2024.10.10
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橘川幸夫氏(以下、橘川):それからいろんな質問があったんだけど、ちょっと基本的なことから話をするとね、『ロッキング・オン』をなぜ始めたかという話。ロックはもちろんBeatlesが火付け役なんだけど、ロックがムーブメントとして盛り上がったのは60年代後半。ウッドストック・フェスティバルあたりから、イギリスのブリティッシュロックが始まった。
要するに、俺がガキの頃はまだデヴィッド・ボウイが出ていた頃で、今はもう大御所になった人たちがいろんな模索を始めた時代なんだよな。今はみんなSpotifyで聴けるけどさ、そのロックが登場したところに立ちあっているわけだよ。
今までなかったものが突然現れて、すげーかっこいいって思ったというのがまずあるよな。それは共有できないと思うんだよ。知識としてはわかるけど、なかったものが現れた瞬間って、衝撃だよな。
俺はポップスが大好きだったんだけど、この本の中に書いたように、高校生ぐらいから四谷の“いーぐる”っていうジャズ喫茶に入り浸ってたわけだよ。ジャズ喫茶の地下で、「ジョン・コルトレーン、かっこいいな」とかさ。よくわかりもしないのに、岩波文庫を読んでいたりさ。そういう文学少年だったわけ。
それでロックが始まって、初めはライブハウスの新宿ロックスターで衝撃を受けたんだけど。日比谷の野音(野外音楽堂)でロックコンサートがあって、その新宿のロックスターの連中がみんなで行くんで、俺も行ったわけだよ。
ジャズとかクラシックとかそれまでの音楽は、天才とかすごい努力した人が芸を磨いて腕を磨いてステージに立って、もう信じられない技術を見せてくれる。感動するわけじゃない。観客は終わったら、それに向かって「よかったね」と拍手をする。これがそれまでの音楽だった。
日比谷の野音は、初めからステージと観客席が一体となって、場を作るんだよ。やる前から、みんながワーッてやってる。
長﨑励朗氏(以下、長﨑):初めて野音に行った時は誰が演奏してたんですか?
橘川:ジュリー(沢田研二)とかPYGとか、成毛滋さんとか。いろんな人が出ましたよ。五輪真弓が出てくると、全員ブーイングすんだよ。「お前はロックじゃねぇー!」とかね。そういう時代だよな。
そういうのを、その場を見て震えたわけ。ロックというのは、完成された作品を鑑賞するものじゃない。客もミュージシャンも一緒になって、この時間と空間をエキサイトさせるもんだと。要するにみんなで場を作るのがロックなんだと思ったわけですよ。
グランド・ファンク・レイルロードが来たり、会場にはいろいろラウンジもあってさ。ロックがだんだん盛り上がってきたわけ。
橘川:当時のロック・ジャーナリズムの世界では、『MUSIC LIFE』という雑誌があってね。俺も中学生の時に読んだけどさ。ポール・マッカートニーがかわいいとか、アイドル誌みたいに写真で売ってたわけ。
その対極に、『ミュージック・マガジン』という、中村とうようさんのマガジンがあってさ。これは言ってみればジャズとかフォーク・ロッカーとかを、社会学的な見地で分析したり。ジャズ批評と同じなわけ。
ただ、両方ともロックじゃねぇと思った。今、俺らが直面しているロックは、ミーハーになってキャーキャー言うだけでもないし、客観的に社会的な評論をするわけでもなくて、ミュージシャンと一緒に場を作るのがロックだからね。
ミュージシャンはある意味時代の課題を抱えて、それがそこにシャウトしているわけ。だからロック雑誌も、他人ごとじゃないわけだよ。そのミュージシャンのヘルプであり、自分のヘルプなわけだよな。
ライヤーって言ったら、自分の叫びたい「嘘だー!」っていう気持ちじゃない。だから岩谷宏さんが媒体資料を作った時に、「ロックは他人ごとの音楽じゃない、自分ごとの音楽だ」と。
「だから『ロッキング・オン』も他人ごとのように語るんじゃなくて、自分ごとのように語る雑誌だ」という定義をしたわけだよ。この媒体資料は表には出てないけど、これはまさに俺にとってもそう思ったわけだ。
だから自分語りと言うけど、自分語りじゃなくて、自分ごと語りなんだよ。ロックミュージシャンが抱えている問題を、他人ごとのように評価したりね。尊敬したりするんじゃなくて、自分の問題として語ると。
だから俺にとって『ロッキング・オン』は、それ自体がロックフェスなんだよ。あの場がね。さっきの企画も俺だけじゃなくて、いろんなやつをステージに募集して、「集まれ」という呼びかけをしたわけだよ。だから初期は投稿雑誌だった。
いろいろ事情はあるんだけど、最初は俺の家が編集部だった。写植をはじめて、だから全部の投稿は一番初めに俺のところに来るわけだよ。
長﨑:すごいですね。橘川さんのお父さんが印刷してたって。
橘川:そう、親父が印刷屋だったから。だから1つは『ロッキング・オン』とは、自分ごととしてロックを受け取るという雑誌として始まっているからね。ちょっと他の雑誌とは、初めから違ってたというのがありますね。
長﨑:その意味で、参加型メディアの基になったのは、橘川さんがおっしゃったような「ロック的な衝動」だったんだと思うんです。確かにそういう人って、話してて楽しいですよね。
でも一方で、例えばそんな意思はないけど、とりあえず投稿できるようになっちゃったSNSができて。投稿するだけならいいけど、人を潰そうまではいかないけど、マウントを取って……。
橘川:長﨑くんの質問の答えになるけど、「参加しすぎ問題」でいうと、俺はそうは思わない。まずSNSが参加型メディアかというと、俺は違うんだよ。俺の参加型メディアは『ロッキング・オン』なの。ロックなんですよ。
ロックって、まず「表現したい」という、やむにやまれない衝動が自分の中にあるわけだよ。まだ技術も文章力もないけど、表現する場があって、表現する。一人ひとりの中の自発性が一番大事なわけだよ。でもSNSって、参加させられてるんですよ。
長﨑:あー、なるほど。
橘川:システムが優先しているわけ。だからTwitterでもブログでも、大半は「システムがなかったら何の表現もしない人たち」だよ。
長﨑:そうですね。
橘川:そういう人たちが暴れている。これはもう長い歴史があるんだけどね。
橘川:俺は『ロッキング・オン』を始めて、ロックの投稿誌をやってね。もうロックはある意味ではコマーシャル(広告)をどんどん発しちゃったから、音楽を越えて社会的なものになっていった。
例えば豆腐屋は豆腐を作ることでロックができるはずだとか。よくわかんないけどね。もっとみんながロック的な自発性を出して、それを商品にしたり表現にしたりする時代になるはずだと。
だから音楽という要素を外して『ポンプ』という投稿雑誌を作ったわけだよ。それは音楽という縛りのない投稿雑誌なんだよな。ただ、膨大な投稿が来るけど紙メディアだったから、ボツが出ちゃうわけだよね。俺は毎日3年間、毎朝読んでたんだから(笑)。今はメールが何百本来るなんて、そんなの大したことないべ。でも当時、なんだかよくわかんない原稿が毎日何百と来るんだから。
長﨑:ちなみに『ポンプ』を知らない方もいらっしゃると思うんですけど、漫画家の岡崎京子さんとかもそこからですよね。
橘川:京子ちゃんはもともと『ロッキング・オン』の時に会った。『ロッキング・オン』の読者を中心に、3,000人ぐらいの核グループを作って、『ポンプ』の準備号を作ったのね。その時から投稿者だった。彼女は文章もうまいけど、絵がオリジナリティあふれていて、京子の絵だってすぐわかる絵じゃない?
長﨑:はい。『ヘルター・スケルター』とかの方ですもんね。
橘川:あのへんは、もう最高に昇華した時。彼女が女子高生の時代は、授業中にノートの切れっ端に落書きを描いて、それを破いて送ってくるんだよ(笑)。要するに彼女には、表現せざるを得ない衝動があったわけだよ。
長﨑:なるほど。
橘川:その衝動が一番大切なわけだよね。今も、もちろん全部が全部じゃないけど、衝動をベースに描いている人もいっぱいいる。すばらしい原稿もSNSにいっぱいあるんだけど。衝動じゃなくて、立場を強くしたり、相手の立場を足引っ張るためとか、自分の意思じゃなくて社会的な立場を固めるために使われちゃうと、それは結局プロパガンダになっちゃうわけだよな。
長﨑:それはすごく僕も最近、特にコロナ禍になってから思ったんですけど。最近「立場主義」という言葉が出てきましたけど、要は人と人がしゃべってても、立場と立場がしゃべっとんねんという話があって。
僕もこの本を書こうと思った理由にあるのが、そういう立場とか自分の外にあるものからどうやって解放されるかということで。たぶん社会学とすごく相性がいいと思うんです。本当はしたくないんだけど、自分の外にあるものから言われてやむなくやることって、だいたいしょうもないんですよね。すごくよくわかりました。
橘川:大きな流れで見れば、何もしゃべらないよりは立場でもいいからしゃべったほうがいい。すべての正解がいきなり現れるわけないからね。過渡期があるし、個人の時間の流れもあるし、タイミングもあると思うんだよね。
だから、俺は今のSNSを大歓迎してる。Twitterはすごいメディアだと思ってるよ。あれがたぶん究極の仕組みだと思ってる。問題は人間側なので。
長﨑:そうですね。
橘川:俺はTwitterのおかげでいろんな人に出会った。人1人に出会うって大変なんだけど、中にはすごい可能性を持った子とかおもしろい子がいてさ。俺はそういう人と連絡取って、だいぶ出会ったよ。
長﨑:僕も何年か前にインタビューするために、橘川さんのデジタルメディア研究所に初めて行かせてもらって。
橘川:何年前? もう4、5年前?
長﨑:それぐらい前ですね。引っ越し前のところですね。だいたい行ったら、とんでもない人がいるんですよね。
橘川:そこにな。
長﨑:あんまり言わんほうがいいかな……。某宗教団体の教祖のボディーガードをつとめていらっしゃる方でしたね。
橘川:いたね(笑)。
長﨑:なんでこの人と橘川さんがつながるんだって思ったんですけど。
橘川:俺は建前で仕事をしたことがない。組織と仕事したくなくて、個人としか付き合ってないのね。だから相手が中学生でも、おもしろいと思ったら付き合うしさ。えらい会社の取締役でも、友だちとしては付き合う。そうやってきてるから。
ロックで一番初めに思ったことが、PtoP(Peer-to-Peer)の原理なんだよね。建前とか立場とかじゃなくて、それをやっているのは全部1人の個人だからね。その個人が集まると、すごいことになるということ。だから例えば宗教団体が野音動員した数と同じだとしてもね、ロックというのは、日本中から変なのが集まってきてさ、終わったら解散という。その体験がけっこうあるんでね。
長﨑:そうか、終わったら解散なんですよね。
橘川:そう。だって一生一緒にいられるわけねーじゃん(笑)。
長﨑:今の話で思ったのは、関西だけの感覚なのか、西と東の違いなのかわからないですけど。例えば橘川さんがそれでいいのかどうかわからないんですけど、僕も橘川さんとよく似たスタンスで学生と接しているんです。おもしろいやつかどうかとか、そういう見方になるんですけど。
でも東京の人とかって、わりとそういうべたっとした関係を嫌う方が多くて。例えば学生の恋バナの相談とか受けた時、もちろんセクハラと言われるとかリスク云々がいろいろあると思うんですけど、それよりも「感情労働だから嫌だ」という人がけっこういる。
身を守るためでもありつつ、人との関係性を「労働」と思っちゃう。そういうのはあるなぁと思って。でも僕からすると、先生という立場として接するほうが余計しんどいんですよね。
橘川:俺もいっぱい本を出してるじゃない。30社から本を出してるんだけどさ。今はそんなことないけど、初期の頃は、俺の本がなぜか関西で売れるんだよ(笑)。関東より、旭屋とか紀伊國屋梅田で売れるんだよね。
長﨑:へぇ〜。
橘川:だから俺どっちかっていうと、関西人のほうが合うかもしれない。
長﨑:そうなんじゃないですか?
橘川:東京ってさ。流れ者が流入してできた街じゃない。だからやっぱりシステム思考なんだよね。
長﨑:あぁ〜。なるほどね。
橘川:俺も東京の人間だけど、言ってみれば、コミュニティが残っていた下町みたいなところの出身だから。古いコミュニティを知ってるんだよ。関西人って、仲間意識とか強いじゃない。
長﨑:強いかもしれないですね。
橘川:だから東京のシステム思考に反発もあるんだよ。ロックは社会的な合理化とかシステムの流れの中で、ヒッピーも含めたアンチとして出てきたから。そのへんがつながるのかもしれないな。
長﨑:システム思考って要するに、その人じゃなくてもいけるように作るということですよね。
橘川:そうそう。誰でもいいっていうね。
長﨑:誰が誰に変わっても同じようなシステムでやっていけるという。そういうのを「おもんないな」っていう衝動が根っこにあったんですかね。
橘川:Twitterでなんか書くと、システム思考の連中がシステム的に動員かけたりすることがあるじゃん。機械的に反発して、「中身読めよ」って思うんだけど。そういうのがあるよね。
長﨑:確かにそうですね。もっと言うと、僕は意外と個人という味方がけっこう大事やと思ってて。僕の話なんてどう逸れてもいいかなと思ってしゃべるんですけど。
差別の定義って、僕の中では「ある枠を区切って、その枠の人間のことを全員一緒に見ること」なんです。だから「日本人は全員こうだ」とか「中国人はこうだ」とか、そういうのを差別だと思ってて。
でも、語弊があったらあれなんですけど、人間の生きていく上で差別って必要な部分もあるわけですよ。紫のスーツを着てサングラスをかけたスキンヘッドのおじさんに道を聞くやつはいないわけで。「こういう人は危ない傾向がある」って認識は、人の役に立つところもあるんです。
でも一方で、基本的にはある枠を「全員こうだ」と見るのが差別だと思ってて。それは個人を失うというか、個人というものを感じられなくなるとそうなるのかなって、僕は思ってるんです。
橘川:そう思いますよ。
長﨑:具体的なやつを見ることの重要性。そういう意味では、『ロッキング・オン』の非常に素敵な投稿は、投稿者のみんなが個人であろうとした結果なんですかね。
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