2024.10.10
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大谷広太氏(以下、大谷):ではさっそく、拍手でお迎えください。ジャーナリストの田原総一朗さんです。よろしくお願いします。
続きまして、漫画家の小林よしのりさんです。よろしくお願いします。
さっそく本題のほうに入っていければと思っているんですけれども。それぞれ今回の映画、昭和天皇、それから阿南陸軍大臣(終戦時の陸軍大臣)と、それから鈴木貫太郎内閣総理大臣と、畑中健二少佐と、その4人の登場人物が大きく軸になっていたと思うんですけれども。
やはり1967年に一度、本作が映画化されましたときには、昭和天皇というのはあまり前面には出ていないというか、ほとんど後姿だけみたいな形で描かれていたんですね。
今回は本木雅弘さんがかなり前面に出てきていますし、終戦の流れの中ではっきりと意思を示して、能動的に動かれていたっていうようなところも印象的だったんですけれども。
まず今回比較されたときに、一番大きくそこが違いとして取り上げられるんじゃないかなというふうに思っているんですけれども、お二方から見て、今回昭和天皇像みたいなのはいかがですか、田原さん。
田原総一朗氏(以下、田原):昭和天皇をよく描いてる。やっぱりそれだけ多分時間が経ったから描けるようになったんですね。岡本さん(岡本喜八監督)のときは本当に出てくるだけで後ろ姿だったですね。だから当時は、天皇を描けなかったんですよね、時代が。そういうことを感じます。
大谷:小林さんももう漫画で『天皇論』、『昭和天皇論』などでも、昭和天皇を何度も描かれてますが。
小林よしのり氏(以下、小林):今回モックンがが昭和天皇を演じておられましたけれども。今まで昭和天皇を演じる人って、例えばイッセー尾形とか、ちょっとかなり滑稽に演じるんですよ。ちょっとチャップリンみたいな感じで演じてるんですよね。
田原:ロシア映画があったね。
大谷:ロシア映画の『太陽』という映画ですね。
小林:そうそう。だからそうすると何かが違うっていう感じですよ、わし。
田原:「ああそう」っていうところなんか、あれは。
小林:そうなんですよ。そういうところにちょっと強調しちゃうわけですね。結局、戦後生まれの人間が昭和天皇を見たときの違和感みたいなものを強調してしまうわけですよ。
大谷:表面的な部分っていうか。
小林:そうそう。それをそのモックンは、ものまねをせずに自然にしゃべるっていうやり方でやったわけですね。そのほうが何か気品がわかると。気品が漂ってくるっていう気がしたんですよ。だからモックンが演技のやり方がうまいなと、わしは思ったんですね。
やっぱり普通は椅子の向こうにおられる方ですよね。それはなかなか描くこと自体ができなかった。大体わしだって昭和天皇論とかで、昭和天皇の絵をそのまま描くと、本当に右側の人間は漫画に描くとは不敬だとかというやつもいるんですよ。
そういうやつも漫画で描くとは不敬だとかっていう言い方をする人間がいるんですよ。だから、あれも結構堂々と顔を出して描くってことは勇気がいる話だったんです。ものまねじゃないっていうやり方はいいと思いますよ。
田原:ちょっと前に、これ日本映画ではないんだけど、『終戦のエンペラー』っていう映画があって、ここで相当昭和天皇を描いてるけどね。今度の映画観て難しいのは、日本は初めて戦争に負けたわけ。負けるって難しいね。
小林:そうですね。近代国家になって、明治以降、日清日露、全部勝ってきたわけじゃないですか。まさか負けるとか全然思ってないわけですよね、軍隊は。帝国陸海軍が初めて負けるという事態に直面してしまってるから、これはなかなか抵抗があるわけですよね。
田原:しかも海軍は主要艦隊は全部やられてるから負けることにあんまり抵抗がないんだけど、陸軍はでかく中国にまだ100万軍隊がいるわけだからね。
小林:そうそう。あれまた無駄なんですよ。ある意味。あっちにあれだけの軍を残して。
大谷:大陸に。国内にも。
小林:国内にもいて、彼らはずっと戦ってないわけですから。戦ってないのに武器を捨ててしまうと。これやっぱり相当抵抗ありますよ。その抵抗は結局描かれてるわけですよね、これには。
大谷:そうするとそこで2人、鈴木総理。鈴木総理ももちろん海軍大将ということで日露戦争も経験されている。また阿南大臣もまた、軍人、陸軍代表として初めて負けるんですけれども。その阿南大将と昭和天皇のところも、まさに小林さんの漫画だと『昭和天皇論』で出てきますけれども、どうでしたか、映画。
小林:だから結局、いざ負けるっていうのは、昔から国時代のときからしんがりを務めなきゃいけないんですからね。しんがりを務める人間は誰だって話になってくるわけですよ。それで結局、誰だっけあの俳優は。総理大臣になってる。
大谷:山崎努。
小林:山崎努。あの人うまいですね。
(会場笑)
小林:あの人はなかなか味を出してますよね。何かこう、何考えてるのかわからんっていうような凄味をよく出してますよ。あの人結局しんがりを務めなくてはいけなくなってしまったわけですからね。これはちょっと相当難しいですよね。
大体あの人2.26のときにいっぺんやられてますからね。弾撃ち込まれてますから。もう息止まってたんですから。
田原:もっと言えば、彼がやられたから昭和天皇は怒ったわけ。
大谷:それぐらい信任が厚かった。
田原:昭和天皇の御用掛で。彼の奥さんがすぐ亭主がやられたって言うんで、宮中に電話して。その電話を昭和天皇が受けるわけだね。
小林:そう。だからよく2.26の事件のときに銃弾撃ち込まれていっぺん死にそうになった男が、まだ天皇から命令じゃないけど託されて。
田原:最後の、しんがりの総理大臣を。
小林:よくやるっていうふうに決意したなと。だってまた殺されるかもしれないんですよ。本当すごいですよ。
田原:あの映画を観てつくづく思うんだけど、陸軍にとって負けって玉砕なんですよね。だから最後の一兵まで戦うっていうのは……。そこで陸軍が残っているのに負けるっていうのは、それはやっぱりOKできないでしょうね。
小林:そうですね。だから本当に、要するに負けるっていうことは敗戦の責任があるっていうことになりますから。だからもう自決しようっていう感覚になるわけですよね。
だからそういう意味では第二次大戦までは最後の侍がいたわけですよ。要するに自分の敗戦っていうのを認めたら腹かっ切って、その責任を取るっていう人間が、あそこまではいたんですよね。戦後いなくなったんですよ。
大谷:鈴木大臣も実は江戸時代生まれという。慶応3年生まれですよね。
田原:総理大臣? 鈴木貫太郎はね。
大谷:今回、映画で最初のほうに昭和天皇の回想シーンみたいのが出てきて、2人が侍従で裾を直すシーンが印象的なシーンだったんですけれども、覚えてらっしゃいますか?
あそこを監督もぜひ入れたかったというふうにおっしゃっていて。その時代にあの3人のあうんの呼吸の信頼関係が築かれたというとこなんですけれども。特にそんなに話し合わなくても、あうんの呼吸があったような感じだったんですけれども。
小林:そうですね。
田原:今度の映画で難しいのは、負けるっていうのは一体何を守るのかっていう。負けるということをOKするってことは何か守るわけでしょ。何を守るのか。
今度の映画でよくわかったのは、軍というのが国民を守るという意識がないのね。沖縄だってそうだったしサイパンもそうだけど、国民を守るという意識はなくて戦うという意識はあるね。
小林:一億総玉砕みたいな形で、一般人もみんな戦うだろうという感覚にまでなってるでしょうね、もう。若い人にとってみたら、この作品の中で何度も出てくる言葉だと思うけど、国体護持っていうのがありますよね。国体護持を保障できるかどうか、ポツダム宣言が。
田原:国体護持っていう字が頭に浮かばない人もいる(笑)。
大谷:若い方はそうですね。
小林:国体護持とか、あるいは承詔必謹とかね。こういう言葉をおそらく若い人は、もうわからないんじゃないかなと思うわけですよね。
田原:国体っていうと、何かオリンピックの国体……。
(会場笑)
大谷:国民体育大会みたいな(笑)。
小林:最初に承詔必謹っていうのがあって。
田原:いや、承詔必謹なんて全然わかんないと思うよ。
小林:全然わからないですね(笑)。詔勅を承りては必ず謹む。承詔必謹って書くんですけれども。結局天皇さまがこうやってくれっていうふうに言われたら、それはもう絶対謹んで受けるというのがあるわけ。
承詔必謹っていうものを昭和天皇から聞いて、これはもう承詔必謹だと。戦争終わると決められたんだと。それを絶対守ろうっていう人間と、いや、たとえ天皇陛下が言われてもそれが守れるかどうかわからない。
天皇制そのものですよね。これが守れるかどうかわからないって言って、承詔必謹しない一派が、畑中少佐とかそういうのがいるわけですよ。
田原:ポツダム宣言では、天皇制を守るなんて言ってないんだからね。
小林:そうです。書かれてないからね。書かれてないからなんですよ。要するに軍隊の無条件降伏。武装解除っていうふうに言われて、軍隊が武装解除してしまったらどうやって天皇を守るんだっていうふうに思うわけですよね。
だから、わしもその時代に生まれたら、どっちに付くかわからないと思うんですよね。その時代に生まれていたらね。
田原:どっちかっていうと、小林さんはむしろ「負けるの反対!」って言うんじゃないですか。
(会場笑)
小林:そういうふうに見られるんじゃないかなと、わしはすごく思ってるんですけれども(笑)。東条英機は一番最初、冒頭シーンから出てきますよね。あれがちょっと史実であるのかどうかっていうのは、わしにはちょっとわからないですね。もう少し調べてみないと。
東条英機が若い青年将校たちの前で、尊王心には広義の尊王と狭義の尊王があるみたいなことを言い始めたでしょ。ちょっと知らないんですよ、その史実。
田原:本当かな、あれ。
大谷:ちょっとどうですかね。
小林:あれ、ちょっと作ったんじゃないかなとは思ってしまうんですけれども。
田原:広義の尊王と狭義の尊王って、どう違うんですか。
小林:どっちがどっちだったかちょっとわからないんだけど、要するに承詔必謹で、今の天皇さまが言われたら、それを絶対に守るというのが狭義の尊王だと。でも広義の尊王とかって言ったら、脈々と続く、千何百年続いている皇統そのものを守るんであって。
田原:昭和天皇だけじゃなくて、皇統を守ると。
小林:皇統を守ると。だから、今の天皇陛下に承詔必謹しなくてもいいんだと。これ、実は今の保守派も言ってる人は言ってるんですよ。つまり男系か女系かって話。あれで絶対男系って言ってる人たちは、全くその理屈なんですよ。
それ、脈々とする皇統を守るためなんだと。だから今の天皇陛下が女性宮家創設を望んでおられるとか、女系でもいいっておっしゃってもそれは聞く必要がない、という論理なんですよ。
だからこの天皇っていうもののとらえ方というのは、そういうふうに違ってしまってるんですね。昔からそうなわけですよ。天皇陛下のすぐ傍におられる方の話は、君側の奸と。
田原:君側の奸って。
小林:君側の奸っていうんですよ。天皇のすぐ傍で、うそばっかり言ってるやつがおると。天皇の権威を利用して。
田原:鈴木貫太郎は君側の奸になるのかな。
小林:そう。そういうことでしょ、結局。
大谷:それで暗殺されて。
小林:2.26で、だからそれで、君側の奸だということでやられるわけですからね。ところが2.26の昭和天皇自らは、白馬にまたがって2.26の青年たちを粛清するっていうことになってしまったわけですよね。だから勝手に天皇陛下の言葉を取ってるのか、それとも本当の忠心なのかっていうことで争ったりとかするんですね。
大谷:ときには諌めなければならないみたいなことを、あそこで若い人たちに言うということですよね。
小林:ただ、こういう問題があるんですよ。ああいう事態になったときに、今から戦争をやめるかやめないかっていう事態になったときに、ここの映画の中でも描かれるように誰も決められないんですよ。本当は駄目なんですよ。聖断を仰ぐっていうこと自体が。あれ、ルール違反なんですよ。
田原:鈴木貫太郎は聖断を仰ぐと言うわけね。内閣総理大臣は。
小林:あれはルール違反ですよ。本当はやっちゃいけないんですよ。天皇というのは。
田原:天皇に任しちゃいけないんだ。
小林:任しちゃいけないんですよね。やっぱり国民の代表たちがそれを全部、政治的な決定はやらなければいけないんですよ。ところがやれないんですね。全然できないわけですよ。もう絶対やめない。戦争はやめないと。
徹底抗戦と言う人間と、もう続けられるわけないと。もう原爆は広島に落とされた、長崎も落とされた、しかもなおかつソ連は侵攻してきた。もう勝てるわけがないっていう人間はやめるっていうふうに。これを決定できないっていう状態になるわけじゃないですか。
しかもなおかつ昔は陸海軍、軍隊っていうのが現役武官制っていうのがあって、現役の武官が大臣に言えなきゃいけないんですよ。これが辞めると言ったら内閣解散しなきゃいけないわけですよ。成り立たないんですよ。
だからこの映画の中でも描かれてると思うんですけれども、結局阿南大臣が辞めるって言ったら瓦解ですから、あの内閣は。そしたらもうおしまいですよ。
田原:大臣を辞めると言ったら。
小林:大臣を辞めると言ってしまったら、解散しなければいけなくなりますからね。
田原:阿南さんは、多分戦争をやめないという将校たちの気持ちもわかるんだね。それから天皇の気持ちもわかるわけね。両方わかるわけね。
小林:うん。あれはあのとき阿南大臣があの人で良かったっていうのはあるんですよ。あれが要するに軍部の側の完全な代表だったら、そしたらもう辞表を提出してましたよ。
大谷:周りからも辞めてくださいっていうシーンもありましたものね。
田原:辞表を提出するっていうことは、鈴木内閣が瓦解するっていう。
小林:瓦解するっていうことなんですよ。そうするともう、戦争やめられないっていう状態になるんですね。だからあのとき周りの過去に言われてる連中は、阿南大臣が辞めるって言うんじゃないか、これはと。といってもうドキドキしてるわけですよね。
しかも自分の部下たちが、もう何が何でも徹底抗戦って突き上げてくるわけですからね。あれをやめさせる、抑えるっていう胆力っていうのが、もうものすごいものですね、あれは。
大谷:もう鈴木総理は辞めませんって、そこは信じているというような描写もありましたよね。そこは信頼関係がやっぱりあった。
田原:鈴木さんが阿南さんを信頼してるわけね。辞めないだろうと。
小林:だから徹底的に抑えて、最後は腹かっさばいて責任取ろうとっていうふうにするわけですよね。
田原:でもそこで、元に戻して申しわけない。軍にとって負けるっていうのはどういうことなんだろう? 負けることを認めるってことなの?
小林:要するに日本というのは何なんだっていう感覚が、軍隊の中にあるわけです。何を守ってるんだっていうのがあるわけでしょう? そのときに例えば「国民の命」だっていうふうに言ったとしたら、例えば戦争が始まって100人ぐらい国民が死んだとする。そしたらたちまち降参っていったらもう戦争にならないですよね。
この人数は一体どの辺かっていう数字の限定ってないですよね。1,000人死んだと。じゃ、やめるっていうのかと、戦争を。やっぱりそこで、いや、まだ勝てるかもしれないわけですよね。向こうも死んでるんだから。
向こうも死んでる、こっちも死んでるってなると、何人まで国民が死ねばやめられるかと。やめなければいけないのかっていう基準はないですからね。そうすると国民の生命じゃないですよ。
例えば財産とか領土とかっていうのも伸縮自在ですからね。つまりものすごい領土も拡張してくときもあるし、あるいはどんどん縮小してしまう。取られたら縮小してしまうでしょ? それも違うんですよ。
そうなると、何を守るのかっていうふうになったときに結局日本。日本とは何なのかって言われたら、実は皇室だと。
田原:国体だと。
小林:国体だと。国体って皇室の歴史のことになるわけですよ。もうそれしかないと。日本が日本であるっていうのはそれしかないと。もし皇室がなくなったとしたらこれはもう共和政になってしまいますから、他の国との差がないっていうことになるわけですよね。それでやっぱり、国体っていう話になってくるわけですよ。国体護持と。
田原:ちょっとこれ難しい話ですけど、天皇はなぜ戦争をやめようと言うんだろう? 昭和天皇は。どこで判断するんですかね。
小林:天皇は逆に国民のことを考えるんですよ。天皇はやっぱり国民がこれ以上犠牲になるのは忍びないっていうふうに考えるわけですよ。だから、例えば食糧事情なんかにしたって、天皇のほうが国民と同じ食べ物でいいと言って清貧に耐えてるわけですよ。
むしろ軍部のほうがうまいもの食ってるっていう状態になってるわけですね(笑)。そこがちょっと違うんです。天皇自身の感覚と軍部の感覚が違ってくるんですね。
田原:全く余計なことで申しわけないんだけど、僕は実は、敗戦のときが小学校の5年生なんですが、戦争に負けたら急に、隣り組っていうのがあったんだけど、そこに缶詰の配給がガンガン来たの。今まで軍にやってたのが、軍がなくなったから。
小林:なるほど。軍が全部がめってたんですね(笑)。
田原:今のは余計な話。
小林:いやいや、それは大変な話ですよ。結局、やっぱり天皇に対する尊王心というのは国民の中にも実はものすごくあるんですよね。あったんですよ。
だから日本が負けたっていうふうになったときに、負けた体験がないから、日本国民全員だっていったいどうなんのかもうわからないわけでしょ。
自分たちの精神的なよすがになってしまっている天皇というものが、ひょっとすると処刑されてしまうかもしれないとか、もしくはアメリカが入ってきたら女性はみんなレイプされるかもしれないとか。男はみんな奴隷になってしまうかもしれないとか、もういろいろ考えるわけですよ。
もう敗戦するっていうこと自体がどういう。例えば日本語なんか使えなくなるかもしれないとか。全員英語になるかもしれないとか思うわけじゃないですか。もうわからないんですもん、どうなるのか。
そうすると、やっぱり国民とて、だからこそ敗戦するとみんな泣くわけですよね。頭がおかしくなってる人なんかだっていくらでもいたわけですよ、当時は。
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