2024.10.21
お互い疑心暗鬼になりがちな、経営企画と事業部の壁 組織に「分断」が生まれる要因と打開策
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辻信一氏:さて、この本には、僕が今までいろんな本や講演や授業の中で話をしてきた、いろんなエピソードや小話、寓話などがたくさん出てきます。本の最初のほうには特に、みなさんもおなじみかと思います、『ハチドリのひとしずく』だとか、ナマケモノの話だとか、それから『ものぐさ太郎』の話とか......。
たとえば『ハチドリのひとしずく』。これも考えようによってはおもしろいなと。「クリキンディ、そんなことをしていったい何になるんだ?」。知ってますよね、この話。要するに森が燃えてる時に、みんなが逃げちゃうのに、このクリキンディっていう鳥だけが1滴ずつ、クチバシで水滴を運んでは火の上に落としていくという。
そのクリキンディに対して動物たちが言うわけですよ、「そんなことして何になるんだ」。笑うわけ。それは「そんなことしてもなんにもならないぞ、バカだな」とか「そんなのムダだよ」ってことですよね。その時、ハチドリはどう思ってるのかなって。
ハチドリはもしかしたら「ムダだとは思うけど」って思ってるのか、本当に「もしかしたら」と思ってるのか、よくわからない。それについてはこの短い物語は教えてくれないんですね。
さて、モノやコト、存在や行為を「それはムダだ」って僕らが断定する時、何が起こっているのか。まず1番目に、物事に秘められている、ある可能性を否定しちゃってるんじゃないか。2番目に、「なにかの役に立つかどうか」という見方のうちに収まりきらない意味を見失っちゃってるんじゃないか。もしそうなら、それはあまりにももったいない。というので、「もったいない」というもう一つのキーワードが出てきます。
ノーベル平和賞を受賞したケニアのワンガリ・マータイさんと出会った時の僕の思い出をここで語ってます。「MOTTAINAI」という言葉を世界に広めたワンガリ・マータイさんですけど、彼女に会ったときに僕が教えてあげた「ハチドリのひとしずく」の話をものすごく気に入っちゃって、僕のことを「ドクター・ハミングバード」って呼んでたんですね。
それで「これを広めたいんだけどいいか」って言うから「もちろんどうぞ、お願いします」って。その後、彼女が本当にこの話をアフリカだとかヨーロッパに広めたわけです。特に今、フランスなんかでは非常に広がってるんですね。
それはともかく、おもしろいのは、「ムダ」っていう言葉と「もったいない」っていう言葉の密接な関係なんです。それについて本でも考えているわけです。
この写真ですが、最近、僕、「縄文の美」展っていうすごい展覧会に行きましてね。手前にあるのが縄文の……これは中期だったかな、壺なんですね。土器なんですよ。で、後ろのほう見てください。これはこの土器を開いて、平面にした時の写真なんです。写真家の人もすごいけど、見てよ、このムダな努力。いったいどれだけムダに時間を使ってるんだっていう(笑)。
もうこういうのばっかりなんですね、縄文というのは。専門家、陶芸の人たちにも聞いたんだけど、それは、それは、ものすごい時間かけてるって言うんですよ。ここにはどんな実用性や功利性の原理が働いているのか? 縄文の人たちっていうのは僕たちから見たら、貧乏だったかもしれないけど、ものすごい時間持ちであったことは確かだよね(笑)。
さて、僕たちはいつの間にか、「要・不要の区別ができる」という思い込みを持ってるわけですよね。そして、区別ができる人ほど、よりよく生きてるって信じ始めてる。だからしまいには「人生というのは要・不要を区別することである」、それで「区別する能力を持つ者こそが人間である」、と。
学校というのは何のためにあるかっていうと、つまり必要なことをやって不要なことはどんどん切り捨てていく能力を身につけるためにあるって、こんなふうになっちゃってるんじゃないか。もしそうだとしたらこれ、とっても恐ろしいことじゃないの? っていうことなんです。
音楽家の坂本龍一さんも本に登場してもらってます。2001年に出た僕の『スロー・イズ・ビューティフル』を坂本さんがとても気に入ってくれたのはいい思い出です。コロナが始まって間もない2020年5月、坂本さんがインタビューでこんなことを言ってるんですね。
「今回のコロナ禍で、まさにグローバル化の負の側面、リスクが表面化した」と。「もう少しゆとりというか遊びを持った、効率とは違う原理を持つ社会の分野をもっと充実させて、厚くしていかなきゃいけないんじゃないか」と。
「社会保障を充実させることはもちろん、医療で言えば人員も病床ももっとバッファ(余裕)を持った体制をつくるべきだし、経済で言えば国内の雇用を安定させたり、生産もより自国に戻してくべきだ」と。グローバリゼーションからローカリゼーションに転換していかなきゃいけないっていうことですよね。
さて、効率を第一義とする経済合理主義にとって「ゆとり」だとか「遊び」というのはムダなものとしか見えないわけです。逆にそうした、ゆとり・遊びというムダをどれだけ抱えているかが、少なくとも社会の成熟度の指標となると、坂本さんは考えてるわけですね。
で、さらに言うんですよ。音楽家でありアーティストである坂本さんは、音楽やけ芸術をプロパガンダに利用したナチスドイツのことに触れながら、このインタビューの最後に「『芸術なんて役に立たない』……そうですけど、それがなにか?」って言うんですね(笑)。そしてこのインタビュー記事全体のタイトルが「ムダを愛でよ」ですよ。
コロナから数ヶ月後に、こういうことを坂本さんが言ってることに、僕はとても励まされた記憶があります。坂本さんもちらっと言ってるように、ムダを省いていくとその先に優生思想が見えてくるっていうことなんですね。
おそらく僕たちは、自分で思ってるよりは優生思想とか優生主義に近いところに立っているんですね。優生主義っていうのは要するに、生きる価値のある人を選んで、生きる価値のない、つまりムダな部分を社会から省いていくという考え方ですよね。
優生主義の根っこには「ムダを省く」という功利主義がある。子どもについて、教育について考えるなら、まずは自分の中に息づいている「役に立つ」という、一見当たり前の発想を疑ってみることが必要なんだ、ということなんです。
これは江戸の長屋の絵ですね。第2章のタイトルは「ナマケモノの視点で経済成長を見る」です。そこに江戸の小話が出てきます。ちょっとやってみますね。
「なんでえ、若いもんが。寝てばかりでいねえで、起きて働け」「働くとなんかいいことあんすか?」「そら、働けば、銭が稼げらぁ」「銭稼ぐとなんかいいことあんすか?」「そらお前、稼げば金持ちになるじゃないか」「金持ちって、なんかいいことあんすか?」「そら、金持ちになったらもう働かずに、寝て暮らせる」「それなら、もうやってます」。
……って、おなじみの小話なんですけどね。実はこういうジョークは古今東西、世界中にあるんですよ。そういう例を少しこの本でも紹介してます。
その1つがブータンですよね。世界中みんな、GNPとかGDPっていうのを基準にして経済成長路線を突っ走るっていうことを、ほとんどの国がやってきた。
でもブータンは異議を唱えた。GNP( Gross National Products)やGDPよりもっと大事なものがある、それはGNH(Gross National Happiness)だ、と。GNP(国民総生産)をもじった。まぁ、早い話がダジャレです、これ。「国民総幸福」というふうに訳されてますけども。
でもそこには、「そもそも経済成長って何のためなの?」という鋭い問いがひそんでいるんです。たいがい本当に大切な価値、友情とか思いやりとか愛情とか家族の団らんとか、そういうような大切な価値っていうのは計測できませんよね。ましてやお金に換算できないでしょう。
経済をめぐる競争ではそういうものはムダとみなしてきたわけですよ、基本的に。で、計測できる富だけを増やすためにみんなが懸命に働いて、消費に励んでる。「これって一体何のためだったの?」って。
そればかりか、経済成長を追い求めるために地球環境をこれまで破壊してきて、そして戦争まで引き起こしてやってきたと。「それは何のため?」っていう問いに対して「それは安楽で平和で幸せな暮らしをするため」って言うんだったら、「もうやってます」っていう声がブータンからだけじゃなく、実は、いろんなところから聞こえてきそうなんですよ。
なかなか聞こえてこないのは、日本なのかな(笑)。経済にもう完全にのめり込んでる社会なんじゃないかな、日本も。しかし、そういう社会の中にあっても、僕たちは「もうやってます」っていう、この考え方を忘れたくない。
もちろん、なかなか充分とはいえないですよ。問題は絶えずあるし、完全とは言えない。でも失いたくないたくさんのモノやコトやヒトとの縁に恵まれて、なんとかこうやって幸せに生きてるんだっていう思い。少なくとも僕はもう25回ぐらいブータンに行かせてもらいましたけど、僕が出会ったブータン人の多くがそういうふうに感じてるって、僕には思えたわけです。
さて、僕らの大好きな動物、スロー・ムーブメントのシンボルでもありますナマケモノ。ミツユビ・ナマケモノですね。今日はその話はしませんが、本では、ナマケモノなんていうひどい名前をつけられて、ムダのかたまりみたいに思われてるこの動物がいかにすごいかを、あらためて論じてます。
次にこれは第3章からですけども、「ホリスティック・サイエンス」という考え方なんですね。イギリスにあるシューマッハー・カレッジが、そのホリスティック・サイエンスを中心に置いた最初の学問の府だったわけですけれども。それを始めたサティシュ・クマールがどう考えてるか、簡単に言うとこんなことですね。「この世界では、すべてのものが網の目のようにつながり合い、互いに依存し合い、支え合っている」。
岩、土、川、海、空気、そしてすべての動植物は鉱物まで含めて、生き物と生き物じゃないと思われるものたちまでが、絶妙に絡み合っている。すべてのものが、それぞれ、それなりの仕方で地球に参画している。そして見事な調和を作り出してるわけですね。まるで生物と非生物が協力し合ってるかのような感じなんです。
この調和は、地球が魂をもった一種の生命体であることを示している、とサティシュ・クマールは本当にそう考えてるんですね。これは、シューマッハー・カレッジの最初の講師の一人、ジェームズ・ラブロックのガイア仮説にも通じていますね。この調和の中では、無意味なものも、ムダなものもないんです。これがサティシュの本の題名にもなっている「エレガント・シンプリシティ」で、調和や共生を本質とする自然界のありようなんですね。
一方、私たちが暮らしてる経済効率最優先の現代社会とはどうなんだろう? この社会の中でも「ムダを省け」「もっとシンプルに」とかとは言ってるんですよ。つまり単純化したり、物事を効率化したりするっていうことは、どんどんやってるわけです。でもそれをやればやるほど、事態はより複雑で煩雑な、こんがらがったものになってきているのではないか。
自然界と人間界のコントラスト。これがちょっとむずかしくて、でも本当におもしろいところなんですね。自然界も確かに複雑ですよ。何千万という種がそこに存在して、生物・無生物含めてありとあらゆる要素がそこに絡み合ってるわけですから、多様で、複雑です。ところが、一方で、自然界のあり方というのは煩雑ではない。とてもシンプルでスムーズでしなやかなんですね。こんがらがって困っちゃう、なんてことはなく、常に変化しながら、見事な調和を保っている。
逆に現在の社会というのは、シンプルにしようとすればするほど、ムダを省こうとすればするほど、煩雑でモノがあふれて、過剰になり、こんがらがっていくわけですね。モノやコトやヒトの間にあった大切なつながりも、どんどん壊してしまってるわけです。そしてかえってムダを増殖してしまいます。「もっと、もっと、もっと」とムダを省いて、「もっと、もっと、もっと」とより速く、より多く、モノやサービスを作って売る。
効率化とそれによる生産性の向上にも関わらず、いやそれゆえにこそ、世界はモノやコトであふれかえり、それらを生産し消費する過程で出たムダ、つまりゴミは今や地球を窒息させるほどに膨れ上がっている。待機中の過剰な炭素が原因とされる気候危機も、最も悲劇的な結果のひとつですよね。
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