2024.10.01
自社の社内情報を未来の“ゴミ”にしないための備え 「情報量が多すぎる」時代がもたらす課題とは?
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中野信子氏:さて、遺伝と環境の問題でよく取りざたされるのは、脳科学では、知能と遺伝の問題かと思います。知能の遺伝率についてご存知でしょうか? 45パーセントと考えられています。遺伝率の説明はちょっとややこしくなりますが、その集団の中で、その人がどれくらいズレているか。そのズレを、遺伝要因と環境要因に分けて考えようというときに、遺伝で説明できる割合が、知能の場合は45パーセント、という意味です。
ちゃんと遺伝学を勉強してる人はきちっと理解しているんだろうなと思いますが、まあ本当にざっくりと、あまり科学的に正確というわけでない説明で大まかに理解したいという人向けには、環境要因と遺伝的な要因が半々ぐらいなんだということでいいかもしれない。
ズレを環境要因と遺伝要因で説明できる割合が半々ぐらいというのはどういうことかというと、自分の努力の割合がけっこう大きいということでもあります。自分の知能がもし、自分の満足のいく水準でなかったとしても、完全に親の遺伝子が理由だということにはならないんです。自分の選択も相当効いてきている。あなたの人生は、あなたが決められる部分も大きいということです。
「遺伝か、環境か」問題については、頭の良さは遺伝で決まるのか? 生まれか、育ちか? という研究が、一卵性双生児と二卵性双生児を比較するという研究で行われています。
同じ遺伝子・違う環境、それから違う遺伝子で同じ環境、という条件を整えると、コントロールが取れます。遺伝子が効いてるのか、それとも環境が効いてるのかがよくわかります。
さて、脳の中で働いて、記憶学習に重要な役割を果たしているタンパク質があります。マウスで、これの一部を「ノックアウト」といって、体の中で作られないようにすることができるんです。発現しないように調整できる。
「モリスの水迷路」という実験手法があります。たとえばここ(水迷路)に、生まれつき圧倒的に頭が、というか記憶学習能力が良いネズミを入れてやるんです。すると、この子たちは迷路をすぐ覚えちゃう。
迷路といっても、複雑な通路がつくってあるわけではなくて、(スライドを指しながら)こんな感じ。たらいのような、マウスにとってのプールをまず作っておきます、そして、マウスの体がちょっと沈むぐらいの量の、白く濁らせた水を入れておきます。その白く濁った水の中に台を置いておくんです。その台の上に乗ると、マウスは体が濡れなくて済む。なので、マウスはそこを探し当てたい。その台を見つけて上ればゴール、という設定です。
そのゴールを見つけるのに、周りに視覚的な印を置いておくんですね。印を置いておいて、それを覚えると、この辺がゴールだなと学習できる。何度かやって、そのゴールに早く至ることができれば、そのマウスは頭が良いということになります。
スマートマウスといって、遺伝的な操作で聞く学習能力をよくしたマウスは、そのゴールを見つけるのが得意です。一方で、逆に生まれつき頭の悪いマウスも作製することができます。このマウスにも、また水迷路やらせるんですが、今度はなかなかゴールを探せません。
この生まれつき頭の悪いマウスを二手に分けて、別々の環境で育てます。狭いかごの中で、個体の密度を高く、ストレス高く育てたマウスと、広い場所で、隠れる山とか回る車とか遊び場がたくさんある場所で育てるマウスと、二つのグループ作ります。
その上で、もう一度水迷路をやらせる。そうすると、広い遊び場で育てたグループのほうが水迷路の学習速度が速くなっていることがわかりました。刺激の豊かな環境で育てることで変化が起こった、遺伝子が一緒でも、環境要因が違うと能力が変わってくるということがわかったわけです。
さらに、そのマウスの子どもたちについても調べられています。遺伝子が一緒で、育ち方が違うために能力に変化があった大人マウスたちの子どもたちは、一体どうなるのか。子どもたちの条件は一緒ですが、親の受けた、いわば教育的な部分の要素が違う、という条件の実験をしているわけです。
結果は、狭いかごで育てたマウスの子どもたちは、やっぱり水迷路を解く速度が遅かったということになりました。一方、広い遊び場で育ったマウスの子どもたちは、能力が高くなっていたことがわかりました。つまり親世代の学習の経験が、子どもの能力にも反映されているようにみえる。
これなかなかすごい研究で、DNAの配列が変わっているわけではないのに、発現している能力自体は変わっている。それはなぜかということで、かなりインパクトのある結果でした。もう20年ぐらい前の研究です。
子どもは刺激の豊かな環境で育ったわけではないんだけれども、生まれつき能力が高かった。それがなぜなのか調べてみますと、するとどうも母親の経験が子どもに「遺伝」していようにみえるということがわかりました。母親マウスが受けた教育、あるいは、発達段階において置かれた環境、その要因がどうも子どもの能力と相関があるように見える。
遺伝子のコード、つまりDNAの塩基配列そのものは変化していません。科学的な常識としては、獲得形質は遺伝しない、というのはすでに皆さん高校生までで習っていると思います。それが科学的には普通の考え方なんですよね。覚えているかな? 生物の授業をとった人ならやったと思います。親の個人的な経験は通常子どもに遺伝しないとされている。けれども「遺伝」しているように見えるというのが、この研究のおもしろい部分です。
遺伝子コードそのものは変化してないけども、遺伝子の発現の仕方がどうも違うんじゃないかということで、これを「Epigenetic Regulation(後成的制御)」と言います。
ここに「母親」と書いたのが気になる人もいると思います。わざわざ「母親」と書いています。どういう要因が関係してるのか調べるために、メスマウスだけをケージを分けて育てた時と、オスマウスを分けて育てたバージョンでも実験してみているんですね。
そうすると、父親の経験は「遺伝」しない。つまり父親マウスを一生懸命広い遊び場で育てても、子どもの記憶学習能力にはぜんぜん関係がないということがわかりました。一方で母親マウスを豊かな環境で育てるといわゆる括弧つきの「遺伝」をするんですね。
父親だけ豊かな環境で育てても効果はない。母親だけ豊かな環境で育てると、子どもの記憶・学習能力が上がっている。これはいったい何なんだと。そしてこれも大変興味深いことですけども、孫世代にはぜんぜん影響がないんです。母親の経験のみ、それも一世代だけ、子どもたちに伝わっていくように見えた、ということです。
げっ歯類の研究なので、人間がどうかはわかりませんよ。でも人間にもそういう可能性があるかもしれないという話です。
それでは父側の学習はあまり意味ないのかというと、そういうこともなく。父親側の場合は……「恐怖条件付け」ってわかりますか?
恐怖条件付けというのは、何か音が鳴るとか、特殊なにおいがするとか、そういうトリガーに引き続いてセットで電気ショックが与えられる等ということを繰り返していくと、次第にこの個体は、音などのトリガーだけで体を硬直させたりという反応を示すようになります。
これを恐怖条件付けというんですが、あるにおいを嗅がせて恐怖条件付けすると、父に起こった反応が、仔に引き継がれているように見えるという現象が見つかったんです。仔には恐怖条件付けをしてないのに、においをかがせただけでその反応が起きた。
この報告を信じるのであれば、恐怖などの「情動」の部分に関しては、父親が後天的に経験したものが仔に移行するようにも見える。迷路を抜けるなどの記憶学習能力に関しては母親、情動については父親から遺伝するということになるでしょうか。
これもげっ歯類の研究ですから、この結果が本当だったとしても即座に人間に当てはめられるかどうなのかというのは、別途きちんと調べなきゃいけないことではあります。
信じるとするなら、といったのは、科学を信じすぎることがないようにしていただきたいと思うからなんですけども、この原則は、高校までの勉強と大学の勉強とで大きく違うところでもありますから、かならず覚えておいて損はないものです。
高校までのお勉強は、先生の言うことを、基本的には「はい、そのとおりです」と頭から信じるところから始まったと思います。けれども、大学ではそうとは限らない。少なくとも、自然科学における研究というのはそうではありません。
これからみなさんも自然科学の論文をどこかで読むかもしれないと思います。もうすでに読んでいる人もたくさんいるでしょう。自然科学の論文というのは、御説拝聴という姿勢で読んではいけないものなんです。経典や聖書のように読むものではない。
反証可能性という言葉を聞いたことがありますかね。科学というのは、まず疑うという姿勢から入ります。論文も一言一句、批判的に読むべきものです。「この人はこう主張してるけど、こういう矛盾があるじゃないか」と、いちいちツッコミを入れながら読むものなんです。これが自然科学の最初のトレーニングといってもいいかもしれない。
誰でも、その主張に対して疑義を呈してよい。反証可能性があるということは、科学を正しいものにする縁(よすが)なんです。科学哲学を志している人もいると思いますが、このあたりはとても大切なところじゃないでしょうか。その唯一の縁(よすが)である反証可能性を保持して対峙しなきゃいけない。誰がどうツッコんでもいいというのが、科学の前提です。
そういう意味では、誰にでも開かれている学問だともいえる。どんなに貧乏人でも、自信がなくても、性別も人種も年齢も、学歴ですら関係ない。誰でも、おかしいと思ったらツッコんでいい。「あなたの言ってることは、ちょっとここがおかしいんじゃないか」と言うことが誰にでも許されている。裸の王様を裸だという権利が誰にでも与えられている、というのが自然科学の本来あるべき姿です。
宗教はそういう構造をしていません。どちらがいいとか優れているとかいう主張をしているんじゃないですよ。ただそういうものだ、という話をしています。
宗教はある程度の権威を必要とする、という基本的な構造を持っています。誰それさんからの認可を得た、ある特定のこの人の意見が正しい、という、属人性に依拠した証明の構造を持っています。自然科学はそうではありません、ここはきわめて対照的ですね。
高校までの勉強は、そういう意味ではやや宗教に似たところがあるのかもしれない。自然科学は、誰にでも平等に反証する可能性が与えられています。
私の言っていることに関しても、「そこがおかしいんじゃないか」と、誰でも言っていいんです。論文もそうやって読まないといけません。「こんなに偉い人がこういうふうに言ってるけど、やっぱりここがおかしいんじゃないか。自分は実験的にこういう手順を踏んでこうしたら違う結果が出るかもしれない」と、確かめることをしていい。それを歴史に残る形で行ったのが、近代科学の父ともいわれるガリレオですね。
公権力や宗教的権威が示している内容と、違う事実を自分は見てしまった。それは、敢えて強く主張するまでもなく、まぎれもない事実だ。社会的地位のある人の主張と違う事実を発表してしまって、怒らせてしまったけれど、彼らに対して謝罪するくらいは何でもない。けれど、それでも、自分が観察した事象は曲げようがない……。あくまで推測ですが、ガリレオはこんな気持ちだったんじゃないでしょうか。
また、10年前に唱えられていた通説が、10年後には覆ってる可能性もあります。今私がみなさんにお伝えしたことも、10年後には覆ってる可能性があるという前提で聞くべきものです。
『ホンマでっか!?TV』という番組がありますけども(笑)。あれもタイトルが秀逸で、「ホンマでっか!?」という気持ちで視聴するのが科学的態度なんですよ。
科学は宗教ではない。みなさんにも反論する可能性が平等にある。その可能性、その反論する権利を十分に活かさなくてはならない。それが科学です。
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