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「推したい心理」と日本のエンタメコンテンツの展望(全2記事)

「推し」を社会現象にしたのは、テクノロジーの進歩と同調圧力 日本と海外に見るメンタリティの違い

世の中に悲観論があふれる昨今、コロナ禍さえも追い風にして、10代〜20代を中心に老若男女に広がりを見せている「推し活」。推しが仕事の励みになったり、好きなものが起業のきっかけにつながるなど、ビジネスパーソンにとっても、ある種の心の拠り所やモチベーションになっています。
そんな中、人々の行動や経済活動に大きな影響力を与えている「推し」が生まれたメカニズムや、日本企業がコンテンツをどのように活かしていくべきなのかを、エンタメ社会学者の中山淳雄氏にうかがいました。前編は、オタクや萌えから推しへの変遷、日本と海外の推し活に見られるメンタリティの違いについてお届けします。

内輪で楽しむオタクや萌えから、「推し」への変遷のわけ

——「オタク」「萌え」「推し」と言葉が変化していく中で、「推し」は本当に老若男女に定着したと感じています。『推しエコノミー』の著者であり、エンタメ社会学者である中山さまは、それぞれの違いについてどのようにお考えでしょうか?

中山淳雄氏(以下、中山):(以前は、推したい)みなさんの入り口が制限されていたのが、テクノロジーでどんどん解放されていったようなイメージがあります。例えば、Web1.0、2.0、3.0という話があるじゃないですか。1.0は「読む」、2.0が「書く」で、3.0になって初めて「参加する」になった。

もともと「読む」ことしかできなかった時代は、情報に飢えたオタクがぐわーっと入っていくようなかたちでした。「萌え」も基本的には内向的で、自分たちがコミュニティ内で盛り上がるものであって、対象に関与するものじゃなかったですよね。

「推し」というと、2011年のAKBから始まって、投票というかたちで「俺たちの力でトップにしちゃおう」と押し上げていったのが象徴的ですが、あのあたりから、比較的モデレートな女性ファンが入ってきて、クラウドファンディングをしたり、ネットを介してお金を投じることにもそんなに抵抗がなくなってきたと思います。

Web3.0の中で「参加する」ことを許容するテクノロジーができてきたので、「推し」になれた。20年前も推しっぽい動きはあったと思いますが、技術的変化がユーザーの参加を可能にし、女性や子どもも多く加わるようになったと思います。

——「推し」の後押しをしたのは、実はテクノロジーの進歩なんですね。

中山:昔は「追っかけ」とか、明らかにネガティブな信号をつけられましたよね。「あの人、度をわきまえてないから」みたいな。でも、今は活動することは基本的に良いことだというふうにポジティブになっています。

あとはやはり、この時代にジャニオタと宝塚ファンが築き上げてきた、統一された「推し方」の様式がきちんと輸入されてきた感じもあって(笑)。みんな、「推しに迷惑をかけるな」「きれいなモブになりたい」ってよく言うんですよね。目立ちたいわけじゃなく「推しが恥ずかしくなるような格好で行くなよ」とか。

生まれながらにして「推している」海外ファンとの違い

——推しに会う日はエステに行ったり服を買ったりと、経済に与える影響も増していると思います。こういった現象は、日本特有なんでしょうか?

中山:海外では、推すことに対しての集団のサンクション(社会的制裁)みたいなものが少なかったですよね。僕は、2000年代後半から2010年代前半のコスプレをアメリカなどでちょこちょこ見てきましたけど、彼らはもう生まれながらにして「推している人」たちなわけですよ。

教育からして違っていて、幼稚園の頃から「show and tell」というコーナーで、あなたが好きなことを表現してくださいと言われるんです。うちの娘もカナダやシンガポールでやっていましたが、1分間みんなの前で「俺はマイケル・ジャクソンのムーンウォークにハマってて」って、5歳ぐらいの子どもがみんなの前で見事にダンスしたりするわけですよね。

——なるほど(笑)。

中山:それが当然になっている環境では、「推し」のように1つ名前をつけて、みんなの行動を正当化するほどの囚われがなかったというか。もともと「好きなモノってそりゃ勝手に推したらいいじゃない」と思ってる環境だったんじゃないかと思うんです。海外ファンのコミュニティは、あえて推しだと定義したり正当化しなくても、勝手に群散している印象でした。

でも日本人は、名づけてみんなを先導し、同質化していく力がめちゃくちゃ強い。日常の同調圧力が強い分だけ、こうしたイレギュラーな活動もみんな一緒になって行い、社会現象化しやすい社会と言えるかもしれないですね。

——日本では「これが好きと言っていいんだ」と思える場を作ってあげることが、とても重要なんですね。

中山:僕がいたカナダではもう、おじさんが自宅からコスプレで堂々と電車に乗って、それに対して女子高生が「Oh, it’s cool!」とか言うわけですよ。日本だとヒソヒソ声で「キモッ」で一蹴ですよね。自分らしさをパブリックで表現することへのハードルが非常に高い。

だから日本人は普段着で、まったくそんなことをおくびにも出さずに“聖地”まで赴き、控室で一斉に着替えて、突如変貌を遂げます。コミケが終わったあとは、また普段着に着替えて何事もなかったようにスタスタと帰宅します。

同調圧力が作り出す社会現象と「推しプレッシャー」

——今は推し活も認知されてきているので、日本でも人々の行動は変わっていくのでしょうか?

中山:これは日本人の特性なので、僕は100年経っても変わらないと思うんですよね。ただ、推しとか萌えという記号をつけて、社会的に「これはポジティブである」と認められた瞬間、そこに一斉に向かう。

今は「推し」モードがポジティブにとらえられるし、そういう社会にはなっていくんだけど、今度は「推しプレッシャー」も生まれているんです。

みんなが仮オタクというか、実はぜんぜんK-POPが好きじゃなかったり、「実はBTS、未だに顔がよくわかんないです」というのが恥ずかしいという囚われになってしまっている。高校で「好きなものがない」と言うとすごくダメな人間っぽいから、がんばって装ってるという人もいるくらいです。

——本来あってもなくてもいいはずなのに、辛くなってしまう人もいますね。あとは、個人的には好きだけど「これは推しと言えるのか?」と、自分の中で定義を作ってしまったり。

中山:そう、悩むんですよね(笑)。これは同調圧力のものすごくネガティブな面ですね。「自分はまだまだダメだな」とか「本来推しとはこうやるものだ」とか、ファンの活動にまである種の職人性の高さを求めるんです。

僕は、もうほぼセミプロ級のユーザーさんともお話しする機会があるんですけど、自分でプラモを塗装して、あえて汚しを入れるようなこだわりのある人たちでも「いや、僕なんてまだまだです。10年もやってませんから」みたいな人ばっかりですからね(笑)。

——みんな自分に厳しすぎますね(笑)。どこまでいっても完璧ということはないし、だったら悩んでもきりがないと。

中山:常に遥かなる高みを仮想するんでしょうね。(同調圧力があることで)トレンドは作りやすいですが、集団の空気でしか醸成していけないことには日本社会の良さも悪さもありますね。

「推したくなるコンテンツ」に共通する条件とは?

——なるほど。推しのジャンルにもよると思うので、広い質問になってしまって恐縮ですが、今の時代の推したくなるコンテンツに共通する条件はあるんでしょうか?

中山:そうですね、三次元か二次元かでも違ったりしますが、僕は講演会などではよく、「ファンの根付く3条件」と言っています。「ビジョン」と「余白」と「透明性」。

ビジョンは、指原(莉乃)さんの「トップをとりたい」のように、推しの主体が向かうゴールがあることです。それがないと、「ただお金を吸われている」になるんですよね。だから、推している対象もみんなで一緒に目指していくようなビジョンが必要です。

余白は、CDにお金を投じたら票が上がるようなものも含めて、「助けて」と言えるものですね。ユーザーが参加すること自体が影響するような余白を設けること。

最後は透明性です。ゴールに対してきちんと「こういう使い方をしました」というふうに見えるようにする。例えば使途不明金じゃないですけど「1億円集まったんだけど実は3割はマージンでした」というのが一番タチが悪いです。

——ビジョン自体にも、応援したくなるような要素があるほうがいいんでしょうか。

中山:もちろん正義でないものは推さないとは思うんですけど、わりとわかりやすくデフォルメしちゃったほうがいいぐらい、複雑なものは伝わらないなと思っています。「海賊王に俺はなる!」じゃないですけど、推されている人は、バカみたいにまっすぐなゴールを設けていますよね(笑)。

——わかりやすさも大事なんですね。あとは、『推しエコノミー』にもあった、盛り上げる側の「運営」の存在も大きいのではないかと感じています。

世界的には「やりすぎでしょ」の日本のサービス

中山:やっぱり昔は、運営ができるほどインタラクティブな装置がなかったんです。僕はちょうど、2009年・2010年のソシャゲブームの時からこの業界にいたので、当たり前のように「リリースして3ヶ月は地獄だよね」「毎週イベント入れていかなきゃいけないよね」というかたちの運営はしてましたけど。

漫画アプリだと2015年・2016年頃から初めてそういった概念ができたし、動画配信もただ番組を置いておくだけじゃなくて、キャンペーンやコメントなどで煽るようになったのもこの4年~5年の傾向ですよね。それまでは運営という概念が導入されてなかったんじゃないかと思います。

——参加側も運営側も、やはりテクノロジーの進化によって、できることの範囲が広がってきたと言えそうですね。昨今の推しブームの背景には、まだ数年とは思えないぐらいのきめ細やかな運営があるようにも感じ、これもまた日本的なのかもしれないと思ったりします。

中山:設計思想の違いなのかもしれないんですけど、海外では、モバイルゲームの運営1つとっても、10人のエンジニアがシステムを組んで、みんなが勝手にBOTでやれるようにしたりしています。給与が高いこともあるんですが、人手をかけない傾向があるんですよね。

日本の場合は、サービスの丁寧さが偏差値で言うと85とか90みたいな、世界的にも「やりすぎでしょ」という感じなので。やはり海外はぜんぜんですね。効率的でないことのほうが多いんですけど、サービサーの最前線にいる人たちがものすごく手間をかけてやってくれているすばらしさがあると思います。

立場にかかわらず、自分の仕事にプライドを持っていて、給与不満があったりきつい仕事をしているはずなのに、お客さまを前にした時の「神さまです」感がすごいんです。サービス業の職人魂ですよね。でも、海外の郵便局では、どれだけお客さんが並んでいても、ガラガラガッシャンで「営業時間、終わったでしょ」みたいな(笑)。

ギブアンドテイクに対する繊細さ

——そのあたりが、日本で推しが「推しエコノミー」と呼ばれるほどのマーケットになった要因の1つでもある気がします。

中山:思いますね。一般的なサービスや運営の顧客は、直接的には趣味の推しとは違って、普通にお金を持ってきてくれるだけなんですけど、そこで相手に尽くすことが行動様式になっているんです。だから、対象が趣味になった時も推しに対して尽くすし、推されている人もある程度、「ちゃんと返さなきゃ」というのがあったり。

ライブ配信の投げ銭でも、日本人だとわりと「私のような人間に1,000万円もらって、私は何を返せばいいんでしょうか……」とか。ギブアンドテイクに対する繊細さや、「何かして差し上げないと」という、日本人特有のメンタリティがある気がします。タイなどはすごくサービスマインドが高かったりもするので、同じ海外でもアジアのほうが多少近いかもしれませんね。

——それにも関係するかもしれないのですが、著書で日本はLTVがすごく高いと書かれていました。今はビジネスの世界でも差別化が難しくなり、新規顧客を獲得するのが大変な中で、推しは究極のブランディングができている気がします。

中山:ただ、全部のジャンルでLTVが高いわけじゃないんですよね。スポーツライツや動画配信の世界から見ると「日本人ってなんでこんなに映像にお金払わないの」と言われていたりもします。日本ではテレビを見る時もお金をぜんぜん出さないけど、アメリカとかだとみんな1万円とか1万5千円を毎月払うものだよねとか。

逆に、日本人がモバイルに対して1人当たり1万円とか5万円を払っているのは、アメリカ人からすると信じられないというところがあります。

それから、クラウドファンディング。みんなが「推しは良いことだ」と認めた瞬間にざーっと入っていって「クラウドファンディング? 普通2万〜3万ぐらいは払うっしょ」みたいな。やっぱり高校生がクラファンで1万円を払えるというのはすごいですよ。

人口が増えない中、10年で10倍成長したモバイルコンテンツ市場

中山:「日本人は寄付しない」と言われたりしますけど、それはフォーマットの問題であって、「これはみんなやるよね」となった時に、どんな国もLTVが高くなるんですよね。その様式が動画なのか、タレントなのか、ライブ配信なのかという違いがあるだけで、テクノロジー全般やモバイルコンテンツに関しては、日本はLTVが異常に高いという数字が出ていますね。

モバイルコンテンツの市場は、それこそ10年前は2,000億ぐらいだったと思いますけど、今ではもう2兆円ぐらいになっています。10年で10倍になったという話で、儲かるからいろんな会社さんが入ってくる。最初は占いや画像だったところから、ゲームを入れたり、今は漫画と動画を入れたり。サプライヤーもすごく努力していますし、ユーザーもジリジリ上がっていく。

でも、ここ5年ぐらいはユーザー数としてはもう頭打ちですよね。この国は人口的な意味で、異常なぐらい進歩がないんですよね。僕は2014年ぐらいからずっとAppleとGoogleのアプリ市場を見てますけど、こんなにダウンロード数が動かない国は珍しいです。

全体で1億人のうち、スマホをちゃんと使っている6,000万~7,000万人ぐらいの人たちが、年間30個とか40個のアプリを入れる。それが、だいたい年間で20億ダウンロードぐらいなんですよね。その数自体はもう7〜8年ずっと同じ状態です。

それなのにモバイルコンテンツの市場が10年で10倍になったということは、本当に払う費用が10倍になったわけですよね。

——保守的だけれども、1回好きになったら離れないという感じなんですね。

中山:そうですね。海外だったら、個人個人のショッキングなイベントとか、目を見開くような感動経験があってファンになったような印象が強いですが、日本人はやはり「周り」がどうかですよね。3人ぐらいが「イエス」と言ったらみんなが「イエス」になるというか。

僕は『鬼滅の刃』を2019年に見てたんですけど、子どもに見せたら「なんか血出てるし気持ち悪い」って言われたんです。その時は見なかったんですけど、2020年の2〜3月のコロナになった時に、子どもたちはたぶん学校の友だちから「『鬼滅』いいってよ」と聞いて。「パパ、これ知らないでしょう。この『鬼滅』っておもしろいんだよ」って言われて「1年前に何度か見せようとしただろ」「あれ、そうだったっけ?」みたいな(笑)。

——(笑)。

中山:世代が違う人間の言葉はぜんぜん届かなくて、自分と同じ目線にいる周りの3人ぐらいが言ったら、それはもう同調するものだとなっているから。だから、企業からすると、同調圧力をどう味方につけるかなんでしょうね。

無機物ですら推せる、日本人の妄想力

——そうですね。特に若い世代の推しに対する熱量は本当に高いと思います。コーラ好きが高じてクラフトコーラという新しい商品を作っている方や、日本茶が好きで起業した方がいたり。起業までする人は多くはないかもしれないですが、ある種のモチベーションになっている気がします。

中山:(笑)。こういうのは仕事じゃないから情熱も向くんですけどね。ただ、日本人の妄想力は高いなと思います。「Oshicoco」という会社をやっている多田(夏帆)さんという友人がいるんですけど、彼女は松本城が大好きで、見ると涙が出てくると言っていて。無機物なので、余白も透明性もビジョンもないんですけど(笑)。

——ほぼあらゆるものに、ビジョンや余白を自分で勝手に見出せるというのはすごい力なのかもしれないですね。日本の将来は明るくないという話をよく見聞きしますが、推しエコノミーはまだ伸びしろがあると感じます。

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