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『偏愛的ポピュラー音楽の知識社会学』刊行記念トークイベント 「紙からウェブへ 参加型メディアのゆくえ」(全5記事)

地下アイドルに見る、「小さな、でもディープなコミュニティ」 頂点を目指す「マスの商業主義」とは異なるビジネスモデル

気鋭の社会学者・長﨑励朗氏の人気講義をもとにした書籍『偏愛的ポピュラー音楽の知識社会学』。同書の刊行記念トークイベントに、著者の長﨑氏と音楽投稿雑誌『ロッキング・オン』の創刊メンバー1人である橘川幸夫氏が登壇。橘川氏が注目する地下アイドルのビジネスモデルや、人間とAIで物語を生成する「AIのべりすと」など、幅広いトピックスを語っています。

人間とAIで物語を生成する「AIのべりすと」

長﨑励朗氏(以下、長﨑)さっきのAIの話で、その個人に合ったものをAIが選択して出してくれる時代にすでになりつつあるんですけど、それがけっこう正確になっていく。もっと言えば、橘川さんがTwitterをある程度評価されてるのは、編集長の役目を自分という個人がやる部分を、AIが自動でやってくれる時代になっていくからということですね。

橘川幸夫氏(以下、橘川):今までは、コンピューターで言えばエージェントとか、代理人だったんだよ。それがAIによって今変わりつつある。相当なことができるようになる。「AIのべりすと」って知ってる?

長﨑:AIで芥川賞を獲ろうとするやつですか。

橘川:まあそうなんだけど。「AIのべりすと文学賞」は、俺が始めたんだよ。

長﨑:あっ、橘川さんが最初だったんですか(笑)。

橘川:そうなんだよ(笑)。「AIのべりすと」って、俺の知り合いの子が作ったのね。とんでもないシステムを作っちゃったんだよ。

長﨑HPがありました。これはAIを使って書くっていうことですか?

橘川:その「AIのべりすと」のAIのデータベースを去年Googleが公開したのね。英語ではその文化がもう始まっている。(第1回 AIのべりすと文学賞を)今募集中なんだけど、1等50万円で、小学館賞は小学館から本が出るんだよ。奥出直人さんという慶應SFCの教授と開発者の少年の2人が対談をやるんだよ。もっと下に……ほら、審査委員長、俺だよ。

他にも、そうそうたるメンバーが審査員になってんだよ。ちょっとトップ画面に戻ってくれる? 「最初からはじめる」を押して……。

長﨑:みなさんの前で実演……(笑)。

橘川:何か適当にここに文字を打ってみて。「橘川さんこんにちは」でもなんでもいいよ。

長﨑:じゃあ……。

(「橘川さんこんにちは。」と入力する)

橘川:それで、「続きの文を書く」って押して。そうすると、「橘川さん、こんにちは。と私は言った。『今日も暑いですねえ』、彼女はハンカチで額を拭った」ってね。

長﨑:ええ! これ、すごいですね!

橘川:この後に直してもいいし、もう1回やってもいいし。「台詞を優先」を押してみて。それでもう1回「続きの文を書く」をやってみて。

長﨑:どうなるんでしょう(笑)。これめちゃめちゃおもしろいですね。

橘川:ほら、セリフが主体の文章をAIが書いてくれるわけだよ。

「ナラティブ(地の分を優先)」だと、自分で追加したり、かけ合わせたりしてやってくと、物語になるわけだよ。

長﨑:そういうことか。すいません、僕ばっかり楽しんじゃって(笑)。

建築領域でも行われる、コンピューターと人間の協働

橘川:こういうサービスが去年始まったわけね。開発者のやっくんは、「Sta」って名前でやっているんだけど、33歳ですよ。僕は彼が園児の頃から友だちなんだよ。だから、もう二十何年付き合ってる仲間なんだけど。

大学の研究室の専門家も入れないで、全部自分で開発してスタートしちゃったんだよ。実は今年の1月に、柄沢祐輔くんという建築家が亡くなった。若干45歳なんだけど、彼も慶應でアルゴリズム建築をやってたんですよ。

長﨑:アルゴリズム建築。

橘川:Staとも仲が良かった。アルゴリズム建築とは何かというと、CADってあるだろ? コンピューターの設計で。

長﨑:はい。

橘川:CADマシーンは、建築家がコンピューターを道具として使う。CADを使って設計図を描かせるわけだよな。それが今までの文化だったわけだよ。アルゴリズム建築は、コンピューターと人間が協働して設計する。

例えば、自然の原理には連続性と非連続性があるわけだよ。木とかは、いろんな対称系と非対称系が混在しているわけだ。そういう計算をコンピューターがするわけよ。それであるカーブを描くの。そのカーブを建築家が受け取って、デザインをして返す。

「AIのべりすと」と同じように、コンピューターと人間が対話しながら新しいクリエイティブをやるというのが、アルゴリズム建築。今や世界の主流なんだけど、日本では彼しかいなかったんですよ。彼の作品はポンピドゥー・センターに永久保存された。建築家でザハとかいるでしょ?

長﨑:ああ、ザハ・ハディッド。

橘川:彼女の建築物は「人間から見ると気持ち悪い」って言われたわけだよ。あれは人間だけが作ったものじゃないから。「AIのべりすと」も、AIと人間が一緒に作っている。この開発者は「AIは神さまでも、奴隷でもない。ティンカーベルだ」って言ってるわけ。

長﨑:なるほど。

橘川:一緒に戯れて、一緒に遊びながら新しい世界を作る。これが実はAIなんだよ。今のAIの論理でいくと、人間がAIに支配されるとか、人間がAIを奴隷のように扱うか、どっちかしかないじゃない。そうじゃなくて、AIと人間が協働して世界を作る。俺が言った「第2の自我」というのは、コンピューターが友だちなんだよ。

長﨑:つながった(笑)。なるほど。

橘川:(笑)。友だちのような、コンピューターと人間の関係が生まれてくる。それのシンボリックなものの1つがAIだよな。

「AI」対「人間」の二項対立にしてはいけない

長﨑:例えばTwitterであれば、人間自らが編集長になれるんですけど。僕がさっき聞こうと思ったのは、AIに主導権を渡してしまうみたいで嫌だって人がけっこういると思うんです。つまり、人間の創造性が、AIに取って代わられることを嫌がる人がいると思うんですけど。

橘川:取って代わられるという発想が違うんだと思うんだよな。取って代わるんでも、取って奪い取るんでもない。言ってみれば、都市はシステムと一緒に成長しないともう進まないわけ。今みたく会社組織が人間の社員を奴隷のように扱うか、閣僚のように登用するか。そうじゃなくて、組織と個人がある役割を担い合って、組織の役割もあるし個人の役割もあるようにする。

そうやって第三者的な新しいものを生まないといけない。あらゆる技術とか思想とか価値観を、どっちが勝つかという二項対立の話にしちゃダメだと思うんだよ。それが俺の考え方。

長﨑:なるほど。いや、僕も同じように思うんですけど、実際はどうなのかなって思って。他者というか、コンピューターとものに依存してしまうというか、世の中ではそういう考え方をしない人もけっこういるので。

僕の本の中でも「電子音楽は非人間的か」という話をしたんです。僕は技術決定論が大嫌いです。技術決定論は、いわゆるコンプレックスビジネスのようなものにつながって、「このままではあなたはやっていけません」「技術によってこれからの世界はこんなにガラッと変わるんだ」と煽るわけじゃないですか。

人間社会では、薄い表の層はよく変わるんですけど、深層の人の欲望はいつも一緒じゃないですか。その人の欲望が変わらない限りはある程度予測可能だし、すべてがAIに取って代わられるとか、すべてが変わってしまうことってあんまないと思っていて。だからそこまでAIを恐れないでいい。むしろ、橘川さんは紙から始まってAIに来たわけですから。

人間の一番原点にある欲望

橘川:欲望も難しい問題だと思うんだよな。必ずしも欲望って人間の歴史の中でずっと同じじゃなくて、どこか変わってきたと思うんだよね。本当の最初の欲望って何だったのかと考えると、やっぱり「人と交流したい」というのが一番原点にある欲望じゃないかって思うんだよね。一方的に支配することでコミュニケーションを取る人たちの時代もあったしね。コミュニケーションの取り方にも変遷があって。

今、それがかなり文化的なところまで来ている。空間とか時間を超えて、人とコミュニケーションを取るための道具として、コンピューターを生み出したんだと思うんだよね。今までの人を支配するためとか、人を管理するための機械だったところから、もう一段階上の伝え方をみんながやらないと、元の木阿弥になっちゃう気がすんだよね。技術ってやっぱり怖いじゃない。兵器にもなるしね。

長﨑:でも、場合によっては技術が人間を開放してくれることもあるわけですからね。

橘川:それを使える人間として、一人ひとりが自分で成熟していかないと。誰かが一斉に良くしてくれるわけじゃないし、新しい思想が変えてくれるわけじゃない。一人ひとりの実感と体験だと思うんだよね。

橘川幸夫氏が注目する、地下アイドルのビジネスモデル

長﨑:なるほど。そろそろ質問コーナーに移らないといけない時間ですね。

橘川:やばい、時間ないな(笑)。

司会者:ありがとうございます。音楽と社会の話かと思ったら、いつの間にかAIとコンピューターの話になってしまっていましたね。このことを予想された方は参加者の方にいらっしゃるでしょうか。

橘川:俺も予想してなかった(笑)。

司会者:今までのお話しいただいたことでもけっこうですし、本を読んでの感想でもけっこうです。本当に貴重な機会ですので、なんでもご質問いただければと思います。お一人、Q&Aにご質問いただいている方がいらっしゃるかと思うんですけど、いかがでしょうか?

長﨑:「アーティストと商業主義の関係について考えたい」。なるほど、確かに古典的なテーマではありますね。

「大学で音楽社会学を学ぼうと考えています。アーティストと商業主義の関係について考えたいのですが、『アーティストがやりたい、または表現したい音楽と、商業主義的な音楽の両立の仕方は、バンドによってどのように違うか』という研究テーマで考えたのですが、社会学の先生に『それは昔からあるテーマなので、ひねらないとダメだ』と言われました。アドバイスください」。すごいな(笑)。

とりあえず、まず商業主義云々の話については、橘川さんどうお考えになりますか?

橘川:商業主義はもちろんあるんですよ。そういうところで一生懸命探して、生きてる人がいっぱいいるからね。僕が注目してるのは、地下アイドル。地下アイドルで、東大の学生とか地下アイドルプロデューサーとか、今すごく増えてて、ぜんぜん商業主義じゃないんだよ。だけど、すげー商売やってるわけだよ。マスの商業主義じゃなくて、「コミュニティ」のビジネスなんだよね。

秋元康氏を神とする、「ミリオンセラー」「武道館」の商業主義

橘川:アイドルオタクで、例えば毎月1万円払う客がいるわけだよな。それがだんだん高じてくると、もう5万円とか10万円とかを毎月払う客がいるわけ。別に武道館でやんなくったって、100人の箱で十分なわけだよ。その中で、一番コアなファンがいるでしょ。他の人よりもっとヘビーなファンがいる。そのヘビーなファンたちが、そのアイドルが日本中を回るのを追っかけてくわけだよな。同じ奴らが、同じように追っかけてるわけだよ。

すると、大変なことが生まれるわけ。まったく所属も関係ない、ただのアイドルが「好きだ」という理由でずっと追っかけて、同じライブを見て、終わったら飯食って、ホテルも一緒になってくる。そうするとね、生涯の友になっちゃうんだよ。

長﨑:ファンとアイドルが?

橘川:いや、ファン同士が。今、みんなデジタルで生涯の友なんか作れない。でも地下アイドルの世界では、1つのテーマを持った見えないコミュニティがいっぱい生まれている。これがすごく未来的な感じがするんだよな。

長﨑:ただ見ようによっては、こういう言い方したら失礼なんですけど、地下アイドルのお金の稼ぎ方を「キャバ嬢みたい」って揶揄する人もいますよね。

橘川:まあ、ほとんど貢いでるのと同じなんだけど。俺が言いたいのは、そのやり方がどうかではなくて、今までの商業主義は、ミリオンセラーを出すとか武道館で成功するとか、そういうモデルしかなかった。だから秋元康さんが神なわけだよな。そうじゃない、持続性のあるビジネスモデルが生まれてることが、ネットワーク社会のこれからのあり方を示していると思うわけ。小さな、でもディープなコミュニティ。

長﨑:なるほど。そういう意味では、今の橘川さんのお話はたぶん受け手に着目して、受け手同士のコミュニティができあがっていくという話ですね。

橘川:それが地下アイドルじゃなくて、他の趣味でも共通してあるだろうし。ファンも、地下アイドルのコミュニティにしか所属してないわけじゃなくて、別のコミュニティにも所属してる。だから、1人がいろんなコミュニティに、自分が取捨選択して所属できる社会なんだよね。

今までみたく、1つのでかいエンターテインメントビジネスがあって、その競争社会を勝ち抜くようなビジネスモデルじゃないところに、新しい可能性を感じるよね。

「受け手」から考えると、「送り手」から考える

長﨑:なるほど。今の質問をした人は19歳の学生なので、たぶん「論文を書け」って言われていると思うんですけど。

橘川:地下アイドル研究したら?(笑)。

長﨑:ミクロなところで共同体ができあがっていくことを、社会学の用語で「趣味縁」と言うんです。趣味の縁ですね。そういう言葉を使いながらまとめることが1つできるのかなと思いました。ミクロなところで聞き取りとかすると、おもしろいものが出てきたりしますよね。

それか、僕のような資料を見て研究するタイプの人間は、商業主義的な音楽とそうじゃない音楽の間の音楽を考えるとか。橘川さんに比べたらおもんないかもしれないんですけど、僕だとむしろ「送り手」という手もあるなと思っています。

『ロッキング・オン』の時に僕がやったのは、もうひたすら『ロッキング・オン』を読むことでした。例えば送り手側でも、いわゆる有名なメジャーレーベルは全部商業主義な感じがするけど、思いっきり金のことしか考えてないところと、自分が良いと思う音楽を発信したいところの間ぐらいに、みんながいると思うんですよね。

なので送り手の側に着目して、僕だったら社史を見るとかしますかね。会社には必ず社史があるので、そういうの見ながら、熱い思いを持ってメジャーレーベルの中で新しいものを切り開いてきた人たちのことを、いったいどう捉えてきたんだろうとか。

例えば、今の僕たちが商業主義と思ってるものは、かつては商業主義と思われてなかった可能性あるし、ちょっと見方が変わるかなと思うので。

このQ&Aに答えるとすると、僕は師匠から研究は「一点突破、全面展開」と言われてて。1つのことを深く調べることで、実は世間に対する見方が変わるんだと、そういうのが理想の研究だと言われています。なので対象を絞り込んで細かく見ていく方法を僕ならやるかなと思います。

受け手研究は橘川さんの提案のほうで、送り手研究をするなら社史とかそういう資料を見ればいいんじゃないでしょうか。

橘川:さすが。論文指導(笑)。

長﨑:(笑)。

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