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心の専門家ふたりが贈る「職場環境づくり」セミナー(全4記事)

パワハラ・セクハラまではいかないけど傷つく「職場不作法」 「すぐに辞める若者」問題の背景にある、負の感情のメカニズム

働く人たちのメンタルヘルス(心の健康)について、近年注目が集まっています。職場の人間関係で抱える「もやもや」とその解消法について、心の専門家2名がそれぞれ講演を行いました。本記事は“しろくまさん”こと水谷忠央氏の講演パートをお届けします。本人に悪気はないけど相手を傷つけている「職場不作法」の問題点について解説しました。

心の専門家が語る、職場不作法と心理ケア

司会者:それでは後半の部を始めていきたいと思います。では水谷さま、お願いいたします。

水谷忠央氏(以下、水谷):ありがとうございます。水谷と申します。心理学と脳科学と、精神医学の研究をしていた者です。

先ほどせっちゃん(岩村誠司氏)から、「価値観が大事」という話と、その価値観と信頼関係の違いによってどんなコミュニケーションをとったらいいのかというお話をしていただきました。

僕のパートでは、では仕事場においてどうしたらいいのか。あるいは、職場環境を良くするにはどうしたらいいのかという、具体的なお話をさせていただきます。

今回私の発表内容は、「職場不作法と心理ケア」という題になります。「職場不作法」はあまり聞き慣れない言葉かと思います。

今からお話しするエピソードは「あ、それよくある!」ということかと思いますので、ぜひこの言葉を覚えていただければと思います。また最後に職場不作法をどう解消するのかというお話までさせていただきます。

まずは、私のエピソードからお話します。私は大学生の時に、単発のアルバイトをしたんですよね。イベントブース設計のお仕事という、ちょっと変わったお仕事なんですけれども。

例えばたくさんの企業さんが集まる就活イベントでは、企業さんごとに個別ブースがありますよね。(このアルバイトは)あの会場を組み立てるお仕事になります。なので、ちょっとした職人作業をお手伝いする感じになります。

その中で、ホテルの一室を借りたイベントブースを設計するお仕事がありました。ホテルのロビーか、あるいはホテルの入口のところで待っていると、トラックが迫ってきたんですよね。そこから現れたのが、金髪の建設会社のお兄さんです(笑)。

本人に悪気はないけれども、受ける側は傷つく「職場不作法」

水谷:私は当時21〜20歳ぐらいで、金髪のお兄さんは同じ歳ぐらいか、ちょっと年上という感じの人でした。そのお兄さんと、私と、もう1人単発のアルバイトの人と、オーナーっぽい人の4人で資材を運んでいたんですよね。

資材も全て4人で運びますから、一人ひとりの仕事がちょっと多くなってしまうんですよね。僕は小柄だったんですけれども、「1人で4枚一気に持っていってやろうかな」と思って、木材をキャスターに載せて、自分で両手でバンッと挟みながら、ホテルの中をなんとか運ぼうとしていたんです。

でもホテルなので、道が曲がっているところがあるじゃないですか。そこを曲がろうとしたら、ちょっと不慣れでバランスを崩しちゃったんですよね。その時に、そのお兄さんが「あ! バカやろう!」と言ったんです。

木材が一瞬倒れそうになって、ハッとして「危ない、危ない」となりながら、なんとかバランスを取り戻しました。でも「バカやろう!」なんて言われたものですから、私は怒られたと思って心臓がキューッとしたんですよね。

こういう経験、みなさんもありませんか? 言った本人は「危ない!」くらいの気持ちで、いわゆる優しさから言ってくれたのかなと思います。でも(言われた)私は「怒られた」と思ってしまったんですよね。

このように、本人には悪気はないんだけれども、受ける側にとってはちょっと傷つく、嫌な感じになることが、「職場不作法」に当たります。

職場の規範としてよろしくない行為が該当

水谷:職場でもよくありませんか? 気づいたらミスをした部下に当たり散らしていたとか、いつの間にかきつい言葉を使っていたとか。

意図せず相手を無視してしまったことも、時に職場不作法に当たるんですよね。例えばOJT(オンザジョブトレーニング)とかで、「俺の背中を見て学べ」と言って若手とちゃんとコミュニケーションしないとか、若手が「わからない」と言っているのにちゃんと話をしないとか。

上司側からしたら、別に無視しているつもりはないんだけれども、部下からすると「ちょっとな」と思ったりするんですよね。こういうことが重なって、気づいたらみんな、特に若者世代が辞めていく。うつ病を患ったり、あるいは突然来なくなったりして、会社を去ってしまうことがあると思うんです。

「職場不作法」とはそもそも何なのかというと、これは私が英語を直訳したものです。わかりやすく言うと、仕事場にはお互いを尊敬するための規範、いわゆる約束事がありますよね。

被害者を傷つけようとする意図があいまいな中、お互い気持ちよく仕事をするための約束事に違反する行為。つまり「本人は傷つけようと思っていないけれども行われる、あまりよろしくない行為」というのが、職場不作法に当たります。

例を出すと、先ほどの「バカやろう!」がまさに典型です。もちろん金髪のお兄さんは、侮辱しようとなんて思っていないんですよね。本当に「危ない」ぐらいの感じで考えていたと思うんですけれども、同じ仕事をする仲間に対しては、言い方とか言葉の使い方があまりふさわしくない。これが「職場不作法」です。

あるいは、上司が若手社員のミスをみんなの前で叱る時ですよね。上司には明確に「みんなの前で叱ってやろう。ししし」という意図がないとしても、若手社員からすると、みんなに晒されている気分になってしまう。こういう職場の規範としてよろしくない行為が、職場不作法に当たってしまいます。

職場不作法の中に含まれる「職場ハラスメント」

水谷:ちなみに、パワハラとかセクハラという言葉を最近よく聞くんですけれども。これはどういう位置づけなのかと言うと、職場不作法よりも悪意が強くて、さらに本人が「傷つけてやろう」という意図が多少なりともあるというのが、パワハラとかセクハラになります。職場不作法という大きなくくりの中に、パワハラ・セクハラといった職場ハラスメントがあると理解していただければいいかなと思っております。

ここまで聞いて「あ、こういうのもあるな」と思った方がいらっしゃると思います。ここでみなさんに、こういう経験があるかどうかお聞きしたいと思います。

みなさんはここ1ヶ月の間に、こういう職場不作法を見聞きしたことがありますか? まったくない、覚えがない。またはあったのか、よくあるのか、どれか当てはまるものがあれば送ってください。

司会者:ちなみに、水谷さん。「規範」は「マナー」と捉えていいんでしょうか?

水谷:はい、マナーと捉えていただいてもけっこうです。例えば「暗黙の了解」というのも、職場不作法で「規範」と呼ばれるものに当たります。ご質問ありがとうございます。

司会者:こちらで締め切らせていただきます。

水谷:ありがとうございます。「まったくない」「覚えがない」という方もけっこういらっしゃいますけど、「ある」とか「よくある」という方のほうが多いですよね。57パーセントなので、6割ぐらいの方が身に覚えがあるということですよね。

司会者:「実際に職場不作法に出会ったり見聞きすると、関係なくてもテンションが下がっちゃいます」という回答が来ています。

水谷:ありがとうございます。そうなんですよね、実はこれから説明しようかなと思っていたところで、よい伏線になったかなと思います(笑)。この職場不作法に関して、何がいけないのか、どういう影響があるのかというお話をさせていただきます。

認知は広がっているのに減少していないハラスメント

水谷:まずは現状把握です。そもそも、「職場不作法は減少していない」という現実があるんですよね。これは厚生労働省さんのデータになります。

(参考文献:令和2年度 厚生労働省委託事業 職 場のハラスメントに関する実態調査

ここに3つ、職場不作法に関するお話があげられています。パワハラとかセクハラとか、最近よく聞くのが、顧客等からの著しい迷惑行為、いわゆる「モンスター顧客」と呼ばれたりする人ですよね。

この青のグラフが何かと言うと、職場不作法とかセクハラとか、こういうハラスメントが、「例年よりも増えています」と答えた人の割合です。こちらの赤のグラフは、増えたか減ったかはわからないけれども、「例年ぐらい発生しています」という数字です。クリーム色は「例年より減っている」というのが表されたものです。

パワハラとかセクハラに関しては、一見「増えている」という割合が例年と同じくらいか少ないくらいなので、「これは減っているのではないか」と思われるかもしれません。

ただ問題は、「例年と同じぐらい発生している」という回答が大きな割合を占めているところなんですよね。それにプラスして、「顧客からの著しい迷惑行為」に関しては、19.4パーセントが「増えている」と言っているんです。

なので、もしかしたらこのパワハラ等の職場ハラスメントは、「例年と変わらず発生しているんじゃないのかな」とも解釈できるんです。

一番の問題点は、減少傾向でないことなんですよね。職場不作法という言葉はあまり広まってはいませんが、これだけハラスメントの認知が広まっていて、「うちは対策したよ」あるいは「対策しているよ」という企業さんもあるのに、減っていないんです。

対策がそもそも打たれていないのか、あるいは打った対策がうまくいっていないのではないのかなと解釈できるんですよね。ここも重要なポイントです。

職場不作法によって、1年間で1兆円以上も経済的損失が発生

水谷:この影響について、実は経済的な損失がすごく発生するんですよね。それを示したのがこちらの表です。津野(香奈美)さんという方の研究で、日本全体で職場不作法によってどれぐらいの損失が生まれているのかというお話です。(参考文献:津野(2021). 職場のハラスメントによる経済損失: 疾病休業・労働生産性・離職の観点から.産業医学ジャーナル, 44(4)=257, 4-10.

主に3つの項目があります。1番の疾病休暇とか休業というのはわかりやすいと思います。例えば、職場不作法を受けてしんどくなって休むとなると、働けていた分の損失が出ますよね。

次に、生産性低下。これは何を示しているかと言うと、職場不作法を受けずに心身健康で働いた時は、パフォーマンスがだいたい100パーセント出せるという状況です。それと比べて「職場不作法を受けて、しんどくなっちゃったな」という場合だと、パフォーマンスは低下しちゃいますよね。

心の健康がうまくいっていないのでしんどくなってしまう。その分、仕事のパフォーマンスは減ってしまうという、その差です。要は、健康な時と比べて、職場不作法を受けた時の負の状態の場合だと、生産性が下がりますという話なんですよね。

それが日本全体でいくらぐらいになるのか示したものが、こちらの研究結果です。1年間で1兆円以上も経済的損失が発生しているんですよね。

ざっくりとした計算なんですけれども、疾病休暇の場合、日本全体の雇用者人数に被害者の数と休んだ日にちを掛けたもの。それに対して、1人当たり(1日)どれぐらいの給与が発生しているかなと計算してみたら、だいたい2,700億円ぐらい生じているんですよね。

世界中の平均60〜80%の人が、30日以内に職場不作法を経験

水谷:もっとわかりやすいのが、離職ですよね。例えば、職場不作法を受けた被害者の中で、どれだけ退職した人がいるのかを計算して。その退職者の中で、例えば「新規採用でどれぐらいお金がかかったか」「セミナーや勉強会など、研修費用がどれぐらいかかったか」というのを計算すると、だいたい2,400億円ぐらいになるんですよね。

生産性低下に関しては、もっといろいろな調査結果があります。今日は内容は端折りますが、8,700億円ぐらいの損失が出ているんですよね。なので合わせると1兆円を軽く超えていると思うんですよ。

ちなみに、過去30日間で職場不作法を受けたと答えた割合は、日本では52パーセント、カナダでは86パーセントという研究があります。他のいろんな研究を見ていると、だいたい世界で平均60パーセントから80パーセントぐらいの人が、こういう職場不作法を経験したことがあると言っているんですよね。

先ほどの(今日の参加者のみなさんの)アンケートもだいたい60パーセントで、まさに当てはまっているんですよね。こういう経済的損失がすごくあるというのがわかりました。

職場不作法と「辞めたい度合い」の関係性

水谷:次に、被害者本人への影響とか、周りへの影響とかはどうなっているのかなというお話をします。

(参考文献:Porath & Pearson. (2001). Emotional and Behavioral Responses to Workplace Incivility and the Impact of Hierarchical Status. Journal of Applied Social Psychology, 42, S1, pp. E326–E357

まずは、被害者本人への影響ですよね。一番大きいのが、この心理的影響なんですけれども。特に怒りと悲しみの感情が沸き起こるという研究があるんですよね。例えば上司からいろいろきついことを言われ詰められて、「なんやねん、この野郎!」という怒りと、「自分なんて……」という悲しみが起こります。

この2つが職場不作法によって起きると何が恐ろしいかと言うと、悲しみとか怒りから、会社に来なくなったり、離職につながってしまうんですよね。それを表したのが、こちらの図です。

縦軸が会社を辞めたいなと思う「辞めたい度合い」を表しています。上に行くほど「会社を辞めてやろう」という度合いが高いことを示しています。下の横軸は悲しみです。怒りもだいたい同じ傾向を示すんですが、右に行けば行くほど悲しみの度合いが高いことを示しています。

こちらの図の「Low」とか「High」とか「Equal」は何かと言うと、Lowの場合は被害者、職場不作法を受けた側の地位が低い場合です。例えば上司から部下へ、あるいは上司から新人とか、先輩から後輩とか、そういう感じで被害者が部下や新人、若手という場合がLowですね。

Highは、被害者の地位が高い場合。いわゆる部下から上司へのいびりですね。それで上司がしんどくなっちゃう場合がHighに当たります。Equalは、被害者と加害者が同等の地位の場合です。例えば同僚や同期がEqualに当てはまります。

まず一般的にわかるのが、LowとHighがより顕著なんですけれども、悲しみが高ければ高くなるほど、辞めたい度合いが高くなること。

若手や新人ほど「職場不作法」の影響を受けて辞めてしまう

水谷:もう1つ重要なのが、このLowステータスがターゲットの場合です。いわゆる、被害者が部下とか新人、若手の場合になると、グンッと辞めたい度合が上がるんですよね。悲しみが強くなって、辞めたい度合いがすごく強くなる。

この図が何を示しているのかと言うと、まず1つは、悲しみ度合いや怒り具合が高くなればなるほど、みんな辞めたくなってしまうということです。もう1つは、若手とか新人とか、ステータスが低い人ほど、職場不作法の影響を受けて辞めやすくなってしまうことを示しているんですよね。

もしかしたら「若手がすぐ辞めてしまう」とか「せっかく採用した部下がすぐ辞めてしまう」というのは、このメカニズムがあるからなのかなと思います。

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