藤田さん……僕はもともとサイバーエージェント出身なので故郷でもあるんですけれども、そこから5億円くらい調達して頑張っている会社です。

戻っていただいてですね、経歴をお話しすると、僕はもともとモノづくりが好きな少年で、実をいうと大学には建築士になりたくて、建築を目指して受験をするんですけど、結論から言うと失敗して、コンピュータサイエンス、情報科学に入るんです。

当時僕はコンピューターなんかあんまり好きじゃなくて、建築やりたいんだと思っていたので全然モチベーションが上がらなくて。大学1年生の時って例えばC言語を学ぶのに、全然学びたくないみたいな学生で困ったなっていう時に、出会いがあって。大学3年生の時に、友達が「バイトでプログラミングしないか」と。

当時、1995年くらいってIT革命が起こっていて、会社の企業の顧客システムとか、そういうのをシステム化するバイトがあって、やったらそれがもう面白くなってしまって。

もちろんお金ももらえるし、初めて「目的があるもののためにプログラミングってあるんだ」みたいな形で、僕修士までいくんですね。その、モノづくりが楽しくて、だったら大規模なものを作ろうってことでHPに入りました。

同期に弟子入りを志願

池谷:その中で1個出会いがあったのが、ここにいらっしゃる小野さんです。小野さんは2000年にIBMですよね?

小野:IBM、5か月だけ。

池谷:社会人になったときに同級生で、僕5年間HPにいるんですけれど、彼はもうそうそうにリタイアして起業している。僕は大企業にいって、そこそこ仕事はしていたんですけれども、だんだんつまらなくなってきた時に、小野さんって面白い人がいるんだよと。話してみたら、なんて素晴らしいんだと(笑)。

若い自分と同期にもかかわらず、社会に影響を与える仕事をしていて、その日中に転職を決めて小野さんに弟子入りするという感じでしたよね。

小野:シーエー・モバイルですね。

池谷:渋谷で飲んだの覚えてますか?

小野:覚えてますよ(笑)。

池谷:それぐらい衝撃的でした。

小野:「この人入っちゃった」っていうぐらいに急展開で入ってくれたので。

池谷:その後はもっと楽しくなって、今のスマートエデュケーションをつくりました。今日はよろしくお願いします。

小野:ありがとうございます。

グノシー・木村新司氏の自己紹介

小野:散々サービス名はわかりやすいほうがいいっていうことで、クラウドワークス、ポケラボ、スマートエデュケーションときて、実に会社名が読みやすいグノシーという会社の木村さんから自己紹介をお願いいたします。

木村新司氏(以下、木村):よろしくお願いします。グノシーの木村でございます。最近CMとかやっているので、皆さん見ていただいているかなと思うんですけれども。

簡単に私の自己紹介させていただくと、もともと東大で物理の勉強をしていて、20代のうちは大学で物理学者になろうと思って入ったんですけれども、途中で博士までいったらうちの実家のお金がもたないなということに気付いて。

科学者になるのか、芸術家になるのか、ビジネスで何かやるのかっていうときに、ビジネスが1番自由度が高いなと考え、就職しようと思ってドリームインキュベータという会社を受けたのが1番最初です。

その時ドリームインキュベータって、六本木の交差点のちっちゃな花屋のビルの上だったんです。そこで中途採用なのですが、35歳以下は応募可能みたいになっていたので……。新卒採用やっていなかったところに、堀紘一さんに新卒の1号として入れてくださいって手紙を書いて、ベンチャーだったんですけどドリームインキュベータ―に1番最初に入りました。

学生でも大きなサービスが作れる

木村:その後ベンチャーの投資とか育成とか実際に2年間くらいやっていたのですが、やっぱりやっていると自分でどうしてもやりたくなって。それでシリウステクノロジーという会社を宮澤くん(宮澤弦氏)という、今ヤフーの検索の執行役員にいますけれども、5人くらいやっていたのでそこにジョインして。

その後自分でアトランティスっていう会社をつくって、ここは広告の配信システムを作っていたんですけれども、3年ほど前にそれをグリーに売却をして、そこで広告事業のチームをやって。その間自分で10社ぐらい実は投資をして、そのうちの1社がグノシーで。

グノシーを見た時っていうのは今でも覚えているんですけれど、リリースの1番最初の日にFacebookで流れてきて。で、レコメンデーションのエンジンが今まで見たことないくらい「人っぽいな」と思って、すぐフェイスブックで今の共同代表の福島(福島良典氏)に「ちょっと一緒に何かやろうよ」「美味しいもの食べに行こうよ」と言って話し始めたのがグノシーです。

次のページにいっていただいて、会社化してまだ1年半しか経っていないんです。福島たちも会社化した時はまだ学生で、3人でやっていたんですけども、彼は実はDeNAさんに就職する予定になっていて、他の2人も他の会社に就職する予定だったんですけれども、「もったいないよね、これを伸ばしていくほうが面白いね」ということで、大学院卒業して就職の内定全部断りに行って、というところから1年半なんです。

実は今400万ダウンロードぐらいにまでなっています。今日色々お話しすると思うんですけれど、僕がお話ししたいのは「たった1年半でも、学生でも、つくっているものがここまで大きくなるよ、こういうチャンスもあるよ」というのを感じとって帰っていただければ思います。ということでよろしくお願いします。

小野:ありがとうございます。しかしあらためてグノシー、1年半前なんですね。ここにいた方が1年半後にばんばんテレビCMを打つような会社に成りうるということですよね。福島さんこの参加者だったんだ。IVSのいつだろう、2年前にここにいた1人が今のグノシーの社長という、すごいですね。

昨日のアンリさん(佐俣アンリ氏)がね、ここに来る人と一緒に隣の人と話して、会社を起業したというお話しがありましたけれども、今日はそういう場ということをあらためて認識していただけたらと思います。

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