2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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松隈洋氏(以下、松隈):それでは、これから「新国立競技場のもう1つの可能性」というタイトルでシンポジウムを始めたいと思います。
先に今日のスケジュールのお話をしておきますけれども、第一部として、中沢新一さんと伊東豊雄さんにお話をしていただいて、間で10分だけ休憩を取らせていただいて、第二部でシンポジウムということで、森山さんと私が少し発表させていただいて、ディスカッションという流れになっております。
今回のこの問題は、今、まだ基本設計がまとまらない段階のなかで、7月から現在の国立競技場の解体工事が始まるという、非常に不思議な事態が起きています。
私たちは、そのことを一番憂慮しておりまして、この時期にきちんと声を挙げようということです。
実は、こういうことがなければ、こういう4人で登壇することもなかったかもしれません。あるいは、これからご発表されますけれども、必ずしも全員が同じ考えで進んでいるわけではありませんし、議論の方向も、まだいくつか可能性があると思います。
とにかく今の時点できちんと声を挙げて、議論を呼びかけたいということで集まりました。そのへんをご了解いただければと思います。
それでは中沢さんのほうから、この間の経緯と、今日のお話の初めにということで、お話いただければと思います。
中沢新一氏(以下、中沢):中沢です。よろしくお願いいたします。
(会場拍手)
中沢:前半は、僕と伊東さんの対談という形で、伊東さんが提出する改修案について話題を絞っていきたいと思います。
しかし、僕はこの問題が起こってから、明治神宮というものをすごく詳しく研究してみたんですね。そしたら大変驚いたことがたくさんありました。
明治神宮というのは、明治天皇が亡くなったあと、御陵(お墓)自体は京都に作ることになってしまいましたので、東京の市民は大変がっかりしたわけです。それで「明治天皇を記念する施設を東京に設けたい」というのが発端でした。これは明治天皇崩御の直後から起こったみたいですね。
その過程で、かなり国民的な関心が高かったんですね。東京に明治天皇をお祀りする施設を造る。それがほとんど最初の頃から、内苑と外苑という2つ、二重構造で造るという案が、最初のほうから決まってくるんですね。
内苑というのは代々木、今の原宿駅の裏ですね。代々木に造られる。外苑というのは、青山、この近辺で造る。練兵場があったところです。ここに造ることに決まるんですね。
内苑のほうは、うっそうたる森にする。このうっそうたる森というのは、普通でしたら、当時の常識的な考え方でいったら神社というのは杉の大木なんですよ。伊勢神宮を見てもわかります。
ところが、そういう考え方を取らなかったんですね。当時の写真を見てもわかりますが、代々木というのは、本当に荒れた土地なんですよ。松林がプワ、プワとあって、その一角に大名庭園があった。それだけで、まわりは非常にすさんだ地帯。そこを森に造り変えなければいけない。
そういうことを明治時代の科学者や技師たちが自分たちに課したわけです。杉のような針葉樹で森を造ってはいけないと、彼らは考えたわけです。
落葉紅葉樹、つまり照葉樹というやつですね。それを中心とした森を100年計画で考えようとしたわけです。つまり、「100年たって、初めて明治神宮の森ができるような構造に造ろう」という計画を立てたわけです。
当時の造林学の最先端知識を駆使して、それから日本の伝統がどのようにして神社の森が造られたかを、克明に研究しているんですね。そしてあの森を造りました。
極初期の写真や絵を見てみますと、あの大鳥居、一の鳥居のまわりには小さな木、照葉樹が植えてあるだけで、高いのは松の木だけだった。それが今は完全に逆転して、巨大な椎や楠が生い茂る、あの森に育ったんですね。
内苑は、こういうふうに神様を祀るための森とする。
外苑はどうするか。外苑というのは内苑とくっついているんですが、ここの中心は絵画館でした。絵画館は明治天皇の偉績を、人生を現わす、記念する絵画を展示する場所であり、そしてそのまわりにスポーツ施設を造る。この二つ立てできているわけです。
そして外苑の設計には内苑の森の設計が深く影響を及ぼしていて、まさにこの2つが一体になって明治神宮というのを造る。そのために当時の日本人は最先端の知識を動員したのです。
それだけではなくて、当時の国民は、マスコミを通してものすごく口を出しています。いっぱい意見を述べています。口だけ出したのではなく、国民は手も出したのです。
手を出すというのは、要するに植林を行う時に、まず10万本の苗木を全国から献木しているのです。それを植えるためにも協力するということを行って、都市の中に森と、そして外苑でできた一つの新しい日本が目指すべき文明の形を先取りした施設を、場所を造ろうとしていました。
当時の日本人は大変まじめだったし、東京の都市空間を造ることに対して、非常に真摯な思いを持って取り組んでいました。建築家もまじめだったと思います。科学者たちも、自分が持てる能力の最善の部分を投入して、これを造り上げたわけです。
このことを考えてみた時に、私たちが何年もたって、明治神宮外苑に新国立競技場問題が起こったあとの行動を見てみると、私は大変恥ずかしいと思いました。
まずは、明治神宮がどういう意味を持って造られたか。国民の知識と知恵と想像力を総動員して造った。そのことの意味を一切考慮に入れない。
そして、そこに現代の経済的な価値やスポーツ、それからエンターテイメント、それからもたらされる収益ということだけを前提にして、計画を推し進めようとしている。これを考えた時に、僕は大変恥ずかしく思いました。
伊東さんとは前から親しかったのですが、僕はこの思いを建築家にぶつけたかったんですね。「いったい建築家はなにをしているんだ」という。こういう……こういうというのは、あとで説明があると思いますが、みなさんもよくご存知だと思いますけれども、国際コンペが行われて、イラク出身でイギリスで活動されているザハ・ハディドという建築家の案が通りました。
巨大なものですね。この巨大なものは、完全にコンテキストを無視します。コンテキストを無視するというのはザハの思想ですから、それはそれで結構です。
しかし、コンペですから。日本人がそれを選んでいるわけですね。外国の審査員は来なかったです。ですから、日本人だけで選んでいる。日本人がそれを選んでいるわけですけれども、自分たちの先祖が造り上げたこの明治神宮界隈の景観の意味というものを、まったく無視してしまっている。
そして、これが最初の案ですが、これはあとで伊東さんに説明していただきます。そのことに、私は大変憤りを持って、伊東さんにそのことをぶつけたわけですね。
最初、知らなかったのですが、伊東さんがそのコンペに応募していたのです。それで「え!?」と、僕も思ったのですが、最初は「まずいことをいっちゃったかな」と思ったのですが。
伊東さん自身が、今ザハで通ってしまった時に、どういうことが起こるのかということを大変危惧されています。自分がコンペに参加したということも含めて、なんというか慙愧の念をお持ちのようで、このことを一緒に考えたいとおっしゃってくれたわけですね。
ある意味でいうと、それは伊東さんのようなポジションの方からすると、ちょっと危険なことでもあるし、デメリットも大きいかと思います。
「そのことはいいんだ」「自分が泥をかぶってもいいんだ」ということをおっしゃってくれました。「今、この問題を放置してしまうと、次の世代、次のその次の世代に、大変申し訳ない物作りを出してしまうことになる。21世紀の初めの頃、活動していた建築家たちが破壊を行なってしまった」と。
明治神宮を造った建築家──伊東忠太たちですけれども、建築家も造園技師たちも100年先のことを考えていた。そんなものがこの東京の中にあって、いまだに生き生きと生命を持っているということは、本当に驚きに値することなんですね。
それをいとも簡単に壊してしまう。もし、それを現代人の私たちがしてしまうのだとしたら大変恥ずかしいことだということを、伊東さんに投げました。
そして、2人でこの対談を週刊誌に発表しよう、と。その中で伊東さんが、この新国立競技場というのは、改修という方向で行くのが一番リーズナブルでいいんじゃないかということを提案されたわけですね。
僕はそれを聞いた時に、そういう可能性があったのか、と。たとえばザハが別の方向に変えていくためには、もう1回国際コンペをしなければいけない。そんな時間はもうないだろう。
となると、もっとも可能性のある方向性として、改修案。改修という方向へ舵を切っていくということじゃないかというふうに考えるようになりました。
伊東さんが、「そういう議論に自分も一種の活性剤といいますか、触媒を投げ込むようなつもりで自分の案というものを提出してみる」というふうにおっしゃってくださいました。そして今日のシンポジウムに至ったわけです。
伊東さんから、今お考えになっている改修案に至るまで、どういうふうな思考を展開されたのかということを、ちょっと説明していただけますか。
伊東豊雄氏(以下、伊東):はい。伊東です。よろしくお願いいたします。
(会場拍手)
伊東:みなさん、「お前、コンペに参加して負けたじゃないか。負けた人間が、どうしてぬけぬけと改修案を発表しているんだ。そんなことができるんだ」と思われる方がおられると思います。
それには2つの理由があります。1つは、今出ていたザハの初期の案。これがオリンピックの前に、誘致のためにコンペディションが行われました。
本当に短い期間で、2カ月の間に応募しなければいけなかった。審査員が、できるだけかっこよくて目立つ案を選んで、オリンピックを少しでも東京に呼び寄せたいということで、おそらく選ばれたのだろうと思います。
それがお金もかさむし、敷地もはみ出しているというような理由で、ひっくり返したり縮小したりして、基本設計が最終的にはどのようなものになってくるかということは、僕らにはまったく知らされていないわけですが、察するに、ザハも今の案では嬉しくないだろう、と。
ちょっと次に行きましょうか。
この案ですよね。ザハも嬉しくない。そして、また非常に不思議なことは、これだけ大きなコンペをやって1年半も経っているのに、いまだに「この案はこんなに素晴らしいんだよ。中はこうなっていますよ。まわりはこんなふうにランドスケープも考えられていますよ」ということが、まったく出てこない。
こんな不思議なことは、誰が考えたってありえない話でしょう。僕は、それが非常に不可解で、それがきちんと説明されて納得いくものであれば、なにも僕はこんなところに来ません。
もう1つは、これは応募した人間でないとなかなかわからないということは、これがものすごく難しい条件を強いられているということです。
伊東:これが僕が応募した案で、上から見たら、それは誰が見てもザハのほうがかっこいいよなと(笑)。中沢さんだって「これは全然だめだ」と思っていたかもしれない。
中沢:いやいや(笑)
伊東:でも、これにはいくつか理屈があります。僕は「俺のほうがいい」といっているのではなくて、比較して見ていただくといろんなことが見えてくると思って、そして、ザハの今の難しさも見えてくると思って、ご紹介しているわけです。
これくらい屋根が開かないと、実はサッカー場の芝は育てられません。僕らは厳密なシミュレーションをしました。日照条件を全部チェックしてやると、おそらくこれくらいの面積が開閉しないといけない。
そしてまたここでロックなどのコンサートを行うとすると、音がガンガン外に出るわけですね。そうすると、それに対して閉じた状態で遮音性能がなくてはいけない。雪にも耐えなくてはいけない。そういう問題もあります。
ちょっと我々の案と比べていただくと、こんなに大きい。これは一番初めのコンペディションの案です。
それから、それを、敷地を出たらまずいというので、ひっくり返したのがこの案です。
そして、両方伸びている足を切った時にこうなったというわけです。
高さで見ても、我々のコンペディションの案は50mで十分収まったのです。今のスタジアムは30mですから、どうしても20mくらいは出ますが、70mなんかはるかにいらない。
ましてや、今縮小された案で見れば、さらにこれより小さくてすむ可能性もあるわけですね。ここで高さを比べても、これくらいボリュームが違うということです。
これが、おそらくこの路線で進められているであろうという案ですね。この難しさというのがここでわかるのですが、1つはこうやって閉じてここでコンサートをやる。それからサッカーをやる。それからフィールドを陸上競技で使う。
そうすると、まずこの陸上競技の時と、サッカーをやる時は、両方のスタンドの位置がぐぐっと前に出てこなければいけない。それを動かさなければいけないわけです。
それからもう1つ。10万人級のコンサートをやるためには、そのままでは一発で芝がだめになってしまうから、今度は別のものを上に被せるか、あるいは一旦芝を引っ込めて別の台を用意しないといけないということがあります。これがものすごく難しいのです。
伊東:周辺環境。これは50mの高さですけれども、普段は周辺をできるだけ小さなボリュームで、なおかつイベントといってもせいぜい1年に40日くらいだといわれていますから、残りの300日以上は空いているわけですね。その時に、まわりの人たちにとってどういう環境が提供できるのかというのは、すごく重要なことだと思います。
ここで提案したのは、まわりに水を配置して、その上を通って涼しくなった風がこの中に入ってきて、このコンコースは誰でも自由に歩ける。毎朝散歩もできますよ。雨が降っていてもジョギングができますよ、と。もちろん外もできますけども。
そして、さらにその空気が穴のあいたレンガを通って、非常に涼しくなって競技場に抜ける。できるだけ自然エネルギーを利用して、屋根の上も可能な限り、全部ソーラーパネルを貼ったわけです。その結果、ああいうのっぺらぼうの屋根になったわけですけれども(笑)。
競技の時は、こういうものですよね。ここからさきで切符をもぎるということになります。
伊東:さらに屋根の遮音の問題。それから芝の収納の問題。
伊東:両サイドに芝を引き分けて、そこにイベント用のステージを出してこなければいけない。今の条件を満たすとすると、装置だらけなんですよ。屋根の開閉装置があり、芝の養生のための可動装置があり、サッカーとフィールドのための移動の観客席の装置がある。
これだけのことを満たすためには、膨大なお金がかかるし、それからまたそれを使い分けるには、メンテナンスのコストがおそらくすごくかかるに違いない。
どうも今進められている当選案を見ていると、遮音性能は本当にキープできるんですかね。つまり、僕らからすると、あの屋根はおそらく膜でしかかからないだろうという危惧もある。まあ、わかりませんよ。最終案がなにも出てこないわけですから。
それだったら、改修して、イベントはダメならやめればいいんじゃないですか。雨が降ったら、ポールマッカートニーもそれでもいいと言ったらやるとか(笑)。そのくらいにとどめたらどうでしょう、という。
今となっては、僕は膨大なお金をかけ、しかもランニングコストのかかるものを造るよりは、改修案でオリンピックの開会式を迎えたほうが、今の時代には合っているんじゃないかなという気がします。
それでこの間、『週刊現代』で中沢さんと対談をした時に「改修して使ったほうがいいんじゃないですか」ということを申し上げました。その時も、別に改修案を作るつもりはなかったんですけれども(笑)。
中沢:そうなんですか?
伊東:自分ではね。誰も作らないから、中沢さんから「お前、作れ」といわれて、僕はしぶしぶ作ったんですよ。だから、今日やけに伊東と中沢が改修案を発表すると言われていますが、全然そういうつもりではありません。
伊東:これが現在のスタジアムで、こちら(右側)が絵画館ですから、こちら側はもう全然いじらない。ここはすでに道路にはみだしているけれども、そういうことになっているわけです。
そしてこっち(左側)に伸ばすのは、おそらく誰が改修案を作ったとしてもこうなるでしょう。しかも、ここがメインスタンドですからね。アプローチしてくる。ここに伸ばすのがいいでしょう。
伊東:それで改修の時に、今の8レーンのコースを「そのままでいいよ」といえば、一番簡単です。これは本当にお金のかからない改修で、仮設のスタンドを作ればそれですみます。しかし今、大きな競技場では9レーンがスタンダードです。もう1レーン、外側に増やさなくてはいけないわけですね。
それで、この競技場の中でこのまま外側に増やすとすると、スタンドの一番上からはスタンドに近いところが見えなくなる。構造的には2メートル分は削ることが可能ですが、削ると今度は見えないので、このフィールドを上に上げないとまずいという問題が出てきます。
そういうことを考えて、8万人にするにはこのフィールドを9レーンにして、しかも1レーンの幅を10センチメートルずつ伸ばして、今のスタンダードに合わせて、そのうえで西側に2メートルずらしましょう、と。東側の約3割5分くらいですかね。既存のものを撤去する。それで、このフィールドが収まるようにする。
ちょうど現在のスタジアムは西側の2箇所にエキスパンションジョイントが取られているわけですね。ですから、そこから先を壊して新たに作りなおす。それを二段にするのと、三段、どちらもあり得るでしょう。そんなに大差はありません。三段にしたほうが、より敷地の境界からは余裕を持つことができます。
今現在の競技場は、様々な裏方の施設ですね。VIPルームであるとか、ロッカールームであるとか、そういったところが、非常に時間がたって使いづらいというようなことがあるようなので、それも全部ここで新しくできます。一番メインのスタンドのところに、大きなボリュームができるわけですから。
そうすることによって70メートルまではいかなくても、50メートルから少し上がったところで屋根をかけることができるんじゃないですか、ということです。屋根はメインスタンド側だけですけれども。東側のスタンドはできるだけ絵画館をいじめないように、今のままで置いておいたらどうですか。
というのが、私が提案するとすれば、こういうことになるのではないかという話です。
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