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第1部 松波晴人氏 講演(全4記事)

イノベーションを妨げる、社内の“3つの壁”の撤去に必要なこと 「新しい価値」を生むための、組織文化のリフレームの重要性

京都大学経営管理大学院に設置された「100年続くベンチャーが生まれ育つ都研究会」。同研究会が主催した寄附講座に、「行動観察」の第一人者で、大阪大学 共創機構の特任教授・松波晴人氏が登壇。松波氏が立ち上げた新しい価値を生む人の学校「フォーサイト・スクール」の内容や、新価値創造のために「リフレーム」をする際の組織の課題やマインドセットを解説しました。本記事では、新しい価値を生むための3つのマインドセットや、「自己肯定感」と「自己効力感」の違いなど、様々なトピックが語られました。

新しい価値を生むための3つのマインドセット

松波晴人氏:方法論についての話はここまでにして、ここからはマインドの話をします。新しい価値を生もうとすると、当然ながら心の持ちようが重要になってきます。1つ目として、当然ながら「チャレンジ精神」が必要です。リフレームしようとするのですから、「慣れた環境から離れない」のではなく、自ら未知の場に飛び出して思いっきり発想を広げてみるマインドが必要です。

2つ目は「他己実現」です。「自己実現」ではありません。「価値を誰かに届けたい」という話なので、自分のためではなく他者のために頑張ろうとするマインドセットが必要です。ある種の「徳の高さ」とも言えます。

3つ目は「前向きさ」です。これはへらへらしたポジティブ野郎という意味ではなくて、「自己効力感」を持っているという意味です。つまり「自分は何事かを成し遂げられるという思い」を持ち前向きに取り組み続けることができるか、ということです。

プライドが高い人ほどすぐ諦めてしまったりするので、粘り強くやり続けるために自己効力感が必要です。しかし残念ながら、世界と比べると日本人は自己効力感がかなり低いことがわかっています。だから自己効力感を高めていかなければいけません。

「自己肯定感」と「自己効力感」の違い

「自己肯定感」と「自己効力感」の違いを説明します。「自己肯定感」とは、今の自分を肯定していること。「自己効力感」とは、新しいことをやろうとする時に「成し遂げられるだろう」と思えること。つまり未来の話なんですね。

「自己肯定感」と「自己効力感」には当然「高い・低い」があります。これは英語で表現するとわかりやすいです。自己肯定感(今)が高いということは「I'm OK」だと思っている。自分はイケてますということです。低いのは「I'm not OK」です。一方、自己効力感(未来)が高いのは「Yes, I can」です。「できます」と。自己効力感が低いと「No, I can't」ということになります。

日本人はこの自己効力感が低いんですね。つまり「No, I can't」と思っている人が多い。でも自己肯定感は高い。だから「No, I can't. But I'm OK」という人が多いと思います。

みなさんはこれまで、おそらく「Learn & Do」でやってきたと思います。しっかり学んで「できるな」と思ったらやり始めるという態度です。でも、新価値創造においてはこれを逆転させる必要があります。つまり、まずアクションを取って、そこから学ぶ「Do & Learn」という態度が大事です。

学生さんの場合はこの「Do & Learn」だけでいいんですが、社会人の方はさらに「Unlearn」も必要になってきます。「Unlearn、Do & Learn」です。「Unlearn」とは、「勉強するな」という意味ではありません。「これまで学んできたたくさんのことを、いったん横に置いておきましょう」ということです。

「俺はだいたいのことを知っている」という態度では学びが得られないので、いったんUnlearnしてから「Do & Learn」することが必要です。

組織内で新しい価値を提案した時に起きること

方法論、マインドセットときて、最後は新価値のための組織の話をします。新しい価値を提案すると、組織ではどんなことが起こるでしょうか。まずはイノベーションの「組織あるある」を話していきたいと思います。

みなさんが新しい価値を発想して、社内で提案するとどういうことが起こるでしょうか。まったく「無視される」ということが起こったりします。また、聞いてくれたとしても「そんなことを言っているのは君だけじゃないのか?」「その案で年間10億円の利益が出る根拠を説明してくれ」「君の案は変わっている」などと言われたりします。

リフレームした案は、確かに定説とは違っているので、「変っている」のは間違いないです。そして「リスクが大きすぎる」と言われることになります。「その案がダメな理由はいっぱいある。例えば……」とか。イノベーションの分かりやすい例であるウォークマンでも「音質が下がる」というダメ出しができるわけです。

あと「話が感覚的だから、もっとロジカルに説明しろ」「上手くいくというエビデンスをデータで出せ」「お前の思いなんかどうでもいいから、上手くいくと証明しろ」「そんな案を出したら〇〇部長が怒り出すぞ」などなど、いろんなことを言われます。

ものすごくいい案で、世に出せば上手くいくものでも、最初は必ずこういうことが起こります。さらに、それでも提案し続けると、こんなことが起こります。「知らない間に、出した案がゴミ箱行きになっている」「『社内の若いやつはロクな案を出さない』と提案者の落ち度にされる」。

また「呼び出されて激怒される」ということも起こります。シリコンバレーでは、激怒されると「やったー! 我々の案は、ついに人を怒らせるまでになった!」と、喜ぶんだそうです。ウォークマンも、音質が第一という考え方の人を怒らせますよね。怒る人が出てくると、シリコンバレーでは「新しい価値としてかなりいいものができたんだ」ととらえます。

イノベーションを阻害する、組織の3つの壁

一方日本だと、激怒されたら「しゅん」として諦めてしまいますよね。もし奇跡的に「やってもいいぞ」と言われたとしても「自分の時間でやってくれ」とか「予算はない」とリソースが与えられなかったりします。また、奇跡が重なってリソースが与えられたとしても、他部署からまったく協力が得られないということが起こります。

理解がある上司がいたとしても、その方が転勤した場合、後釜は「(新しいことに理解のない)95パーセント」の人が来ます。また、これは実際に私の身近であったことですが、「自分の案が、他社から発売されて大成功する」ケースがあります。「自社に先にあの案があったのに」というのも「あるある」です。

それでもがんばり続けて、ついにイノベーションとして成功するとどうなるか。こんな現象が起こります。「あれが上手くいくのは、俺は最初からわかっていた」と言う人が続出します。「あいつは実は俺が育てた」という人も出てきます。

みなさんぜひ気をつけていただきたいのですが、一番ひどいのは「実はあれは俺がやった」と言う人が出てくることです。「アレオレ詐欺」と私は呼んでいます。タダ乗りしてくる人、フリーライダーが出てきますのでそこは要注意です。

このように、組織で新たな価値を発想しようとするといろいろな壁が出てきます。みなさんがすごくいい案を持っていっても、まず「意思決定の壁」があります。絶対にうまく行くというエビデンスを示さないとやらせてもらえません。そのようなエビデンスは出せないんですけどね。

もしトライアルをさせてもらったとしても、人や予算もつけられない、という「リソースの壁」があります。さらに、万が一リソースを与えられたとしても、「他の部署の協力が得られてない」という「横連携の壁」が出てきます。

イノベーションに必要な組織文化とは?

なぜこうなるんでしょうか? 1つは組織の文化だと思います。いろいろな組織がありますが、日本には真面目な組織が多いですね。組織文化の分け方として、次のようなものがあります。まず縦軸として「柔軟性がある組織」と「安定性や統制を重視する組織」です。横軸は「組織内に注目する傾向」と「組織外に注目する傾向」。組織外というのはお客さまのことですね。

左上は「柔軟性があって、組織内に注目する傾向」だから、簡単に言うと「家族文化」的な会社ですね。昔の日本の会社はこういう感じでしたが、今はどんどん左下の「組織内に注目しつつ安定性重視」に向かっていると思います。これはもう、官僚文化ですね。賢いかもしれないけど、何かが生まれる感じではない。

「安定性を重視して組織外に注目」するのは「マーケット文化」です。野ウサギのように耳をちゃんとそばだてて、外の情報を集めています。

新しい価値を生もうとするのなら、本来は右上の「柔軟性があって組織の外に注目」する「イノベーション文化」になる必要があります。野生のチーターのように、いい話があったらすぐに飛んでいってアクションを取る。本来こういう組織文化が必要です。だから、組織文化もリフレームしていく必要があります。

新価値創造は「複雑な問題」ではなく、「厄介な問題」

以上が組織の文化についての話ですが、もう1つ、イノベーション創出について大きな勘違いがあります。そもそも新しい価値を生む時に、「どういう問題として解くか」をリフレームしていく必要があります。

そもそも、組織や会社は何かを解決しようとする時、「複雑な問題」として解こうとします。アポロ計画をご存知ですよね。「人を月に送ること」は、ものすごく難しい問題です。何が問題なのか、そしてソリューションは何なのかはよくわかりません。

ただ、「人を月に送ること」には正解が存在します。アポロ計画の方法論は今でも通用するので、同じことをすれば、同じように人を月に送ることができます。新価値創造を、この「複雑な問題(Complex problem)」として解こうとするので、「エビデンスを出せ」という話になります。月に行って帰ってくることが99.99パーセント保証されない限り、アポロを打ち上げてはだめですという話になります。

しかしながら、新価値創造は「複雑な問題」ではありません。「Wicked problem」として解く必要があります。「Wicked problem」は「厄介な問題」と訳されます。組織の問題は、この「厄介な問題」として解かなければならない問題を、「複雑な問題」として解こうとする点にあります。

例えば「NASAの方向性を今後どうするか」「うちの会社の経営をどうしよう」「新価値創造をどうやっていこうか」といったことは、「複雑な問題」ではなく「厄介な問題」とされます。つまり正解はありません。「うちの子どもをどういう大人にしようか」というのも同様です。

一昔前には、「いい大学に入って、いい会社に入ること」が正解だったかもしれません。しかし、今後どうなるかはわかりません。つまり、正解がどんどん変っていくということです。例えば、結婚も「厄介な問題」です。結婚に正解はないですし、結婚するといいこともあるけど、また別の問題も生じます。

だから、最後は「どうありたいのか」というみなさんの意志が重要になります。「うちの子どもをどういう大人にしよう?」「いや、あなたはどういう大人になってほしいんですか?」「子ども自身はどういう大人になりたいと言っているんですか?」ということが、最後は重要になります。

「厄介な問題」を解くための組織のリフレーム

「複雑な問題」として解くというのは、機械論・システム論として解く、ということを意味します。自動販売機のように、100円を入れたら中の仕組みが動いて、ちゃんとジュースが出てくる、というのはシステム論です。新価値創造はそのようにとらえてはいけません。「この結婚が上手くいくエビデンスを出してください」と言われても無理です。機械論としてとらえている限り、アクションをとることができません。

では、新価値創造はどのように取り組めばいいのでしょうか。「厄介な問題」を解くべく「生命論」でとらえることが必要です。「いろいろな芽が出ているけど、どの芽に水をあげようか」と。どの芽が花を咲かせるかは、事前にはわかりません。育て続けてはじめて成功を生むことができます。

このように、「Complex problem」として捉えるのではなくて「Wicked problem」としてとらえる必要があります。つまり、組織もリフレームしていく必要があります。

例えば、「真面目」から「モテる」にリフレーム。「モテる」とはお客さまにモテることですから、「真面目だけどモテない」よりは、「モテる」ことが重要です。市場から支持されないと会社は存続できないからですね。また、「ロジカル」から「クリエイティブ」へ、「ワトソン」から「ホームズ」へ、「正解を出す」から「問いを立てる」へリフレームしていく必要があります。

「受験型」から「スポーツ型」へのリフレームも必要です。受験型は「5科目ですべて100点を取ろう」というものなので、、「100点を取れる科目は放っておいて、点数の低い科目を勉強しよう」という考え方になります。そうではなくて、「君は足が速いんだから、さらにもっと早く走れるようになれ」という特化型でやる必要があります。

さらには「ショッカー」から「桃太郎」へのリフレームです。ショッカーは組織としてすごくちゃんとしています。みんなで同じ服を着て「イー!」と言うほど、統制がとれています。しかし、新価値創造では、桃太郎のように、「同じ志を持つ、多様な能力の仲間」と集まって挑戦することが求めらます。

あと、「成功する根拠」を求めるのではなく、「世界観の明確化」を求めるようリフレームする必要があります。

「今の世の中をいかにとらえ、どういう世の中をつくっていきたいのか」が世界観です。つまり、インサイトとフォーサイトを明確にしよう、ということです。ただ、組織はそんなに簡単には変わらないですよね。であれば、出島的な場を作る必要があります。

組織を変えるために、個人が大切にしたい4つのポイント

組織は個人の活動だけではなかなか変わりません。だから個人として重要なことを申し上げておきます。1つ目は、「自分の世界観を持つこと」です。今の世の中をどう捉えて、どういう世の中にしていきたいのかということです。イノベーションで成功する人は、自分事に取り組んでいますね。

2つ目は自己効力感です。これは先ほど申し上げた通りです。「自分は何事かを成し遂げられる」という思いを大事にしてください。

気をつけていただきたいのは、ダークサイドに落ちないことです。あなたが新しいことに取り組んだ時には、「揚げ足を取る人、後ろ向きな評論家、言い訳屋」が出てくるでしょう。そういう人たちに対して、怒ってしまったり、落ち込んでしまうとダークサイドに落ちてしまうので、どんな時でも自己効力感を保つことがすごく大事です。

3つ目は、腹を決めることです。頭で考えることも大事ですが、最後の最後は腹を決めることになります。

最後の4つ目ですが、仲間が大事です。どういう仲間を持つべきかというと、私が「スター・ウォーズモデル」と呼んでいるものを参考にしてください。一番最初の『スター・ウォーズ』に出てくるルークがみなさんだとします。異質な能力を持つ仲間であるハンソロや、俯瞰的な視点でいろいろなアドバイスをくれるメンターとしてのオビワン、承認というエネルギーをくれるレイヤ姫も必要です。

ダースベイダーは勝手にやってきますので、みなさんが用意する必要はありません。みなさんは仲間を集めましょう。『桃太郎』や『西遊記』も同じ構造になっています。

時間となりましたので、最後にお知らせをさせてください。(スライドに)「Foresight Creationをテレビで体験」と書きましたが、テレビに出ることになりまして。ドリンクの新価値を発想して、パッケージをデザインして、店舗のディスプレイもデザインして、実際にスーパーマーケットで売ってみる、ということをあるテレビ番組でやらせていただきました。4月21日の木曜日に放送されますのでよかったら観てください。(※本イベントは4/18に開催されました)

「違った専門を持つ先生と、どちらがより多く売るか」というバラエティなので、気楽に観てもらえると思います。このForesight Creationの方法論でやりましたので、よかったらどうぞ。私の話は以上です。どうもありがとうございました。

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