2024.10.10
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司会者:本日は『偏愛的ポピュラー音楽の知識社会学』刊行記念イベントにお集まりいただきましてありがとうございます。冬季オリンピックもある中、こちらのイベントにご参加いただきまして、誠にありがとうございます。
会に先立ちまして、登壇者の2人のご紹介をしたいと思います。まず橘川幸夫さま。
橘川幸夫氏(以下、橘川):よろしくお願いします。
司会者:案内ページにも記載させていただいたんですけれども、『ロッキング・オンの時代』など、さまざまな書籍を刊行されています。一番最近では、アイドル論の『欅坂を散歩して。』ですね。
『ロッキング・オン(rockin'on)』の創刊であったり、読者投稿雑誌の『ポンプ』であったり、さまざまなメディアを駆使した情報発信など、多方面に活躍されていらっしゃる大御所です。この時代のお話やメディア論など、今日はさまざまなお話がうかがえるんじゃないかなと思います。
もうひとかた、長﨑励朗さんです。よろしくお願いいたします。『偏愛的ポピュラー音楽の知識社会学』を書かれ、桃山学院大学で社会学の教授をされております。本日は、よろしくお願いいたします。
長﨑励朗(以下、長﨑):よろしくお願いします。
橘川:よろしくお願いします。
長﨑:僕が話し始めればいいんですかね。一応刊行記念イベントなので、橘川さんにいろいろ質問する前に、簡単に僕の本の狙いなどをお話しして、橘川さんにいろいろ質問を投げてみたいと思っています。
一応今回のイベントは「紙からウェブへ 参加型メディアのゆくえ」というタイトルです。一番最初に、この本の狙いについてお話ししたいと思います。最初にちょっと枕がてら、最近の話をします。
「サイゼリヤ問題」って、最近ちょっと起こりましたよね。ご存じない方もいらっしゃるかもしれないので簡単に説明すると、漫画を描いてる人が女の子の絵を描いて、「サイゼで喜ぶ彼女」と投稿したら大炎上したという。
1つには「そんなところに連れていくのか」という嘲笑があったり、確か「こんなところで満足する女を下に見てる」という批判があったりして。僕から見れば、その指摘をすること自体、サイゼリヤに行く人全員を見下しているんじゃないかって思うんですけど。
長﨑:なんでこの話をしたかというと、一応社会学らしい話をしとかなあかんかなと思ったんで。こういう議論があるんですよね。このピエール・ブルデューという人は「ハビトゥス」という話をしていて、ざっくり言うと、何を食べ、何を飲み、何を聞くのかという、個人の趣味趣向や習慣が、文化資本とかハビトゥスと言われるものなんですよね。
例えば知り合いの日本人研究者から聞いた話なんですけど、イギリスでビールを飲もうという話になって「これがいい」と言ったら、どうなったかと言うと、現地の研究者から「それは労働者階級が飲むものやから、飲むな」って言われたという話があるんですよね。
それぐらい食べる物や飲み物、あるいは音楽もそうですよね。そういうのが階級と密接に関わっているんだというのが、このブルデューという人の話なんです。彼が言った含意で一番重要なところは、大人になってからそれは変えられないことが問題だという話だったんですけど。
ここまでのブルデューの話って、ふんふんと思うんですけど。ところが近年はSNSが出てきて、個人が演出して自己イメージをコントロールするようになったんですよね。
ブルデューの話の大事なところは、何も考えずに消費していて気がついたら、それが自分の出身階級の文化だったというところがおもしろいわけですけど、近年はそういうのをなんとなくみんながわかっていて、それを演出してコントロールするようになったわけですよね。過剰な読み込みが頻発して、それが「象徴闘争」といわれる、要するにマウントの取り合いになっていくわけです。
だから「サイゼリヤ問題」とか、あるいは「4℃問題」もありますよね。女性にこれをプレゼントしたらあかんという。僕、大学生の頃にプレゼントしたことがある気がするんですけど(笑)。
でも、そういうものに意味付けをして、こっちのほうが優れているという言説がネット上にあふれることで、みんな何もしゃべれなくなってるんじゃないかと、いろいろ思ってたんですね。けっこういやらしいなぁと思って。
長﨑:この本の狙いとしては、音楽におけるそういうものからみんなをできるだけ解放したいと。大それた言い方なんですけど、音楽についてもっと語りやすい環境を作っていいんじゃないかって思ったんですね。
音楽を語ることを邪魔しているのは何なのかと考えた時に、だいたい「ネット上のマウントの取り合い」なわけですね。俺のほうがよく知ってる。お前の情報は不正確やとか、あるいは自分の聞いている音楽のほうがもっとコアで社会的影響力があって、そういうのを聞いてないやつはだめだとかですね。いろんなかたちで、マウントの取り合いが起こっているわけです。
マウントをとる限りは上と下がないとだめなんですけど、その上下の基準自体をちょっと脱臼させてみようか。脱臼って言い方はあれなんですけど、基準自体を脱臼させていく本だと僕は思っています。
しょせん人が勝手に作ったもんやんな、というところで、多少不正確でもいいじゃないですか。もうちょっとみんなが軽く、なんでもいいから、とにかくもっと話せるようになったらいいなという気持ちで書きました。
なので学者としての仕事というより、もうほとんど社会的アクターというか。学者って外から一歩引いた目で見るけど、これは外から見るというよりは、社会に対して直接働きかけるような気持ちで書いた本ではあるんですね。
長﨑:ここからだんだん『ロッキング・オン』とか橘川さんに近づいていくんですけど、一般的な音楽評論・批評とか評論の現在のような話と絡めて、ネット上で感想を書いてくれる人とかもいるんですけど。
ただあまり僕は、今回の本を音楽評論だと思って書いてはいなくて。一般的な音楽評論って、「内容」について語るんですよね。でも僕の書いた本は「関係」について語ってみたんだというのが、自分の中で考えていることです。
初期の『ロッキング・オン』はそうだったと思うんです。何かと言うと、本の中に「架空インタビュー」というのが出てきたと思います。要はThe Rolling Stonesのミック・ジャガーと架空でしゃべったりするんですよね。
ミック・ジャガーに、「何しに日本に来たん」って言ったら、「ブライアン・ジョーンズの霊を」……。ブライアン・ジョーンズは、The Rolling Stonesの亡くなったメンバーなんですけど、「恐山のイタコに降ろしてもらって、ブライアン・ジョーンズと対話するために日本に来たんだよ」とか、わけのわからないことをしゃべらせる。全部架空なので。
そういう「架空インタビュー」というめちゃくちゃおもしろい企画があったんですけど、そのことを説明している部分を拡大して出してみました。これはロックスターについて語ることを通じて、受け手同士がつながっていくんだという発想をされている。
初期の『ロッキング・オン』を読んでみて、「関係」について語っているなと思ったんです。音楽の内容について語るんじゃなくて、自分と音楽の関係であるとか、音楽のその周り、すべての網の目。社会はまさに「関係」なので、それについて語っているというイメージですね。
長﨑:だんだん橘川さんの話になっていくんですけど、そんなことを本では考えていました。今日、橘川さんにはいろいろ質問をしていこうと思うんですけど、橘川さんの引退宣言を今ここに引用したので、ちょっと見てもらいましょうか。
橘川さん、昔の自分が書いた文って恥ずかしくないですか。でもすごくいい文章ですよね。
橘川:これ何年? 81年か?
長﨑:そうですね。1981年だったと思います。ちょっと読んでみましょう。
「『会社の中で同僚たちが話すことといったら、麻雀、競馬、酒、女のことばっかし。いやで仕方がなかった」……なんか、記憶がありませんか? 高校生たちが『まわりはミーハーばっかりで嫌で嫌でたまらない!』……そういう孤立した個人が、昔の読者には多かった。そして事態は高校から大学へ行こうと、世の中へ出ようと家庭に入ろうと、そっくりそのまま変わっちゃいないのだ」。
これ、元根暗としてはめっちゃ共感したんですけれども。
「変えようと思う。せっかくの『問題意識』をアイマイに風化させることをしなかったヒトビトを、タテにもヨコにもつなげていってみせる。問題意識を現象化してみせる」。
「『ロッキング・オン』を創ることと、それをつなげ発展させていくこととは、別のエネルギーが必要なのかもしれない。ぼくは、ぼくの範囲ではじめていきます。(『ロッキング・オン』79号、44ページ)」というように書いていて。
この時すでに『ポンプ』という全面投稿誌を始められていた頃で、こうおっしゃってるんですね。これ以降、橘川さんは『ロッキング・オン』の編集というか、『ロッキング・オン』自体から身を引いて、自分なりに参加型メディアを突き詰めてこられたと思うんですよね。
長﨑:前半で言った問題も受けつつ、僕の本自体が狙いにしたこととか、考えていたこととかも、ちょっと考えていろいろしゃべっていきたいんですけど。
その種として、いくつか僕も質問点をあげました。なぜ参加メディアにこだわってこられたのか。もっと言えば、僕は見ようによっては「参加しすぎ問題」があるかなと思っていて。
つまり、かつてはある程度スクリーニングされていた「表に出てこなかった人たち」が、今では書き込みまくっていて、かえって参加しすぎという問題があるんじゃないかなと思っているんです。
現在のコロナ禍でも、参加型メディアにこだわり続けるのはなぜなのかということと、どっちから答えていただいてもぜんぜん構わないんですけれども、SNSは参加型メディアと言えるのか。少なくとも橘川さんから見た意味での参加型メディアだって言えるのだろうかということも、聞いてみたいなと思うんです。
さっき言ったようにマウントの取り合いが起きていて、かえって発言しにくい環境が生まれているんじゃないかとよく思っています。僕は滅多にしゃべらないですけど、僕が初めて書いた、一般に公にした論文が、卒論を基にしていたんですけど、インターネット社会論だったんですね。
インターネット社会論って、当時2005年ぐらいだったんですけど、当時はけっこうインターネットを理想視した議論と逆に無秩序になってダメだという悪玉論に極端に分かれていました。その頃に「インターネットで理性的な議論が増えて、民主主義がうまくいくという理想自体が幻想だ」という論文を書いた。実はそれが出発点だったんです。
参加型メディアをやってこられた橘川さんにあえて聞いてみたいのは、参加型メディアが発展してくることによって、逆にしゃべりづらい環境が出てきちゃった。これについてどう考えておられるか聞いてみたいなって、前々から思っていました。
その1つの取っ掛かりとして、初期の『ロッキング・オン』とか『ポンプ』とかを編集されていた時に、一種の管理人のような立場として工夫されていたかどうかですね。そのあたりをちょっと聞いてみたいなと思っています。もしよかったら橘川さん、どれからでもいいのでお話しいただければと思います。お願いします。
橘川:わかりました(笑)。よろしくお願いします。
橘川:まず長﨑くんの本を読んで……。82年生まれだよな。
長﨑:83年生まれです。はい。
橘川:だからもちろん70年代は知らないわけだよね。
長﨑:知らないです。
橘川:そんな地続きでもないわけだよな。遠い話だよ。言ってみれば、俺らの世代にとっての親の戦争体験みたいなもんでさ。ぜんぜんリアリティを持てなかったわけだよ。
親父の口から、事実として戦争に行って大変だったとか、楽しいこともあったということは聞いたけど、戦争の体験というリアリティそのものは、自分でまったくわかんないわけだよ。
でも長﨑くんの本を読んでて、なんで知らないのに同じ場所にいたようなことが書けるんだろうと思ってさ(笑)。『ロッキング・オン』の内部の話とか、その時の読者の気持ちも、ものすごく正確に表現してるんだと思うんだよな。
長﨑:ありがとうございます。
橘川:これはやっぱり、時代が新しいなと思ったわけよ。情報化社会なんだよな。俺らの頃は、まだテレビが始まったところでね。戦争体験と言っても、大岡昇平を読むとか石原吉郎を読むとか。戦争体験者の表現を読んでいて想像するだけだったから、そんなに日常的に情報がないわけ。
でも80年代以降、特にインターネットが普及し始めた95年以降は、歴史的なことから社会的なことまで全部の情報が検索で出てくるし、その体験者の話もいっぱい聞こえるじゃない。そうすると中に没入できる。だから長﨑くんは70年代を知らないけど、その時の読者の体験と同じ情感を共有できたんだなぁと思うんだよな。
長﨑:確かにしました。クラスで「周りのやつらはしょうもないから」ってすごく尖りまくってる女の子の話とか、めちゃくちゃおもしろくて。
橘川:その世代を問わず共通している問題と、70年代ならではの問題があるんだと思うんだけど、今までは周りのことなんかあまり見えなかったわけだよな。他にもっとおもしろいのがあれば、クラスのやつらがばかに見えるとかさ。
社会が情報化していくと、そういう情報が入ってくるからね。同じ年齢でかっこいいことやっているやつがいるのに、俺らは何もしていないとか。そういう情報がどんどんあふれてきたのが、70年代のスタートライン。それが現代のSNSまでつながってきている。方法論的には一貫してたと思うんだよな。
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