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澤田智洋×澤円「人生を好転させる「ホメ出し」とは? 〜明日からできる実践のヒント」(対談)(全5記事)

今の価値基準の中で、優劣をジャッジする時代の終わり 仕事もスポーツも、「ルール=絶対」を捨てた先に見えるもの

『わたしの言葉から世界はよくなる コピーライター式ホメ出しの技術』の刊行記念トークイベントに著者のコピーライター・澤田智洋氏が登壇。 コピーライティングの手法で人をほめる「ホメ出し」研究を10年以上続ける澤田氏が、日本マイクロソフトの業務執行役員を務めた澤円氏と共に、遊びの場に行くことの重要性や、窮屈で滑稽なルールを生む「べき論」などを語りました。

日本の電車の遅延がどうでもよくなる、インドの鉄道事情

澤円氏(以下、澤):友だちがインドかどこかに旅行に行った時に、どのバスに乗ればいいかわからなくて困っていたら、いろんな奴らが寄って来て、「あれに乗ればいい」「こっちだ」とかワーッとディスカッションして、全部間違っていたという話(笑)。

必死になってみんなで助けようとしているのだけは伝わってきたんだけど、結局は全員間違っていたことがあったって。それはもう笑い話なんだけど、ただこれって笑い話になり得るのは、みんな親切で一生懸命がんばってくれたというエピソードだからですよね。

澤田智洋氏(以下、澤田):そうですよね。バイアスを取っ払うためには、非日常的な人生の設計を、日常に入れていくことが重要です。ぜんぜん関係ない話ですけど、僕もインドにかつて出張に行っていたことがあるんです。1回ムンバイかどこかに行って列車を待っていたんですよね。

1日1本しか来ない。夕方5時に来る。だけど夜7時になっても来ないんですよ。「えっ!?」みたいな。8時くらいになったら来たんですよ。「来た来た来た」と思ったら、周りの人が「これ、昨日の電車だよ」。

:(笑)。

澤田:長い時間をかけてダイヤがずれていったんですよね(笑)。僕、それが衝撃で。日本はめちゃくちゃダイヤを守ることを重視しているじゃないですか。なのにインドでは「昨日の電車が今日来るの?」みたいな。それを知った瞬間に、日本の電車の遅延が気にならなくなったというか(笑)。

:そうそうそう。どうでもいいんですよね。

澤田:どうでもよくなったというか。

:話が横に逸れまくりなんだけど、知り合いのインド人が日本に来た時も、その感覚があって。すごく重要なアポがあると。新宿で電車に乗ろうとして、中央線だったかな。乗ろうとしたら、目の前で扉が閉まっちゃったんだって。ものすごいショックを受けたんだって。

澤田:なるほど。

:「あぁ~、行っちゃったー……」って思ってすごい落ち込んで、すると次の電車が2分後に来た。

澤田:すぐ来た。

:「おぉっ!? なんだ!? 何が起きたんだ?」って、腰が抜けたんだって(笑)。

澤田:ドアが閉まって「明日まで待つんか……」とか思った。

:そう、そう。「だめだ、これもう絶対……これどうやって言い訳しようかな」って思ってたら、ガーって次の電車がきたから、本当に腰が抜けたんだって。「何が起きたんだ!?」って思ったら、ぜんぜんインドとダイヤのレベルが違ったっていう。いや、ちょっとあなた下調べしなさすぎじゃねぇのっていう。

常識をマッサージする

澤田:今の話を聞いて思ったのが、それってなんか常識をマッサージされてるっていうか。常識をほぐされている感じだなと思う。その新しいちっちゃい成功体験を生むのも、常識のほぐしだと思います。

:そう、そう。

澤田:そういう機会がもっと増えていくと、褒めにもつながるからいいなと思うんですけどね。

:思考をすごくこう、振ったほうがいいかなと思ってて。いろんな人たちのいろんな体験を聞いたりとか。まあ一番いいのは自分が行くことなんだけど。今このご時世なので、なかなかそれができないのであれば、できる範囲でちょっと非日常なことをやるとか。

あるいは今までだったら付き合わないであろう人たちと、オンラインでも構わないので、一緒になんらかの時間を過ごすようにすると、すごくおもしろいかなと思います。それで「あ、自分はめちゃめちゃ思考が偏っていたんだな」と気づけるので。

僕は副業したり、いろんなスポーツでいろんな人たちと交流を持つようになってから、それがすごく味わえるようになったんですよね。例えば、僕は野沢温泉というところのスキースクールで、40過ぎてからスキーのインストラクターになった。週末に時々行っていたんですよ。これがめちゃくちゃいい体験だったんですよね。

それもね、本当に学生とかフリーターとか、そういう連中と一緒に寮で寝泊まりして、スキーのインストラクターをやったんだけど、これめちゃめちゃおもしろくて。

それこそ明らかに、あなた社会的には絶対不適合だよねという人がけっこういるわけですよ。だけどね、スキーではかっこいいわけ。そういう人たちに、素直に教われたりする。それに、スキーで滑っている姿はめちゃめちゃかっこいいんだけど、夏は何をしてるのかなと、たまに夏に行くと、すんごい地味な農家のおっちゃんだったりするわけですよ。

澤田:なるほど。

:ギャップがあるんですね。だけど、そのスキーという共通項の中で情報交換をすると、本当におもしろい話をたくさんしてくれるんですよね。自分の知りえなかった物の捉え方とか、あるいは僕が持っている、例えばデバイスとかね。そういったものも、めちゃくちゃ柔軟に使うんですよ。

「あ、それおもしろそうだね」って。「ちょっと使い方教えてよ」と教わって、自分の農業とか仕事に活かしてみたりするので。価値観とか生活習慣とか、そういったものがぜんぜん違う人たちと交流をすると、新しい発見があったりする。

あと本当にね、さっきマッサージと言っていましたけど。「なんか自分はずいぶんしょうもないことにこだわっていたんだな」と思うと、許せる範囲が広くなるので。許せる範囲が広くなると、今度は人を褒めやすくなるんですよね。

「遊びの場」に行くことの重要性

澤田:いや、そのとおりですね。あと今の話で大事だなと思ったのが、スキーの評価基準は仕事の評価基準と違うじゃないですか。だからある意味では、日常とは違う物差しが用意されているのが、スキーという遊びの場での価値です。

僕が、自分がスポーツをやるのは苦手だけど、文化として好きなのはそこです。本当に日常のどんなルールにも適応できていなくても、サッカーの手を使ってはいけないという特殊なルールに置かれた瞬間、花開いている人たちがサッカー選手たちじゃないですか。サッカーがなければ輝いていない可能性もあるわけですよね。

:可能性もある。

澤田:だから誰かのいいところを見つけたいと思う時に、そういう遊びの場に行くのもすごく大事です。「あ、この人この遊びの場だとこういう側面が見えてきて、ここいいなぁ」みたいな。

だからもっと社会に、プレイということだけではなくて、変化する余白という意味での遊びも含めてあったほうが、常識のマッサージも含めて促進されそうですよね。

:そう。スポーツにせよ、他の文化的なものにせよ、ちょっと日本は……。日本はって、主語が大きいんですけど。傾向として強いなと思うのが、なんでもかんでも道(どう)にしてしまうやつですね。道(みち)にしていいものもあるんだけれども、あるルールに則ってやらないと、それはすべては外れているものだとされてしまう。

まあ、要するに邪道だと。邪道はよこしまな道なので、よろしくないものであるとカテゴライズされてしまうんですね。だから王道でなければならない。

澤田:なるほど。

窮屈で滑稽なルールを生む「べき論」

:そこに「べき論」があって、その「べき論」の中に入れてしまうと、すさまじく滑稽な窮屈なルールが出てくるんですよね。さっきちょっとTwitterで見ていたら、眉毛を3cm? 

澤田:あぁ~、あれひどい話ですよね。中学生が、眉毛を整えたら謹慎になった。

:3日間別室で授業を受けさせられたという記事。本当かどうかわからないけれども、これは相当滑稽だなと思うんですよね。明らかにおかしいじゃないですか。あとポニーテールにしたら後ろの人に刺さるかもしれないからとか、何を言ってるのお前はって。

澤田:ツーブロックは性格が悪くなるとかですね。

:そうそう。なんの呪文だよそれ、と思ってしまうわけですよ。なんだけど、そういうのがどんどん可能性を狭めていってるのかなと思うんですよね。だって、ほとんど根拠はないわけでしょ。

澤田:根拠はないですね。

:あんなの、「あぁいいじゃん」で、おしまいでいいと思うんですよね。

澤田:だからそれも、評価する対象の人が評価をしやすいのと、評価して気持ちいいというか。そうね。誰かを制すると気持ちいいみたいな、サンクション(制裁)欲ってあるじゃないですか。

:そうそう。

澤田:そこに忠実に従いすぎてるということだと思うんですけどね。

:うん。結局誰かに対して抑圧をさせることが、快感になっているのではないかなと思うんですけど、これも本当に「ホメ出し」と真逆の思考ですよね。

決まった慣習の中で、優劣をジャッジする時代の終わり

澤田:また脇道に逸れるんですけど(笑)。どこにいくんだろう。僕が「ゆるスポーツ」という活動をして、スポーツを110競技作っているのは、既存のスポーツには3つの価値基準しかないからです。強い・速い・高い人しか認められない世界です。

でも人間の魅力やすばらしさって、それ以外にもいっぱいあるよねと思っていて。今までスポーツに活かされなかった能力が、スポーツで活かされるようになるといいなと思ってやっています。

例えばベビーバスケという競技は、ボールにセンサーを入れていて、激しく扱うとボールが赤ちゃんみたいに泣いてしまうんです。

:(笑)。

澤田:泣いたら相手ボールになるので、そっとパスしないといけないんですよ。これはですね。Bリーグの2メートルある選手とファンが交流イベントで使うと、ファンのほうが強かったんです。

ファンの中でも、母性がありそうな人が勝つんですよ。どういうことかというと、「おお~よしよし」みたいに、このボールは赤ちゃんだと本当に思い込んでいるから。だから、高い・速い・強いではなく、母性がある人が勝つスポーツ。例えばそういうものもある。

それはやっぱり日本の体育が、ルールが絶対の神である。もう変えるべきではないと規範を植えつけすぎているからこそ、そのスポーツを緩めることによって、「あ、価値基準とか常識をまだまだ拡張していいんだな」と示したくて、そういうことをやっているんですよね。

:おもしれ~。それ、いいですね。「ゆるスポーツ」って、たぶん自分オリジナルのスポーツを作ろうみたいなこともされているじゃないですか。

澤田:まさに。

:これ、僕もいろんなところで、キャリア論でもよく言っていて。キャリアとは誰かが決めたものに乗っかって、その中でジャッジを受けて、その中で優れているものだという時代は、もうそろそろ終わりなので。

むしろ自分自身で3つ以上の要素を掛け合わせて、自分唯一の1つの競技を決めるような感じにする。もう競技人口1人のものを作って、その競技の中で、毎日金メダルを取りましょうという話をする。できれば毎日、記録更新を目指しましょう。

これができればでいいと思う。それを目指すことになったら、鍛錬もそんなに苦にならないんじゃないの、と。これが他者に押し付けられているものだと、鍛錬ではなくて我慢になってしまう場合があるんですけど、自分で決めているものであれば、嫌だったらルールを変えてしまえばいいので。

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