2024.10.01
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「読者が選ぶビジネス書グランプリ2024」にて、総合グランプリ・リベラルアーツ部門のダブル受賞に輝いた、『きみのお金は誰のため ボスが教えてくれた「お金の謎」と「社会のしくみ」』。本イベントでは、著者で金融教育家の田内学氏が登壇。今回は、田内氏がゴールドマン・サックスのトレーダーを辞め、書籍を出版するに至った経緯をお伝えします。
田内学氏(以下、田内):そういう話(ギリシャ危機)が2010年にありました。日本が破綻するのに、みんな「しない」って言っているんだったらやばいよとなるんですけど。逆だから「まぁ別にいいかな」と思っていたら、その後2019年に金融庁が年金問題の試算を出してきて。
廣瀬聡氏(以下、廣瀬):(老後)2,000万円問題ですね。
田内:これを見た時に、「ちょっとまずいんじゃないの」と僕は思ったんですよ。
廣瀬:そういう思いの中で、別にGS(ゴールドマン・サックス)にいても高いお給料が続くわけだし、そのまま暮らしていくのもぜんぜんありだと思うのですが、何が背中を押したんですか?
今までは自分対金融市場でよかったところが、完全に身の置き方を変えて、今度は自分がパブリックに対して問いかける立場になるわけじゃないですか。これに変えたきっかけというか、思いは何かあったのでしょうか?
田内:まず、日々の取引の中でもほとんどは、実体経済に影響を与えないようなマネーゲームが多いこと。それによっていろいろトラブルもあるわけですよ。
廣瀬:そうですね。
田内:「何のためにやっているのかな」というのと、やっぱり「(年金問題や財政問題の本質について)誰も指摘しないけれど、大丈夫なの?」って思ったんですよ。あとは本当にいろいろあって、当時の大学院の研究室の先生が、今東大の副学長をされているんですけど。僕が卒業する時に、「君の能力をそういうことに使うのは、僕は残念だと思う」って言われたんです。
廣瀬:トレーダーとしてではなく、違った使い方をしなさいと。
田内:そう言われました。
廣瀬:でも十何年続けたわけですよね。何か「時は今」みたいなものがあったんでしょうか。あともう1つうかがいたいのが、難しい論文を書いたり政府の委員会で発言する立場よりは、ある意味で教育の世界に入っていくわけじゃないですか。
田内:それには実は理由があります。直接政府の、それこそ当時の首相だった安倍(晋三)さんとかに、「これは本当はこうなんですよ」って言ったところで、学者さんと違うことを言っているとなると、なかなか信じてもらえないわけですよ。
僕は問題意識を感じているけれど、できることは特にないなと思ったんです。そのタイミングでたまたま出会ったのが、佐渡島(庸平)さんという、作家のエージェントもされている編集者の方でした。『君たちはどう生きるか』という吉野(源三郎)さんの本を漫画化したり、『ドラゴン桜』や『宇宙兄弟』とかの漫画や、平野啓一郎さんの小説の編集もされている。
出版業界における風雲児みたいな人と知り合って、「実はこういうことに問題意識を感じているんですよ」と言ったら、「田内さん、それはちゃんと言語化して本を出したらいい。それが正しかったら、安倍さんにも伝わる」って言うんですよ。
廣瀬:おもしろいですね。
田内:「安倍さんってあの安倍さん?」「あの安倍さんだ」って言うから、マネーゲームみたいなことよりも、そっちをやったほうがいいなと思って。たぶん普通の編集者はそう言わないけど、この人はちょっと違うなと思ったんですよ。
廣瀬:なるほど。
田内:そこからはその人のもとで修行することになり、GSを辞めて、学校の教科書を一緒に作ったりしたんですよ。2022年から学習指導要領が変わって、高校の社会科の公民科に、公共という必修科目ができたんですね。
廣瀬:投資とかも教えますよね。
田内:金融システムも入ってくるんですよ。そういうのもやったりしながら、最初は2021年に『お金のむこうに人がいる 元ゴールドマン・サックス金利トレーダーが書いた 予備知識のいらない経済新入門』という本を、ダイヤモンド社から出したんですよ。それも佐渡島さんに紹介を受けて、(ダイヤモンド社に企画を)持ち込んで出した。そうしたらおもしろいことに、本当に安倍さんのところで話すことになるんですよね。
廣瀬:あっ、そういうことなんですか。それで安倍さんと話した?
田内:はい。その本を紹介する記事を自民党の議員の方が読んでくださったご縁で、「年金問題とか財政問題って、本当はこういうところに問題があるんですよ」みたいな話をしたんですよ。今安倍派が揉めていますけど、それこそ安倍派の勉強会で(扱っていただいた)。
当時も安倍さんは退陣されてらっしゃったんですよ。だからまさに襲撃事件が起きる数ヶ月前に自民党でお話ししました。その時には僕ともう1人、今金融政策決定会合とか日銀の理事をされている方が呼ばれて、お話ししました。
僕はそれまでGSのただのトレーダーだったわけですが、本を出して初めて、安倍さんをはじめ、経産大臣の西村(康稔)さんや世耕(弘成)さんの前でしゃべったんです。
廣瀬:佐渡島さんは、こういうプロデュースが非常に上手い方だと思いますし、田内さんのキャリアを変えてしまうぐらいですから、説得力があったんでしょうね。
田内:そうなんです。説得力というか、ちょっと普通じゃないなって感じたんですけど。それから何度か議員の方から呼ばれて話すようになって僕がすごく感じたのが、議員の方は、そこで何が正しいかがわかったとしても、それをすぐに政策につなげることはなかなか難しい。
廣瀬:そうですね。
田内:年金問題もそうなんですけど、みんなが投資してお金を増やしたところで、実体経済が変わらなければ意味がない。少子化が進んでいくので、少ない人数で社会が回るような仕組みにならない限りは、根本的には解決はしないんですよね。そういう話もしました。
あと、今もそうですけど、このまま貿易赤字が続くと円安になるという話を当時からしていたんですよ。だけど結局、少子化対策とかの話をしたとしても、その政策がちゃんと進むには国民の理解が必要なわけですよね。
廣瀬:そのとおりですね。
田内:例えば少子化対策においては、今でもそうですけど、将来働く人がいないと、インフレなどを通して自分たちの首を絞めることになる。そこの思いを伝えられていないから、「なんで子どもがいる人だけ優遇するの?」みたいな分断が生まれている。
廣瀬:今、田内さんが一番伝えたいこと、世の中に対して訴えかけたいことに(話が)入っていると思います。それを実現するための課題とか、それを踏まえた上で、今どういうところを挑戦の場所だと感じているか、教えていただけますか。
田内:一番大事なのは、自分たちが社会を作っているということなんですよ。お金があれば解決できるというのは、「誰かにお金を払ったら、その人が解決してくれるでしょ」という考えですよね。
でもそうではなくて、自分たちに何ができるのかを考えて、手足を動かして働いて、世の中を便利にするのがすごく重要なポイントです。今投資とかの話で起きているのは、自分が今やっている仕事はそのまま続けますと。
でもそれ以外でお金を増やしたいから、「投資という枠組みを使ったら、お金が増えて僕らの生活が良くなるね」というのが、なんとなくの認識だと思うんですよ。ところが、それだと何も起きない。
大事なのは、その投資したお金によって、誰か今までとは違う働き方をする人が現れること。世の中で生み出される物やサービスが変わったり、制度が変わったりしていくことなんです。
そういうのも含めて、ふだん我々がやっている仕事一つひとつがすごく大事です。だから投資という枠組みでお金を投げることではなく、自分たちが昨日よりは今日のほうがより良いことをしている。明日は、今日よりももっと違うことをして役に立っていること。
これによって、世の中はどんどん良くなっていくという。実はすごく当たり前の話なんだけれど、お金というフィルターを通して社会を見てしまうと、例えば生活の豊かさにおいて、「賃金が上がっていないよね」みたいな話になる。
最近ようやく上がりましたけど、この30年、賃金が上がっていないんですよ。でも30年前に比べて便利ですよね。当時はそんなことできなかったのに、こうやってZoomでしゃべれちゃうわけですよ。
廣瀬:おっしゃるとおりです。
田内:この30年でいろいろ変わったんだけど、それはどうも日本の努力ではなく、例えばアメリカの人の努力によって、このZoomや、iPhoneがあったりがある。今日本がまずいのは、投資をしてこなかったからじゃなくて、投資するお金を受け取って、「じゃあ何か作ろうね」ってがんばる人がいなかったことに、問題があるわけですよね。投資という言葉が、お金を増やす意味でしか使われなくなっている。
廣瀬:なるほど。今までのお話をうかがうと、まずは金利トレーディングの世界にいらっしゃって、ギリシャ危機などを見て、あまり地に足のついた議論がされていないところを見た。それで自分なりの考えを言うチャンスを佐渡島さんが作ってくれた。
そして投資によって問題が解決されるわけじゃなくて、その投資される対象を作らないと駄目だと。今の(経済の)問題意識の論点がずれているかもしれないよと。それを世の中に発信されていらっしゃるということですね。
田内:投資に関してはそこですね。
廣瀬:投資以外の観点で言うと、他の論点はありますか? 「我々日本人は何をしなきゃいけないんだろうね」というところもお聞きしたいと思います。我々には何が足りないんでしょうか?
田内:僕らが経済って聞いた時、ほぼ間違いなく貨幣経済の話をしているわけですよね。よく言われているのが、労働人口の割合はすごく減ったけれど、女性の労働参加率が上がっているから、例えば年金問題も「思ったよりはひどくなっていないよ」という話。
廣瀬:でも家庭は誰が見ているんだと。
田内:まさにそうなんですよ。女性が活躍するのはいいんだけれど、それには男性が家庭で活躍しなきゃいけないと。次はそう思うわけですよね。これも例えば、6歳未満の子どもを持つ家庭において、男女それぞれが育児にどれだけ時間を使っているか。20年前と比べると、女性は(育児の時間が)増えているんですよ。
廣瀬:なるほど。
田内:これだけ保育園の待機児童をどうにかしろという問題があり、シッターさんを雇うのに補助金が出るようになって、そういうサービスも増えているにもかかわらず、です。じゃあ男性はどうかと言うと、男性も増えているんですよ。
これは実際のデータとしてはここまでしかないですけど、例えば昔の地域社会が安心できる時代であれば、「(子どもを)ちょっとの間見なくても大丈夫だよ」とか「公園で遊ばせても大丈夫だよね」というのがあった。ところが今は、親が見ていないと、誰も見てくれる人がいない。
廣瀬:心配で(ずっと子どもを見ないといけない)。
田内:それで昔ほどは、子育てする夫婦にとって頼れる親が近所にいないとか。だから僕らが見ている経済というのは、もちろん貨幣経済だけじゃない。家庭の中の無償労働や、もっと外の地域の力も存在するわけですよね。そのへんもちゃんと考えられているのかなと。
あと、そもそもこういった問題を解決するには、有給を取るとかだけじゃなく、例えばバスや電車で多少(子どもが)うるさくても許容されるとか、子育てしやすい環境を作る。社会は自分たちで作り上げているんだよと。「お金さえあれば1人で生きていける」みたいな感覚になっていませんか、というところですね。
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